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ローバス戦記
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
第九話 東へ
前の話 | 目次 | 次の話 |
ホルス、ティアの両名と別れたアリシア、グリュード、シャルスの三人は村で糧食などを整え、まっすぐ東へ、エデッサ城に向かっていた。
旅の道中、シャルスは懇々とアリシアに王としての責務と義務を語っていた。
シャルスのアリシアに対する言葉は、諫言ではなく、これから成長していく生徒へ教える教師の言葉だった。
「アリシア様。現在わが国は、王都セレウキアだけで百万の民が住んでいます。では、その百万の民すべてから支持を受けるにはどのような手段が考えられますか?」
アリシアは少し考えた後、口を開いた。
「彼らが望む事をする。良い治世を行えば支持を受けられると思う」
「……正直に、自分のお考えを述べられましたな」
シャルスは嬉しそうに微笑んだ。が、しかし。
「ですが、今後、そのような甘い考えはすべて捨て去る様願います」
教師から軍師の目に変わったシャルスは、一度グリュードを見つめ、改めてアリシアを見つめた。
グリュードは意味が分かったのか、苦笑を浮かべた。
「まず、すべての人々から支持を受けるのは不可能です。ローバスを奪還した後、より良い治世を行うためにさまざまな改革を行うことになるでしょう。改革とはより効率よく国家運営をする為でもありますが、もう一つの側面があります。法の目をごまかす連中が甘い汁を吸えなくする為です。それらの連中からは当然不平、不満が飛び交うでしょうし、恨みを抱く者をおりましょう。人それぞれ考え方、主張がございます。それをすべて自分の都合の良いように従わせるのは暴君のする事です」
シャルスは一旦言葉を区切り、水筒から一口水を飲んだ。
「アリシア様が良い治世を行う意志がある事は良い事です。しかし、その行動が必ず良い事とは限りません。正義と悪。人々は良くそれで善悪を区別いたしますが、では、絶対的な正義の為にはどのような些細な悪も許されるのでしょうか? 悪と判断された人々は、一体どのような悪であったか? 例えば、道端で死に掛けて倒れている兵士がいるとしましょう。兵士は逃亡兵で、病気で死に掛けている妻の元へ帰ろうとしていました。そこに幼い子供がいるとしましょう。その幼い子供は飢えており、倒れている兵士から甲冑を奪いそれを金に買えて飢えを満たそうとしています。アリシア様はどのように判断されますか? 悪は誰ですか?」
「………判断は難しいけれど、二人共悪です。ただ、酌量の余地があると思います」
「確かに、良心に従えば判断は難しいでしょう。しかし、この場合、兵士と王が悪なのです。兵士は軍規に背いた重大な罪を犯しました。兵士は即刻処刑なさるべきでしょう。どのような事情があろうと、兵士が自分の都合で動くようであれば、軍は軍として機能いたしません。それから、子供は悪と判断できません。無論、盗みは罪です。しかしながら、悪だと断定できないのは幼い子供を飢えさせるような治世を敷く王が悪だからです。完全にすべての民を飢えさせない。それは不可能です。しかし、それでも王が悪なのです。子供の方は窃盗罪で処罰し、幼いということで牢に入れ、しかるべき罪を償わせるのが妥当でしょう」
アリシアはただ頷くしかできなかった。自分がこれからやるべきことがどれほど困難な事か改めて認識させられた。
「王はすべてにおいて悪なのですね」
アリシアがつぶやくように言うと、シャルスは嬉しそうに頷いた。
「どのような正義を施行しようとも、王は悪です。しかし、アリシア様がそれを自覚し、少しでも悪を減らせるよう努力するのは大変良いことです。無論、一人で悩もうと思いますな。臣下はそのような王を支える為に存在するのですから」
アリシアは頷きながら、ふと思う。
どうして自分はこんなに恵まれているのだろうと。
グリュードも、シャルスも、ホルスも、ティアも、他の国に仕えればそれなりの待遇をされるだろう。それが自分の為によくしてくれている。
甘えてはいけない。自分がやるべき事は山のようにある。
アリシアは顔を上げゆっくりと馬を進めた。
