作品ID:2366
あなたの読了ステータス
(読了ボタン正常)一般ユーザと認識
「新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編」を読み始めました。
読了ステータス(人数)
読了(37)・読中(1)・読止(0)・一般PV数(80)
読了した住民(一般ユーザは含まれません)
新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編
小説の属性:ライトノベル / 異世界ファンタジー / 激辛批評希望 / 初投稿・初心者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
未設定
【怪物?】
前の話 | 目次 | 次の話 |
最初の一撃で全てが決まったと言っても言い過ぎではなかった。
月光軍団のテントが押し潰され隊長と参謀が下敷きになった。隊長のスワン・フロイジアは折れた支柱に足を挟まれ、参謀のコーリアスはテントの布に絡めとられた。
「うわっ、ひゃあ」
突風が吹いたと思ったコーリアスは夜空を見上げた。
「な、なに」
テントにのしかかっていたのは・・・
コーリアスが目にしたのは全身が黒い鎧兜に覆われた何者かだった。
黒ずくめの騎士が襲ってきたのだ。これまでにも、たびたび現れた黒い騎士、悪魔とも怪物とも呼ばれていた黒い騎士、それが月光軍団のテントを襲ってきたのだ。
「ギャア」「ヒエエエ」「逃げろ」あちこちから悲鳴が上がった。誰かが「怪物」と叫んだ。
それはまさしく怪物だった。黒ずくめの騎士ではない。背中にはハゲタカのような大きな翼が広がっているではないか。姿形が異様なうえに、怪物の身体からは何やら衝撃波が発せられている。衝撃波が月光軍団の宿営地に波紋となって広がっていった。コーリアスも体中が痺れた。
怪物がテントに腕を突っ込みスワンの頭を掴んだ。
「うぎゃあ」
スワンが吊し上げられる。コーリアスはあまりの恐ろしさに腰が抜けた。
何かが起きた。
月光軍団の宿営地の方向からメリメリ、ドタンと物が壊れる音がとどろき、悲鳴と怒号があがった
木立に潜んでいたカッセル守備隊のロッティーは異変を察知した。エルダが気絶し、レイチェルが連れ去られるのを見て、後方部隊の待機場所へ逃げるタイミングを計っていたところだった。
「どうするんだっけ」
思い出した、花火だ。
カエデたちに知らせるために合図の花火打ち上げるのだった。レイチェルが変身するという作戦が成功したかどうか、まだ分からないが、ここは合図を送るべきだと判断した。
筒を取り出し震える手で着火すると、夜空にヒュルヒュルと花火が上がった。
「よし、次は」
一つ任務を果たすと不思議に気持ちが落ち着いてきた。これ以上、事態は悪くはならないと思えてきた。ロッティーは後方の部隊が到着するのを待つことなく捕虜の救出に向かった。
真っ先にベルネとスターチの縄を解く、これで戦力を確保できた。
「ロッティー、ありがとう。何があったの」
「あたしにも分からない。合図を送ったから、じきに助けが来るわ」
次はエルダとアリスだ。
「エルダさん」
「ううん・・・うう」
ロッティーが背中を叩くとエルダがかすかに呻いた。良かった息を吹き返した。
しかし、顔は殴られて腫れ上がり、その目は虚ろだ。肩まで伸びていた髪もザックリと切られ、顎には血が滲んでいた。自力では立ち上がれそうにないので抱き起こして木の根元に寝かせた。
「酷いことをされたわ」
スターチがエルダの頬を拭った。
その間にベルネが副隊長補佐のアリスを自由にした。
残るはレイチェルだ。
「レイチェルはどこ? 」
その時、また闇を引き裂いて悲鳴が上がった。まだ戦いは続いているのだ。しかし、ベルネたちにも状況がつかめなかった。何が起こったのか状況を確認することが先決だ。そしてレイチェルを救出しなければならない。
「ロッティーはここに残って後から来る者と合流してくれ。二人で敵陣に向かう」
ベルネとスターチは悲鳴の聞こえた方へ駆けだした。
「あひひひ」
黒づくめの鎧に身を包んだ怪物がスワンに迫ってくる。鋭い爪先が襟に触れゆっくりと下へ下りた。ビリリと服が引き裂かれ肩が剥き出しになった。助けてと叫ぼうとしたが口の中に鋼鉄の指が押し込まれた。
「・・・オゴッ」
やられた。
カッセル守備隊のベルネとスターチは月光軍団のテントが見える場所に着いた。
敵を見つけてベルネが戦闘態勢をとった。月光軍団の隊員は五、六十人ほどいるだろうか。もっと多いかもしれない。だが、誰もがへたり込んでワナワナと震えていた。ベルネたちを見ても立ち上がろうとしなかった。攻撃される心配はなさそうなので、二人は警戒しつつ先へ進んだ。
