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「新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編」を読み始めました。
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新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編
小説の属性:ライトノベル / 異世界ファンタジー / 激辛批評希望 / 初投稿・初心者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
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【作戦会議】
前の話 | 目次 | 次の話 |
カッセル守備隊の隊長の部下、シャルロッテことロッティーはこのところの展開に歯がゆい思いをしていた。
お嬢様から部屋を取り上げて地下牢に住まわせようとしたら、逆に牢獄に置き去りにされてしまった。腹いせに副隊長補佐のアリスの不倫を言いふらしてやった。
しかし、今度はエルダという厄介者が現れた。
地下牢に倒れていたエルダはいつの間にか指揮官と名乗るようになった。出世したのだ。今では自分よりも偉そうにしている。隊長と副隊長のイリングからは、正規の隊員でない者を採用したことを咎められた。ロッティーの評判はガタ落ちで、このままでは格下げになってしまいそうだった。
これまでは弱そうなお嬢様に狙いを付けていたが、今後は仲間のユキに任せることにして、ロッティーはエルダを標的にすると決めた。エルダをイジメて追放し、落ちかかった評価を高めるのだ。
ところが、それどころではない事態が発生した。
シュロス月光軍団が動き出したのだった。
*****
シュロスに動きありと聞いて、カッセル守備隊では、隊長のリュメック・ランドリー、副隊長のイリング、カエデ、事務官のミカエラたちが対応策を講じた。
しかし、この重要な対策会議にアリスの部隊からは誰一人として参加を許されなかった。アリスの不倫は城砦内にも遍く知られるところとなり、今や完全に無視されてしまっているのだった。
会議に出られないとあっては部下の手前、何とも示しがつかない。
アリスは城壁に上がった。アリスが心落ち着ける居場所は城壁の上くらいしかないのだ。
城壁の上は風が強く吹きまくっていた。首筋にヒューヒューと当たる。この風に乗って、どこからか矢が飛んでくるような錯覚がした。城壁の凸凹した部分、狭間(さま)の陰で首をすくめて縮こまった。狭間は敵の矢を防ぐための小壁である。矢の避け方の訓練にはもってこいだ。
着任から一か月ほどで戦場に赴くことになろうとは思ってもみなかった。とはいえ、この部隊の実状からすれば前線で戦うことなど到底不可能だ。せいぜい後方支援くらいしかできそうにない。だが、作戦会議に出られないのでは、第一希望は後方部隊です、などという意向が通るはずはない。きつい任務を押し付けられなければいいのだが。
アリスは馬に乗れないから戦場を駆け回ることは無理だ。非力なので弓は引けないし槍も振り回せない。まして、剣を抜いて相手と向かい合うことなど逆立ちしても不可能だ。そうすると歩兵になって、盾を片手に突撃隊か・・・
いざとなったら部下を見捨てて逃げるしかあるまい。あんな役立たずの替りはいくらでも見つかる。
「副隊長補佐の替りもいたりして」
それもこれも不倫をしたからだ。
「戦場初体験がバレちゃうなあ・・・? 」
人の気配がした。
「こんなところで何してるの、副隊長補佐」
アリスは城壁の上で小さくなっているところをスターチに見つかってしまった。
「作戦会議だってさ」
対策会議が終わるとアリスやエルダたちにも集合が掛かった。
僅か十人程度の部隊といえど、戦場に赴くとなると緊張感が漂っている。初めに事務官のミカエラが直前におこなわれた幹部会の報告をした。
「シュロスの駐留部隊が動き出しました。当然のことながら月光軍団も出陣してきます。ロムスタン城砦へ向かう街道に進軍するのではないかと睨んでいます。ロムスタンは州都の防衛にも、王都の防御にも欠かせない要衝です。そこで、我々も出陣することとなりました」
ロムスタン城砦を占領されると、王都の防衛網が崩れてしまいかねない。
「大変、王宮が危ないって、どうしましょう、アンナ」
マリアお嬢様が不安そうに言った。子爵の屋敷が王宮の近くにあるのだろうか。アンナが大丈夫ですよと手を握った。
「出発は三日後です。急いで準備してください」
ついに出陣だ。恐れていたことが現実になった。生きていられるのもあと数日、アリスは力なく首を垂れた。
