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「新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編」を読み始めました。
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■かおるこ
新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編
小説の属性:ライトノベル / 異世界ファンタジー / 激辛批評希望 / 初投稿・初心者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
未設定
【戦いの結末】
前の話 | 目次 |
月光軍団の部隊長ナンリは周囲を見回した。トリルやマギー、パテリアたちは無事なようだが、副隊長のミレイ、戦闘員のジュリナが叩きのめされてしまった。ざっと数えて七、八十人は残っている。二十人くらいは戦場から脱出した計算だ。戦力はかなり消耗した。
隊長のスワン・フロイジアは息をしていないように見えた。守備隊の隊員に言われるまで、それが隊長だとは気が付かなかった。あの怪物にやられたのだろう。鋭い爪で摑まれたのでなければ、あんなおぞましい姿になることはない。
宙吊りで失神したカッセル守備隊の指揮官エルダが回復し、いい気になって指示を発している。悔しいがナンリは黙って見ているしかなかった。
しばらくして、参謀のコーリアスが発見された。リーナがテントの布に隠れていたところを引きずり出してきた。
指揮官のエルダはコーリアスの首に縄を掛け、その端をテントの杭に縛り付けた。宙吊りにされた代わりに地面に磔にしたのだ。
「ふん、いい眺めだわ」
先ほどとは違い、勝者と敗者が完全に逆転した。
「お前も隊長みたいになりたいか」
エルダがコーリアスの頭を踏み付けた。
「うぐう」
「叩き潰してやる、隊長のようにボロボロになれ」
「あれは怪物がやったのよ、真っ黒な怪物が」
レイチェルのことを怪物と言われ腹が立った。
「うるさい」
エルダが怒鳴り付けた。
「その言い方は何さ。もう一回言ったらタダじゃすまない」
「だって、見たんだから、恐ろしい顔をした怪物だった」
「タダじゃすまないって言っただろう、このバカ」
その美しい顔からは想像もできない言葉でコーリアスを罵った。
「お前を鞭打ちにすることにしたわ」
エルダはベルネたち三人に命じてコーリアスの服を引き裂き上半身を露わにした。
「この女、めちゃくちゃにしておやり」
コーリアスへの鞭打ち刑が始まった。
鞭の代わりに縄を手にしたベルネが一発振り下ろす。
バシン
「ぐぎゃっ」
コーリアスの背中に赤い筋が付いた。続いてリーナとスターチも縄を振り回した。縄の先端には幾つもの縄目が結ばれていた。エルダを宙吊りにしたときの縄だった。皮肉なことにコーリアスは自らが仕掛けた縄で打たれたのだった。
「次は・・・」
エルダが月光軍団を見渡した。次は自分の番かもしれない、誰もが首をすくめた。
「そうだ、お前たちにも仕返ししてやる」
新たな標的に選ばれたのはミレイとジュリナだった。二人ともアリスやエルダをいたぶったので鞭打ちは免れなかった。ベルネやリーナに縄で叩かれ、ミレイの背中にも血の筋が走った。
「あなたにも一発やらせてあげるわ」
エルダはロッティーに縄を押し付けた。
「あたしですか・・・」
ロッティーは連絡要員として隠れていたので、エルダやアリスのようにキツイ暴行は受けていない。しかも相手は無抵抗なので、鞭で叩くのには躊躇いがあった。
「私の命令が聞けないの・・・ロッティー。ああ、そうでした、あんたは逃げ出した隊長の取り巻きだったよね」
今更そんなことを持ち出すのかとロッティーは当惑した。
「私の命令に背くなら、一人だけ置き去りにしようか。こいつらに復讐されるわよ。それでもいいの? 」
敵陣に取り残されたのではかなわない、ロッティーは渋々、縄を受け取った。