テントが壊れていた。天幕の布が破れ、木の支柱がポッキリ折れている。垂れ下がった月光軍団の旗は鮮血に染まっていた。
ベルネの視線の先に黒い鎧を着た者の後ろ姿が目に入った。
黒づくめの騎士が現れたのか・・・
「うっ、なんだ、あれは」
黒い鎧を着た者が掴んでいたのは血だらけの人間だった。
「隊長がやられたっ」
月光軍団の隊員が叫んだ。
「あれが、隊長・・・月光軍団の隊長なの」
額から流れる血で顔面は真っ赤に染まり、上半身にも血が垂れている。月光軍団の隊長スワンの変わり果てた姿だった。
この凶暴な相手に襲われたらひとたまりもない、ベルネとスターチはゆっくりと後退した。
バサバサッ。羽ばたく音がして翼が広がった。
黒づくめの騎士は掴んでいたスワンをその場に投げ捨てて闇に消えた。
月光軍団の隊長は血の海に沈んだ。死んだも同然だ。周囲の隊員たちも気が抜けたように座り込んでいる。戦況は一気に変わった逆転したのだ。
「勝てる、勝てるぞ」
しかし、まだ決めつけるわけにはいかない。ここは敵陣の真っ只中だ。
「月光軍団を叩き潰すんだ」
カッセル守備隊、副隊長補佐のアリスはロッティーの助けを借りて起き上がった。
自分のことよりエルダが心配だった。
「しっかりして、エルダさん」
エルダは身体を丸めて苦しそうにしている。指揮官のエルダは誰よりも酷く痛めつけられた。宙吊りにされ、月光軍団の隊長に平手打ちされて気絶したのだった。
そこへ月光軍団の宿営地の方角から何人もの敵兵が走ってきた。しかし、アリスには目もくれず、助けて、怖いと口々に叫んで駆けていった。
「敵が逃げて行っちゃいましたね」
「ホント、さっきまでとは様子が違うみたい」
敵の姿が見えなくなったので、ロッティーと手を取り合って喜んだ。
「ベルネさんたちが敵陣に乗り込みました」
「何があったんでしょうね、わたしも見てきます」
状況は悪くはないと判断した。ここは副隊長補佐の出番だ。アリスは迷わずベルネたちの後を追うことにした。
アリスがほの暗い闇の中を進むと、前方から悲鳴とも叫び声ともつかぬ声が聞こえてきた。激しい衝突が起きているのだ。再び捕まってしまうのではないかという不安がこみ上げてくる。
「うわっ」
走ってきた者とぶつかりそうになって身を屈めた。
「助けて」と叫んだのはアリスではなく月光軍団の隊員だった。その隊員は後ずさりしていき、足を踏み外して崖の下へ転落していった。
「あらら、落っこちてしまいましたよ。かわいそうに、死んだらどうしましょう」
そうだった、ここは戦場なのだ。落ち着いて考えれば、自分から落ちたとはいえ敵を倒したことには変わりはない。初手柄なのに、誰にも見られなかったのは残念だ。カッセルに帰ったら水増しして五人ぐらいは倒したと報告しよう。
少し余裕が出てきたのか、さっそく、恩賞が貰えるかどうかを気にしているアリスだった。
さらに進むと、
「あれは、スターチだ」
スターチが敵兵を投げ飛ばしていた。ベルネは棍棒で叩きまくっている。どう見てもカッセル守備隊が月光軍団を攻撃しているとしか思えない。
ドガッ
後ろから突き飛ばされてトントンとつんのめった。
「おっと・・・うっ・・・は?」
アリスがそこで見たモノ、それは実におぞましいモノだった。
誰かが壊れたテントに凭れかかっている。顔面は血だらけで全身が真っ赤に染まっていた。
「うっひゃあ、なに、これ」
「よく見てみなよ、月光軍団の隊長だよ」
「た、たいちょう? 」
ベルネに言われてアリスは恐る恐る顔を上げたが怖くなって目を背けた。
そういえば月光軍団の隊長スワンに似ていないこともない。
何でこんな大怪我をしてしまったのだろう・・・敵ながら気の毒だ。
というより、すでに死んでいるとしか見えなかった。
「おうっ・・・うげっ」
胃の奥から突き上げるような吐き気がした。アリスは口を押えて木の陰に倒れ込んだ。
ガササ、バサッ
目の前の暗闇で何かが動いた。
「ああっ、うわあ」
アリスが見たのは真っ黒な怪物が飛び立つ姿だった。
*****
やられた・・・月光軍団の部隊長ナンリは腰の力が抜けて、その場に膝を付いた。すぐ側にはフィデスもうつ伏せに倒れ込んでいた。
二人は守備隊のレイチェルのことが気になって後を追ってきた。処刑を止めることはできなかったが、形見の品だけでも見つけたいとフィデスが言った。
崖の近くで千切れた服を発見した。ズタズタに破れて血がこびり付いていて、地面には血溜まりもあった。ここで激しい闘いがあったのだ。キューブがレイチェルを襲ったのだろう、そう考えるのが自然だ。
