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作品ID:247
「てがみ屋と水を運ぶ村」へ

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てがみ屋と水を運ぶ村

小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 休載中

前書き・紹介


第一話(再編集版)

前の話 目次 次の話

もし受け取ったら、捨てろ、と言われた。

 局長は馬鹿でかい大きな手でソラの頭を軽くたたいてから、いつものようにそそくさとどこかへ行ってしまった。局長と会うのはごくまれなことである。

 それは楽しい時間のはずだった。いつもなら。

 この間は違った。何でも地獄からの手紙、というのが出回っているらしい。局長と会ってから、彼女はそのことで頭がいっぱいになってしまった。

「それが、何でそういう風に呼ばれるのかっていうとな……受け取った奴がすごく苦しい思いをするからなんだ」

「苦しい思い?」

 聞き返すと、彼はあごに手を当てて少し首をかしげ、苦笑した。明るい茶色の瞳が彼女に向けられる。

「それが、オレも良く分からんのだ。何でも、ステッカーというやつが入っているそうでな」

「ステッカー?」

 ステッカーといえば、シールとほぼ同じ意味だ。何がどう、もらった人に苦しみを与えるのか、よく分からない。

 局長は少し、唇をなめてから続ける。

「なんだかよく分からんが過去と未来をつなぐ、トンネルを作るらしい。人体の中にだ。それを通してこの資源がない世界にそれを持ってくるんだそうだ」

 その返答にはなんと反応していいか分からず、彼女は少しだけ肩をすくめただけだった。

「壮大な話ですね」

「うむ。ただ、人間がトンネルになるっていうのがよく分からんのだが……そんなこと果たしてできるのか?」

「まあ、できたら、今はぜんぜん資源ないんだし……いいかなあ、なんて」

 小声でつぶやくと、こつん、と拳骨が振ってきた。顔をしかめて局長を見上げると、彼は鷹揚に笑っていた。

「まあ、見つけたら捨てろ。以上だ」

 局長はダチョウくらいの大きさのオレンジ色の鳥にまたがり、手綱を握った。

「ソラ、お前には釘を刺しておくけど、郵便局員だから、手紙捨てたら客への冒涜になるとか、余計なこと考えんなよ。オレたちはてがみ屋だ。金持ちたちの汚ない言葉から民間人を守ることがオレたちの、てがみ屋の仕事だ。そのためなら郵便局の規則なんて、いくらでも破って良いんだ。郵便局は、もう潰れたんだから」

 ソラと呼ばれた少女は、黙って頷いた。

「そうだ、これ」

 去ろうとした局長が不意に振り返り、少女の方へ大きな紙袋を投げた。

「え?」

 受け取り損ねそうになりながらも、ソラはそれをしっかりと受け取って胸に抱く。中身は紙か。ずっしりと重い。

「何ですか、これ」

 局長はあごに手を当てて少し眉尻を下げた。髪の毛をくしゃくしゃと掻き回す。

「すまん、ちょっと預かっておいてくれ。オレだけじゃ管理できなくなった」

 ソラが中身を見ようとすると、局長が声で制止させた。

「あー、中は見るな。いつかお前にも教えてやるから」

 ソラは不思議そうに局長を見上げる。

「いいな」

 ソラはかすれた声で答えた。

「はい」

「そうだ、いいことを教えてやろう」

「へ?」

 局長は大きく胸を張って高らかに言った。

「タツノオトシゴの仲間にはタツノイトコとタツノハトコがいるそうだぞ」

「は?」

 また始まった。局長の必殺技、トリビア垂れ流しである。適当に聞き流すとするか。

「タツノイトコとタツノハトコは魚のようだぞ」

 し、親戚か? でも、それ以前に……。

「タツノオトシゴって、絶滅しませんでしたっけ?」

「あ」







    *          *         *

雲ひとつない真っ青な空と対照的な、殺伐とした砂漠はどこまでも広がっていた。あたりを見渡してみても何もない。そこに見えるのは地平線だけ。

 そんな砂漠の真ん中を、オレンジ色の羽のダチョウのような大きな鳥が二羽疾走している。 鳥たちの上にはそれぞれ荷物が載せられていた。前には布袋。背中には太い平紐が巻かれ、それには鐙のようなものが取り付けられている。

