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作品ID:2358
「新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編」へ

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新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編

小説の属性:ライトノベル / 異世界ファンタジー / 激辛批評希望 / 初投稿・初心者 / 年齢制限なし / 完結

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【新任の指揮官】

前の話 目次 次の話

 カッセルの城砦の地下牢で見つかった女は、自らをエルダと名乗った。入隊前に蒸発した隊員とは別人だったが、人数不足を補うためにアリスの部隊に採用された。
 エルダはすぐに隊員たちと打ち解け、間もなく、「指揮官」と呼ばれるようになった。アリスよりは頼りになると思ったのだろう。
 それが正解だ。
 なにしろ、副隊長のイリングには「補佐は不必要」と宣告され、アリスは仕事がなくなって、守備隊の中で干されていたのだ。特にここ数日、守備隊の隊員から向けられる微妙な視線を感じていた。アリスを見かけると、指差してあからさまに笑っている者もいるのだった。

 エルダは見つかった当時は汚れていたが、水で顔を洗うと、これがすばらしい美人だった。整った顔立ちに鼻筋が通って、優しい眼差しをしている。しかも、指揮官に祭り上げられるだけあって、頭は良いし、理に適ったことを言う。
 なんでこんな辺境にやって来たのか、アリスには不思議でならなかった。エルダならば州都で、というより王宮で働くこともできよう。その美貌が貴族の目に留まって側室になれるかもしれない。強いて欠点を探すと、歩くときに左足を引きずることや、右手が動かしにくいことぐらいか。それもおそらくは、発見された際に負っていたケガの影響だろう。
 こうして、今やエルダが指揮官として部隊を仕切ることになり、隊員たちは公然と「エルダの部隊」と呼んでいるのだった。
 守備隊本隊どころか所属する部隊からも干されるアリスであった。

 カッセルの城砦の食堂の隅にアリスの部隊の隊員が車座になって座っていた。扉の開け放たれた台所には、木の樽が積まれ、ニンジンやイモが入った籠が無造作に置かれている。レイチェルたち見習い隊員だけでなく、全員がメイドの仕事を手伝っているので、食事はいつも一番最後になる。副隊長補佐といえども例外ではない、アリスは炊事の手伝いまでさせられていた。

 隊員たちは椅子とテーブルではなく土間に腰をおろしていた。地下牢で発見された女、エルダも食事の輪に加わっている。
 今夜の食事もパンとスープだけだった。
 パンを千切ろうとしてマリアお嬢様が泣いた。お嬢様の力では硬いパンが千切れなかった。
「スープに浸して召し上がってください、お嬢様」
 メイド長のエリオットが気遣いをみせる。
「でも、このスープ冷えてます。温かいのが欲しいんです」
「そうねえ、お嬢様もよく働いたから、温めましょう」
「ダメよ、一人だけ特別扱いしないで」
 カマドに行こうとするエリオットをベルネが制した。
「パンが硬いとか、スープがぬるいとか文句を言うんじゃないの。食えるだけマシさ。戦場に行ったら泥水をすすって、草を噛み、ヘビやカエルを食べるんだから」
「はひ、カエルなんて・・・」
 泥水にカエルと脅されてマリアお嬢様はますます泣いた。
「泣くんじゃない、マズイ飯がよけいマズくなる」
「マズイ飯で悪かったわね」
 エリオットが釘を刺した。
「マリアは水桶一つ持てないんだから。あたしまで手伝わされた」
 お嬢様はここでも迷惑ばかりかけている。野菜を洗うのに冷たい水に手が入れられないし、羊の肉にハエが群がっているのを見て悲鳴を上げるありさまだ。お付きのアンナやレイチェル、クーラたちは自分の仕事を後回しにして面倒を見ているのだが、足を引っ張っていることは間違いない。
 ベルネは文句を言いながらも、陰ではお嬢様の分まで水桶を運んでいるのだった。