「そうだよロッティー、あんたはやれるんだ。いつだったか、私に襲いかかったことがあったでしょ。あの調子でやればいいのよ」
気絶していたところを助けてあげたというのに、エルダはそれを忘れたかのように命令を出している。しかし、エルダには逆らえない。敵が憎いというよりは仲間はずれにされたくなかった。
パシッ。
ロッティーはミレイの背中をピシャリと叩いた。
次にエルダは月光軍団の副隊長フィデス・ステンマルクにも手を伸ばした。
「参謀はめった打ちにしてやった。さっきの仕返しをしてるだけ」
次第にエルダの私刑の様相を呈してきている。
「心配しなくていいのよ、あなたには手を出さない。約束するわ。お嬢様たちを見逃してくれたことがあったものね」
右手でフィデスの顎を上げさせた。
「助けてあげる。だから、私のモノになりなさい」
「エルダさんのモノ? 」
フィデスが見上げたエルダの顔は異様だった。目はギラギラと輝き、唇は血のように真っ赤だ。
「そう、あなたが欲しくなったの。フィデスさんは大事にしてあげるわよ」
「あ、ありがとうございます」
「さてと、参謀を痛め付けてくるとしようか」
コーリアスの尋問が再開された。
「レイチェルはどこ、どこへ連れて行ったの」
「あの見習い隊員は、隊長が崖から落として殺せと・・・」
「それなら、参謀のお前も同罪だ」
レイチェルを崖から落とすように命じたのは隊長と参謀だ。実行したのは別の隊員だろうが、その隊員もすでに死んだ。血だらけの服がその証拠だ。
隊長はすでにその報いを受けている。
しかし、レイチェルに変身するように命じたのはエルダだった。
どうしたらいい・・・
その矛先は参謀のコーリアスにぶつけるしかなかった。
「降参しなさい」
エルダは怒りに任せてコーリアスの顔を踏み付け、つま先をグリリと鼻に擦り付けた。
「月光軍団は降伏しますと言うのよ。さもないと顔を踏み潰す」
「痛い、やめてっ」
「コーリアス、お前、さっき私がやめてといったのにやめてくれなかったじゃない。自分の番になったら助けてくれなんて身勝手なんだよ」
宙吊りで痛め付けられた代償は降伏で償わせるしかない。
「さっさと降伏しろ」
「うう」
エルダはコーリアスの顔を蹴った。二度、三度と蹴り続ける。コーリアスの唇が切れて血が垂れた。
「月光軍団は降伏するんだ」
「・・・こ、降参、降参します。エルダ、エルダさん、許してください」
ついに月光軍団の参謀のコーリアスが降伏した。
カッセル守備隊がシュロス月光軍団に勝利したのだった。
守備隊は月光軍団の武器を取り上げ武装解除させると、戦闘員の兵士を縛り上げた。降伏を認めたコーリアスは杭に括り付け、降伏の象徴、白い布を首に巻き付けた。
しかし、まだカッセルには帰れない。レイチェルを探し出さなければならなかった。エルダ、アリス、それにロッティーの三人が見張りとして残り、カエデやベルネたちは二手に分かれてレイチェルの捜索に向かった。
〇 〇 〇
【長くなりましたので、次に続くシーンはあらすじだけで書きます。ご了承ください】
守備隊の隊員がレイチェルの捜索に向かった直後、エルダの身体に異変が起こります。全身が熱を帯び、とくに右腕と左足の自由が利かなくなってしまいました。アリスとロッティーがエルダを抱えテントに運びました。月光軍団の魔法使いのカンナがこれを見逃しませんでした。見張りは二人しかいない、エルダを襲って再び形勢をひっくり返すには絶好のチャンスです。カンナはエルダを襲撃しようと・・・
〇 〇 〇
剣や槍は取り上げられたがカンナに魔術という武器がある。指先からカミナリを発して焼き殺すのだ。
「エルダ、死ねっ」
エルダが隠れているテントの幕を捲った。
「!」
そこでカンナが見た物は不思議な人体だった。
エルダが伸ばした左足、その膝下の部分には「蓋」が開いていた。
「な、なに、それ」
蓋の内側には時計の歯車のような部品が取り付けられていたのだ。
一瞬、躊躇ったが、カンナはエルダに指先を向けてカミナリを放った。というより、止めることができなかった。
ビガッ