「サナ、まだ着かないの?」

 それに乗った少女がもう一羽のほうに乗っている少年に訊ねた。明るい茶色の髪をした彼女の腹は盛大に鳴る。

 彼女の名前は「星野《ほしの》ソラ」。くりくりっとした琥珀色の瞳がとても魅力的な女の子である。短い髪の毛は毛先に癖があり、肩の辺りでぴょこんぴょこんと踊るようにはねている。どちらかというと美しいというより、かわいらしいといった類の少女だ。

「うっせえな。ちっとは黙ってろっつの」

 サナと呼ばれた少年、仏桑花真行《ぶっそうげさなゆき》は眠そうに言葉を返した。。ざんばらにかかる前髪の下の深い藍色の瞳は、めったに感情が浮かばない。髪は男にしては長く、肩に着くぐらいの長さ。それを後ろでひとつ結びにしている。

「あ」

「何よ」

 真行はソラの肩に手を伸ばし、何か取って砂だらけの地面に捨てた。ソラは眉をひそめてそれを見る。が、彼女には見えなかったようだ。

「何?」

 横目で真行をちらりと見て訊ねる。

「糸くず」

 お礼を言うかと思いきや、自分が乗っている大きな鳥の背中を、両手でぱしん、と叩いた。

 鳥はびっくりしたようだった。うまく走れずに、ふらふらと蛇行した。しかし、ソラは鳥の体が揺れても気に留める様子はない。

「何で捨てるかなあ、もったいない」

 それは最初、いつも低い声で始まる。

 真行はまた始まったとばかりに盛大なため息をついたが、それにもかかわらず、ソラは彼に指を突きつけた。

「布が何でできてるか知ってる? 糸だよ糸! 糸もより集めればこんなふうに上等な布ができるわけ。分かってる?」

 ソラは自分の制服の襟元を指でつまんで、見せ付けるように引っ張った。

「今自分が何したか分かってるの? 布を作るための貴重な資源を砂漠に捨てたんだよ」

 ソラの罵倒は続く。

「ああ、もったいない、拾ってきてよ。あたしが大切に保管しとくから」

「知るか、自分で拾いに行けよ。どこあるか分かんねえよ」

「今のはポイ捨てだよ。そういうものを拾うのは捨てた人でしょ?」

 真行はあきれ果てたように後ろ頭をぽりぽりとかいた。

「つか普通は糸くずとってくれたんだから礼言うとこだろ」

「……」

 ようやく止まった。実はこの少女、極度の節約癖があるのである。何かにつけて「もったいない」を連呼。そのたびに真行はため息をつく羽目になる。

 熱い太陽の光が容赦なく二人を焼く。真行は襟元を指でつまんでぱふぱふと煽ぎながら、大きく息をつく。

 