「よし、やっと戦場に行けるぞ、真っ先に突撃してやるわ」
落ち込むアリスとは対照的にベルネは意気込む。
「十人殺せば、給料アップだ」
「それがですね、みなさんは後方支援で輸送隊の警備をしてもらうことになりました」
ミカエラの言葉がベルネの気勢を削いだ。
「後方支援だって! あたしは荷車の面倒を見るなんてお断り」
「幹部の対策会議で決定したのですから従ってください」
事務官のミカエラが言ってもベルネは不満そうに足を投げ出した。
「みなさんに紹介するわ、輸送隊の責任者カエデさんです」
ミカエラに促されてカエデが立ち上がった。
「輸送隊のカエデです。このたびは警備の仕事お願いいたします」
「はいはい、警備でも何でもやりますよ。やればいいんでしょ」
輸送隊のカエデに言われてはしかたない。ベルネも渋々、警備の任務を引き受けた。
「副隊長補佐、あんたに任せるよ、荷物の仕分けぴったりじゃん」
「はい、得意です」
助かった・・・アリスはホッとした。
輸送隊は部隊の一番後ろに配置されるから、危険な目に遭うことはない。万一の時は荷物の陰に身を隠せる。敵が迫ってきたら食料なんか放って逃げ出すのだ。
これなら戦場初体験もバレずに済むというものだ。
編成の準備のため人数を確認すると言って事務官のミカエラが見渡した。アリスの部隊は、アリス、ベルネ、スターチ、レイチェル、マーゴット、クーラ、マリア、アンナ、それに新任の指揮官エルダが加わって合計九人である。
「一、二・・・九、十・・・あれ、一人多いわ」
輸送隊の責任者カエデを加えてしまったようだ。ミカエラはカエデを入れないで数え直したが、やはり十人だった。
「十人いるわね」
不思議なことに、いつの間にか隊員が増えていた。
「お嬢様の隣にいるの誰ですか、その端っこの人」
アリスはお嬢様の隣の席に座っている見知らぬ女に気が付いた。作戦会議に参加するにしてはチュニックにズボンという軽装である。
「この人、リーナさん、お友達よ」
「何でそれを早く言わないんですか」
「入隊試験のとき、お友達になりました。でも、あれから姿が見えないから、どうしちゃったのかと心配していたの」
またしてもマリアお嬢様のお友達が出現した。
入隊試験に合格したものの召集日に姿を見せなかった隊員がいた。逃亡したのだろうと思われていたが、それがカッセルに戻ってきたのだ。
「どうも、リーナです」
リーナ。アリスには初めて聞く名前だった。しかし、この女が本当に採用された隊員だという確証はない。それに、すでにエルダが入隊しているので欠員の補充はついている。
どうしてこんな面倒なことが次から次へと起こるのだ。
「遅れて来てすみません、実は間違ってシュロスの城砦に行っちゃったんでした」
シュロスと聞いて一同はびっくりした。リーナはこれから戦おうとしているシュロスの城砦に行っていたのだ。
「間違っていたとしても、それは、偵察してきたのではありませんか」
これまで黙っていたエルダが初めて口を開いた。
「リーナさんが見てきたことを話してください。これからの戦い方に重要なことかもしれません」
促されてリーナがシュロスの城砦で見聞きしてきたことを報告した。
「シュロスの軍隊の出陣はかなり急なことで、慌ただしく準備に追われていました。月光軍団は小規模な編成にとどまり、有力な部隊が外されたようでした。なんでも、勢力争いが起きているという噂でした」
ところが、リーナがシュロスを離れる日あらたな動きがあった。
「バロンギア帝国のローズ騎士団が、王宮を発ってシュロスのある東部辺境州に向かっているというのです」
「ローズ騎士団、それはどのような部隊なのでしょうか。これまで聞いたことがありません」
事務官のミカエラもローズ騎士団の名は聞いたことがなかった。
「ローズ騎士団は王宮の親衛隊です。王都にいて皇帝に使えているとか。やたらと美人の集団だそうですよ」
「それでは、月光軍団とローズ騎士団とが合同軍を組んで攻めてくるのですか。そうなるとこちらも作戦を変更しないといけません」
月光軍団は密かに応援部隊を呼び寄せていたのだ。しかも、王宮から来るのであればバロンギア帝国の本隊ともいえる。
「ああ、それはないと思います」
リーナは合同軍説を否定した。
「月光軍団はローズ騎士団をあまり歓迎していません。どうせ物見遊山だろうって噂してました。美人を見られると喜んでいるのは城砦の住民だけでした。それに、東部辺境州の州都の軍隊も動かずに静観しているようです」
王宮からの親衛隊は増援部隊ではなく視察旅行のようだ。それでも、わざわざ来訪するとなると、もてなしや接待が大変だ。そんな時に入れ替るように月光軍団がシュロスを離れるのはどうしたことだろう。
エルダは思いを巡らせた。
リーナの話では、あまり歓迎していないというが、むしろ月光軍団はローズ騎士団を嫌って避けているように思える。出迎えしたくないと言っているようなものだ。それではローズ騎士団は快く思わないだろう。