レイチェルは、そしてキューブはどこだと、崖下を覗き込んだとたん、激しい衝撃を受けて倒れてしまった。
まだ身体が痺れている。
バサバサッ
頭上で鳥の羽ばたきがした。かなり大きい鳥だと直感した。ただの羽音がいつになく恐ろしく感じられる。
「助けてっ」
月光軍団の隊員が転がるように駆けてきた。
「怪物が来たっ」
「怪物? あの黒い騎士か」
「違う、もっと大きくて凶暴なヤツよ。隊長も襲われて・・・」
「なに、隊長が襲われた?」
「血だらけで・・・もうダメ、死んじゃった」
「そんなバカな」
隊長が死んだなど、そんなことがあるはずはない。誰に殺されたというのだ。その怪物とやらの仕業なのか。
「本当です、この目で見たんです。怪物と一緒に守備隊が襲ってきた」
「守備隊が・・・」
捕虜にしておいた副隊長補佐たちが決起したのだろうか。しかし、副隊長補佐や兵士は厳重に縛って拘束しておいた。指揮官のエルダに至っては気絶して、指揮を執れるような状態ではなかった。それとも逃げたと思った残兵が戻ってきたのかもしれない、その可能性は十分にあり得る。
ザワザワと木々が揺れ不気味な風が吹いてきた。地面も揺れた。
「来た、怪物だ」
隊員が逃げ出した。
一斉に鳥が飛び立ち、バキッと枝が折れた。
何かが近づいている。
間違いない、ナンリとフィデスの背後に何かが迫ってきた。
ナンリは意を決して振り返った。
「誰だっ」
目を凝らすと、闇の中に漆黒の鎧兜を身に着け、背中に翼が生えた者が動いているのが見えた。
これが怪物か。
怪物が手を伸ばした。その指先は鋭い爪が黒く光っている。あれで摑まれたらひとたまりもない。衝撃が再び全身を包んだ。足が痺れる。衝撃波はこの得体の知れない怪物が発しているのだった。
ナンリは身構えた。しかし、これまでに味わったことのない恐怖感に、腕も足も指先までも固まった。
怪物が伸ばした腕がナンリの頭を、そしてフィデスの頭を彷徨う。フィデスがしがみついてきた。
鋭い爪が髪を掠めて止まった・・・殺されると覚悟した。
だが、怪物は何故か腕を引き、ゆっくりと後ろへ下がっていった。
フワリ、怪物が舞い上がった。
「・・・あれは?」
その時、フィデスは怪物の首に掛かるキラリと光る石を見た。
「ああ、はあ、助かった」
ナンリは大きく深呼吸をした。助かったのだ。
「恐ろしいヤツでした。あれがテントを襲ったのでしょうか」
あの怪物に襲撃されたら月光軍団にはさぞや大きな被害が出ていることだろう。そこへ守備隊が攻め込んできたら・・・どうやら戦場を支配しているのはカッセル守備隊のようだ。
しかし、負けるわけにはいかない。
「テントに戻って戦い・・・うっ」
立ち上がりかけたナンリだったが、痺れた身体は思うように動かない。膝から崩れ落ちてしまった。怪物が放った衝撃波は凄まじい威力だ。
フィデスは呆然と空を見上げた。
「あれは・・・レイチェルのペンダント」
フィデスははっきりと見た。
怪物の首に下がっていた赤と青の石のペンダントを・・・
*****
後方に待機していたカッセル守備隊のカエデは、合図の花火を見て、リーナ、マーゴット、クーラ、マリアお嬢様、アンナとともに出発した。
先頭に立っていたクーラが破れた服の切れ端を見つけた。鋭い爪で切り裂かれたように千切れて血が滲んでいた。まだ血が乾いていないので、それほど時間が経っていないように思われる。獣にでも襲われたのだろうか、あちこちに服の破片が散らばっていた。
「これは守備隊の服じゃないわ、月光軍団の物ね」
服の色は灰色で月光軍団の戦闘服に似ていた。
「あそこに誰か倒れている」
リーナが確かめると月光軍団のナンリとフィデスだった。二人は腰が抜けたように蹲っていたので、すぐさま身柄を確保した。捕虜を確保してさらに前進を続けた。
エルダとロッティーがいる所へカエデたちが駆け付けた。一同は抱き合って無事を喜んだ。だが、エルダは無事とは言えない有り様だった。顔には殴られた跡があり、髪は短く切り落とされていた。酷い暴行を受けたのだ。
「戦況は? 」リーナがロッティーに尋ねた。
「月光軍団の兵が逃げて来ている。ベルネさんたちは何が起きたのか偵察にいった」
どうやら守備隊が優勢とみて間違いない。
「こちらも収穫があった。二人を拘束しました」
リーナは捕虜にしたナンリとフィデスをエルダに引き合わせた。月光軍団の副隊長を捕虜にしたのだ。今や完全に立場は逆転している。
「ロッティー、捕虜を連行して先に行くから、エルダさんたちと来てくれ」