「副隊長補佐殿」
 ベルネがアリスに声をかけてきた。お嬢様の次に狙われたのはアリスだ。
「あんた、何かワケありだよね、こんな辺境に飛ばされてきたのは」
「うぐっ」
 呑み込もうとしていたパンが喉に引っ掛かった。慌てて冷たいスープで流し込む。
「ゲホッ・・・その、単なる人事異動と聞いています。軍隊ではよくあることでして、人事異動は」
 部下の手前、不倫で左遷させられたなんて本当のことは言えない。
「ごまかさないで、あたし知ってるんだから」
「何のことでしょうか」
「あんた、不倫したんでしょう」
「ギクッ、そ、それはですね、ええと」
 不倫のことを知られていたのだ。
 兵士のスターチとお付きのアンナがクスクス笑いだした。お嬢様は何のことかといった感じでポカンとしている。
「妻子ある男とイチャイチャするなんて見かけによりませんね」
 スターチにも嫌みを言われた。
「この私が不倫だなんて・・・それは何かの間違いでは」
「隊長のところの隊員はみんな知ってたよ。あたしはロッティーから聞かされたんだ」
 なんということだ、隊長のリュメックがアリスの秘密を漏らしてしまったのだ。ここ数日、アリスに注がれる微妙な視線は不倫がバレたからだった。
「この間、エルダさんが見つかったとき、ロッティーを地下牢に置き去りにしてやった。アイツ、それを根に持って言いふらしてるんだ」
「地下牢に置き去りにしたんですか」
「ついでにブラシで顔を撫でてやった」
 撫でたのではなくて叩いたに決まっている。おかげでアリスがとばっちりを受けてしまったではないか。
 これでは嘘は突き通せなくなった。
「そうですか・・・すみません、してました、不倫」
 アリスは部下の前で不倫を認めた。
「だから飛ばされてきたんだ。辺境で死ねと言われたようなものだ」
「戦場では自分を盾だと思って、弓の的になってください」
 ベルネとスターチから戦場で死ねと言われてしまった。
「いえ、その、戦場には行きたくない心境でして」
「行くんだよ。命令拒否したり、敵前逃亡したら軍事法廷が待っている。有罪になって死ぬまで牢獄だ」
「牢屋はもったいないわね。いっそのことギロチンでバッサリっていうのはどうかしら」
「それもそうだ、不倫なんて面倒なことをしたヤツは生かしちゃおかないだろう」
 戦場、監獄、それとも断頭台、恐ろしい選択肢が増える一方だ。アリスの未来はますます閉ざされた。
「すみませんでした。今後はご迷惑おかけしないようにします」
 ペコリと頭を下げた。指揮官のエルダや部下の前でみっともない姿を晒してしまった。不倫が知られたので、これでますます干されるだろう。アリスは指揮官のエルダを見やった。エルダはいつものように冷静な表情で話を聞いていた。アリスの不倫には無関心なようなのでホッとした。
「まあ、ちょっとくらい悪いことをした者でなければ、こんな辺境の最前線は務まらないんだ。その点、あんたは立派な上官だってことさ。あたしたちの誇りだ」
 不倫を責め立てたベルネが一転して擁護するようなことを言ってくれた。
 これで不倫の話題からは逃れられそうだ。

「フリンって何ですか」
 マリアお嬢様がお付きのアンナに尋ねた。消えかけた焚き火に火を点けようとしている。
「お嬢様は知らなくて良いことです」
「知りたいです。もしかしてフリンは食べ物ですか。硬いパンより甘くて柔らかいお菓子が食べたくなっちゃった」
 俄然、お嬢様はいたって前向きになった。
「ここの子供たちはチョコレートではなくて本物の木の枝を齧るのよ」
 マリアが言うのは小枝の形をしたチョコレートのことなのだが、辺境の城砦ではそんな高級なお菓子は手に入らない。子供たちはニッキという齧ると甘味のする木の枝をお菓子の代わりにくわえている。
「お嬢様、不倫とお菓子は甘いという点では似ているかもしれません。ですが、最初は甘くても、発覚してしまうと苦い思い出に変わるんです」
「そんなお菓子はいらないわ」
「お嬢様、不倫については、あとで副隊長補佐殿からじっくり教えてもらうんだね」
 ベルネがお嬢様をけしかけた。
「はい、副隊長補佐さん、よろしくお願いいたします」
「よろしくないです、お嬢様」
「副隊長補佐さん、ギロチンでバッサリですね」
 何故かギロチンで喜ぶお嬢様であった。

「それじゃあ、町へ繰り出そう」
 ベルネが立ち上がった。
「お嬢様、後片付けは頼むよ」
「はーい、またですか、ベルネさん」
「あんた、お嬢様に皿洗いを押し付けて飲みに行っているようだけど、酒場の代金はちゃんと払っているのかい」
 メイド長のエリオットが心配した。
「ツケですよ。だって、まだ給料貰ってないんですから。副隊長、早く給料ください」
「そういうことは経理の人に言って」
「もう何度も言ったよ。でもダメだった」
 副隊長補佐のアリスでさえ、まだ給料を手にしていないのだから、部下が支給されないのは当然だ。
「副隊長殿、あんたのツケにするよ、いいね」
 都合のいい時だけ「副隊長殿」と言われた。