そこに付け入るスキがあるはずだ。
「それでアタシはシュロスの城砦を後にして、チュレスタに行って温泉でまったりしてました」
「いいなあ」「ずるいよ、一人だけ」「温泉行きたーい」
三姉妹はリーナが温泉に行ったのを羨ましがった。
「そこで耳寄りな情報をゲットしました。ローズ騎士団はチュレスタの温泉でのんびり寛ぎ、それからシュロスへ行くそうです」
「そういえば」
レイチェルが手を上げた。
「カッセルに来る途中、山賊に襲われてね。その山賊もチュレスタにお客がいっぱいやってくるって言ってた。それが、ローズ騎士団だったんだ」
「なるほど、リーナさんの話と符合するわね」
どうやらリーナの話は信頼のおける確かな情報のようである。
「山賊に捕まってたら、温泉宿のメイドに売り飛ばされるところだった」
レイチェルが言うと、
「カッセルでもメイドだけどね」
マーゴットが笑った。
リーナがもたらした情報を伝えるために、カエデとミカエラが隊長のもとへ行くことになった。今度は指揮官のエルダも同行を許された。
アリスはまたしても干されたので会議室でポツンとしていた。ところが、指揮官のエルダが不在になると何となく気まずい雰囲気が漂い始めた。
「あのさぁ、美人とか気に入らないんだよね、あたし」
ベルネは輸送隊の護衛に回され、ただでさえイライラしていた。そこへ、ローズ騎士団というのが美人の集団であると聞かされたのだ。
「あーら、ベルネ、僻んでる」
スターチが参戦した。
「何よスターチ、ちょっとくらい顔がいいからって自慢しないで」
「ちょっとじゃありません、私は正真正銘の美人なの。バロンギアの騎士団なんか、この私を見たらスゴスゴ逃げ出すわよ」
ベルネとスターチが本題とはかけ離れたところで言い争いを始めた。三姉妹はひそひそ笑い、お嬢様はオロオロしている。アリスはとばっちりを受けたくないので下を向いていた。
「こんなヤツと一緒に戦場に行くもんか。荷馬車の護衛なんてみっともなくてやってられるかよ」
「ああ、そう、だったら城砦を出ていけば。部隊の人数は足りてるから」
二人はプイと横を向いた。
内も外も揉め事だらけだ、アリスはため息をついた。
後方部隊なら安全だと思っていたのだが、だんだん不安になってきた。自分だけは死にたくない。部下が盾になって守ってくれればいいが、この様子ではそれも望めそうになかった。
矢に当たったり、剣で斬られてケガをしたらどうしよう。骨折したらさぞかし痛いだろう。痛いのはダメ、血を見るのもダメ、戦場もイヤ、辺境もイヤ・・・
その前にこの場から逃げたくなった。月光軍団よりもローズ騎士団よりも目の前の事態の方が問題だ。
「ヒイイ」
ピリピリした雰囲気に耐え切れなくなったお嬢様が泣き出した。
「うるさいんだよ、お前は。いつもピーピー泣いて。いっそのこと、地下牢にでもぶち込んでおけばよかった」
ベルネが床を蹴った。お嬢様はキャッと飛び上がり、三姉妹は首をすくめた。
「これから戦場に行くんだぞ。殺すか殺されるかのどっちかだ。そんな時にメソメソしやがって」
ベルネの怒りの矛先はマリアお嬢様に向けられた。
「あたしはお前のような貴族のために戦うつもりはない。辺境の兵士が命懸けで守っているから、宮殿でのうのうとしていられるんだ。そうでもなかったら、王様だってコレさ」
ベルネが首筋に手を当てた。
「ギ、ギロチンですか、私が」
お嬢様は自分がギロチンに掛けられるかと思って震えた。お付きのアンナが言い添える。
「ベルネさん、マリアお嬢様の前でギロチンの話はやめてください。お嬢様はギロチンが・・・」
「そうだろう、誰だってギロチンは嫌いだ。首がちょん切れるんだから」
「いえ、お嬢様はこう見えて、ギロチンが・・・」
「何だ? 」
「何でもありません、ギロチンはやっぱり嫌ですよね」
「それじゃあ、戦場から帰ったら、ギロチンの替りにお嬢様を裸にして城砦の高い所に磔にしてあげよう。こいつはいい見せ物だ」
「お嬢様に当たり散らすのはやめなよ」
またもスターチが突っかかった。
「スターチはお嬢様に取り入ろうとしてるんだ。手柄を立てて召し抱えてもらおうって魂胆ね」
「何よその言い方。やってやろうじゃん」
「いいとも、決着付けようぜ」
二人は席を立って外へ飛び出した。
「ヤバいよ、敵と戦う前に味方同士でケンカになっちゃった」
「隊長、止めなくていいんですか」
三姉妹に言われても、アリスにはあの二人の間に入ってケンカを止めることなどできるわけがない。それができるなら敵陣に突撃した方がマシだ。
「やらせておけばいいのよ。戦場に行く前でカッカしてるんでしょう。ちょうどいい訓練だわ。それに私は隊長でなくて、副・隊長・補佐ですから」
「都合が悪いとすぐ逃げる」