捕虜にした二人を盾にしてリーナが敵陣へと向かった。
「私たちも前線へ急ぎましょう」
形勢が優位になったことを確信してエルダは元気を取り戻した。
「これが落ちてました、月光軍団の服です」
クーラが血に染まった服の切れ端を見せた。身に着けていた隊員は相当な大怪我を負ったはずだ。クーラから、守備隊の物ではないと聞いてエルダはホッとした。
襲われたのはレイチェルではなさそうだ。
早く助けなければ・・・
すでにそこはカッセル守備隊の支配下に置かれていた。
月光軍団の隊長スワン・フロイジアが負傷し、参謀のコーリアスや副隊長のフィデスは行方知れずだった。命令系統が失われ、残された隊員だけでは指揮を執ることができない。何よりも隊長の怪我が酷すぎた。誰の目にも、もう死んでいるとしか思えなかった。
怪物が発する衝撃波で身体の自由が利かなくなったところへ守備隊が攻撃してきた。副隊長のミレイ、部隊長のジュリアはたちまちに討ち取られた。リーナが突撃してきた時には、ベルネとスターチは月光軍団から分捕った焼き肉を食べていた。
「あたしの食べる分も取っておいてくれたろうね」
「あるよ、カエルが三匹」
「カエルはお嬢様にやるわ」
月光軍団の隊員はそこかしこに数人ずつ集められ、逃げられないようにベルネたちが見張った。
そこへ指揮官のエルダたちが意気揚々と乗り込んできた。
「隊長と参謀はどこ? 」
エルダがベルネに尋ねた。
「それが・・・あれを、あれを見てください」
ベルネが指差す方向には、倒壊したテントの前に血だらけの兵士が横たわっていた。顔面が真っ赤な血に染まり、誰だか判別がつかないほどだ。
「月光軍団の隊長です」
「うっ」
エルダは口元を押さえた。
「生きているのよね・・・」
しかし、これでは手当てのしようがない。隊長のスワンの命はもはや時間の問題だろう。
「誰がこんなことをしたの」
「あたしたちが突っ込んできた時は、黒い鎧兜の騎士が襲いかかっているところだった」
「ああ、あの黒づくめの騎士」
「騎士の仲間かもしれない。黒いマスクで覆われていたので顔は分からないが、背中に翼があり、爪も鋭く・・・とにかく怖かった」
全身黒い鎧兜、黒いのマスク、翼が生えている、まるで怪物のような姿ではないか。
その怪物が月光軍団のスワンを襲った。怪物はシュロス月光軍団には敵となり、カッセル守備隊には味方となったのだ。
黒ずくめの騎士のおかげで、思いがけずエルダの作戦が成功したのだった。
とはいえ、これで終わったわけではない。殴られ蹴られ、宙吊りにされた仕返しをしなければ気が済まない。そして月光軍団を降伏させ、カッセルの城砦に帰還したい。全員で帰還するのだ。
全員で・・・レイチェルだけがまだ見つかっていなかった。
時が経つにつれ月光軍団の隊長スワン・フロイジアの姿は正視できなくなった。血が固まって全身がどす黒く汚れてきている。
「アリスさん見たの? 」
「ええ、ちょっとだけ見たわ。わたしも襲われるんじゃないかと怖かった」
アリスがその時の様子を話した。
血だらけのスワンを見て気分が悪くなり草むらに屈みこんだ。そこで、目の前に異様な姿を目撃した。殺されると観念したが、その怪物はアリスには何もせず、空に舞い上がって姿を消した。
「守備隊の味方だわ、きっと。人を襲うだけなら捕虜になっていたわたしたちの方が簡単なはず。それが月光軍団のテントを壊して、しかも、隊長だけを狙ったとしか思えない」
テントから隊長だけを・・・
それを聞いて、得体の知れない不安がこみ上げてきた。
まさか。
エルダはとてつもなく恐ろしいことに気が付いた。
レイチェルだ。
月光軍団のテントを襲い、隊長を無残な姿にしたのはレイチェルだ。
全身が黒い鎧兜、顔を覆う仮面。鋭い爪、大きな翼・・・
レイチェルがそんな姿に変身するとは想像していなかった。せいぜい身体の一部が変化するのだとばかり思い込んでいた。しかも、レイチェルは攻撃を受けた時に防御のために変身するのではなかったのか。
それなのにこの惨状だ。
クーラが拾ったという引き裂かれた血だらけの服、その隊員もレイチェルが襲ったのだろう。
「ムフッ」
胸が痛くなった。右手と左足がビリビリと軋んだ。明らかに身体が変調をきたしていた。
レイチェルに変身するように命じたのは他ならぬ自分だった。月光軍団の隊長だけを狙えと指示したのも自分だ。そう、この惨状を引き起こした原因は紛れもなくエルダ自身にあるのだ。
これは人間におこなえる業ではない。
レイチェルは隊長のスワンを破壊したのだ。怪物だからこそできたのだ。姿形だけではなく、心までもが怪物になってしまった。
レイチェルはどこに?