村を出立してから三日後、アリシア達はエデッサ城の近くまで辿り着いた。エデッサ城はローバス南方防衛の拠点になる重要な城である。その重要な拠点も、王都からの支援があるからこその拠点であり、王都が陥落した現段階では戦略上たいした意味が無かった。しかし、拠点としてではなく、通過点となりうる城なので、無視もできない城である。
だが、その周囲には明らかに戦闘の跡が残っていた。死体の数は千に達していた。
「……紅蓮騎士団の兵が死んでいるな」
死体の中に真紅の騎士が混じっている事にグリュードが気づいた。最も、千の内、その数は百に満たない数だったが。
「エデッサ城はすでにレン閣下に降伏したのでしょう」
シャルスが判断を下した。
「恐らく紅蓮騎士団を討てば降伏を許すとでも言ったのでしょう」
「で、この有様か? しかし妙に紅蓮騎士の死体が少ないが……」
グリュードがそう言った時だった。アリシア達の周囲の地面に十数本の矢が突き刺さった。
「動くな! 武器を放棄しろ! 十数える間に放棄しなければハリネズミの様にしてやるぞ!」
「……この声は……クリス! クリスか!? 俺だ、グリュードだ!」
グリュードが声を上げると、数を数える声が中断され、紅蓮騎士の青年が姿を現した。
「グリュード様! グリュード様じゃないですか! 攻撃中止! 中止!」
クリスが周囲に叫ぶと続々と紅蓮騎士が姿を現した。十名ほどだ。
紅蓮騎士達はグリュードに敬礼すると、すばやく周囲に散開して警戒を始めた。
「グリュード、彼は?」
「グリュード様、この女性は?」
二人が同時に尋ねるとグリュードは苦笑した。
「クリス、膝を付け。この御方はアリシア皇女殿下だ」
グリュードが言うと、クリスは顔を白から青に変え、慌ててアリシアに臣下の礼をとった。
「も、申し訳ありません! 気づかなかったとはいえ、ご無礼をお許しください!」
「立ちなさい、真紅の騎士よ。あなたの名は?」
アリシアが微笑を浮かべながら尋ねると、クリスは恐る恐る立ち上がった。
「はっ! 紅蓮騎士団突撃隊長、クリス十騎長と申します」
「では、クリス十騎長。エデッサ城まで案内をお願いできますか?」
「はっ! 喜んで!」
クリス達十名の紅蓮騎士に護衛され、アリシアはエデッサ城に入城した。アリシア、グリュード、シャルスの三名はすぐさま副団長であるセルゲイの元へ案内された。
アリシアがセルゲイに出会った時、セルゲイは地図を見ながら副団長補佐であるセト、ウェインの二人と協議をしている最中であった。セルゲイは甲冑を身に着けず、上半身裸であった。その体には無数の戦いの傷があり、負傷したのであろう。赤く染まった包帯を巻いていた。
「副団長、アリシア皇女殿下をお連れしました」
クリスがそう言うと、セルゲイはセト、ウェインと共に臣下の礼をとった。
「おお、ご無事でしたか、皇女殿下。グリュード様もご無事で何より。このような姿で出迎えたこと、平にご容赦を……。……ところで、その隣の方は?」
セルゲイがシャルスを見つめると、シャルスは苦笑を浮かべた。
「私はシャルス。アリシア様の軍師だ」
シャルスが自己紹介すると、セルゲイはグリュードに一瞬目を向けた。
「俺の旧友だ。信頼していい」
グリュードが言うと、セルゲイはゆっくりと頷いた。
「セルゲイ殿、少し尋ねたい事がある。エデッサ城を占拠したらしいが、なぜ事情に詳しい?」
シャルスが尋ねると、セルゲイは順を追って説明を始めた。
「まず、ハイム平原の勝敗を知る為に密かに密偵を放っていました。ハイムの敗北がレン大将軍の裏切りによる物だと分かったのは、レン大将軍とガーグ宰相がシュラー陛下を討ち取るのを密偵が目撃した為です。その後、エデッサにもガーグ宰相、レン大将軍の伝令が来ると判断し、訓練と称して場外で待ち構え、エデッサ城主を返り討ちにしたのです。アリシア皇女殿下の生死が不明でありましたが、ホルス団長が護衛しているのに死ぬ事は無いと判断したからです。無論、皇女殿下がここにこられる事が大前提でしたが」
「しかし、それにしても早過ぎないか?」
グリュードが疑問に思ったのは情報を知ってから、エデッサまで伝える伝達速度であった。王都から、さらにはハイムからここまでどんなに馬を飛ばしても数日は掛かる距離である。
「我らは情報の伝達を重要な事だと判断しています。一定の距離で騎士を待機させ、交代で伝達したのです」
シャルスは感心した。昔、シャルスがホルスに教えた情報の重要度をしっかりホルスは部下に教えていたからだ。この情報の伝達方法もシャルスがホルスに教えたやり方の一つだった。