「だったら、あなたたちが行ってやめさせなさいよ」
「ほら、こっちに八つ当たりだ」
三姉妹はお付きのアンナに合図を送り、レイチェルを先頭に腰を屈めてソロリと部屋を抜け出した。アンナもお嬢様の手を引いて駆け出した。
「あーあ、どいつもこいつも世話が焼ける。エルダさん、何とかして」
アリスも仕方なく重い腰を上げた。
ベルネとスターチの取っ組み合いが始まった。
「コノヤロー△*●」「お前なんか×◎◇だ」服を掴み、髪を引っ張り、放送禁止用語を連発してのケンカになった。
「マーゴット、あなた魔法が使えるんでしょ。あの二人に争いを止めて仲良くできる魔法を掛けなさい」
自分ではケンカを仲裁できないアリスはマーゴットの魔法に頼った。
マーゴットは魔術の本を広げてページを捲っていたが、
「ありましたっ。仲良くなれる魔法です・・・すいません、まだ習得してないんですけど」
と答えた。
「この場を収められればいいの、早くやりなさい」
「ではいきますね、でも、どうなっても知らないわよ」
マーゴットは何やら呪文を唱え、腕を大きく回して二人に狙いを定めた。
「ラブリー、愛のキューピット」
その指先からビシッと矢が放たれた・・・ように見えた。レイチェルとクーラが恐る恐る近づく。お嬢様とアンナも心配そうに後に続いた。
「どう・・・魔法が効いたかな?」
すると、ベルネが掴んでいたスターチの髪を放した。
「あーら、スターチちゃん、髪を引っ張るなんて、ワタクシとしたことが」
「こっちこそ、ベルネちゃん、お尻、蹴っ飛ばしてごめん」
さっきまで掴み合いのケンカをやっていた二人が手を放し、お互いをいたわりあっているではないか。魔法が効いたのだ。
「大成功、やったね、マーゴット」
「さすがは三姉妹のお姉ちゃん」
二人のケンカが収まったと思ったのもつかの間・・・
「スターチちゃん、可愛い」
「ベルネちゃんこそ、きゃわいい」
スターチがベルネの頬を撫で、ベルネはスターチに抱きついた。仲直りしたというよりは、どうみてもイチャイチャしている。
「アンナ、あの二人は何をしているの」
マリアお嬢様がおっかなびっくりと、いや、むしろ興味津々といった様子で前に出てきた。お付きのアンナが慌てて立ち塞がる。
「お嬢様、見てはなりません、あのようなハシタナイ行為は」
アンナの心配をよそに、二人の行為はますますエスカレートしていった。
「いやあん、そんなことしちゃダメ」
「ベルネちゃん、大好き」
「ああん、死ぬ、もっとして」
マーゴットの掛けた魔法が効き過ぎて、ベルネとスターチは恋人みたいな仲になってしまった。
「アンナ、大変。死ぬと言っているではありませんか。それなのに、もっとしてとは、どういうことなのですか?」
「お嬢様、つまり、その、男女の関係は、いえ、この場合は女性同士ではありますが、いずれにせよ、他の者には理解不能でございまして」
「私はそこが理解したいんです」
お嬢様は訓練はサボるし、台所仕事はアンナに押し付けるのに、こういう時に限って熱心になっている。
「マーゴットさん、あなたの掛けた魔法、どこかおかしかったのでは」
「すいません、これ『出会い確実、男と女のマッチング』という魔法でした」
「何という素晴らしい魔法ですこと。いえ、感心してる場合じゃないわ。お嬢様に悪影響が及んでいるではありませんか。なんとかしなさい」
「大丈夫ですよ、十五分もすれば効き目がなくなります」
「なーんだ、良かった・・・で、その後はどうなるの」
「決まってるじゃありませんか、魔法が解けたら元通りになるだけです」
「ということは・・・逃げましょう。お嬢様、急いでください」
アンナがマリアお嬢様の手を引いて駆け出したとたん、バカヤロー、クタバレ、また二人のケンカが始まった。
ローズ騎士団がシュロスを訪問することを報告に行ったエルダだったが、隊長のリュメック・ランドリーは聞き入れようとはしなかった。守備隊が周辺の街道に送り込んだ偵察部隊からは、そのような情報は伝えられていないというのだ。入隊期限を守らなかったリーナの話など信用に値しないと一蹴された。さらに、副隊長のイリングには、リーナがスパイではないかと疑われる始末だった。
結局、エルダの提案は門前払いとなってしまった。
エルダ自身も批判の的になった。隊長のリュメックに対し不確実な情報を進言したと叱られた。副隊長のイリングには、正規な試験に合格したリーナが現れたことで、エルダは非正規雇用だと決めつけられた。しかも、指揮官と名乗っていることがイリングには許せなかった。
さらに、その矛先はシャルロッテことロッティーにも向けられた。
地下牢に倒れていたエルダを間違って入隊させてしまったのはロッティーだった。エルダを採用するきっかけを作ったロッティーは、余計なことをしたと厳しく責められた。
「申し訳ありません、アリスの部下にうまいこと騙されたんです」