まさか・・・今でも怪物の姿のままなのだろうか。
だとしたら、取り返しのつかないことをしてしまった。
月光軍団のテントが押し潰され隊長と参謀が下敷きになった。隊長のスワン・フロイジアは折れた支柱に足を挟まれ、参謀のコーリアスはテントの布に絡めとられた。
「うわっ、ひゃあ」
突風が吹いたと思ったコーリアスは夜空を見上げた。
「な、なに」
テントにのしかかっていたのは・・・
コーリアスが目にしたのは全身が黒い鎧兜に覆われた何者かだった。
黒ずくめの騎士が襲ってきたのだ。これまでにも、たびたび現れた黒い騎士、悪魔とも怪物とも呼ばれていた黒い騎士、それが月光軍団のテントを襲ってきたのだ。
「ギャア」「ヒエエエ」「逃げろ」あちこちから悲鳴が上がった。誰かが「怪物」と叫んだ。
それはまさしく怪物だった。黒ずくめの騎士ではない。背中にはハゲタカのような大きな翼が広がっているではないか。姿形が異様なうえに、怪物の身体からは何やら衝撃波が発せられている。衝撃波が月光軍団の宿営地に波紋となって広がっていった。コーリアスも体中が痺れた。
怪物がテントに腕を突っ込みスワンの頭を掴んだ。
「うぎゃあ」
スワンが吊し上げられる。コーリアスはあまりの恐ろしさに腰が抜けた。
何かが起きた。
月光軍団の宿営地の方向からメリメリ、ドタンと物が壊れる音がとどろき、悲鳴と怒号があがった
木立に潜んでいたカッセル守備隊のロッティーは異変を察知した。エルダが気絶し、レイチェルが連れ去られるのを見て、後方部隊の待機場所へ逃げるタイミングを計っていたところだった。
「どうするんだっけ」
思い出した、花火だ。
カエデたちに知らせるために合図の花火打ち上げるのだった。レイチェルが変身するという作戦が成功したかどうか、まだ分からないが、ここは合図を送るべきだと判断した。
筒を取り出し震える手で着火すると、夜空にヒュルヒュルと花火が上がった。
「よし、次は」
一つ任務を果たすと不思議に気持ちが落ち着いてきた。これ以上、事態は悪くはならないと思えてきた。ロッティーは後方の部隊が到着するのを待つことなく捕虜の救出に向かった。
真っ先にベルネとスターチの縄を解く、これで戦力を確保できた。
「ロッティー、ありがとう。何があったの」
「あたしにも分からない。合図を送ったから、じきに助けが来るわ」
次はエルダとアリスだ。
「エルダさん」
「ううん・・・うう」
ロッティーが背中を叩くとエルダがかすかに呻いた。良かった息を吹き返した。
しかし、顔は殴られて腫れ上がり、その目は虚ろだ。肩まで伸びていた髪もザックリと切られ、顎には血が滲んでいた。自力では立ち上がれそうにないので抱き起こして木の根元に寝かせた。
「酷いことをされたわ」
スターチがエルダの頬を拭った。
その間にベルネが副隊長補佐のアリスを自由にした。
残るはレイチェルだ。
「レイチェルはどこ? 」
その時、また闇を引き裂いて悲鳴が上がった。まだ戦いは続いているのだ。しかし、ベルネたちにも状況がつかめなかった。何が起こったのか状況を確認することが先決だ。そしてレイチェルを救出しなければならない。
「ロッティーはここに残って後から来る者と合流してくれ。二人で敵陣に向かう」
ベルネとスターチは悲鳴の聞こえた方へ駆けだした。
「あひひひ」
黒づくめの鎧に身を包んだ怪物がスワンに迫ってくる。鋭い爪先が襟に触れゆっくりと下へ下りた。ビリリと服が引き裂かれ肩が剥き出しになった。助けてと叫ぼうとしたが口の中に鋼鉄の指が押し込まれた。
「・・・オゴッ」
やられた。
カッセル守備隊のベルネとスターチは月光軍団のテントが見える場所に着いた。
敵を見つけてベルネが戦闘態勢をとった。月光軍団の隊員は五、六十人ほどいるだろうか。もっと多いかもしれない。だが、誰もがへたり込んでワナワナと震えていた。ベルネたちを見ても立ち上がろうとしなかった。攻撃される心配はなさそうなので、二人は警戒しつつ先へ進んだ。
テントが壊れていた。天幕の布が破れ、木の支柱がポッキリ折れている。垂れ下がった月光軍団の旗は鮮血に染まっていた。
ベルネの視線の先に黒い鎧を着た者の後ろ姿が目に入った。
黒づくめの騎士が現れたのか・・・
「うっ、なんだ、あれは」
黒い鎧を着た者が掴んでいたのは血だらけの人間だった。
「隊長がやられたっ」
月光軍団の隊員が叫んだ。
「あれが、隊長・・・月光軍団の隊長なの」
額から流れる血で顔面は真っ赤に染まり、上半身にも血が垂れている。月光軍団の隊長スワンの変わり果てた姿だった。
