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作品ID:2347
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ふしじろ もひと 


『鉄鎖のメデューサ』

小説の属性:一般小説 / 異世界ファンタジー / お気軽感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結

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第39章

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 草原を渡る夕方の風に乗って、笛の音が音階をなめらかに舞い降りた。
 無蓋の馬車に積んだ荷物の上に腰掛けた細身の少女が吹く笛の音は、風が遠ざかると旋回を緩めた。風とともに舞うようなその調べに、隣で聴くロビンはただ聴きほれていた。
 セシリアの笛の調べは前の馬車の中のノースグリーン卿にも、後ろの馬車の中のホワイトクリフ卿にも、そしてそれらの馬車を護衛するスノーレンジャーたちにも等しく届いていた。いつしかそれは、皆が待ち望む夕べのひと時になっていた。以前はわずか一つの音に縛られ、ただ悲痛な諦念を音色に滲ませるだけだった調べは、ときに憂いの回想が挟まれることで奥行きを感じさせる静かな幸せの響きを主調とするものになっていた。それは聴く者すべての胸の奥に、深き淵より生還した者の喜びと感謝を伝えてやまなかった。

 彼らは旅の目的地で夜を過ごすため、かつてヴァルトハールという名の公国があった場所を目指していた。それは任務だった。スノーフィールドを陥れようとした謀略国家が滅びた後、そこに人間が戻っているならばどのような状況にあるのか確かめることを、領主ギルバートは事件の渦中にあった二人のナイトとスノーレンジャーたちに命じたのだ。
 当初ノースグリーン卿は、この旅にセシリアが同行することに難色を示した。謀略の標的となり死の淵にまで追い込まれた娘を下手人には会わせたくないとの思いゆえだった。そんな父親に、それでもセシリアは願ったのだ。私はなんとか死なずにすんだ。でも彼らはみな大事なものを根こそぎ失った。十分すぎるほどの罰を受けた彼らが、それでもロビンの話のように頑張っているのなら、それはきっと私にも力を与えてくれるから、と。
 いまだ両脚に十分な力が戻っておらず一人で歩けるまで至っていない娘の願いを受け入れはしたものの、ノースグリーン卿の胸中は複雑だった。だが、夕べの祈りのような笛の音を毎日聴いているうち、セシリアのいわんとすることが分かるような気がしてきた。どんなものを見せることになるかへの一抹の不安は残っていたものの、今や父親の胸は、運命の歪みのもたらした苦しみの中から立ち上がろうとしている娘に対する誇りにも似た気持ちで満たされていた。
 セシリアの笛の調べを耳にしつつ、そんな思いにノースグリーン卿がひたっていると、御者を務める警備隊員が馬車を止め誰何した。物思いからさめた卿もまた馬車の窓から前を見た。

 三人の騎馬の者たちが前方から近づいてきた。夕映えを背に浮かび上がった細身で優美なその姿は、極北の辺境都市に住む一行にとって話に聞くばかりの者たちだった。
「エルフ族。樹海の賢者の一族……」
 ノースグリーン卿の呟きに、誰何への返答が重なった。澄んだ響きの、しかし厳しさを含んだ声が告げた。
「我らは奇しき縁により、グリュンヘルツの里と交わりを持つに至った者。故に問う。汝らかの里にいかなる用向きか?」
「そこにはハンスという人はいますか? 僕たちハンスに会いに来たんです。僕、ロビンっていいます」
 少年の声がそういうと、エルフたちの態度がやわらいだ。
「では、汝は奇しき縁に連なる者。我らの敬意と友愛を携え先に進まれよ」
 すれ違いざまに一行に一礼を交わすと、エルフたちは無駄のない動きで馬を走らせ姿を消した。エリックが口笛を吹いた。
「エルフに一目置かれているのか、たいしたもんだな大将」
「僕、なにがなんだか分からないや……」
「わたくしには見当がつきましてよ。まあ行けばわかることですわ」
 そんなメアリから十分離れた場所で、アンソニーがアーサーとリチャードにこっそりぼやいた。
「……子供にだけは、優しくできるんでありますなぁ」
「わが隊に子供がいないことを初めて残念に思ったぞ」
 アンソニーの言葉にリチャードが生真面目に返し、アーサーの顔にも苦笑が浮かんだ。