ロッティーが謝罪しても隊長は首を横に振った。
「エルダをクビにして城砦から追放しなさい。さもなければロッティー、お前を部隊から外すことになる」
「は、はい」
このままでは部隊から締め出され、負け組になってしまう。ロッティーは途方に暮れた。
お嬢様から部屋を取り上げて地下牢に住まわせようとしたら、逆に牢獄に置き去りにされてしまった。腹いせに副隊長補佐のアリスの不倫を言いふらしてやった。
しかし、今度はエルダという厄介者が現れた。
地下牢に倒れていたエルダはいつの間にか指揮官と名乗るようになった。出世したのだ。今では自分よりも偉そうにしている。隊長と副隊長のイリングからは、正規の隊員でない者を採用したことを咎められた。ロッティーの評判はガタ落ちで、このままでは格下げになってしまいそうだった。
これまでは弱そうなお嬢様に狙いを付けていたが、今後は仲間のユキに任せることにして、ロッティーはエルダを標的にすると決めた。エルダをイジメて追放し、落ちかかった評価を高めるのだ。
ところが、それどころではない事態が発生した。
シュロス月光軍団が動き出したのだった。
*****
シュロスに動きありと聞いて、カッセル守備隊では、隊長のリュメック・ランドリー、副隊長のイリング、カエデ、事務官のミカエラたちが対応策を講じた。
しかし、この重要な対策会議にアリスの部隊からは誰一人として参加を許されなかった。アリスの不倫は城砦内にも遍く知られるところとなり、今や完全に無視されてしまっているのだった。
会議に出られないとあっては部下の手前、何とも示しがつかない。
アリスは城壁に上がった。アリスが心落ち着ける居場所は城壁の上くらいしかないのだ。
城壁の上は風が強く吹きまくっていた。首筋にヒューヒューと当たる。この風に乗って、どこからか矢が飛んでくるような錯覚がした。城壁の凸凹した部分、狭間(さま)の陰で首をすくめて縮こまった。狭間は敵の矢を防ぐための小壁である。矢の避け方の訓練にはもってこいだ。
着任から一か月ほどで戦場に赴くことになろうとは思ってもみなかった。とはいえ、この部隊の実状からすれば前線で戦うことなど到底不可能だ。せいぜい後方支援くらいしかできそうにない。だが、作戦会議に出られないのでは、第一希望は後方部隊です、などという意向が通るはずはない。きつい任務を押し付けられなければいいのだが。
アリスは馬に乗れないから戦場を駆け回ることは無理だ。非力なので弓は引けないし槍も振り回せない。まして、剣を抜いて相手と向かい合うことなど逆立ちしても不可能だ。そうすると歩兵になって、盾を片手に突撃隊か・・・
いざとなったら部下を見捨てて逃げるしかあるまい。あんな役立たずの替りはいくらでも見つかる。
「副隊長補佐の替りもいたりして」
それもこれも不倫をしたからだ。
「戦場初体験がバレちゃうなあ・・・? 」
人の気配がした。
「こんなところで何してるの、副隊長補佐」
アリスは城壁の上で小さくなっているところをスターチに見つかってしまった。
「作戦会議だってさ」
対策会議が終わるとアリスやエルダたちにも集合が掛かった。
僅か十人程度の部隊といえど、戦場に赴くとなると緊張感が漂っている。初めに事務官のミカエラが直前におこなわれた幹部会の報告をした。
「シュロスの駐留部隊が動き出しました。当然のことながら月光軍団も出陣してきます。ロムスタン城砦へ向かう街道に進軍するのではないかと睨んでいます。ロムスタンは州都の防衛にも、王都の防御にも欠かせない要衝です。そこで、我々も出陣することとなりました」
ロムスタン城砦を占領されると、王都の防衛網が崩れてしまいかねない。
「大変、王宮が危ないって、どうしましょう、アンナ」
マリアお嬢様が不安そうに言った。子爵の屋敷が王宮の近くにあるのだろうか。アンナが大丈夫ですよと手を握った。
「出発は三日後です。急いで準備してください」
ついに出陣だ。恐れていたことが現実になった。生きていられるのもあと数日、アリスは力なく首を垂れた。
「よし、やっと戦場に行けるぞ、真っ先に突撃してやるわ」
落ち込むアリスとは対照的にベルネは意気込む。
「十人殺せば、給料アップだ」
「それがですね、みなさんは後方支援で輸送隊の警備をしてもらうことになりました」
ミカエラの言葉がベルネの気勢を削いだ。
「後方支援だって! あたしは荷車の面倒を見るなんてお断り」
「幹部の対策会議で決定したのですから従ってください」
事務官のミカエラが言ってもベルネは不満そうに足を投げ出した。
「みなさんに紹介するわ、輸送隊の責任者カエデさんです」
ミカエラに促されてカエデが立ち上がった。
「輸送隊のカエデです。このたびは警備の仕事お願いいたします」
「はいはい、警備でも何でもやりますよ。やればいいんでしょ」