「ぐぎゃあ」
悲鳴を上げたのはカンナの方だった。勢いよく吹っ飛ばされてドタンとひっくり返った。魔術で発射したカミナリが跳ね返されたのだ。それでも二発目を放つために腕を伸ばした。
バリン、ドン
今度は稲妻がカンナを直撃した。カンナの身体からはブスブスと煙が上がった。
月光軍団の反撃はあっけなく終わった。
アリスとロッティーがテントに近寄った。雷の直撃を受けた月光軍団の隊員の服は焼け焦げている。すでに死んだようにしか見えなかった。
テントの中でも雷が光った。テントの中にはエルダがいるのだ。
「エルダさん」と呼びかけたが返事はない。
「ぎゃっ」
またテントの中で稲光りがした。
今のはいったい何だろう・・・月光軍団の部隊長ナンリは目を疑った。
カンナがテントを捲ったとき、エルダの足がチラリと見えた。その足には「蓋」があったのだ。蓋が開いてピカッと光り、雷が飛び出してカンナに命中した。カンナは空から落ちた雷に撃たれたのではない、エルダの左足に撃たれたのだ。
蓋の付いた人体などあるわけがない、だが、確かに見たのだ。
カンナが心配だ。しかし、助けにいきたくても縄で縛られているのでは動けなかった。
そのころ・・・崖の下では、地下世界の住人ニーベルがレイチェルを抱きかかえていた。
レイチェルは変身が解けて元の姿に戻り、あどけない顔でぐっすり眠っている。レイチェルを変身させ、エネルギーを消耗させて命を奪うのが目的だった。しかし、今回は不首尾に終わった。レイチェルは敵の兵士の血を吸い尽くして栄養を補給したのだった。木の枝に見るも無残な死骸が引っかかっていた。
ニーベルはレイチェルを肩に担いで急な崖の斜面を一歩、また一歩とよじ登った。
『レイチェル・・・』『どこにいるの、返事して』
遠くからレイチェルを呼ぶ仲間の声が聞こえた。
レイチェルを横たえさせるとニーベルは再び崖の下へと降りて行った。
レイチェル発見を知らせようと宿営地に舞い戻ったリーナだったが、テントの異常事態を見て立ちつくした。アリスに子細を尋ねると、月光軍団が反乱を起こしたものの、その隊員は雷の直撃を受けたということだった。地面には服が焼け焦げた隊員が倒れていた。
「テントにエルダさんがいるの」
ロッティーがテントを指差した。テントの中にも落雷があったとみえて屋根の頂上が焼け焦げていた。これではエルダの命も心配だ。リーナはアリスたちを下がらせてテントの布を捲った。
「エルダさん、無事か」
「ああ・・・」
テントの片隅で指揮官のエルダが膝を抱えていた。顔は蒼白で怯えたように目を見開いている。
エルダは無事だった。
「よかった」アリスがテントに飛び込んでエルダと抱き合った。
「エルダさん、レイチェルが見つかったよ、無事だった」
リーナがそう言うとエルダの顔に赤みが射した。
レイチェルはマリアお嬢様と手をつなぎ、三姉妹のマーゴットとクーラに囲まれていた。
「コイツ、心配かけやがって」
ベルネがレイチェルの頭を叩いた。めっぽう手荒い歓迎だ。
「どひゃー、痛いでおます」
「喜べ、生きている証拠だ」
「みんなにどつかれてしまいましたねん」
「頭の打ちどころが悪かったのね」
レイチェルの言葉遣いがおかしいのでクーラが笑った。
「それで喋りかたが変なのか、それじゃもう一発ぶちかましてやるか」
「かんにんどすえ、痛いでごわす」
指揮官のエルダはテントの中で休んでいたが、元の姿に戻って返ってきたレイチェルを見て這い出してきた。
「レイチェル」
「エルダさん」
「無事で帰ってきてくれて、よかった」
エルダはレイチェルを抱きしめた。
「ごめんね、レイチェル」
*****
カッセル守備隊の帰還が始まった。
月光軍団の装備品からバロンギア帝国の帝国旗と月光軍団の旗を没収した。勝利した証拠に月光軍団の旗を持って凱旋するのだ。他にも二台の馬車、金貨、作業着などを奪い取った。レイチェルたち三姉妹は汚れた服を脱いでシュロス月光軍団の作業服に着替えた。
「大きさ、ピッタリじゃん」
三姉妹は新しい服に袖を通して喜んだ。
「みんな、集まって」