----------


 日が暮れてからたどり着いたその里の簡素な門の脇に、かがり火の明かりに照らされて旗がひるがえっていた。緑の地色を背景に、簡略化した人とメデューサの横顔が向き合う図柄だった。
「こんなことだと思いましたわ」
 メアリが得意げにいう間にも、ロビンの名乗りを聞いた門番に呼ばれたハンスが駆けてきた。一行を中に招き入れるやいなや、喜びを満面に浮かべたハンスはロビンの両手を握りしめ、一同を村の広場へと誘った。
「ちょうど夏至の祭りの準備をしていたところなんだ。たいしたものはないが、存分に食べて休んでくれ」
 焚き火の横に積み上げられた食べ物には、野菜や穀物や川魚の他に、果物や鳥獣など草原では手に入らない品も含まれていた。それを見てホワイトクリフ卿が問いかけた。
「ここへ来る途中エルフたちと出会った。彼らと交易を交わしているのか? きっかけはあの旗か?」
 ハンスは頷いた。
「一年ほど前にあの旗を掲げたら、彼らはたちまちやってきた。突然滅びたこの国の異変をどうやら調べていたらしい。我々の話に彼らは感じ入ったらしかった。自分たちはメデューサを恐れはしないが、それでも心を通わせるところまではなかなかゆかぬ。人間にもそんな者がいるのかと。それ以来のつき合いだ。小さな村にすぎない我々の様々な困難に関し、彼らからは色々と助言や助力を受けている。みんなロビンのおかげだ」
 照れくささいっぱいの顔で、でも心底嬉しそうにロビンが笑った。
「旗の緑は草原の意味か?」
「……エルフたちとつき合い始めてからは森の緑の意味も込めているが、本当は人魚の髪の色の意味合いも込めているんだ。誰も自分の目で見たものはいないが、この国の始まりの出来事として忘れてはいけないことだから」
 ハンスはロビンに向き直ると姿勢を改めた。
「ラルダは人魚の墓がどこか話していなかったか? 知っておくべきだと探してはみたんだが、とうとう判らなかった」
「小川のそばに埋めたらしいけれど、僕も詳しい場所は知らないんだ」
 ロビンがそういったとき、門番を勤めていた青年がまた駆けてきた。
「ラルダとゲオルク隊長がやって来た!」

 その場の者たちはみな門へ急いだ。すでに多くの者たちが門に集まり、黒髪の尼僧とやや白いものの増えたかつての隊長を挨拶責めにしていた。一見したところ、挨拶を返す二人も嬉しそうな様子だった。この里の姿を喜んでいるのは疑いなかった。
「背が伸びたなロビン! 声も少し変わったか?」
 そういうラルダの笑顔の奥に、だがロビンは影を感じ取った。隣にいたホワイトクリフも眉をひそめた。ハンスに呼ばれ尼僧がその場を離れると、従者が二人に耳打ちした。
「やはりおまえたちは気づいたか」
「どうしたの? 鳥を助けることはできなかったの?」
「いや、セイレーンを助けることはできた。だが、その礼としてあいつが教えたことに、ラルダは打ちひしがれているんだ」
 ゲオルクは少年を見通すようなまなざしで見つめたあと、その両肩に手を乗せ言葉を続けた。
「事情は察したつもりだが、おまえの方がうまくやれるだろう。話を聞いてやってくれないか」

後書き

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作者:ふしじろ もひと
投稿日:2021/11/27 08:23
更新日:2021/11/27 08:23
『『鉄鎖のメデューサ』』の著作権は、すべて作者 ふしじろ もひと様に属します。

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作品ID:2347
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