輸送隊のカエデに言われてはしかたない。ベルネも渋々、警備の任務を引き受けた。
「副隊長補佐、あんたに任せるよ、荷物の仕分けぴったりじゃん」
「はい、得意です」
助かった・・・アリスはホッとした。
輸送隊は部隊の一番後ろに配置されるから、危険な目に遭うことはない。万一の時は荷物の陰に身を隠せる。敵が迫ってきたら食料なんか放って逃げ出すのだ。
これなら戦場初体験もバレずに済むというものだ。
編成の準備のため人数を確認すると言って事務官のミカエラが見渡した。アリスの部隊は、アリス、ベルネ、スターチ、レイチェル、マーゴット、クーラ、マリア、アンナ、それに新任の指揮官エルダが加わって合計九人である。
「一、二・・・九、十・・・あれ、一人多いわ」
輸送隊の責任者カエデを加えてしまったようだ。ミカエラはカエデを入れないで数え直したが、やはり十人だった。
「十人いるわね」
不思議なことに、いつの間にか隊員が増えていた。
「お嬢様の隣にいるの誰ですか、その端っこの人」
アリスはお嬢様の隣の席に座っている見知らぬ女に気が付いた。作戦会議に参加するにしてはチュニックにズボンという軽装である。
「この人、リーナさん、お友達よ」
「何でそれを早く言わないんですか」
「入隊試験のとき、お友達になりました。でも、あれから姿が見えないから、どうしちゃったのかと心配していたの」
またしてもマリアお嬢様のお友達が出現した。
入隊試験に合格したものの召集日に姿を見せなかった隊員がいた。逃亡したのだろうと思われていたが、それがカッセルに戻ってきたのだ。
「どうも、リーナです」
リーナ。アリスには初めて聞く名前だった。しかし、この女が本当に採用された隊員だという確証はない。それに、すでにエルダが入隊しているので欠員の補充はついている。
どうしてこんな面倒なことが次から次へと起こるのだ。
「遅れて来てすみません、実は間違ってシュロスの城砦に行っちゃったんでした」
シュロスと聞いて一同はびっくりした。リーナはこれから戦おうとしているシュロスの城砦に行っていたのだ。
「間違っていたとしても、それは、偵察してきたのではありませんか」
これまで黙っていたエルダが初めて口を開いた。
「リーナさんが見てきたことを話してください。これからの戦い方に重要なことかもしれません」
促されてリーナがシュロスの城砦で見聞きしてきたことを報告した。
「シュロスの軍隊の出陣はかなり急なことで、慌ただしく準備に追われていました。月光軍団は小規模な編成にとどまり、有力な部隊が外されたようでした。なんでも、勢力争いが起きているという噂でした」
ところが、リーナがシュロスを離れる日あらたな動きがあった。
「バロンギア帝国のローズ騎士団が、王宮を発ってシュロスのある東部辺境州に向かっているというのです」
「ローズ騎士団、それはどのような部隊なのでしょうか。これまで聞いたことがありません」
事務官のミカエラもローズ騎士団の名は聞いたことがなかった。
「ローズ騎士団は王宮の親衛隊です。王都にいて皇帝に使えているとか。やたらと美人の集団だそうですよ」
「それでは、月光軍団とローズ騎士団とが合同軍を組んで攻めてくるのですか。そうなるとこちらも作戦を変更しないといけません」
月光軍団は密かに応援部隊を呼び寄せていたのだ。しかも、王宮から来るのであればバロンギア帝国の本隊ともいえる。
「ああ、それはないと思います」
リーナは合同軍説を否定した。
「月光軍団はローズ騎士団をあまり歓迎していません。どうせ物見遊山だろうって噂してました。美人を見られると喜んでいるのは城砦の住民だけでした。それに、東部辺境州の州都の軍隊も動かずに静観しているようです」
王宮からの親衛隊は増援部隊ではなく視察旅行のようだ。それでも、わざわざ来訪するとなると、もてなしや接待が大変だ。そんな時に入れ替るように月光軍団がシュロスを離れるのはどうしたことだろう。
エルダは思いを巡らせた。
リーナの話では、あまり歓迎していないというが、むしろ月光軍団はローズ騎士団を嫌って避けているように思える。出迎えしたくないと言っているようなものだ。それではローズ騎士団は快く思わないだろう。
そこに付け入るスキがあるはずだ。
「それでアタシはシュロスの城砦を後にして、チュレスタに行って温泉でまったりしてました」
「いいなあ」「ずるいよ、一人だけ」「温泉行きたーい」
三姉妹はリーナが温泉に行ったのを羨ましがった。
「そこで耳寄りな情報をゲットしました。ローズ騎士団はチュレスタの温泉でのんびり寛ぎ、それからシュロスへ行くそうです」
「そういえば」
レイチェルが手を上げた。
「カッセルに来る途中、山賊に襲われてね。その山賊もチュレスタにお客がいっぱいやってくるって言ってた。それが、ローズ騎士団だったんだ」
「なるほど、リーナさんの話と符合するわね」