 「暇だし、見てみるか」

 大きく伸びをして、あくびのせいで出てきた涙を拭きながら、真行はソラのほうに視線を向けた。ソラは彼から守るように鞄を隠す。

「だめだめだめっ、信書三原則。『見ない、読まない、話さない』」

 信書三原則とは手紙の送り主と受取人のプライバシーを保護するためにある原則のことだ。

 手紙を運ぶ者は手紙を見ない、読まない、そして手紙の送り主や受け取り人、内容などについて人に話さない、という三つの決まりを守らなければならない。

「これだから任せらんないのよ」

 ため息交じりのあきれ声を出してみる。しかしそう言いつつも不満げな表情はソラの顔から消えて、いつの間にか明るい表情になっていた。

 彼女は手紙を配ることが大好きだった。受け取った人の笑顔を見るのが。

「でも、珍しいよね。こんな時代に手紙なんて」

「紙、たけえからな。よっぽどの金持ちなんだろうな」

 真行はいやみったらしく呟いた。

「でもやっぱさ、中身、気になるよね」

 ソラは、後ろに隠していた鞄から封筒を取り出し、太陽のほうに向けて透かしながら、目を輝かせた。

「ラブレターかな。それともっ」

 手紙を握ったまま手を胸の前で組んで妄想し始めたソラに、真行は冷たく言い放つ。

「んなわけあるか」

「じゃあ何よ」

 ソラだって分かっている。本当はラブレターなんてきれいな手紙を出す人なんて居ないことを。 

「この時代に手紙出す奴にろくな奴はいねえよ」

「……」

 真行は残酷な現実を平然と口にする。

 ソラはその残酷な現実を受け止められないままでいるのに。

 まだ心のどこかで以前までと同じように手紙を配れることを強く望んでいた。現実を認めたくない。まだ心の中では幸せな世界に居るつもりでいたい。不可能なことなのは分かっている。

 この時代に送られる手紙は数少なく、醜い。

 木材も石油も美しい水も食料もすべて使い果たしてしまったこの世界で、紙というものは異常な値段で売られていた。買うことができるのは、他人を蹴り落としてまでしてのし上がってきたこの時代の金持ちたち。彼らはそれを買い、酷く、醜い言葉を紡ぎ、それをてがみ屋に渡す。

 手紙を配るのは好きだ。でも、そんな酷いものは、届けたくない。

「あのさ……」

「あ?」

「本当に破っていいのかな……」

 手綱を握った手に視線を落とす。この間局長から言われたことを思い出したのだ。

「あ、変なやつ配っちまったら破れって話? いいんじゃねえの」

「手紙を届けるあたしたちが破るって、なんだか気が引けちゃうな」

 ややあって。

「でも局長も馬鹿だな。そんなことなら最初から中身開けて破っちまえばいいのに」

 ソラはそれを聞くなり、手綱をぎゅっと硬く握り締めて一気に顔を上げる。

「馬鹿はあんたよ! あんたはもともと郵便局員じゃないからわかんないかもしれないけど、

あたしたちにはあたしたちなりの美学があんの!」

 真行はそっぽを向いて、

「知るか」

 おざなりに返してから鳥の大きな頭にあごを乗せた。

 ソラは鳥の上に横向きに座りなおし、足をぶらぶらさせながらわざとらしく大きな声で言う。

「とにかく、この手紙で最後。手紙を配り終えるのは残念だけど、やーっと、あんたから解放される」

「俺もだ」

 返事はすぐに返ってきた。彼はそう言ってソラの顔を見、自分も思いっきりいやそうな顔を作った。ソラは眉根を寄せる。

「まあ、客が減って喜ぶ元郵便局員もどうかと思うけどな」

 指先で宙にくるくると円を描きながら真行が独り言をつぶやく。

 その言葉に、ソラは真行の肩に手を乗せ、ぎゅうぎゅうと握りつぶした。

「肩こりと腰痛が持病の、ふけた十七歳にいわれたくありませんけどねっ」

「いっ、や、やめ、やめろよ」

 真行は肩を押さえたまま、もう片方の手でソラの手を邪険に振り払った。

「でも、お前、何でネクタイとか締めなかったんだ? 一応仕事だろ。結局、つぶれる前から一回も締めてねえじゃねーか」

「そ、それは……」

 ソラは自分の格好に赤面する。カーキ色の上着にカーキ色のズボン。ズボンの下には黒いブーツが見える。

 郵便局の制服である、カーキ色の上着の下に普通はワイシャツを着てネクタイを締めるように決まっている。しかし、彼女は白いTシャツを着ているだけだ。

(言えない、ネクタイが締められないなんて、絶対、言えないっ)

「に、似合わないからよ。あんただって、制服着たことないじゃない」

 真行は、制服を着ずに上は真っ白のワイシャツ、黒と灰色と白のチェックのネクタイ、下は黒いズボン、真っ黒に白い紐のスニーカーをはいている。

 彼は勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、ネクタイを少しだけゆるめる。

「俺は、本当に似合わないからだ」

「……」

 どうやら、分かっていたようである。

後書き


作者:赤坂南
投稿日:2010/07/27 21:29
更新日:2010/11/07 21:45
『てがみ屋と水を運ぶ村』の著作権は、すべて作者 赤坂南様に属します。

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作品ID:247
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