この凶暴な相手に襲われたらひとたまりもない、ベルネとスターチはゆっくりと後退した。
バサバサッ。羽ばたく音がして翼が広がった。
黒づくめの騎士は掴んでいたスワンをその場に投げ捨てて闇に消えた。
月光軍団の隊長は血の海に沈んだ。死んだも同然だ。周囲の隊員たちも気が抜けたように座り込んでいる。戦況は一気に変わった逆転したのだ。
「勝てる、勝てるぞ」
しかし、まだ決めつけるわけにはいかない。ここは敵陣の真っ只中だ。
「月光軍団を叩き潰すんだ」
カッセル守備隊、副隊長補佐のアリスはロッティーの助けを借りて起き上がった。
自分のことよりエルダが心配だった。
「しっかりして、エルダさん」
エルダは身体を丸めて苦しそうにしている。指揮官のエルダは誰よりも酷く痛めつけられた。宙吊りにされ、月光軍団の隊長に平手打ちされて気絶したのだった。
そこへ月光軍団の宿営地の方角から何人もの敵兵が走ってきた。しかし、アリスには目もくれず、助けて、怖いと口々に叫んで駆けていった。
「敵が逃げて行っちゃいましたね」
「ホント、さっきまでとは様子が違うみたい」
敵の姿が見えなくなったので、ロッティーと手を取り合って喜んだ。
「ベルネさんたちが敵陣に乗り込みました」
「何があったんでしょうね、わたしも見てきます」
状況は悪くはないと判断した。ここは副隊長補佐の出番だ。アリスは迷わずベルネたちの後を追うことにした。
アリスがほの暗い闇の中を進むと、前方から悲鳴とも叫び声ともつかぬ声が聞こえてきた。激しい衝突が起きているのだ。再び捕まってしまうのではないかという不安がこみ上げてくる。
「うわっ」
走ってきた者とぶつかりそうになって身を屈めた。
「助けて」と叫んだのはアリスではなく月光軍団の隊員だった。その隊員は後ずさりしていき、足を踏み外して崖の下へ転落していった。
「あらら、落っこちてしまいましたよ。かわいそうに、死んだらどうしましょう」
そうだった、ここは戦場なのだ。落ち着いて考えれば、自分から落ちたとはいえ敵を倒したことには変わりはない。初手柄なのに、誰にも見られなかったのは残念だ。カッセルに帰ったら水増しして五人ぐらいは倒したと報告しよう。
少し余裕が出てきたのか、さっそく、恩賞が貰えるかどうかを気にしているアリスだった。
さらに進むと、
「あれは、スターチだ」
スターチが敵兵を投げ飛ばしていた。ベルネは棍棒で叩きまくっている。どう見てもカッセル守備隊が月光軍団を攻撃しているとしか思えない。
ドガッ
後ろから突き飛ばされてトントンとつんのめった。
「おっと・・・うっ・・・は?」
アリスがそこで見たモノ、それは実におぞましいモノだった。
誰かが壊れたテントに凭れかかっている。顔面は血だらけで全身が真っ赤に染まっていた。
「うっひゃあ、なに、これ」
「よく見てみなよ、月光軍団の隊長だよ」
「た、たいちょう? 」
ベルネに言われてアリスは恐る恐る顔を上げたが怖くなって目を背けた。
そういえば月光軍団の隊長スワンに似ていないこともない。
何でこんな大怪我をしてしまったのだろう・・・敵ながら気の毒だ。
というより、すでに死んでいるとしか見えなかった。
「おうっ・・・うげっ」
胃の奥から突き上げるような吐き気がした。アリスは口を押えて木の陰に倒れ込んだ。
ガササ、バサッ
目の前の暗闇で何かが動いた。
「ああっ、うわあ」
アリスが見たのは真っ黒な怪物が飛び立つ姿だった。
*****
やられた・・・月光軍団の部隊長ナンリは腰の力が抜けて、その場に膝を付いた。すぐ側にはフィデスもうつ伏せに倒れ込んでいた。
二人は守備隊のレイチェルのことが気になって後を追ってきた。処刑を止めることはできなかったが、形見の品だけでも見つけたいとフィデスが言った。
崖の近くで千切れた服を発見した。ズタズタに破れて血がこびり付いていて、地面には血溜まりもあった。ここで激しい闘いがあったのだ。キューブがレイチェルを襲ったのだろう、そう考えるのが自然だ。
レイチェルは、そしてキューブはどこだと、崖下を覗き込んだとたん、激しい衝撃を受けて倒れてしまった。
まだ身体が痺れている。
バサバサッ
頭上で鳥の羽ばたきがした。かなり大きい鳥だと直感した。ただの羽音がいつになく恐ろしく感じられる。
「助けてっ」
月光軍団の隊員が転がるように駆けてきた。
「怪物が来たっ」
「怪物? あの黒い騎士か」
「違う、もっと大きくて凶暴なヤツよ。隊長も襲われて・・・」
「なに、隊長が襲われた?」
「血だらけで・・・もうダメ、死んじゃった」
「そんなバカな」