 マリアお嬢様は食事の後片付けをおえて部屋に戻った。お嬢様には特別に個室が与えられている。
「お嬢様、今日もよくお働きくださいました」
 お付きのアンナが床に這いつくばって深々と頭を下げた。
「これも我が公国のためです、どうかご辛抱ください」
「分かっていますとも、こうして辺境の、それも軍隊に身を投じたのですから、辛いことは承知しています。だけど、どんな時もアンナがいてくれれば心強いわ」
「もったいないお言葉でございます」
「だったら、足と腰を揉んで。働き過ぎて身体中が痛いの」
 働いたのはこっちでしょ、お嬢様はサボってばかりでしたね、と思いながら、アンナは差し出された足を揉んだ。 
「それにしても、この部屋、何とかならないの。もうちょっと待遇改善してくれてもいいんじゃない」
 マリアに宛がわれた部屋というのは、あまりにもお粗末な作りだった。板張りの床で、片側に二段ベッドがあり、窓際には小さな机と椅子があるだけだった。建付けの悪い窓からはしょっちゅう隙間風が入ってくる。天井は雨漏りの染みだらけだ。
 お嬢様は二段ベッドの下段に寝ていて、上段にはドレスが詰まったトランクが幾つも置かれていた。お付きのアンナはベッドではなく床に寝ているのだった。
「お屋敷の物置より狭くて、埃っぽくて汚いわ」
「本当でございますね、王宮にいた時は・・・」
 アンナは言葉に詰まった。昔のことは言うまいと決めているのだが、つい愚痴が出てしまった。
「そうだ、仕送り催促した? 早くお金を送ってくれるように言ってよ」
「手紙は出しておりますが、仕送りが届くまでには、少し時間が掛かるかと思います。しばらくお待ちください」
「ドレスとお化粧道具も欲しいわ」
「はい、百合の紋章入りの特注ドレスは直に届くかと思います」
 マリアお嬢様にはこの辺境でも、メイド服よりは豪華なドレスを着たがるのだった。

 翌日、アリスは事務官のミカエラに遅れている給料の支払いの件を尋ねたが、いい返事はもらえなかった。これもアリスの不倫のせいだ。給料を出してもらえないとなると、また部下に脅されるだろう。
 指揮官のエルダと当面の対策を練ることにした。
「少しでも給料がもらえるように」
 と、エルダが言った。
「レイチェル、マーゴット、クーラさんたちには、メイド長の言いつけを聞いてしっかり働くように頼みました」
「それがいいです・・・というか、それぐらいしか仕事がないので」
「マリアお嬢様も頑張るそうです」
「お嬢様は、あまり役に立つとは思えませんが」
「そこはアリスさん、あなたがサポートしてあげてください」
「私がですか」
「指揮官はこの私です」
「確かに」
 アリスに事前の相談もなく決められてしまった。
「部隊長のベルネさんとスターチさんも手伝うと約束してくれました」
「今、「部隊長」と聞こえましたが、あの二人はいつから部隊長に昇進したんですか」
「ついさっき伝えました。役職手当を上乗せすると言ったら喜んでいました。何か問題でもありますか」
「いえ、それも私には相談がなかったもので」
「指揮官はこの私です」
「はい、その通りでした」
 ベルネとスターチを部隊長にしたのは城砦から逃げ出さないために処遇したのだろう。
「レイチェルたち三人は役職ではありませんが、三姉妹って呼んであげましょう」
 部隊長に三姉妹か・・・アリスの知らないところで人事が進行しているのだった。
 ドン。エルダが左手を伸ばしてアリスの脇の壁に付けた。
「うっひ」
 エルダのきれいな顔が間近に迫った。スッとした鼻先が触れそうになり息が掛かった。
 女性同士ではあるが、心臓がドキドキしてきた。
「これからも、指揮官の言うことは聞き届けてくださいね」
「はい、何でも言う通りにいたします」

後書き

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作者:かおるこ
投稿日:2021/12/11 09:49
更新日:2021/12/11 09:49
『新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編』の著作権は、すべて作者 かおるこ様に属します。

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作品ID:2358
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