作品ID:27
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ローバス戦記
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
第十二話 騒乱の前兆
前の話 | 目次 | 次の話 |
アフワーズ城内の会議室。
アリシア一向がアフワーズに到着して三日後、今後の行動についての会議が執り行われていた。
出席者はアリシア、グリュード、フィルガリア、軍師として紹介されたシャルスの四名である。
会議はまずローバス東方、南方諸侯に軍を率いて参集するように求める文を出す事についてから始まった。
「アリシア様がここに居られる事。それこそが大義名分になります。諸侯はこぞってここ、アフワーズに集いましょう」
フィルガリアの発言はアリシアを肯かせたが、シャルスが待ったを出した。
「アリシア様。フィルガリア将軍のおっしゃる通り、殿下がここに居られる事。それが大義名分であり、殿下の政治的価値でもあります。……しかしながら、諸侯はすぐには動きますまい」
「シャルス、何故だ? アリシア様は亡き国王陛下の仇を討ち、王都奪還という大義をお持ちなのだぞ」
グリュードの発言にシャルスは首を横に振った。
「その通り。だが、それでも諸侯が動かないのは訳がある。訳というよりは恐れているのだ。剛毅の名将、レン=リューカス大将軍を。恐れて当然だ。恐れるだけの器量と実力の持ち主だ。簡単に動くのは目先の利益しか考えない愚か者か、義将と呼ぶべき阿呆だ。それに、すぐには西へは動けない」
シャルスは卓上に敷かれた地図を指し示した。
「現在我らは敵に取り囲まれていると言っても過言ではない。西には偽王軍、東にトーラス、カーン・ラー、何時偽王軍に参加するか分からない諸侯。故に、我らはほぼ孤立した状態であると言えよう。唯一の救いは北東のシール王国が動く事はありえないと言う事だ。とは言うものの、あくまで一時的、しばらくの間ではあるが……。この点はホルスに感謝すべきだな」
「シャルス、ではどうするのです?」
アリシアが尋ねると、シャルスは不敵な笑みを浮かべた。
「ご安心下さい。まずは諸侯を我らの味方になるよう実力を見せましょう。レン大将軍の味方になるようなら、それより恐ろしい敵を相手にするという事を思い知らせるのです」
シャルスはそう言うと地図にある一つの国を指差した。
「カーン・ラー王国が動く」
シャルスはカーン・ラー王国の王都ガーラに指を指して、そのまま指を滑らせてローバス東方国境を越え、さらにローバス内部、カイディシュと呼ばれる街道で指を止めた。
「この地点で迎え撃ちます。敵兵力は予測範囲では十万から十五万。今が絶好の機会とここぞとばかりに攻め込んで来るでしょう」
アリシア、グリュード、フィルガリアの顔色が変わった。今現在の状況下で攻め込まれた場合、最悪レン率いる偽王軍との挟み撃ちになる可能性があるからだ。
「何故、カーン・ラー王国が動くと分かるのです?」
アリシアの質問にシャルスは微笑みを持って返した。
「アリシア様、カーン・ラー王国は虎視眈々とローバスに攻め込む機会を狙っておりました。では、機会は何でしょうか?」
「……ハイムの敗報と、ガーグ叔父様の即位ですか?」
「御明察の通りです、殿下」
シャルスは嬉しそうに微笑んだ。
「私が換算するに、ハイムの敗報がカーン・ラー王国の王都ガーラに伝わり、軍を召集し、糧食と資金を整え、ガーラより進発してローバス国境に近づく日数を考えれば、ここ三日の間にカーン・ラー軍は大軍で現れるでしょう。無論、強行軍で準備も不足した状態で来るならば、もう少し速いでしょうが、それはそれで結構。準備が万端整わぬ軍勢なぞ、アリの群れに等しいもの。無論、アリの群れとは言ったものの、油断すればこちらがやられてしまいますが……」