どうやらリーナの話は信頼のおける確かな情報のようである。
「山賊に捕まってたら、温泉宿のメイドに売り飛ばされるところだった」
レイチェルが言うと、
「カッセルでもメイドだけどね」
マーゴットが笑った。
リーナがもたらした情報を伝えるために、カエデとミカエラが隊長のもとへ行くことになった。今度は指揮官のエルダも同行を許された。
アリスはまたしても干されたので会議室でポツンとしていた。ところが、指揮官のエルダが不在になると何となく気まずい雰囲気が漂い始めた。
「あのさぁ、美人とか気に入らないんだよね、あたし」
ベルネは輸送隊の護衛に回され、ただでさえイライラしていた。そこへ、ローズ騎士団というのが美人の集団であると聞かされたのだ。
「あーら、ベルネ、僻んでる」
スターチが参戦した。
「何よスターチ、ちょっとくらい顔がいいからって自慢しないで」
「ちょっとじゃありません、私は正真正銘の美人なの。バロンギアの騎士団なんか、この私を見たらスゴスゴ逃げ出すわよ」
ベルネとスターチが本題とはかけ離れたところで言い争いを始めた。三姉妹はひそひそ笑い、お嬢様はオロオロしている。アリスはとばっちりを受けたくないので下を向いていた。
「こんなヤツと一緒に戦場に行くもんか。荷馬車の護衛なんてみっともなくてやってられるかよ」
「ああ、そう、だったら城砦を出ていけば。部隊の人数は足りてるから」
二人はプイと横を向いた。
内も外も揉め事だらけだ、アリスはため息をついた。
後方部隊なら安全だと思っていたのだが、だんだん不安になってきた。自分だけは死にたくない。部下が盾になって守ってくれればいいが、この様子ではそれも望めそうになかった。
矢に当たったり、剣で斬られてケガをしたらどうしよう。骨折したらさぞかし痛いだろう。痛いのはダメ、血を見るのもダメ、戦場もイヤ、辺境もイヤ・・・
その前にこの場から逃げたくなった。月光軍団よりもローズ騎士団よりも目の前の事態の方が問題だ。
「ヒイイ」
ピリピリした雰囲気に耐え切れなくなったお嬢様が泣き出した。
「うるさいんだよ、お前は。いつもピーピー泣いて。いっそのこと、地下牢にでもぶち込んでおけばよかった」
ベルネが床を蹴った。お嬢様はキャッと飛び上がり、三姉妹は首をすくめた。
「これから戦場に行くんだぞ。殺すか殺されるかのどっちかだ。そんな時にメソメソしやがって」
ベルネの怒りの矛先はマリアお嬢様に向けられた。
「あたしはお前のような貴族のために戦うつもりはない。辺境の兵士が命懸けで守っているから、宮殿でのうのうとしていられるんだ。そうでもなかったら、王様だってコレさ」
ベルネが首筋に手を当てた。
「ギ、ギロチンですか、私が」
お嬢様は自分がギロチンに掛けられるかと思って震えた。お付きのアンナが言い添える。
「ベルネさん、マリアお嬢様の前でギロチンの話はやめてください。お嬢様はギロチンが・・・」
「そうだろう、誰だってギロチンは嫌いだ。首がちょん切れるんだから」
「いえ、お嬢様はこう見えて、ギロチンが・・・」
「何だ? 」
「何でもありません、ギロチンはやっぱり嫌ですよね」
「それじゃあ、戦場から帰ったら、ギロチンの替りにお嬢様を裸にして城砦の高い所に磔にしてあげよう。こいつはいい見せ物だ」
「お嬢様に当たり散らすのはやめなよ」
またもスターチが突っかかった。
「スターチはお嬢様に取り入ろうとしてるんだ。手柄を立てて召し抱えてもらおうって魂胆ね」
「何よその言い方。やってやろうじゃん」
「いいとも、決着付けようぜ」
二人は席を立って外へ飛び出した。
「ヤバいよ、敵と戦う前に味方同士でケンカになっちゃった」
「隊長、止めなくていいんですか」
三姉妹に言われても、アリスにはあの二人の間に入ってケンカを止めることなどできるわけがない。それができるなら敵陣に突撃した方がマシだ。
「やらせておけばいいのよ。戦場に行く前でカッカしてるんでしょう。ちょうどいい訓練だわ。それに私は隊長でなくて、副・隊長・補佐ですから」
「都合が悪いとすぐ逃げる」
「だったら、あなたたちが行ってやめさせなさいよ」
「ほら、こっちに八つ当たりだ」
三姉妹はお付きのアンナに合図を送り、レイチェルを先頭に腰を屈めてソロリと部屋を抜け出した。アンナもお嬢様の手を引いて駆け出した。
「あーあ、どいつもこいつも世話が焼ける。エルダさん、何とかして」
アリスも仕方なく重い腰を上げた。
ベルネとスターチの取っ組み合いが始まった。
「コノヤロー△*●」「お前なんか×◎◇だ」服を掴み、髪を引っ張り、放送禁止用語を連発してのケンカになった。
「マーゴット、あなた魔法が使えるんでしょ。あの二人に争いを止めて仲良くできる魔法を掛けなさい」
自分ではケンカを仲裁できないアリスはマーゴットの魔法に頼った。
マーゴットは魔術の本を広げてページを捲っていたが、