エルダが号令をかけた。
「よく頑張ってくれました。おかげでカッセル守備隊は月光軍団に勝利しました」
「おおー」「勝ったぞ」「やったー」
「全員揃って、カッセルに・・・カッセルの城砦に凱旋しましょう」
ロッティーはカッセルに帰れると決まって喜びもひとしおだった。しんがり部隊の役目どころか、大成果を挙げることができた。これで、隊長のチサトに認められ復職が叶うだろう。一時はエルダを見捨てて逃げようとしたが、思い留まって良かった。逃げていたら今度こそ負け組になるところだった。
一方、敗れたシュロス月光軍団は惨めだった。ナンリが点呼を取ると、残っているのは七十人あまりになっていた。隊長のスワン・フロイジアと魔法使いのカンナが死亡し、ミレイやコーリアスは大怪我を負った。トリルやマギー、パテリアたちは無事だったが、二十人ほどが行方不明になっていた。無事にシュロスへ逃げ落ちてくれればいいのだが。
守備隊の見習い隊員でお嬢様と呼ばれている者が負傷者の手当てをしてくれていた。ナンリも「大丈夫ですか」と声を掛けられた。弱々しい隊員に慰められてますます悔しさがこみ上げてきた。
指揮官のエルダが来た。
「ナンリさん、撤退の指揮を執るといいわ。そう思って、あなたには手を出さなかったのよ。感謝しなさいね」
撤収部隊の指揮を執らせてもらえることには感謝せざるを得ない。
「捕虜を貰っていきます。一人はフィデスさん、あとは・・・あの子にしようかな」
エルダが若手の隊員パテリアを指した。フィデスを捕虜にされたうえ、パテリアまで攫っていくという。しかし、ナンリは力なく頷くしかなかった。
「フィデスさんとパテリアですか・・・二人のこと、くれぐれもよろしくお願いします」
「いいわよ、お願いはしっかり聞いておく」
エルダがナンリの耳元に寄った。
「私からもお願いがあるんだ」
そう言って左足をトントンと叩いた。
「さっきのこと、黙っていてね・・・私の秘密、そう言えば分かるでしょう」
稲妻を発射した左足のことだ。
「無事に捕虜を返して欲しかったら、このことは忘れなさい」
捕虜になったフィデスとパテリアのことを思えば、ここは知らぬふりを通すしかない。
「エルダさんの秘密・・・何のことでしょうか」
「ふふふ、それでいいわ。思った通り、あなたは良くできた人ね」
敵の指揮官に褒められても少しも嬉しくなかった。
「ナンリさん、私の部下になってくれないかしら」
「部下・・・カッセル守備隊に入れということですか」
何を言い出すのだ、この女は。
「そうよ、だって、ローズ騎士団がシュロスに向かっているんでしょう。もし、ローズ騎士団と戦いになったら、その時には、あなたがいれば心強いんだけど」
エルダの口からローズ騎士団の名が出た。
ローズ騎士団がシュロスの城砦に来ることを知っていたのか・・・
ナンリは愕然とする思いだった。
「こっちもかなりの被害を受けたから、すぐには戦いたくない心境だけどね」
それからナンリは捕虜になるフィデス・ステンマルクと別れの挨拶をした。お互い、この仇を返す日まで無事でいようと誓い合った。
シュロス月光軍団は死亡したスワン・フロイジアとカンナに白い布を被せ冥福を祈った。これにはカッセル守備隊も一緒に手を合わせてくれた。
しばらくしてカッセル守備隊の馬車が動き出した。
馬車にはお嬢様が乗り込み、フィデスとパテリアも乗せられた。二人を丁寧に扱ってくれたのでナンリは安堵した。
歩き出したエルダは立ち止まって振り返り、月光軍団に向かって手を合わせた。
スワンとカンナ、あの二人は、私が殺してしまった・・・
「隊長」
馬車に乗り込んだエルダが呼び掛けた。
「アリスさん、今日からカッセル守備隊の新しい隊長になってください」
「あたしが隊長ですか、それはどうも」
隊長と言われてもピンとこない。
「隊長、さっそくですが、一つ命令を出していただいてよろしいでしょうか」
「はいはい、何でしょう」
「頑張ったご褒美として、三姉妹をチュレスタの温泉に行かせてやりたいのですが」
「はい、司令官殿」
アリスは迷わずエルダを司令官と呼んだ。