シャルスは再び地図に指を指し示した。それはトーラス王国であった。
「さて、ついでにトーラス王国も引っ張り込みたいと私は考えております」
シャルスの口調は、まるで食料の買出しでついでに何かを買うような軽い口調だった。余り事にアリシアも、グリュードもフィルガリアも言葉が出なかった。
「レン大将軍は動かぬ」
シャルスは、はっきりと澄んだ声で言った。
「レン大将軍は追撃に一万ほどの兵力しか動かさなかった。一万の騎兵は全て王都の守備軍の兵であろう。兵を召集しなかった理由。それは何故か。理由は単純だ。未だ西方、北方の制圧、及び、神聖ロンダリウスの属国同盟が完全では無いからだ。偽王軍も、後顧の憂いがある。故に、動けぬ。そして、動けぬ間に我らも後顧の憂いを断たねばならぬ。これは時間との勝負だ」
「だが、そうなると兵力不足だぞ。このアフワーズ城には七万の歩兵と三万の騎兵がいるが、連戦となると兵も疲弊する」
フィルガリアが言うと、シャルスはそれを肯定した。
「確かに、兵力という点で我らは圧倒的に不利である。だが、逆に絶好の機会とも言う」
シャルスは一つ間を空けると、アリシアを見つめた。
「殿下、兵法において敵と相対する場合、最も基本的な事は何でしょうか?」
「敵より兵力を多く揃える事」
「そうです。が、今回はその様にはいきません。よって、兵法の邪道で御座いますが奇策を持って敵を向かい討つ必要が御座います」
「その、策とは?」
「その前に一つ、尋ねたいことが御座います」
シャルスは真剣な目つきに変わると、アリシアを鋭い視線で射抜いた。
「殿下、叔父であるガーグ様を討ち、ローバスを統一し、外敵を撃ち払い、どのような怨嗟も受け止める覚悟は出来ていますでしょうか?」
「シャルス!」
余りの言い様にグリュードは怒鳴り声を上げたが、シャルスはまったく無視した。
「どのような策も、総大将である殿下が迷われているならば意味は無く、この期に及んで迷う主に仕える器量はこのシャルスには御座いません」
アリシアは目を閉じて沈黙した。
重い、そして緊張感漂う時間がしばし流れた。
「……シャルス、二度とその様な発言は許しません。私は父の仇を討ち、ローバスを統一します。そして、民が安寧に暮らせるならばどのような下劣な策も採用し、それを私自らが実行します!」
立ち上がったアリシアは、大きな声ではなかったが、はっきりとした決意がこもった声でシャルスに言った。
「…判りました。殿下の度重なる固い決意を聞き、このシャルス、安堵いたしました」
シャルスは大げさにアリシアに一礼すると、グリュード、フィルガリアの両名を見つめた。
「では、敵の説明から致しましょう。敵の最大の武器は象と呼ばれる大きな獣を使い、突進させる戦象部隊です。これをどうにかする必要が御座います。それについてはすでに対策は済んでおります。残りの残軍もすでにどのように対処するかも策は御座います。季節は冬であり、気温の高い所に住むカーン・ラー将兵にとって、真に辛い季節と言える。そうですな、強いて問題をとりあげるならば、敵の将がどのような人物なのか不明であるということです」
「では、シャルス。貴方の献策を実行に移しなさい」
「御意」
「……フィルガリア将軍」
「はっ」
「至急、東南方面国境を強化しなさい。敵が現れたならば戦わずに速やかに撤退するよう指示を出しなさい。但し、可能な限り敵将、および敵の兵力と規模を調査しなさい」
「急ぎ指示を致しましょう」
「では、会議はこれで終わります。私は自室に戻ります。何かあれば呼ぶように……」
アリシアはそれだけ言うと会議室から退出した。
「……さて、と。シャルス、お前……」
グリュードが言いかけたとき、シャルスが右手を上げて制した。
「グリュード、フィルガリア将軍。いまより私の策の準備をしていただきたい。今回の緒戦。少数の兵で敵軍を打ち破り、アリシア殿下の名声を高める」