「ありましたっ。仲良くなれる魔法です・・・すいません、まだ習得してないんですけど」
と答えた。
「この場を収められればいいの、早くやりなさい」
「ではいきますね、でも、どうなっても知らないわよ」
マーゴットは何やら呪文を唱え、腕を大きく回して二人に狙いを定めた。
「ラブリー、愛のキューピット」
その指先からビシッと矢が放たれた・・・ように見えた。レイチェルとクーラが恐る恐る近づく。お嬢様とアンナも心配そうに後に続いた。
「どう・・・魔法が効いたかな?」
すると、ベルネが掴んでいたスターチの髪を放した。
「あーら、スターチちゃん、髪を引っ張るなんて、ワタクシとしたことが」
「こっちこそ、ベルネちゃん、お尻、蹴っ飛ばしてごめん」
さっきまで掴み合いのケンカをやっていた二人が手を放し、お互いをいたわりあっているではないか。魔法が効いたのだ。
「大成功、やったね、マーゴット」
「さすがは三姉妹のお姉ちゃん」
二人のケンカが収まったと思ったのもつかの間・・・
「スターチちゃん、可愛い」
「ベルネちゃんこそ、きゃわいい」
スターチがベルネの頬を撫で、ベルネはスターチに抱きついた。仲直りしたというよりは、どうみてもイチャイチャしている。
「アンナ、あの二人は何をしているの」
マリアお嬢様がおっかなびっくりと、いや、むしろ興味津々といった様子で前に出てきた。お付きのアンナが慌てて立ち塞がる。
「お嬢様、見てはなりません、あのようなハシタナイ行為は」
アンナの心配をよそに、二人の行為はますますエスカレートしていった。
「いやあん、そんなことしちゃダメ」
「ベルネちゃん、大好き」
「ああん、死ぬ、もっとして」
マーゴットの掛けた魔法が効き過ぎて、ベルネとスターチは恋人みたいな仲になってしまった。
「アンナ、大変。死ぬと言っているではありませんか。それなのに、もっとしてとは、どういうことなのですか?」
「お嬢様、つまり、その、男女の関係は、いえ、この場合は女性同士ではありますが、いずれにせよ、他の者には理解不能でございまして」
「私はそこが理解したいんです」
お嬢様は訓練はサボるし、台所仕事はアンナに押し付けるのに、こういう時に限って熱心になっている。
「マーゴットさん、あなたの掛けた魔法、どこかおかしかったのでは」
「すいません、これ『出会い確実、男と女のマッチング』という魔法でした」
「何という素晴らしい魔法ですこと。いえ、感心してる場合じゃないわ。お嬢様に悪影響が及んでいるではありませんか。なんとかしなさい」
「大丈夫ですよ、十五分もすれば効き目がなくなります」
「なーんだ、良かった・・・で、その後はどうなるの」
「決まってるじゃありませんか、魔法が解けたら元通りになるだけです」
「ということは・・・逃げましょう。お嬢様、急いでください」
アンナがマリアお嬢様の手を引いて駆け出したとたん、バカヤロー、クタバレ、また二人のケンカが始まった。
ローズ騎士団がシュロスを訪問することを報告に行ったエルダだったが、隊長のリュメック・ランドリーは聞き入れようとはしなかった。守備隊が周辺の街道に送り込んだ偵察部隊からは、そのような情報は伝えられていないというのだ。入隊期限を守らなかったリーナの話など信用に値しないと一蹴された。さらに、副隊長のイリングには、リーナがスパイではないかと疑われる始末だった。
結局、エルダの提案は門前払いとなってしまった。
エルダ自身も批判の的になった。隊長のリュメックに対し不確実な情報を進言したと叱られた。副隊長のイリングには、正規な試験に合格したリーナが現れたことで、エルダは非正規雇用だと決めつけられた。しかも、指揮官と名乗っていることがイリングには許せなかった。
さらに、その矛先はシャルロッテことロッティーにも向けられた。
地下牢に倒れていたエルダを間違って入隊させてしまったのはロッティーだった。エルダを採用するきっかけを作ったロッティーは、余計なことをしたと厳しく責められた。
「申し訳ありません、アリスの部下にうまいこと騙されたんです」
ロッティーが謝罪しても隊長は首を横に振った。
「エルダをクビにして城砦から追放しなさい。さもなければロッティー、お前を部隊から外すことになる」
「は、はい」
このままでは部隊から締め出され、負け組になってしまう。ロッティーは途方に暮れた。
後書き
未設定
作者:かおるこ |
投稿日:2021/12/11 09:54 更新日:2021/12/11 09:54 『新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編』の著作権は、すべて作者 かおるこ様に属します。 |
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