新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス前編を終わります。ここまで、お読みいただきありがとうございました。
第二巻 カッセルとシュロス中編へと続きます。
隊長のスワン・フロイジアは息をしていないように見えた。守備隊の隊員に言われるまで、それが隊長だとは気が付かなかった。あの怪物にやられたのだろう。鋭い爪で摑まれたのでなければ、あんなおぞましい姿になることはない。
宙吊りで失神したカッセル守備隊の指揮官エルダが回復し、いい気になって指示を発している。悔しいがナンリは黙って見ているしかなかった。
しばらくして、参謀のコーリアスが発見された。リーナがテントの布に隠れていたところを引きずり出してきた。
指揮官のエルダはコーリアスの首に縄を掛け、その端をテントの杭に縛り付けた。宙吊りにされた代わりに地面に磔にしたのだ。
「ふん、いい眺めだわ」
先ほどとは違い、勝者と敗者が完全に逆転した。
「お前も隊長みたいになりたいか」
エルダがコーリアスの頭を踏み付けた。
「うぐう」
「叩き潰してやる、隊長のようにボロボロになれ」
「あれは怪物がやったのよ、真っ黒な怪物が」
レイチェルのことを怪物と言われ腹が立った。
「うるさい」
エルダが怒鳴り付けた。
「その言い方は何さ。もう一回言ったらタダじゃすまない」
「だって、見たんだから、恐ろしい顔をした怪物だった」
「タダじゃすまないって言っただろう、このバカ」
その美しい顔からは想像もできない言葉でコーリアスを罵った。
「お前を鞭打ちにすることにしたわ」
エルダはベルネたち三人に命じてコーリアスの服を引き裂き上半身を露わにした。
「この女、めちゃくちゃにしておやり」
コーリアスへの鞭打ち刑が始まった。
鞭の代わりに縄を手にしたベルネが一発振り下ろす。
バシン
「ぐぎゃっ」
コーリアスの背中に赤い筋が付いた。続いてリーナとスターチも縄を振り回した。縄の先端には幾つもの縄目が結ばれていた。エルダを宙吊りにしたときの縄だった。皮肉なことにコーリアスは自らが仕掛けた縄で打たれたのだった。
「次は・・・」
エルダが月光軍団を見渡した。次は自分の番かもしれない、誰もが首をすくめた。
「そうだ、お前たちにも仕返ししてやる」
新たな標的に選ばれたのはミレイとジュリナだった。二人ともアリスやエルダをいたぶったので鞭打ちは免れなかった。ベルネやリーナに縄で叩かれ、ミレイの背中にも血の筋が走った。
「あなたにも一発やらせてあげるわ」
エルダはロッティーに縄を押し付けた。
「あたしですか・・・」
ロッティーは連絡要員として隠れていたので、エルダやアリスのようにキツイ暴行は受けていない。しかも相手は無抵抗なので、鞭で叩くのには躊躇いがあった。
「私の命令が聞けないの・・・ロッティー。ああ、そうでした、あんたは逃げ出した隊長の取り巻きだったよね」
今更そんなことを持ち出すのかとロッティーは当惑した。
「私の命令に背くなら、一人だけ置き去りにしようか。こいつらに復讐されるわよ。それでもいいの? 」
敵陣に取り残されたのではかなわない、ロッティーは渋々、縄を受け取った。
「そうだよロッティー、あんたはやれるんだ。いつだったか、私に襲いかかったことがあったでしょ。あの調子でやればいいのよ」
気絶していたところを助けてあげたというのに、エルダはそれを忘れたかのように命令を出している。しかし、エルダには逆らえない。敵が憎いというよりは仲間はずれにされたくなかった。
パシッ。
ロッティーはミレイの背中をピシャリと叩いた。
次にエルダは月光軍団の副隊長フィデス・ステンマルクにも手を伸ばした。
「参謀はめった打ちにしてやった。さっきの仕返しをしてるだけ」
次第にエルダの私刑の様相を呈してきている。
「心配しなくていいのよ、あなたには手を出さない。約束するわ。お嬢様たちを見逃してくれたことがあったものね」
右手でフィデスの顎を上げさせた。
「助けてあげる。だから、私のモノになりなさい」