「現在の状況をお伝えいたします。現在我らはエデッサ城を占拠しておりますが、こちらの被害は軽微です。エデッサに篭るつもりは最初からありませんが、直ぐに退去すべきとは判断できます。ただ、退去した後、どこへ逃亡するかで判断に迷っています」
セルゲイはそこで一旦言葉を区切るとグリュードを見つめた。
「ところでホルス団長の姿が見えませんが、どこをほっつき歩いているのです?」
セルゲイが逆に尋ねると、グリュードは苦笑を浮かべた。
流石にホルスの最古参の部下であり、ホルスが最も信頼する部下である。上司をまるで心配している様子は無い。むしろ、この場に居ない事に不満を持っているようだ。
まあ、一応、ホルスは騎士団長であり、あくまでセルゲイは副団長。団長であるホルスの補佐が仕事だ。だが、今現在ではセルゲイが団長のような状態だ。
「ホルスなら、ティア近衛騎士と共に王都に潜入している頃だろう。偵察する必要は無かったが、大事な妹君を連れ出すのだから必要な行動ではあったな」
「……そうですか。まあ、あの人なら大丈夫でしょう。谷底に突き落とされても、自力で這い上がってくる人ですから」
「……以前、そのような事があったのですか?」
ずっと説明を聞いていたアリシアがふと、尋ねた。
「…………六年ほど前に、一度」
セルゲイは神妙な面持ちで答えた。尋ねたアリシアもどう返事すればいいか困った表情をしていた。
妙な空気を払拭すべく、シャルスは一度咳払いした。
「アリシア様、今後どのように動くおつもりですか?」
シャルスが尋ねると、グリュード、セルゲイ、セト、ウェイン、クリスがアリシアを見つめた。
そう、どの動くのか。それが最も重要だ。
右にも、左にも、前にも、後にも進むことはできる。だが、目的はアリシアが決める事だ。
アリシアは一度大きく息を吐き出すと、全員を見渡した。
「……叔父、ガーグは国王たる父シュラーを討ち、王位を簒奪しました。私は、王都を奪還し、父の仇を討ちます。そして、ローバスの独立を勝ち取ります」
アリシアの声は毅然として、澄んだ声だった。
「まず、東へ。アフワ―ズ城のフィルガリア将軍を頼ります」
『はっ!』
グリュードを筆頭に、その場にいたすべての者が臣下の礼を取った。
翌日、紅蓮騎士団三千騎を率いてアリシアは逃亡を再開した。
旅の道中、シャルスは懇々とアリシアに王としての責務と義務を語っていた。
シャルスのアリシアに対する言葉は、諫言ではなく、これから成長していく生徒へ教える教師の言葉だった。
「アリシア様。現在わが国は、王都セレウキアだけで百万の民が住んでいます。では、その百万の民すべてから支持を受けるにはどのような手段が考えられますか?」
アリシアは少し考えた後、口を開いた。
「彼らが望む事をする。良い治世を行えば支持を受けられると思う」
「……正直に、自分のお考えを述べられましたな」
シャルスは嬉しそうに微笑んだ。が、しかし。
「ですが、今後、そのような甘い考えはすべて捨て去る様願います」
教師から軍師の目に変わったシャルスは、一度グリュードを見つめ、改めてアリシアを見つめた。
グリュードは意味が分かったのか、苦笑を浮かべた。
「まず、すべての人々から支持を受けるのは不可能です。ローバスを奪還した後、より良い治世を行うためにさまざまな改革を行うことになるでしょう。改革とはより効率よく国家運営をする為でもありますが、もう一つの側面があります。法の目をごまかす連中が甘い汁を吸えなくする為です。それらの連中からは当然不平、不満が飛び交うでしょうし、恨みを抱く者をおりましょう。人それぞれ考え方、主張がございます。それをすべて自分の都合の良いように従わせるのは暴君のする事です」
シャルスは一旦言葉を区切り、水筒から一口水を飲んだ。
「アリシア様が良い治世を行う意志がある事は良い事です。しかし、その行動が必ず良い事とは限りません。正義と悪。人々は良くそれで善悪を区別いたしますが、では、絶対的な正義の為にはどのような些細な悪も許されるのでしょうか? 悪と判断された人々は、一体どのような悪であったか? 例えば、道端で死に掛けて倒れている兵士がいるとしましょう。兵士は逃亡兵で、病気で死に掛けている妻の元へ帰ろうとしていました。そこに幼い子供がいるとしましょう。その幼い子供は飢えており、倒れている兵士から甲冑を奪いそれを金に買えて飢えを満たそうとしています。アリシア様はどのように判断されますか? 悪は誰ですか?」
