作品ID:2386
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エターならぬ
小説の属性:一般小説 / 異世界ファンタジー / お気軽感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中
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目次 |
夏、日没、船の上、周りは海、そして親友と二人。
本来なら人生最高の休暇として思い出に残るはずだったこのロケーションに気を配る余裕もなく、俺はもんどり打って唯一遮蔽物がある船室の中に逃げ込んだ。
「俺を殺すためだけに船舶免許取ったってのかあの野郎ッ」
腕に力が入らない。見れば、自分の右腕はだらりと下がり、”モリ”がお気に入りの腕時計を釘付けにするように右腕を貫通していた。その状況を見ても最早、頭に上る血もない。親友に襲われた、という衝撃と興奮が落ち着いてくるとともに怒りや恐怖といった原始的感情は段々と痛みの中に消えていき、今は、よく献血の時に感じるような異物感と、背筋を走る悪寒からくる不快感に眉を顰めるばかりだ。
「う、うーっ……ふふっ」
壊れたラジオみたいに主張し続ける腕の苦痛を誤魔化すために出そうとした声が何とも情けない。自分の声で思わず笑ってしまう。失血もひどい。これでは、ここが海の上でなくても地面が揺れているように感じているだろう。右手を伝って床に滴っている俺の血はすでに小さな血溜まりを形成している。前を見れば、無意識に壁に手をついていたのだろう、俺の手形がオカルトな並びでレンタルクルーザーの白い壁と床を散々に汚してしまっている。
これを掃除する業者の人は大変だろうな、妙な申し訳なさから、今後会うことはないだろう業者に心の中で謝る。さっきから足に力が入らない以上、もうそれくらいしかやることがない。
夏、日没、船の上、周りは海、親友が犯人。そして、どこにも逃げ場がない。
レジャーダイビングをするため、と俺に事前説明をした”アイツ”が持ち込んだ水中銃は、地上で俺にめがけて放たれた。最初の一射を咄嗟に防いだものの、ここに逃げ込んだのが限界。右腕はすでに全く持ち上がらず、一応は遮蔽物がある奥のバスルームにたどり着くほどの気力も残っていない。
痛みと死への恐怖、そして諦観から俺はここでただ項垂れ、ふわふわと雑多な思考が勝手に頭の中を流れるに任せている。
親友だと俺が思っている男は、がん、がん、と強く鉄を蹴りあげるような足音を梯子に響かせていた。体格に勝るアイツなら、この状態の俺なんぞ素手でくびり殺せそうなものだが、わざわざ船室の上に置いてあった二つ目のモリをセットしに行ったらしい。天井からは俺の知らない手順をこなしているであろうガチャガチャとした音が聞こえる。
「何でだ?」
不意に、口から疑問が小さく転がり出た。
「おい!何で俺を殺そうと思ったんだ!せっかくだから教えてくれよ!」
「……ーー……」
「ふん、理由があんのか……もっと大きな声で言ってくれよな」
俺が天井に向かって振り絞って上げた声には、何かの返答が返ってきていたようだが、妙に小さな声のそれは全く聞き取れなかった。こうなるといやに気になる。
俺は本を読む時、主人公の成長とかに興味を持つタイプじゃなかった。結末だけを読んで満足できる性格だったが、流石に自分のこととなるとアイツが俺を殺す理由ってやつに俄然興味が出てきた。
この『なぜ?』を解消し、すっきりと死ぬチャンスは1回だけある。 『アイツ』がここに来たら何としてでもあと一射は防いで、それで、アイツに、何で俺を殺そうと思ったのかとか、そのために何で俺を殺すために、その為の、その為にアイツを、」
ああ、血が足りなくなってきた。意識が遠のいては覚醒し、内心と表現の境界が曖昧になっていく。
ごく短いループを繰り返すごとに、少しずつ思考が単純化し、五感が受け取る外界からの刺激を鈍化させるとともに、刺激『そのもの』を処理するようになっていく。
背中越しに薄い壁の向こうから間延びした足音と涼やかな波の音が聞こえる。窓の外から突き刺さるように伸びる西日が俺の目をくらませる。その光を遮るように人影がゆっくりと窓の外を右から左へ流れている。神経が不快な冷たさを感じなくなり、子供の頃親に連れてきてもらった砂浜、アイツと来た海岸、大学時代に行ったグアムではしゃいだあの頃、同じ会社で競い合った人生、うまくいかない現実の中で、どこか浮ついていた昨日の朝、殺されそうになっている今。
「ハハハ、遅えよ……走馬灯すら見終わっちまったじゃねえか?早く入れよ」
走馬灯は極限状態で助かるための知恵探しという説を何かで聞いたことがあるがあれは嘘だぜ、なあ?と窓の外の人影に声をかけたつもりだったが、もう壁の向こうに届くほどの声が出なかったみたいだ。自嘲的な笑い。
準備ができたであろうアイツが、屋上から船室右側の備え付けの梯子を使って降り、ゆったりとした足取りで窓の端から現れて左側の扉に向かって移動していく。こんな小さな船で、律儀に俺の残した血の道を追っているらしい。妙に遠回りをしながらアイツが扉の前まで歩き、
「……ん?」
足音が急に止まり、すぐさま後ずさった。黒い人影が二つ、窓から俺を挟んで伸びている。
「えっ」
俺の鈍い頭のせいで今の今まで全く気づかなかったが、さっきから船室の外をうろついている奴、誰だ?
