作品ID:2357
あなたの読了ステータス
(読了ボタン正常)一般ユーザと認識
「新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編」を読み始めました。
読了ステータス(人数)
読了(35)・読中(0)・読止(0)・一般PV数(99)
読了した住民(一般ユーザは含まれません)
■かおるこ
新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編
小説の属性:ライトノベル / 異世界ファンタジー / 激辛批評希望 / 初投稿・初心者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
未設定
【シュロス月光軍団】
前の話 | 目次 | 次の話 |
ここはバロンギア帝国東部辺境州、シュロスの城砦である。
兵舎の会議室にシュロス月光軍団の幹部が集まっていた。隊長のスワン・フロイジアは背もたれのある椅子に座り、参謀のコーリアスや副隊長のフィデス・ステンマルク、ミレイ、文官のフラーベルは低いベンチに腰を下ろしていた。
会議の中心は王宮からやってくるローズ騎士団への対応策だった。
「何もこんな時に来なくてもいいのに」
隊長のスワン・フロイジアが軽く机を叩いた。
このところ辺境の経営に目ぼしい成果は上がっていない。なにしろ、ルーラント公国は国境を引いて守っているので、カッセル守備隊との間には小競り合いがあるだけだ。そろそろ大きな戦功を挙げないと州都の軍務部に予算を削減されてしまう。
そんな時に、よりによって、王宮の親衛隊ローズ騎士団が来るのだ。スワンは内心穏やかではなかった。
「費用はどうするんですって、フラーベル」
「経費の大部分は州都に負担してもらうしかないですね。このところ周辺の街道で城砦宛ての荷物を積んだ馬車が襲われてまして、何かと出費がかさんでいます」
経理や事務を担当する文官のフラーベルが答えた。
「隊商を襲っているのは山賊の仕業でしょう。カッセル守備隊に、山賊退治、おまけにローズ騎士団の相手なんか、やれっこないわ」
山賊退治の方がまだマシだ、スワン・フロイジアはそう思った。
ローズ騎士団がこの辺境に来る目的は一つしかない。標的はこの自分なのだ。
騎士団一行の名簿をチラッと見ただけで背筋が寒くなった。副団長のビビアンの名前が一番上に書かれていたのだ。
ビビアン・・・
騎士団のビビアンには一生忘れられない恨みがある。
スワンもかつては騎士団への入団を目指していた。厳しい考査をくぐり抜け最終候補に残ったのだが、最後の試験で落ちてしまった。格闘技の実戦でさんざんに叩きのめされたのだ。その相手こそ、副団長のビビアンだった。勝ったビビアンは騎士団の要職に上り詰め、敗れたスワンは東部の辺境に追いやられた。
何という差がついてしまったのだろうか。
副団長のビビアン、正しくはビビアン・ローラという。
騎士団の団長と副団長は代々に亘って同じ名前を引き継ぐという決まりがある。団長はローズ、副団長はローラと称している。それゆえ、現団長クレイジングのことは誰もが「ローズ様」と呼び、副団長のビビアンは「ローラ様」と呼ばれているのだった。
ビビアンが、いや、ローラが騎士団を率いてシュロスにやってくる。
辺境にへばりついているスワンを見て笑うだろう。いい気になって威張り散らすことだろう。それだけで済めばよいのだが・・・
みんなの前で土下座させられたら、月光軍団隊長の権威は丸つぶれだ。
スワンはビビアン・ローラが来る前に逃げ出したくなった。せめて一行が到着する時に出迎えることだけはしたくない。跪いて頭を下げローラを迎えるなんて絶対にお断りだ。
それには・・・何か口実を設けて城砦を留守にすればいい。逃げるのではない、ローラなんか無視してやるのだ。
「とにかく、私は出迎えなんかしないから、誰かに任せるわ。適当な人員を手配してよ」
隊長のスワンはあっさり丸投げしてしまった。
副隊長のフィデスと文官のフラーベルは首をすくめて顔を見合わせた。