「………判断は難しいけれど、二人共悪です。ただ、酌量の余地があると思います」
「確かに、良心に従えば判断は難しいでしょう。しかし、この場合、兵士と王が悪なのです。兵士は軍規に背いた重大な罪を犯しました。兵士は即刻処刑なさるべきでしょう。どのような事情があろうと、兵士が自分の都合で動くようであれば、軍は軍として機能いたしません。それから、子供は悪と判断できません。無論、盗みは罪です。しかしながら、悪だと断定できないのは幼い子供を飢えさせるような治世を敷く王が悪だからです。完全にすべての民を飢えさせない。それは不可能です。しかし、それでも王が悪なのです。子供の方は窃盗罪で処罰し、幼いということで牢に入れ、しかるべき罪を償わせるのが妥当でしょう」
アリシアはただ頷くしかできなかった。自分がこれからやるべきことがどれほど困難な事か改めて認識させられた。
「王はすべてにおいて悪なのですね」
アリシアがつぶやくように言うと、シャルスは嬉しそうに頷いた。
「どのような正義を施行しようとも、王は悪です。しかし、アリシア様がそれを自覚し、少しでも悪を減らせるよう努力するのは大変良いことです。無論、一人で悩もうと思いますな。臣下はそのような王を支える為に存在するのですから」
アリシアは頷きながら、ふと思う。
どうして自分はこんなに恵まれているのだろうと。
グリュードも、シャルスも、ホルスも、ティアも、他の国に仕えればそれなりの待遇をされるだろう。それが自分の為によくしてくれている。
甘えてはいけない。自分がやるべき事は山のようにある。
アリシアは顔を上げゆっくりと馬を進めた。
村を出立してから三日後、アリシア達はエデッサ城の近くまで辿り着いた。エデッサ城はローバス南方防衛の拠点になる重要な城である。その重要な拠点も、王都からの支援があるからこその拠点であり、王都が陥落した現段階では戦略上たいした意味が無かった。しかし、拠点としてではなく、通過点となりうる城なので、無視もできない城である。
だが、その周囲には明らかに戦闘の跡が残っていた。死体の数は千に達していた。
「……紅蓮騎士団の兵が死んでいるな」
死体の中に真紅の騎士が混じっている事にグリュードが気づいた。最も、千の内、その数は百に満たない数だったが。
「エデッサ城はすでにレン閣下に降伏したのでしょう」
シャルスが判断を下した。
「恐らく紅蓮騎士団を討てば降伏を許すとでも言ったのでしょう」
「で、この有様か? しかし妙に紅蓮騎士の死体が少ないが……」
グリュードがそう言った時だった。アリシア達の周囲の地面に十数本の矢が突き刺さった。
「動くな! 武器を放棄しろ! 十数える間に放棄しなければハリネズミの様にしてやるぞ!」
「……この声は……クリス! クリスか!? 俺だ、グリュードだ!」
グリュードが声を上げると、数を数える声が中断され、紅蓮騎士の青年が姿を現した。
「グリュード様! グリュード様じゃないですか! 攻撃中止! 中止!」
クリスが周囲に叫ぶと続々と紅蓮騎士が姿を現した。十名ほどだ。
紅蓮騎士達はグリュードに敬礼すると、すばやく周囲に散開して警戒を始めた。
「グリュード、彼は?」
「グリュード様、この女性は?」
二人が同時に尋ねるとグリュードは苦笑した。
「クリス、膝を付け。この御方はアリシア皇女殿下だ」
グリュードが言うと、クリスは顔を白から青に変え、慌ててアリシアに臣下の礼をとった。
「も、申し訳ありません! 気づかなかったとはいえ、ご無礼をお許しください!」
「立ちなさい、真紅の騎士よ。あなたの名は?」
アリシアが微笑を浮かべながら尋ねると、クリスは恐る恐る立ち上がった。
「はっ! 紅蓮騎士団突撃隊長、クリス十騎長と申します」
「では、クリス十騎長。エデッサ城まで案内をお願いできますか?」
「はっ! 喜んで!」
クリス達十名の紅蓮騎士に護衛され、アリシアはエデッサ城に入城した。アリシア、グリュード、シャルスの三名はすぐさま副団長であるセルゲイの元へ案内された。
アリシアがセルゲイに出会った時、セルゲイは地図を見ながら副団長補佐であるセト、ウェインの二人と協議をしている最中であった。セルゲイは甲冑を身に着けず、上半身裸であった。その体には無数の戦いの傷があり、負傷したのであろう。赤く染まった包帯を巻いていた。
「副団長、アリシア皇女殿下をお連れしました」
クリスがそう言うと、セルゲイはセト、ウェインと共に臣下の礼をとった。