西日に照らされて伸びた人影だと思っていたそれは、右側で狼狽えているアイツの影の1.5倍は大きい。その影がアイツに向けて指を差し言う。
「悪いが私が先客だ、いいな?」
妙に低い、人を安心させる声だと思った。アイツはそれを聞いて「あ」とも「う」ともつかない曖昧な返答をするだけだった。
まじで誰?
当然、俺にはあんな巨体の知り合いもいない。アイツが俺を殺そうとしている理由すら知らない以上、いわんや他の誰かから恨みを買うようなことをした覚えも全くない。俺の知らんところで暗殺者でも頼まれたのかな、などと埒が明かないことを考えているうち、その巨人は小さな扉を開け、その体を針に穴を通すように四肢を一本一本、船室に捩じ込んでいく。
けむくじゃらの足。
長く伸びた手の爪。
色とりどりの花があしらわれ涼やかな白い服。
そして、剥製を被っているかのような”らしさ”のある狼の頭の上には花の冠。
逆にこんなやつが知り合いの地球人居る?
「ここで遭ったが100年目、探したぞ和南条希晴智ィ!」
いや誰?いくら俺でもこんな奴の恨み買う人生送ってねーぞ!
「誰?よりによって、お前が誰だと!?こ、このウーファグニクを忘れたとは言わせんぞ!」
「まだ何も言ってねーよ!」
「顔が言っていた!」
まあ、呆然とした顔をしていただろうが……。
さっきまでもう死を受け入れる感じで、アイツの最後の攻撃分だけ残っていただろう体力が降らないツッコミに発揮されていくのを感じる。
「こんなやつ会ってたら忘れるわけねーだろ!」
「会ったことあるわけないだろう私が!お前に!」
「くそ、これ実は俺が狂ってる感じか?」
「会ったことはないがお前は、お前だけは私を知っているはずだ!よもや死ぬ直前まで放置しおって、この私でも我慢の限界だーー」
狼男は、ズボンに挟んでいた長方形の物体を手に取って見せ、こちらが何かを思い出すことを促したようだが、俺はそれを見てもより混乱するだけだった。
「そ、それは実家のノーパソ!?本当にどういうことですか?」
「覚えてないなら思い出せ!私の名前は『花の魔人狼王ウーファグニク』!」
その名前には全く聞き覚えがないが、その名前にしては無理な発音を聞いて俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。
「なな、そ、そ、その、英語をひっくり返しただけみたいな無理な名前、まさか!」
「死ぬなら完成させてから死ね!『永遠(エター)ならぬ(続行)』!」
そう言って狼がノートパソコンを(爪が液晶に引っかからないように丁寧な手つきで)俺に向けて開いて見せると、俺の意識がその画面に吸い寄せられていきーー。
ーー気づけば俺は道の真ん中で大の字になって寝転んでいた。
「はあ?」
俺は銛に貫かれたはずの右腕を見、ようとし咄嗟に右腕が動いたことにまず驚いた。さっきまであったはずの銛は影も形もなくなっており、壊れた腕時計もしっかりとベルトごと巻き付いている。だが、その文字盤は完全に砕け、外周だけを残してぐちゃぐちゃになったままだ。
とりあえず立ち上がり、あたりを見回す。が、だだっ広い平原の向こうには針葉樹の森。目の前には人間が二人すれ違えればいいくらいの細い道。そしてその何とも頼りない道をたどった先にポツンと小さな集落が見えるのみ。この光景には全く見覚えがない。頬に当たる肌寒い風の感触からは少なくない『現実』を感じる。少なくともこの景色が、死の恐怖に狂った俺が自分の記憶から生まれた妄想の中に閉じ込めたなどというオチであるようには思えなかった。
「じゃあ、ここは何処だ?」