シャルスはそこで一つ咳払いした。
「それともう一つ、汚れ役は全て私が被る。努々自分が汚れ役になろうなどと考えないように。このシャルス、全てをアリシア殿下に注ぎ、殿下をローバス歴代で最も偉大な王にする」
シャルスの覚悟を決めた言葉に、グリュードとフィルガリアは互いに肯いてそれぞれの覚悟と決意を決めた。そして、もうすぐ来るであろう、カーン・ラー王国との一戦交える為の備えを始めた。
会議翌日。王都偵察の為、別行動をしていたホルス、ティアの両名が、ホルスの妹リレイを同伴してアフワーズに到着した。
アリシア等も歓待したが、それ以上に歓喜の声を上げたのは紅蓮騎士団三千名であった。出張し続けていた鬼の団長がついに戻ったのである。紅蓮騎士団三千名は一同勢揃いしてホルス等を迎え入れた。
「信頼されているな、お主。だが、猪突猛進だけというのは感心できんな」
ティアはそう言いながらも、ホルスの実力を認めざるを得なかった。ずっと武勇だけの将と思っていたが、短い期間ではあったが共に旅をして、ホルスの人となりが少し理解できた。評価は『猪』から、『横に曲がれる猪』に上がっていた。
ホルスとティアは早速王都内情を詳細にアリシアに伝えた。
「報告ご苦労様です。別行動は大変でしたか、ティア」
アリシアが微笑みながら言うと、ティアは一つ溜め息を吐いた。
「いえ、世話の掛かる男が一人いましたが、その世話をずっとしていた妹君に助けられました」
「そ、そうですか。ホルス、貴方は?」
「いえ、手間の掛かる近衛騎士が一名いましたが、特に問題はありませんでした」
ティアの口調を真似て、ホルスは反撃を開始した。しかし、ホルスの反撃はそれで終わった。『ホルスの世話係』であるリレイがホルスの頬を抓ったからである。
「な、なにするんだ」
「お兄ちゃん! アリシア様の前でケンカなんかしないで!」
「……だけど」
「何!?」
「……いえ、何でもありません」
リレイの鋭い眼光にホルスは悲しく泣きそうな犬のように小さくなった。
ハイム前夜、ホルス自身が話した己が戦う理由。
この、小さな女の子の為に、ホルスはその他の追随を許さない武勇を発揮する。
実際にホルスの戦う姿を見ているアリシアには、戦場のホルスと、今目の前にいるホルスとの差が可笑しくてしょうがなかった。
「ホルス。その勇者を紹介してくださいな」
アリシアが笑いながら言うと、リレイは一歩前に進み出た。
「リレイ=レグナールと申します。皇女様」
「そう、リレイというのね。長旅大変だったでしょう。ゆっくり疲れを癒してくださいね。ティアも今日は私の護衛などせず、疲れを癒してください。ホルスもしっかり英気を養ってくださいね」
「アリシア様。それでは……」
「護衛は他の者に任せて、休みなさい」
再度アリシアが言うと、渋々ティアは承知した。
「英気を養うのはいいですが、何です? この物々しい雰囲気は?」
ホルスは敏感にアフワーズ城を包む空気を感じていた。それは歴戦の戦士だから感じる戦が始まる前の独特の空気だった。
「……シャルスによると、東のカーン・ラー王国が攻めて来るそうです。それも近日中に……」
「ほう、カーン・ラーが……」
ホルスの目つきが変わった。そして浮かび上がったのは戦場で見せる獣の笑みだった。芯からホルスは戦士である。戦いとなれば全身の血が騒いで仕方がなかった。
「ホルス。貴方の騎士団も戦の準備をしています。副団長のセルゲイが責任持って指示を下しています。今日は休みなさい」
ホルスは黙ったまま一礼した。
ローバス歴二四五年十二月二十四日。
ローバス東方アフワーズ城。
後世、ローバス十二名将と讃えられる十二名の家臣団の内、グリュード、ホルス、シャルス、ティア、フィルガリアの五名が一同に結集した。