「エルダさんのモノ? 」
フィデスが見上げたエルダの顔は異様だった。目はギラギラと輝き、唇は血のように真っ赤だ。
「そう、あなたが欲しくなったの。フィデスさんは大事にしてあげるわよ」
「あ、ありがとうございます」
「さてと、参謀を痛め付けてくるとしようか」
コーリアスの尋問が再開された。
「レイチェルはどこ、どこへ連れて行ったの」
「あの見習い隊員は、隊長が崖から落として殺せと・・・」
「それなら、参謀のお前も同罪だ」
レイチェルを崖から落とすように命じたのは隊長と参謀だ。実行したのは別の隊員だろうが、その隊員もすでに死んだ。血だらけの服がその証拠だ。
隊長はすでにその報いを受けている。
しかし、レイチェルに変身するように命じたのはエルダだった。
どうしたらいい・・・
その矛先は参謀のコーリアスにぶつけるしかなかった。
「降参しなさい」
エルダは怒りに任せてコーリアスの顔を踏み付け、つま先をグリリと鼻に擦り付けた。
「月光軍団は降伏しますと言うのよ。さもないと顔を踏み潰す」
「痛い、やめてっ」
「コーリアス、お前、さっき私がやめてといったのにやめてくれなかったじゃない。自分の番になったら助けてくれなんて身勝手なんだよ」
宙吊りで痛め付けられた代償は降伏で償わせるしかない。
「さっさと降伏しろ」
「うう」
エルダはコーリアスの顔を蹴った。二度、三度と蹴り続ける。コーリアスの唇が切れて血が垂れた。
「月光軍団は降伏するんだ」
「・・・こ、降参、降参します。エルダ、エルダさん、許してください」
ついに月光軍団の参謀のコーリアスが降伏した。
カッセル守備隊がシュロス月光軍団に勝利したのだった。
守備隊は月光軍団の武器を取り上げ武装解除させると、戦闘員の兵士を縛り上げた。降伏を認めたコーリアスは杭に括り付け、降伏の象徴、白い布を首に巻き付けた。
しかし、まだカッセルには帰れない。レイチェルを探し出さなければならなかった。エルダ、アリス、それにロッティーの三人が見張りとして残り、カエデやベルネたちは二手に分かれてレイチェルの捜索に向かった。
〇 〇 〇
【長くなりましたので、次に続くシーンはあらすじだけで書きます。ご了承ください】
守備隊の隊員がレイチェルの捜索に向かった直後、エルダの身体に異変が起こります。全身が熱を帯び、とくに右腕と左足の自由が利かなくなってしまいました。アリスとロッティーがエルダを抱えテントに運びました。月光軍団の魔法使いのカンナがこれを見逃しませんでした。見張りは二人しかいない、エルダを襲って再び形勢をひっくり返すには絶好のチャンスです。カンナはエルダを襲撃しようと・・・
〇 〇 〇
剣や槍は取り上げられたがカンナに魔術という武器がある。指先からカミナリを発して焼き殺すのだ。
「エルダ、死ねっ」
エルダが隠れているテントの幕を捲った。
「!」
そこでカンナが見た物は不思議な人体だった。
エルダが伸ばした左足、その膝下の部分には「蓋」が開いていた。
「な、なに、それ」
蓋の内側には時計の歯車のような部品が取り付けられていたのだ。
一瞬、躊躇ったが、カンナはエルダに指先を向けてカミナリを放った。というより、止めることができなかった。
ビガッ
「ぐぎゃあ」
悲鳴を上げたのはカンナの方だった。勢いよく吹っ飛ばされてドタンとひっくり返った。魔術で発射したカミナリが跳ね返されたのだ。それでも二発目を放つために腕を伸ばした。
バリン、ドン
今度は稲妻がカンナを直撃した。カンナの身体からはブスブスと煙が上がった。
月光軍団の反撃はあっけなく終わった。
アリスとロッティーがテントに近寄った。雷の直撃を受けた月光軍団の隊員の服は焼け焦げている。すでに死んだようにしか見えなかった。
テントの中でも雷が光った。テントの中にはエルダがいるのだ。
「エルダさん」と呼びかけたが返事はない。
「ぎゃっ」
またテントの中で稲光りがした。
今のはいったい何だろう・・・月光軍団の部隊長ナンリは目を疑った。