ローズ騎士団を迎えるとなると、宿舎の確保をはじめ、料理やワインの手配をしなくてはならない。ローズ騎士団は王宮の親衛隊である。最近、皇帝の何番目かの弟の子女が名誉団長に就任したということだ。ローズ騎士団の応接には細心の注意が必要だ。だが、辺境の城砦では豪勢なもてなしはできないし、そんなことに費やす資金も時間もないのが現状だ。
接待の役を押し付けられるのは文官のフラーベルになるだろう。フィデスにも役目が回ってきそうだ。このところフィデスは主力部隊から外されていた。
フィデス・ステンマルクは騎士団一行の日程表に目を通した。
主な団員は七、八名。他にメイドやお付きもいるようだから相当な人数になる。王都からはかなりの日数が掛かる日程になっていた。辺境の視察を兼ねて、あちこち見物してくるのだろう。シュロスからちょっと足を伸ばせばチュレスタの温泉がある。大きな旅館が何軒もあるので、そこならゆっくり寛ぐことができよう。温泉に入って身体を休めそのまま王都へ帰ってくれればいいのだが。
「カッセルの状況はどうなの。司令官が辞めたそうだけど」
隊長のスワンは騎士団の接待よりはカッセル守備隊の方が気になっている。
「はい、隊員の補充を募集しているようですが・・・今のところ新しい司令官が赴任したと聞いてません」
参謀のコーリアスが答えた。
司令官が不在ならば、これはいいチャンスだ。
「騎士団の接待は・・・フラーベル、あなたに任せるわ。費用は州都が負担するよう依頼しなさい」
「はい」
文官のフラーベルが小さく頷いた。
「よし、月光軍団はカッセルを攻めることとしよう。山賊退治のついでに守備隊を誘い出すのよ」
スワン・フロイジアが立ち上がって拳を挙げた。
「ということで、私たちは騎士団の接待役になりました」
フィデス・ステンマルクは部屋に戻り、部下のナンリに会議の内容を説明した。
ナンリは実戦経験は豊富だし戦術や剣の腕も確かだ。月光軍団にあっては部隊長だが、フィデスはナンリのことを参謀として扱っていた。
会議ではカッセル守備隊と一戦を交えることとなった。山賊退治に乗じて国境を越え守備隊と戦うのだ。隊長のスワンは、捕虜を捕らえてローズ騎士団に見せ付けると息巻いたが、誰の目にも騎士団の出迎えをしたくないのは明白だった。スワンが騎士団入りを志願しながら入団できなかったことはフィデスも耳にしている。
「騎士団を避けるための出兵では士気が上がりません。フィデスさんは留守番役で良かったと思います」
無謀な戦いに臨むよりは城砦に残った方がいい。
ナンリは同じように接待役を任されたフラーベルを思いやった。通常の事務作業に加え、余計な仕事が増えて大変だろう。
「フラーベルさんは、州都に窮状を訴えると言っていたわ」
州都か・・・
しばらく会っていないが、州都の軍務部にはナンリの後輩が勤務している。スミレ・アルタクインという、その隊員は士官学校ではナンリの一学年下だった。全ての学科で優秀だったので、卒業後は州都の軍務部に配属された。だが、騎士団の接待費用については民生部の管轄だから、軍務部のスミレには関係がなさそうだ。
東部辺境州の財政は豊かではない。月光軍団でも資金は枯渇していて、先月は給料が減額された。副隊長のフィデスも例外ではない。それでも支給されているのはまだマシで、若い隊員たちは無給で働いているのだった。
「出陣は見送るようにと、それとなく言ってみたのだけど、隊長の決意は堅かったわ」
「これでは、山賊、カッセル守備隊と敵が多い上に、同胞のローズ騎士団まで敵に回しかねないですね」
このとき、後にこれが現実になろうとは、ナンリもフィデスも思いもしなかった。
気が付くとオイルランプが暗くなりかけていた。
フラーベルは空腹を感じた。忙しくて食堂に行くのを逃してしまった。
出陣に向けての馬や食料の調達、これだけでも大変なのに、それに加えてローズ騎士団の接待までしなくてはならなかった。州都に宛てて、接待の費用に関する依頼書を書くのは気が重い。月光軍団の会計や人事異動などの書類が机に山積みになっている。これが片付くのはいつのことになるやら。ナンリが居残り組で良かった。各部隊への連絡や手紙の発送まで手伝ってくれるので徹夜しないですんでいる。