「おお、ご無事でしたか、皇女殿下。グリュード様もご無事で何より。このような姿で出迎えたこと、平にご容赦を……。……ところで、その隣の方は?」
セルゲイがシャルスを見つめると、シャルスは苦笑を浮かべた。
「私はシャルス。アリシア様の軍師だ」
シャルスが自己紹介すると、セルゲイはグリュードに一瞬目を向けた。
「俺の旧友だ。信頼していい」
グリュードが言うと、セルゲイはゆっくりと頷いた。
「セルゲイ殿、少し尋ねたい事がある。エデッサ城を占拠したらしいが、なぜ事情に詳しい?」
シャルスが尋ねると、セルゲイは順を追って説明を始めた。
「まず、ハイム平原の勝敗を知る為に密かに密偵を放っていました。ハイムの敗北がレン大将軍の裏切りによる物だと分かったのは、レン大将軍とガーグ宰相がシュラー陛下を討ち取るのを密偵が目撃した為です。その後、エデッサにもガーグ宰相、レン大将軍の伝令が来ると判断し、訓練と称して場外で待ち構え、エデッサ城主を返り討ちにしたのです。アリシア皇女殿下の生死が不明でありましたが、ホルス団長が護衛しているのに死ぬ事は無いと判断したからです。無論、皇女殿下がここにこられる事が大前提でしたが」
「しかし、それにしても早過ぎないか?」
グリュードが疑問に思ったのは情報を知ってから、エデッサまで伝える伝達速度であった。王都から、さらにはハイムからここまでどんなに馬を飛ばしても数日は掛かる距離である。
「我らは情報の伝達を重要な事だと判断しています。一定の距離で騎士を待機させ、交代で伝達したのです」
シャルスは感心した。昔、シャルスがホルスに教えた情報の重要度をしっかりホルスは部下に教えていたからだ。この情報の伝達方法もシャルスがホルスに教えたやり方の一つだった。
「現在の状況をお伝えいたします。現在我らはエデッサ城を占拠しておりますが、こちらの被害は軽微です。エデッサに篭るつもりは最初からありませんが、直ぐに退去すべきとは判断できます。ただ、退去した後、どこへ逃亡するかで判断に迷っています」
セルゲイはそこで一旦言葉を区切るとグリュードを見つめた。
「ところでホルス団長の姿が見えませんが、どこをほっつき歩いているのです?」
セルゲイが逆に尋ねると、グリュードは苦笑を浮かべた。
流石にホルスの最古参の部下であり、ホルスが最も信頼する部下である。上司をまるで心配している様子は無い。むしろ、この場に居ない事に不満を持っているようだ。
まあ、一応、ホルスは騎士団長であり、あくまでセルゲイは副団長。団長であるホルスの補佐が仕事だ。だが、今現在ではセルゲイが団長のような状態だ。
「ホルスなら、ティア近衛騎士と共に王都に潜入している頃だろう。偵察する必要は無かったが、大事な妹君を連れ出すのだから必要な行動ではあったな」
「……そうですか。まあ、あの人なら大丈夫でしょう。谷底に突き落とされても、自力で這い上がってくる人ですから」
「……以前、そのような事があったのですか?」
ずっと説明を聞いていたアリシアがふと、尋ねた。
「…………六年ほど前に、一度」
セルゲイは神妙な面持ちで答えた。尋ねたアリシアもどう返事すればいいか困った表情をしていた。
妙な空気を払拭すべく、シャルスは一度咳払いした。
「アリシア様、今後どのように動くおつもりですか?」
シャルスが尋ねると、グリュード、セルゲイ、セト、ウェイン、クリスがアリシアを見つめた。
そう、どの動くのか。それが最も重要だ。
右にも、左にも、前にも、後にも進むことはできる。だが、目的はアリシアが決める事だ。
アリシアは一度大きく息を吐き出すと、全員を見渡した。
「……叔父、ガーグは国王たる父シュラーを討ち、王位を簒奪しました。私は、王都を奪還し、父の仇を討ちます。そして、ローバスの独立を勝ち取ります」
アリシアの声は毅然として、澄んだ声だった。
「まず、東へ。アフワ―ズ城のフィルガリア将軍を頼ります」
『はっ!』
グリュードを筆頭に、その場にいたすべての者が臣下の礼を取った。
翌日、紅蓮騎士団三千騎を率いてアリシアは逃亡を再開した。
後書き
作者:そえ |
投稿日:2009/12/06 21:03 更新日:2009/12/12 20:52 『ローバス戦記』の著作権は、すべて作者 そえ様に属します。 |
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