カンナがテントを捲ったとき、エルダの足がチラリと見えた。その足には「蓋」があったのだ。蓋が開いてピカッと光り、雷が飛び出してカンナに命中した。カンナは空から落ちた雷に撃たれたのではない、エルダの左足に撃たれたのだ。
蓋の付いた人体などあるわけがない、だが、確かに見たのだ。
カンナが心配だ。しかし、助けにいきたくても縄で縛られているのでは動けなかった。
そのころ・・・崖の下では、地下世界の住人ニーベルがレイチェルを抱きかかえていた。
レイチェルは変身が解けて元の姿に戻り、あどけない顔でぐっすり眠っている。レイチェルを変身させ、エネルギーを消耗させて命を奪うのが目的だった。しかし、今回は不首尾に終わった。レイチェルは敵の兵士の血を吸い尽くして栄養を補給したのだった。木の枝に見るも無残な死骸が引っかかっていた。
ニーベルはレイチェルを肩に担いで急な崖の斜面を一歩、また一歩とよじ登った。
『レイチェル・・・』『どこにいるの、返事して』
遠くからレイチェルを呼ぶ仲間の声が聞こえた。
レイチェルを横たえさせるとニーベルは再び崖の下へと降りて行った。
レイチェル発見を知らせようと宿営地に舞い戻ったリーナだったが、テントの異常事態を見て立ちつくした。アリスに子細を尋ねると、月光軍団が反乱を起こしたものの、その隊員は雷の直撃を受けたということだった。地面には服が焼け焦げた隊員が倒れていた。
「テントにエルダさんがいるの」
ロッティーがテントを指差した。テントの中にも落雷があったとみえて屋根の頂上が焼け焦げていた。これではエルダの命も心配だ。リーナはアリスたちを下がらせてテントの布を捲った。
「エルダさん、無事か」
「ああ・・・」
テントの片隅で指揮官のエルダが膝を抱えていた。顔は蒼白で怯えたように目を見開いている。
エルダは無事だった。
「よかった」アリスがテントに飛び込んでエルダと抱き合った。
「エルダさん、レイチェルが見つかったよ、無事だった」
リーナがそう言うとエルダの顔に赤みが射した。
レイチェルはマリアお嬢様と手をつなぎ、三姉妹のマーゴットとクーラに囲まれていた。
「コイツ、心配かけやがって」
ベルネがレイチェルの頭を叩いた。めっぽう手荒い歓迎だ。
「どひゃー、痛いでおます」
「喜べ、生きている証拠だ」
「みんなにどつかれてしまいましたねん」
「頭の打ちどころが悪かったのね」
レイチェルの言葉遣いがおかしいのでクーラが笑った。
「それで喋りかたが変なのか、それじゃもう一発ぶちかましてやるか」
「かんにんどすえ、痛いでごわす」
指揮官のエルダはテントの中で休んでいたが、元の姿に戻って返ってきたレイチェルを見て這い出してきた。
「レイチェル」
「エルダさん」
「無事で帰ってきてくれて、よかった」
エルダはレイチェルを抱きしめた。
「ごめんね、レイチェル」
*****
カッセル守備隊の帰還が始まった。
月光軍団の装備品からバロンギア帝国の帝国旗と月光軍団の旗を没収した。勝利した証拠に月光軍団の旗を持って凱旋するのだ。他にも二台の馬車、金貨、作業着などを奪い取った。レイチェルたち三姉妹は汚れた服を脱いでシュロス月光軍団の作業服に着替えた。
「大きさ、ピッタリじゃん」
三姉妹は新しい服に袖を通して喜んだ。
「みんな、集まって」
エルダが号令をかけた。
「よく頑張ってくれました。おかげでカッセル守備隊は月光軍団に勝利しました」
「おおー」「勝ったぞ」「やったー」
「全員揃って、カッセルに・・・カッセルの城砦に凱旋しましょう」
ロッティーはカッセルに帰れると決まって喜びもひとしおだった。しんがり部隊の役目どころか、大成果を挙げることができた。これで、隊長のチサトに認められ復職が叶うだろう。一時はエルダを見捨てて逃げようとしたが、思い留まって良かった。逃げていたら今度こそ負け組になるところだった。
一方、敗れたシュロス月光軍団は惨めだった。ナンリが点呼を取ると、残っているのは七十人あまりになっていた。隊長のスワン・フロイジアと魔法使いのカンナが死亡し、ミレイやコーリアスは大怪我を負った。トリルやマギー、パテリアたちは無事だったが、二十人ほどが行方不明になっていた。無事にシュロスへ逃げ落ちてくれればいいのだが。