隊長が死んだなど、そんなことがあるはずはない。誰に殺されたというのだ。その怪物とやらの仕業なのか。
「本当です、この目で見たんです。怪物と一緒に守備隊が襲ってきた」
「守備隊が・・・」
捕虜にしておいた副隊長補佐たちが決起したのだろうか。しかし、副隊長補佐や兵士は厳重に縛って拘束しておいた。指揮官のエルダに至っては気絶して、指揮を執れるような状態ではなかった。それとも逃げたと思った残兵が戻ってきたのかもしれない、その可能性は十分にあり得る。
ザワザワと木々が揺れ不気味な風が吹いてきた。地面も揺れた。
「来た、怪物だ」
隊員が逃げ出した。
一斉に鳥が飛び立ち、バキッと枝が折れた。
何かが近づいている。
間違いない、ナンリとフィデスの背後に何かが迫ってきた。
ナンリは意を決して振り返った。
「誰だっ」
目を凝らすと、闇の中に漆黒の鎧兜を身に着け、背中に翼が生えた者が動いているのが見えた。
これが怪物か。
怪物が手を伸ばした。その指先は鋭い爪が黒く光っている。あれで摑まれたらひとたまりもない。衝撃が再び全身を包んだ。足が痺れる。衝撃波はこの得体の知れない怪物が発しているのだった。
ナンリは身構えた。しかし、これまでに味わったことのない恐怖感に、腕も足も指先までも固まった。
怪物が伸ばした腕がナンリの頭を、そしてフィデスの頭を彷徨う。フィデスがしがみついてきた。
鋭い爪が髪を掠めて止まった・・・殺されると覚悟した。
だが、怪物は何故か腕を引き、ゆっくりと後ろへ下がっていった。
フワリ、怪物が舞い上がった。
「・・・あれは?」
その時、フィデスは怪物の首に掛かるキラリと光る石を見た。
「ああ、はあ、助かった」
ナンリは大きく深呼吸をした。助かったのだ。
「恐ろしいヤツでした。あれがテントを襲ったのでしょうか」
あの怪物に襲撃されたら月光軍団にはさぞや大きな被害が出ていることだろう。そこへ守備隊が攻め込んできたら・・・どうやら戦場を支配しているのはカッセル守備隊のようだ。
しかし、負けるわけにはいかない。
「テントに戻って戦い・・・うっ」
立ち上がりかけたナンリだったが、痺れた身体は思うように動かない。膝から崩れ落ちてしまった。怪物が放った衝撃波は凄まじい威力だ。
フィデスは呆然と空を見上げた。
「あれは・・・レイチェルのペンダント」
フィデスははっきりと見た。
怪物の首に下がっていた赤と青の石のペンダントを・・・
*****
後方に待機していたカッセル守備隊のカエデは、合図の花火を見て、リーナ、マーゴット、クーラ、マリアお嬢様、アンナとともに出発した。
先頭に立っていたクーラが破れた服の切れ端を見つけた。鋭い爪で切り裂かれたように千切れて血が滲んでいた。まだ血が乾いていないので、それほど時間が経っていないように思われる。獣にでも襲われたのだろうか、あちこちに服の破片が散らばっていた。
「これは守備隊の服じゃないわ、月光軍団の物ね」
服の色は灰色で月光軍団の戦闘服に似ていた。
「あそこに誰か倒れている」
リーナが確かめると月光軍団のナンリとフィデスだった。二人は腰が抜けたように蹲っていたので、すぐさま身柄を確保した。捕虜を確保してさらに前進を続けた。
エルダとロッティーがいる所へカエデたちが駆け付けた。一同は抱き合って無事を喜んだ。だが、エルダは無事とは言えない有り様だった。顔には殴られた跡があり、髪は短く切り落とされていた。酷い暴行を受けたのだ。
「戦況は? 」リーナがロッティーに尋ねた。
「月光軍団の兵が逃げて来ている。ベルネさんたちは何が起きたのか偵察にいった」
どうやら守備隊が優勢とみて間違いない。
「こちらも収穫があった。二人を拘束しました」
リーナは捕虜にしたナンリとフィデスをエルダに引き合わせた。月光軍団の副隊長を捕虜にしたのだ。今や完全に立場は逆転している。
「ロッティー、捕虜を連行して先に行くから、エルダさんたちと来てくれ」
捕虜にした二人を盾にしてリーナが敵陣へと向かった。
「私たちも前線へ急ぎましょう」
形勢が優位になったことを確信してエルダは元気を取り戻した。
「これが落ちてました、月光軍団の服です」
クーラが血に染まった服の切れ端を見せた。身に着けていた隊員は相当な大怪我を負ったはずだ。クーラから、守備隊の物ではないと聞いてエルダはホッとした。
襲われたのはレイチェルではなさそうだ。
早く助けなければ・・・
すでにそこはカッセル守備隊の支配下に置かれていた。