とりあえず、州都への報告書を優先させることにした。
ドアがノックされてナンリが入ってきた。
「食堂に姿を見せなかったから届けにきたわ」
ナンリが差し出したトレイにはパンと蒸し野菜、チーズが載っていた。
書類に埋もれた机から部屋の隅に移動し、仮眠をとるための寝台に並んで座った。
ナンリがフラーベルの手を取り引き寄せ、もう一方の手で頬に掛かった髪の毛を撫でる。ナンリはフラーベルの額にキスをした。
女性だけの部隊では、それぞれにパートナーを求める。
シュロスで一番の美人、フラーベルはナンリのパートナーだった。
*****
月光軍団では出陣に備えて兵士の訓練をおこなっていた。広場に集められたのは、トリル、マギー、パテリアたちなど入隊して日の浅い隊員だった。訓練には部隊長のナンリが立ち会っていた。訓練を重ねているものの、兵士と呼べるのは入隊二年目のトリルぐらいだけで、マギーやパテリアは戦場で役立つレベルには達していない。補給部隊か食事当番が適当だろう。
この戦いは王宮からやってくるローズ騎士団を避けるための出陣だ。こんな目的で戦場に駆り出され、若い隊員が命を落とすようなことがあってはならない。残された家族が嘆き悲しむことだろう。
若い隊員たちは戦場で敵と遭遇することもないだろうし、まして一対一で剣を交えることはない。体力の強化に努めて訓練を終わることにした。
「それでは訓練はこれで終わり。みんなは炊事場へ行って料理の下ごしらえを手伝いなさい」
「ふあーい」「だるーい」
マギーとパテリアはあきらかにやる気がなさそうだ。
「返事がなってない、全員、駆け足っ」
「訓練で疲れたので走れません」「走って逃げよう」二人がぼやいた。
年長のトリルが手を上げた。
「王宮からローズ騎士団が来るって本当ですか」
「そうだ。そろそろ王宮を発ってシュロスへ向かっているころだ」
「見たいなあ、王宮の人たち。きっと美人なんでしょうね」
「戦場に行って無事に帰ってこられれば、遠くからでも見られるようにしてあげる」
「やった」「戦場で逃げ回ってようね」
「ただし、ここではイモの皮むきから逃げられないぞ」
「あちゃ~」「これは強敵だ」
トリルたちは炊事場で籠いっぱいのイモと戦うことになった。先輩格のトリルは皮むきに専念していたが、マギーとパテリアはイモなどそっちのけでおしゃべりしていた。
「ところでさ、戦場で敵に見つかったらどうするの」
「逃げるしかないでしょ」
「そうだよね、あたしたちより弱い敵なんているわけないし」
「強そうな兵士に捕まったら降参しちゃう」
「その前にイモに降参だ」
ナンリは一人で城壁に上がった。ここからは城砦内を見渡すことができる。
城砦の入り口は二基の塔を備えた頑丈な城門である。広場に続いて、兵舎、厩舎などが建っている。兵舎はコの字型をした二階建てで、一階はレンガ造り、二階と屋根は木造だ。兵舎の中には幹部の部屋、隊員の居室、それに、会議室、図書室などもある。
向い側の壁には修復工事の足場が組まれていた。
シュロスの城砦はかなり古く、壁や石積みが崩れているところがある。城壁は守りに欠かせないので常にどこかを修理していた。この間も石工が、壊れた壁の基礎部分からボロボロのレンガを掘り出した。石工が言うには、その古びたレンガは今の焼き方とは違っていたそうだ。シュロスの城砦は、もともとは蛮族を防ぐための陣地だったと聞いたことがある。古びたレンガは昔の砦の名残りだろう。
「・・・?」
広場を歩く一人の女が目に留まった。あまり見かけたことのない女だった。城砦の女性はスカートにエプロンを巻いているのが普通だが、その女はズボンにチュニックというスタイルだ。ここの住民ではなさそうに見えた。
旅芸人か、それならばいいが・・・
しかし、女にはスキがない。鍛えられた体捌きだ。敵の偵察かもしれない。正体を確かめようと急いで螺旋階段を駆け降りると、階段の下で部隊長のジュリナに遇った。
「ナンリ、あなたも出陣よ」