守備隊の見習い隊員でお嬢様と呼ばれている者が負傷者の手当てをしてくれていた。ナンリも「大丈夫ですか」と声を掛けられた。弱々しい隊員に慰められてますます悔しさがこみ上げてきた。
指揮官のエルダが来た。
「ナンリさん、撤退の指揮を執るといいわ。そう思って、あなたには手を出さなかったのよ。感謝しなさいね」
撤収部隊の指揮を執らせてもらえることには感謝せざるを得ない。
「捕虜を貰っていきます。一人はフィデスさん、あとは・・・あの子にしようかな」
エルダが若手の隊員パテリアを指した。フィデスを捕虜にされたうえ、パテリアまで攫っていくという。しかし、ナンリは力なく頷くしかなかった。
「フィデスさんとパテリアですか・・・二人のこと、くれぐれもよろしくお願いします」
「いいわよ、お願いはしっかり聞いておく」
エルダがナンリの耳元に寄った。
「私からもお願いがあるんだ」
そう言って左足をトントンと叩いた。
「さっきのこと、黙っていてね・・・私の秘密、そう言えば分かるでしょう」
稲妻を発射した左足のことだ。
「無事に捕虜を返して欲しかったら、このことは忘れなさい」
捕虜になったフィデスとパテリアのことを思えば、ここは知らぬふりを通すしかない。
「エルダさんの秘密・・・何のことでしょうか」
「ふふふ、それでいいわ。思った通り、あなたは良くできた人ね」
敵の指揮官に褒められても少しも嬉しくなかった。
「ナンリさん、私の部下になってくれないかしら」
「部下・・・カッセル守備隊に入れということですか」
何を言い出すのだ、この女は。
「そうよ、だって、ローズ騎士団がシュロスに向かっているんでしょう。もし、ローズ騎士団と戦いになったら、その時には、あなたがいれば心強いんだけど」
エルダの口からローズ騎士団の名が出た。
ローズ騎士団がシュロスの城砦に来ることを知っていたのか・・・
ナンリは愕然とする思いだった。
「こっちもかなりの被害を受けたから、すぐには戦いたくない心境だけどね」
それからナンリは捕虜になるフィデス・ステンマルクと別れの挨拶をした。お互い、この仇を返す日まで無事でいようと誓い合った。
シュロス月光軍団は死亡したスワン・フロイジアとカンナに白い布を被せ冥福を祈った。これにはカッセル守備隊も一緒に手を合わせてくれた。
しばらくしてカッセル守備隊の馬車が動き出した。
馬車にはお嬢様が乗り込み、フィデスとパテリアも乗せられた。二人を丁寧に扱ってくれたのでナンリは安堵した。
歩き出したエルダは立ち止まって振り返り、月光軍団に向かって手を合わせた。
スワンとカンナ、あの二人は、私が殺してしまった・・・
「隊長」
馬車に乗り込んだエルダが呼び掛けた。
「アリスさん、今日からカッセル守備隊の新しい隊長になってください」
「あたしが隊長ですか、それはどうも」
隊長と言われてもピンとこない。
「隊長、さっそくですが、一つ命令を出していただいてよろしいでしょうか」
「はいはい、何でしょう」
「頑張ったご褒美として、三姉妹をチュレスタの温泉に行かせてやりたいのですが」
「はい、司令官殿」
アリスは迷わずエルダを司令官と呼んだ。
新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス前編を終わります。ここまで、お読みいただきありがとうございました。
第二巻 カッセルとシュロス中編へと続きます。
後書き
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作者:かおるこ |
投稿日:2021/12/11 14:17 更新日:2021/12/11 14:17 『新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編』の著作権は、すべて作者 かおるこ様に属します。 |
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