そして、ローバス東部に不穏な空気が漂い始めた。
アリシア一向がアフワーズに到着して三日後、今後の行動についての会議が執り行われていた。
出席者はアリシア、グリュード、フィルガリア、軍師として紹介されたシャルスの四名である。
会議はまずローバス東方、南方諸侯に軍を率いて参集するように求める文を出す事についてから始まった。
「アリシア様がここに居られる事。それこそが大義名分になります。諸侯はこぞってここ、アフワーズに集いましょう」
フィルガリアの発言はアリシアを肯かせたが、シャルスが待ったを出した。
「アリシア様。フィルガリア将軍のおっしゃる通り、殿下がここに居られる事。それが大義名分であり、殿下の政治的価値でもあります。……しかしながら、諸侯はすぐには動きますまい」
「シャルス、何故だ? アリシア様は亡き国王陛下の仇を討ち、王都奪還という大義をお持ちなのだぞ」
グリュードの発言にシャルスは首を横に振った。
「その通り。だが、それでも諸侯が動かないのは訳がある。訳というよりは恐れているのだ。剛毅の名将、レン=リューカス大将軍を。恐れて当然だ。恐れるだけの器量と実力の持ち主だ。簡単に動くのは目先の利益しか考えない愚か者か、義将と呼ぶべき阿呆だ。それに、すぐには西へは動けない」
シャルスは卓上に敷かれた地図を指し示した。
「現在我らは敵に取り囲まれていると言っても過言ではない。西には偽王軍、東にトーラス、カーン・ラー、何時偽王軍に参加するか分からない諸侯。故に、我らはほぼ孤立した状態であると言えよう。唯一の救いは北東のシール王国が動く事はありえないと言う事だ。とは言うものの、あくまで一時的、しばらくの間ではあるが……。この点はホルスに感謝すべきだな」
「シャルス、ではどうするのです?」
アリシアが尋ねると、シャルスは不敵な笑みを浮かべた。
「ご安心下さい。まずは諸侯を我らの味方になるよう実力を見せましょう。レン大将軍の味方になるようなら、それより恐ろしい敵を相手にするという事を思い知らせるのです」
シャルスはそう言うと地図にある一つの国を指差した。
「カーン・ラー王国が動く」
シャルスはカーン・ラー王国の王都ガーラに指を指して、そのまま指を滑らせてローバス東方国境を越え、さらにローバス内部、カイディシュと呼ばれる街道で指を止めた。
「この地点で迎え撃ちます。敵兵力は予測範囲では十万から十五万。今が絶好の機会とここぞとばかりに攻め込んで来るでしょう」
アリシア、グリュード、フィルガリアの顔色が変わった。今現在の状況下で攻め込まれた場合、最悪レン率いる偽王軍との挟み撃ちになる可能性があるからだ。
「何故、カーン・ラー王国が動くと分かるのです?」
アリシアの質問にシャルスは微笑みを持って返した。
「アリシア様、カーン・ラー王国は虎視眈々とローバスに攻め込む機会を狙っておりました。では、機会は何でしょうか?」
「……ハイムの敗報と、ガーグ叔父様の即位ですか?」
「御明察の通りです、殿下」
シャルスは嬉しそうに微笑んだ。
「私が換算するに、ハイムの敗報がカーン・ラー王国の王都ガーラに伝わり、軍を召集し、糧食と資金を整え、ガーラより進発してローバス国境に近づく日数を考えれば、ここ三日の間にカーン・ラー軍は大軍で現れるでしょう。無論、強行軍で準備も不足した状態で来るならば、もう少し速いでしょうが、それはそれで結構。準備が万端整わぬ軍勢なぞ、アリの群れに等しいもの。無論、アリの群れとは言ったものの、油断すればこちらがやられてしまいますが……」
シャルスは再び地図に指を指し示した。それはトーラス王国であった。
「さて、ついでにトーラス王国も引っ張り込みたいと私は考えております」
シャルスの口調は、まるで食料の買出しでついでに何かを買うような軽い口調だった。余り事にアリシアも、グリュードもフィルガリアも言葉が出なかった。