ローズ騎士団の接待役で居残り組だと思っていたが急遽、ナンリも出陣することになったというのだ。
「分った、急いで支度する」
その前に怪しい女が気にかかる。しかし、ナンリが城壁の塔を出て広場に行った時には、すでに怪しい女の姿はなかった。
兵舎の会議室にシュロス月光軍団の幹部が集まっていた。隊長のスワン・フロイジアは背もたれのある椅子に座り、参謀のコーリアスや副隊長のフィデス・ステンマルク、ミレイ、文官のフラーベルは低いベンチに腰を下ろしていた。
会議の中心は王宮からやってくるローズ騎士団への対応策だった。
「何もこんな時に来なくてもいいのに」
隊長のスワン・フロイジアが軽く机を叩いた。
このところ辺境の経営に目ぼしい成果は上がっていない。なにしろ、ルーラント公国は国境を引いて守っているので、カッセル守備隊との間には小競り合いがあるだけだ。そろそろ大きな戦功を挙げないと州都の軍務部に予算を削減されてしまう。
そんな時に、よりによって、王宮の親衛隊ローズ騎士団が来るのだ。スワンは内心穏やかではなかった。
「費用はどうするんですって、フラーベル」
「経費の大部分は州都に負担してもらうしかないですね。このところ周辺の街道で城砦宛ての荷物を積んだ馬車が襲われてまして、何かと出費がかさんでいます」
経理や事務を担当する文官のフラーベルが答えた。
「隊商を襲っているのは山賊の仕業でしょう。カッセル守備隊に、山賊退治、おまけにローズ騎士団の相手なんか、やれっこないわ」
山賊退治の方がまだマシだ、スワン・フロイジアはそう思った。
ローズ騎士団がこの辺境に来る目的は一つしかない。標的はこの自分なのだ。
騎士団一行の名簿をチラッと見ただけで背筋が寒くなった。副団長のビビアンの名前が一番上に書かれていたのだ。
ビビアン・・・
騎士団のビビアンには一生忘れられない恨みがある。
スワンもかつては騎士団への入団を目指していた。厳しい考査をくぐり抜け最終候補に残ったのだが、最後の試験で落ちてしまった。格闘技の実戦でさんざんに叩きのめされたのだ。その相手こそ、副団長のビビアンだった。勝ったビビアンは騎士団の要職に上り詰め、敗れたスワンは東部の辺境に追いやられた。
何という差がついてしまったのだろうか。
副団長のビビアン、正しくはビビアン・ローラという。
騎士団の団長と副団長は代々に亘って同じ名前を引き継ぐという決まりがある。団長はローズ、副団長はローラと称している。それゆえ、現団長クレイジングのことは誰もが「ローズ様」と呼び、副団長のビビアンは「ローラ様」と呼ばれているのだった。
ビビアンが、いや、ローラが騎士団を率いてシュロスにやってくる。
辺境にへばりついているスワンを見て笑うだろう。いい気になって威張り散らすことだろう。それだけで済めばよいのだが・・・
みんなの前で土下座させられたら、月光軍団隊長の権威は丸つぶれだ。
スワンはビビアン・ローラが来る前に逃げ出したくなった。せめて一行が到着する時に出迎えることだけはしたくない。跪いて頭を下げローラを迎えるなんて絶対にお断りだ。
それには・・・何か口実を設けて城砦を留守にすればいい。逃げるのではない、ローラなんか無視してやるのだ。
「とにかく、私は出迎えなんかしないから、誰かに任せるわ。適当な人員を手配してよ」
隊長のスワンはあっさり丸投げしてしまった。
副隊長のフィデスと文官のフラーベルは首をすくめて顔を見合わせた。
ローズ騎士団を迎えるとなると、宿舎の確保をはじめ、料理やワインの手配をしなくてはならない。ローズ騎士団は王宮の親衛隊である。最近、皇帝の何番目かの弟の子女が名誉団長に就任したということだ。ローズ騎士団の応接には細心の注意が必要だ。だが、辺境の城砦では豪勢なもてなしはできないし、そんなことに費やす資金も時間もないのが現状だ。
接待の役を押し付けられるのは文官のフラーベルになるだろう。フィデスにも役目が回ってきそうだ。このところフィデスは主力部隊から外されていた。
フィデス・ステンマルクは騎士団一行の日程表に目を通した。