月光軍団の隊長スワン・フロイジアが負傷し、参謀のコーリアスや副隊長のフィデスは行方知れずだった。命令系統が失われ、残された隊員だけでは指揮を執ることができない。何よりも隊長の怪我が酷すぎた。誰の目にも、もう死んでいるとしか思えなかった。
怪物が発する衝撃波で身体の自由が利かなくなったところへ守備隊が攻撃してきた。副隊長のミレイ、部隊長のジュリアはたちまちに討ち取られた。リーナが突撃してきた時には、ベルネとスターチは月光軍団から分捕った焼き肉を食べていた。
「あたしの食べる分も取っておいてくれたろうね」
「あるよ、カエルが三匹」
「カエルはお嬢様にやるわ」
月光軍団の隊員はそこかしこに数人ずつ集められ、逃げられないようにベルネたちが見張った。
そこへ指揮官のエルダたちが意気揚々と乗り込んできた。
「隊長と参謀はどこ? 」
エルダがベルネに尋ねた。
「それが・・・あれを、あれを見てください」
ベルネが指差す方向には、倒壊したテントの前に血だらけの兵士が横たわっていた。顔面が真っ赤な血に染まり、誰だか判別がつかないほどだ。
「月光軍団の隊長です」
「うっ」
エルダは口元を押さえた。
「生きているのよね・・・」
しかし、これでは手当てのしようがない。隊長のスワンの命はもはや時間の問題だろう。
「誰がこんなことをしたの」
「あたしたちが突っ込んできた時は、黒い鎧兜の騎士が襲いかかっているところだった」
「ああ、あの黒づくめの騎士」
「騎士の仲間かもしれない。黒いマスクで覆われていたので顔は分からないが、背中に翼があり、爪も鋭く・・・とにかく怖かった」
全身黒い鎧兜、黒いのマスク、翼が生えている、まるで怪物のような姿ではないか。
その怪物が月光軍団のスワンを襲った。怪物はシュロス月光軍団には敵となり、カッセル守備隊には味方となったのだ。
黒ずくめの騎士のおかげで、思いがけずエルダの作戦が成功したのだった。
とはいえ、これで終わったわけではない。殴られ蹴られ、宙吊りにされた仕返しをしなければ気が済まない。そして月光軍団を降伏させ、カッセルの城砦に帰還したい。全員で帰還するのだ。
全員で・・・レイチェルだけがまだ見つかっていなかった。
時が経つにつれ月光軍団の隊長スワン・フロイジアの姿は正視できなくなった。血が固まって全身がどす黒く汚れてきている。
「アリスさん見たの? 」
「ええ、ちょっとだけ見たわ。わたしも襲われるんじゃないかと怖かった」
アリスがその時の様子を話した。
血だらけのスワンを見て気分が悪くなり草むらに屈みこんだ。そこで、目の前に異様な姿を目撃した。殺されると観念したが、その怪物はアリスには何もせず、空に舞い上がって姿を消した。
「守備隊の味方だわ、きっと。人を襲うだけなら捕虜になっていたわたしたちの方が簡単なはず。それが月光軍団のテントを壊して、しかも、隊長だけを狙ったとしか思えない」
テントから隊長だけを・・・
それを聞いて、得体の知れない不安がこみ上げてきた。
まさか。
エルダはとてつもなく恐ろしいことに気が付いた。
レイチェルだ。
月光軍団のテントを襲い、隊長を無残な姿にしたのはレイチェルだ。
全身が黒い鎧兜、顔を覆う仮面。鋭い爪、大きな翼・・・
レイチェルがそんな姿に変身するとは想像していなかった。せいぜい身体の一部が変化するのだとばかり思い込んでいた。しかも、レイチェルは攻撃を受けた時に防御のために変身するのではなかったのか。
それなのにこの惨状だ。
クーラが拾ったという引き裂かれた血だらけの服、その隊員もレイチェルが襲ったのだろう。
「ムフッ」
胸が痛くなった。右手と左足がビリビリと軋んだ。明らかに身体が変調をきたしていた。
レイチェルに変身するように命じたのは他ならぬ自分だった。月光軍団の隊長だけを狙えと指示したのも自分だ。そう、この惨状を引き起こした原因は紛れもなくエルダ自身にあるのだ。
これは人間におこなえる業ではない。
レイチェルは隊長のスワンを破壊したのだ。怪物だからこそできたのだ。姿形だけではなく、心までもが怪物になってしまった。
レイチェルはどこに?
まさか・・・今でも怪物の姿のままなのだろうか。
だとしたら、取り返しのつかないことをしてしまった。
後書き
未設定
作者:かおるこ |
投稿日:2021/12/11 14:12 更新日:2021/12/11 14:12 『新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編』の著作権は、すべて作者 かおるこ様に属します。 |
前の話 | 目次 | 次の話 |
読了ボタン