「レン大将軍は動かぬ」
シャルスは、はっきりと澄んだ声で言った。
「レン大将軍は追撃に一万ほどの兵力しか動かさなかった。一万の騎兵は全て王都の守備軍の兵であろう。兵を召集しなかった理由。それは何故か。理由は単純だ。未だ西方、北方の制圧、及び、神聖ロンダリウスの属国同盟が完全では無いからだ。偽王軍も、後顧の憂いがある。故に、動けぬ。そして、動けぬ間に我らも後顧の憂いを断たねばならぬ。これは時間との勝負だ」
「だが、そうなると兵力不足だぞ。このアフワーズ城には七万の歩兵と三万の騎兵がいるが、連戦となると兵も疲弊する」
フィルガリアが言うと、シャルスはそれを肯定した。
「確かに、兵力という点で我らは圧倒的に不利である。だが、逆に絶好の機会とも言う」
シャルスは一つ間を空けると、アリシアを見つめた。
「殿下、兵法において敵と相対する場合、最も基本的な事は何でしょうか?」
「敵より兵力を多く揃える事」
「そうです。が、今回はその様にはいきません。よって、兵法の邪道で御座いますが奇策を持って敵を向かい討つ必要が御座います」
「その、策とは?」
「その前に一つ、尋ねたいことが御座います」
シャルスは真剣な目つきに変わると、アリシアを鋭い視線で射抜いた。
「殿下、叔父であるガーグ様を討ち、ローバスを統一し、外敵を撃ち払い、どのような怨嗟も受け止める覚悟は出来ていますでしょうか?」
「シャルス!」
余りの言い様にグリュードは怒鳴り声を上げたが、シャルスはまったく無視した。
「どのような策も、総大将である殿下が迷われているならば意味は無く、この期に及んで迷う主に仕える器量はこのシャルスには御座いません」
アリシアは目を閉じて沈黙した。
重い、そして緊張感漂う時間がしばし流れた。
「……シャルス、二度とその様な発言は許しません。私は父の仇を討ち、ローバスを統一します。そして、民が安寧に暮らせるならばどのような下劣な策も採用し、それを私自らが実行します!」
立ち上がったアリシアは、大きな声ではなかったが、はっきりとした決意がこもった声でシャルスに言った。
「…判りました。殿下の度重なる固い決意を聞き、このシャルス、安堵いたしました」
シャルスは大げさにアリシアに一礼すると、グリュード、フィルガリアの両名を見つめた。
「では、敵の説明から致しましょう。敵の最大の武器は象と呼ばれる大きな獣を使い、突進させる戦象部隊です。これをどうにかする必要が御座います。それについてはすでに対策は済んでおります。残りの残軍もすでにどのように対処するかも策は御座います。季節は冬であり、気温の高い所に住むカーン・ラー将兵にとって、真に辛い季節と言える。そうですな、強いて問題をとりあげるならば、敵の将がどのような人物なのか不明であるということです」
「では、シャルス。貴方の献策を実行に移しなさい」
「御意」
「……フィルガリア将軍」
「はっ」
「至急、東南方面国境を強化しなさい。敵が現れたならば戦わずに速やかに撤退するよう指示を出しなさい。但し、可能な限り敵将、および敵の兵力と規模を調査しなさい」
「急ぎ指示を致しましょう」
「では、会議はこれで終わります。私は自室に戻ります。何かあれば呼ぶように……」
アリシアはそれだけ言うと会議室から退出した。
「……さて、と。シャルス、お前……」
グリュードが言いかけたとき、シャルスが右手を上げて制した。
「グリュード、フィルガリア将軍。いまより私の策の準備をしていただきたい。今回の緒戦。少数の兵で敵軍を打ち破り、アリシア殿下の名声を高める」
シャルスはそこで一つ咳払いした。
「それともう一つ、汚れ役は全て私が被る。努々自分が汚れ役になろうなどと考えないように。このシャルス、全てをアリシア殿下に注ぎ、殿下をローバス歴代で最も偉大な王にする」