主な団員は七、八名。他にメイドやお付きもいるようだから相当な人数になる。王都からはかなりの日数が掛かる日程になっていた。辺境の視察を兼ねて、あちこち見物してくるのだろう。シュロスからちょっと足を伸ばせばチュレスタの温泉がある。大きな旅館が何軒もあるので、そこならゆっくり寛ぐことができよう。温泉に入って身体を休めそのまま王都へ帰ってくれればいいのだが。
「カッセルの状況はどうなの。司令官が辞めたそうだけど」
隊長のスワンは騎士団の接待よりはカッセル守備隊の方が気になっている。
「はい、隊員の補充を募集しているようですが・・・今のところ新しい司令官が赴任したと聞いてません」
参謀のコーリアスが答えた。
司令官が不在ならば、これはいいチャンスだ。
「騎士団の接待は・・・フラーベル、あなたに任せるわ。費用は州都が負担するよう依頼しなさい」
「はい」
文官のフラーベルが小さく頷いた。
「よし、月光軍団はカッセルを攻めることとしよう。山賊退治のついでに守備隊を誘い出すのよ」
スワン・フロイジアが立ち上がって拳を挙げた。
「ということで、私たちは騎士団の接待役になりました」
フィデス・ステンマルクは部屋に戻り、部下のナンリに会議の内容を説明した。
ナンリは実戦経験は豊富だし戦術や剣の腕も確かだ。月光軍団にあっては部隊長だが、フィデスはナンリのことを参謀として扱っていた。
会議ではカッセル守備隊と一戦を交えることとなった。山賊退治に乗じて国境を越え守備隊と戦うのだ。隊長のスワンは、捕虜を捕らえてローズ騎士団に見せ付けると息巻いたが、誰の目にも騎士団の出迎えをしたくないのは明白だった。スワンが騎士団入りを志願しながら入団できなかったことはフィデスも耳にしている。
「騎士団を避けるための出兵では士気が上がりません。フィデスさんは留守番役で良かったと思います」
無謀な戦いに臨むよりは城砦に残った方がいい。
ナンリは同じように接待役を任されたフラーベルを思いやった。通常の事務作業に加え、余計な仕事が増えて大変だろう。
「フラーベルさんは、州都に窮状を訴えると言っていたわ」
州都か・・・
しばらく会っていないが、州都の軍務部にはナンリの後輩が勤務している。スミレ・アルタクインという、その隊員は士官学校ではナンリの一学年下だった。全ての学科で優秀だったので、卒業後は州都の軍務部に配属された。だが、騎士団の接待費用については民生部の管轄だから、軍務部のスミレには関係がなさそうだ。
東部辺境州の財政は豊かではない。月光軍団でも資金は枯渇していて、先月は給料が減額された。副隊長のフィデスも例外ではない。それでも支給されているのはまだマシで、若い隊員たちは無給で働いているのだった。
「出陣は見送るようにと、それとなく言ってみたのだけど、隊長の決意は堅かったわ」
「これでは、山賊、カッセル守備隊と敵が多い上に、同胞のローズ騎士団まで敵に回しかねないですね」
このとき、後にこれが現実になろうとは、ナンリもフィデスも思いもしなかった。
気が付くとオイルランプが暗くなりかけていた。
フラーベルは空腹を感じた。忙しくて食堂に行くのを逃してしまった。
出陣に向けての馬や食料の調達、これだけでも大変なのに、それに加えてローズ騎士団の接待までしなくてはならなかった。州都に宛てて、接待の費用に関する依頼書を書くのは気が重い。月光軍団の会計や人事異動などの書類が机に山積みになっている。これが片付くのはいつのことになるやら。ナンリが居残り組で良かった。各部隊への連絡や手紙の発送まで手伝ってくれるので徹夜しないですんでいる。
とりあえず、州都への報告書を優先させることにした。
ドアがノックされてナンリが入ってきた。
「食堂に姿を見せなかったから届けにきたわ」
ナンリが差し出したトレイにはパンと蒸し野菜、チーズが載っていた。
書類に埋もれた机から部屋の隅に移動し、仮眠をとるための寝台に並んで座った。
ナンリがフラーベルの手を取り引き寄せ、もう一方の手で頬に掛かった髪の毛を撫でる。ナンリはフラーベルの額にキスをした。
女性だけの部隊では、それぞれにパートナーを求める。