「ここは『「ボクは、森を抜けた。そうして芝のような歩きやすい草むらを数分歩くと街道と思われる道にぶつかった。日本の道路に比べるべくもない細い道だけど、ついに文明の痕跡を見つけたことで、ボクのテンションはかつてないほど上がっていた。なんて独り言を言っても聞いてくれる人もなし、やれやれ」そう皮肉げに呟いてボクは街道の先にポツンと見える村に向かって歩き出した』という場面だよ。どうだいそのまんまの景色だろう和南条くん」
「うお、ヤバい奴が急に隣に来た」
「現状で言うならヤバい奴なのは君だと思うよ、はいお昼ご飯」
「お、おお……?」
俺の横にいつの間にか鼻の高い顔が印象的な女性が立っていた。パッと足元を見るが、普通に量産品のスニーカーを履いていて、その周りには全く足跡がない。服装は白い無地のワンピースに茶色いベルトをアクセントにつけたなんちゃってギリシャコーデ。頭の上には天使の光輪のように花の冠が浮かんでいた。その女が俺に素手で球の形をしたパンを差し出している。
一瞬だけ色々なことを警戒したが、推定死んでいる以上、何を考えても無駄なことを思い出し素直に受け取ってこれを口にする。
「σιγά-σιγά、パンは逃げないんだからゆっくり食べなよ」
言われてからがっついていることに気づき、ちょっと恥ずかしくなった俺はゆっくりとパンを齧った。
「え?米粉パン?」
「別に文句ないでしょ」
「まあないけどよ」
「日が暮れちゃうから歩きながら話そうよ、野宿は嫌いじゃ無いけど今は用意もないしね」
そう言って女が歩き出す歩調に合わせて俺も歩き出す。
パンを食べ終わってから、そういえば俺はあの時は腹が減ってたなあ、と気づいた。
「まず最初に和南条くんに会ったら聞いてみたいことがあったんだけど、ボクの名前分かる?」
「うっ」
俺は呻いた。その後すぐしらばっくれようと口を開こうとした俺のことを女は手で制した。
「その反応はわかってるでしょ」
狼男の名前を聞き、コイツがさっきのたまっていた説明台詞が耳に入った時点で、俺にはここが何の世界なのかのアタリがついてしまっていた。いたが、
(頼む!当たるな!)
「さ、猿越」
「当たり!……で、聞きたかったのは何でボクだけ和名にしたわけ?別に猿が入っているから嫌だとか言うわけじゃないんだけど」
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜、当たっちゃうのかよくそ〜〜〜〜〜!!!!!!」
祈るような気持ちで言った言葉が
「その、メテンサルコシだから」
「何そ、え?μετενσάρκωσηの読みからとっただけ?ま、まさかボクのシガシガって口癖って名前がギリシャ語で転生の神様ポジションだからなの?私が娘なら絶交の由来だよ」
あ、安直ーー!と半笑いでショックを受けるという器用な真似をしている猿越を見て俺は頭を抱えた。
完全に確信した。この世界は俺が中学生の頃に書いて投げ出した小説の世界だ。今俺が立っている場所も、その小説で主人公が森を抜け、最初に人類の痕跡を見つける場面の情景描写そのものというわけだ。
「つまり自分で生み出した妄想に閉じ込められてるんじゃねーか」
「この世界を君の妄想呼ばわりとは失礼な!作り出した作者を閉じ込めることができるくらいには現実だよ、ここは」
「何言ってるか全然わかんないんだけど?」
「作者【君】と作品【僕たち】の関係はもう逆なんだよ、」
『〜スカーレス・オデュッセイア〜ボクだけのオリジナルスキル『階段』はハズレじゃない!逃げて逃げて英雄にまで駆け上がれ!』
後書き
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作者:やまめといろ |
投稿日:2024/06/09 20:37 更新日:2024/06/09 20:37 『エターならぬ』の著作権は、すべて作者 やまめといろ様に属します。 |
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