シャルスの覚悟を決めた言葉に、グリュードとフィルガリアは互いに肯いてそれぞれの覚悟と決意を決めた。そして、もうすぐ来るであろう、カーン・ラー王国との一戦交える為の備えを始めた。
会議翌日。王都偵察の為、別行動をしていたホルス、ティアの両名が、ホルスの妹リレイを同伴してアフワーズに到着した。
アリシア等も歓待したが、それ以上に歓喜の声を上げたのは紅蓮騎士団三千名であった。出張し続けていた鬼の団長がついに戻ったのである。紅蓮騎士団三千名は一同勢揃いしてホルス等を迎え入れた。
「信頼されているな、お主。だが、猪突猛進だけというのは感心できんな」
ティアはそう言いながらも、ホルスの実力を認めざるを得なかった。ずっと武勇だけの将と思っていたが、短い期間ではあったが共に旅をして、ホルスの人となりが少し理解できた。評価は『猪』から、『横に曲がれる猪』に上がっていた。
ホルスとティアは早速王都内情を詳細にアリシアに伝えた。
「報告ご苦労様です。別行動は大変でしたか、ティア」
アリシアが微笑みながら言うと、ティアは一つ溜め息を吐いた。
「いえ、世話の掛かる男が一人いましたが、その世話をずっとしていた妹君に助けられました」
「そ、そうですか。ホルス、貴方は?」
「いえ、手間の掛かる近衛騎士が一名いましたが、特に問題はありませんでした」
ティアの口調を真似て、ホルスは反撃を開始した。しかし、ホルスの反撃はそれで終わった。『ホルスの世話係』であるリレイがホルスの頬を抓ったからである。
「な、なにするんだ」
「お兄ちゃん! アリシア様の前でケンカなんかしないで!」
「……だけど」
「何!?」
「……いえ、何でもありません」
リレイの鋭い眼光にホルスは悲しく泣きそうな犬のように小さくなった。
ハイム前夜、ホルス自身が話した己が戦う理由。
この、小さな女の子の為に、ホルスはその他の追随を許さない武勇を発揮する。
実際にホルスの戦う姿を見ているアリシアには、戦場のホルスと、今目の前にいるホルスとの差が可笑しくてしょうがなかった。
「ホルス。その勇者を紹介してくださいな」
アリシアが笑いながら言うと、リレイは一歩前に進み出た。
「リレイ=レグナールと申します。皇女様」
「そう、リレイというのね。長旅大変だったでしょう。ゆっくり疲れを癒してくださいね。ティアも今日は私の護衛などせず、疲れを癒してください。ホルスもしっかり英気を養ってくださいね」
「アリシア様。それでは……」
「護衛は他の者に任せて、休みなさい」
再度アリシアが言うと、渋々ティアは承知した。
「英気を養うのはいいですが、何です? この物々しい雰囲気は?」
ホルスは敏感にアフワーズ城を包む空気を感じていた。それは歴戦の戦士だから感じる戦が始まる前の独特の空気だった。
「……シャルスによると、東のカーン・ラー王国が攻めて来るそうです。それも近日中に……」
「ほう、カーン・ラーが……」
ホルスの目つきが変わった。そして浮かび上がったのは戦場で見せる獣の笑みだった。芯からホルスは戦士である。戦いとなれば全身の血が騒いで仕方がなかった。
「ホルス。貴方の騎士団も戦の準備をしています。副団長のセルゲイが責任持って指示を下しています。今日は休みなさい」
ホルスは黙ったまま一礼した。
ローバス歴二四五年十二月二十四日。
ローバス東方アフワーズ城。
後世、ローバス十二名将と讃えられる十二名の家臣団の内、グリュード、ホルス、シャルス、ティア、フィルガリアの五名が一同に結集した。
そして、ローバス東部に不穏な空気が漂い始めた。
後書き
作者:そえ |
投稿日:2009/12/06 21:06 更新日:2009/12/12 20:52 『ローバス戦記』の著作権は、すべて作者 そえ様に属します。 |
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