シュロスで一番の美人、フラーベルはナンリのパートナーだった。
*****
月光軍団では出陣に備えて兵士の訓練をおこなっていた。広場に集められたのは、トリル、マギー、パテリアたちなど入隊して日の浅い隊員だった。訓練には部隊長のナンリが立ち会っていた。訓練を重ねているものの、兵士と呼べるのは入隊二年目のトリルぐらいだけで、マギーやパテリアは戦場で役立つレベルには達していない。補給部隊か食事当番が適当だろう。
この戦いは王宮からやってくるローズ騎士団を避けるための出陣だ。こんな目的で戦場に駆り出され、若い隊員が命を落とすようなことがあってはならない。残された家族が嘆き悲しむことだろう。
若い隊員たちは戦場で敵と遭遇することもないだろうし、まして一対一で剣を交えることはない。体力の強化に努めて訓練を終わることにした。
「それでは訓練はこれで終わり。みんなは炊事場へ行って料理の下ごしらえを手伝いなさい」
「ふあーい」「だるーい」
マギーとパテリアはあきらかにやる気がなさそうだ。
「返事がなってない、全員、駆け足っ」
「訓練で疲れたので走れません」「走って逃げよう」二人がぼやいた。
年長のトリルが手を上げた。
「王宮からローズ騎士団が来るって本当ですか」
「そうだ。そろそろ王宮を発ってシュロスへ向かっているころだ」
「見たいなあ、王宮の人たち。きっと美人なんでしょうね」
「戦場に行って無事に帰ってこられれば、遠くからでも見られるようにしてあげる」
「やった」「戦場で逃げ回ってようね」
「ただし、ここではイモの皮むきから逃げられないぞ」
「あちゃ~」「これは強敵だ」
トリルたちは炊事場で籠いっぱいのイモと戦うことになった。先輩格のトリルは皮むきに専念していたが、マギーとパテリアはイモなどそっちのけでおしゃべりしていた。
「ところでさ、戦場で敵に見つかったらどうするの」
「逃げるしかないでしょ」
「そうだよね、あたしたちより弱い敵なんているわけないし」
「強そうな兵士に捕まったら降参しちゃう」
「その前にイモに降参だ」
ナンリは一人で城壁に上がった。ここからは城砦内を見渡すことができる。
城砦の入り口は二基の塔を備えた頑丈な城門である。広場に続いて、兵舎、厩舎などが建っている。兵舎はコの字型をした二階建てで、一階はレンガ造り、二階と屋根は木造だ。兵舎の中には幹部の部屋、隊員の居室、それに、会議室、図書室などもある。
向い側の壁には修復工事の足場が組まれていた。
シュロスの城砦はかなり古く、壁や石積みが崩れているところがある。城壁は守りに欠かせないので常にどこかを修理していた。この間も石工が、壊れた壁の基礎部分からボロボロのレンガを掘り出した。石工が言うには、その古びたレンガは今の焼き方とは違っていたそうだ。シュロスの城砦は、もともとは蛮族を防ぐための陣地だったと聞いたことがある。古びたレンガは昔の砦の名残りだろう。
「・・・?」
広場を歩く一人の女が目に留まった。あまり見かけたことのない女だった。城砦の女性はスカートにエプロンを巻いているのが普通だが、その女はズボンにチュニックというスタイルだ。ここの住民ではなさそうに見えた。
旅芸人か、それならばいいが・・・
しかし、女にはスキがない。鍛えられた体捌きだ。敵の偵察かもしれない。正体を確かめようと急いで螺旋階段を駆け降りると、階段の下で部隊長のジュリナに遇った。
「ナンリ、あなたも出陣よ」
ローズ騎士団の接待役で居残り組だと思っていたが急遽、ナンリも出陣することになったというのだ。
「分った、急いで支度する」
その前に怪しい女が気にかかる。しかし、ナンリが城壁の塔を出て広場に行った時には、すでに怪しい女の姿はなかった。
後書き
未設定
作者:かおるこ |
投稿日:2021/12/10 16:04 更新日:2021/12/10 16:04 『新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編』の著作権は、すべて作者 かおるこ様に属します。 |
前の話 | 目次 | 次の話 |
読了ボタン