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Reptilia ?虫篭の少女達?
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 休載中
前書き・紹介
第一章 日常に生きる少女 5
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早河は商店街入口の脇に覆面車を停め、雑踏の中へ紛れこんだ。佐々木も同様についてくる。
現場となった空き地へと続く路地の前は、既に野次馬とそれを抑え込む警官で固められていた。難儀しながら人波を掻き分け、怒声を飛ばす警官に手帳を提示して現場に踏み込んだ。
現場はビルに囲まれた荒れ放題の更地で、鑑識班や他の刑事達が集まり、うごうごとしていた。早河は早速、砂っぽい地表に血痕があるのを見つけた。そこはチョークで印がしてある。
「早河さん」 部下の岩田刑事が手を振った。
二人はそちらへ歩く。
「俺が呼ばれるって事は、やはり……」 早河は岩田に囁いた。
「ええ、サキの犯行の可能性が高いです」 大柄な岩田は手帳を片手に頷いた。そして、手で後ろに控えていた青年を示す。 「被害者の方ですが、証言がサキの特徴と一致しています」
青年は顔中に絆創膏を貼り、血の染みたタオルを握っていた。話をしてもらう為に残ってもらったのである。
早河は青年の話に耳を傾けた。チンピラ三人に因縁をつけられ、この空き地へと連れ込まれてリンチされかけた時に、その少女が現れたという。少女は素手で男二人を片づけ、残る一人が鉄パイプを拾った為、ナイフを取り出して切り付けたらしい。
「あのビルのほうから……、そう、人が飛び降りたんです。女の子が落ちてきて、赤い髪の男の顔を蹴ったんです」 青年はもう落ち着いた口調だった。通報を受けた時は大分、パニックになっていたと聞く。
これが他の街での出来事だったら、俄かには信じられない話だろう。早河は頷いて、岩田に青年を病院まで送るように命じた。
あの青年は現金を奪われたのと軽傷で済んだが、他のチンピラ三人は重傷だった。赤く頭を染めた男は顔面陥没、刺青の男は内臓の損傷と重度の脳震盪、一番酷い金髪の男は顔面に深い切創を受けた。右目にも傷を受けたらしい。痛ましいが、自業自得と言ってしまえばそれまでだった。今は病院に搬送されていて意識不明とのことだ。
「本当に、女の子一人でやった事なんですか?」 佐々木は物珍しそうに現場を眺め回して尋ねる。 「ちょっと信じられないなぁ」
「言ったろ、ただの人間じゃねぇんだ、あいつは」 早河はポケットに手を突っ込んで答えた。
「さっきも気になったんですけど、その、ただの人間じゃないってどういうことなんです?」
「強化人間ってことだ」 早河は声を潜めて言う。
佐々木がぱちくりと眼を瞬かせて、画用紙を丸めたようなぎこちない笑みを浮かべる。
「面白いですね、それ」
「まぁ、見なきゃ信じられないだろうな」 早河は短い溜息をつく。 「だが、本当のことだ」
「んー……」 佐々木は前髪を掻き上げる。腹が立つほど爽やかな仕草だった。
現場の状況をもう一度、簡単に確認した。顔馴染みの年老いた鑑識員はこの手の事件(つまり、サキの犯行による事件)には心底うんざりしているようで、早河に愚痴をこぼすだけだった。犯人は解り切っているのに捕まえる事ができないというのが、どうにも悔しいらしい。たとえ、サキを保護できたとしても、少年法に護られているのでその罰は軽い。早河は愚痴に嫌々ながらも耳を貸してやるが、辛抱をしているのは刑事達も同じだった。サキの関わる事件というのは、ほとんど手詰まりの、トランプのジョーカーのようにタチが悪い。
しかし、早河は、サキが一線を越えるような犯罪をしないという事を知っている。間違っても、サキは人を殺しはしない。それは彼女の自制心というよりも、単純に殺しが無駄な事だと理解しているからである。
サキは犯罪に手を染める事に何の躊躇もない。ただ、生きる為にやっている事なのである。虫篭は、そうしなければ生きていけない街なのだ。それは警察の人間も重々承知していることだった。体裁上、取り締まるだけである。虫篭を管轄する早河達の署の長が、街一番の暴力団である大政組から賄賂を貰っている事にも、早河は気付いていた。全ての均整の為にも仕方の無いことなのだ、ともはや老人の早河は割り切っていた。
だが……、最近は度が過ぎているのも確かである。サキはもう十六歳だ。変に犯罪者の度胸をつけられたら、それこそ厄介である。早河の頭の中では現状以上の悪化が懸念されている。
「今度、ガキに会ったら説教と手錠をくれてやれ」 年老いた鑑識員はそう言うと、不貞腐れたようにぷいっと仕事へ戻った。
説教も手錠も甘んじて受けるようなタマではない。早河は肩を竦めるだけだった。
佐々木を連れて車へと戻ると、ドアのウインドウに小石でも叩き付けたかのようなヒビが入っていた。恐らく、通りがかりの若者が面白半分にやったのだろう。
「なんじゃこりゃあ!」 真面目にか、ふざけてか、佐々木が叫んだ。
「よくあることだ」 早河は助手席に体を滑り込ませて溜息混じりに言った。
ひとまずは、サキを見つけようと彼はぼんやり考える。見つけようとして見つけられる相手でもないのだが。この街は、彼女にとっての庭なのだ。地上でもビルの屋上でも、どこにでも自由にサキは出没する。だが、とりあえずは、無駄を承知で巡回ついでに探してみようと思った。地道な作業が自分には向いているのだ、と早河は既に何十年も昔から自認している。
その旨を佐々木に伝えると、「スパイダーマンみたいですね」と阿呆な答えが返って来た。
「そうなると、早河さんはグリーンゴブリンですかね」
「お前、いい加減にしねぇとぶん殴るぞ」 グリーンゴブリンというのがどんなものかは知らなかったが、不愉快だったので早河は新米を脅した。
現場となった空き地へと続く路地の前は、既に野次馬とそれを抑え込む警官で固められていた。難儀しながら人波を掻き分け、怒声を飛ばす警官に手帳を提示して現場に踏み込んだ。
現場はビルに囲まれた荒れ放題の更地で、鑑識班や他の刑事達が集まり、うごうごとしていた。早河は早速、砂っぽい地表に血痕があるのを見つけた。そこはチョークで印がしてある。
「早河さん」 部下の岩田刑事が手を振った。
二人はそちらへ歩く。
「俺が呼ばれるって事は、やはり……」 早河は岩田に囁いた。
「ええ、サキの犯行の可能性が高いです」 大柄な岩田は手帳を片手に頷いた。そして、手で後ろに控えていた青年を示す。 「被害者の方ですが、証言がサキの特徴と一致しています」
青年は顔中に絆創膏を貼り、血の染みたタオルを握っていた。話をしてもらう為に残ってもらったのである。
早河は青年の話に耳を傾けた。チンピラ三人に因縁をつけられ、この空き地へと連れ込まれてリンチされかけた時に、その少女が現れたという。少女は素手で男二人を片づけ、残る一人が鉄パイプを拾った為、ナイフを取り出して切り付けたらしい。
「あのビルのほうから……、そう、人が飛び降りたんです。女の子が落ちてきて、赤い髪の男の顔を蹴ったんです」 青年はもう落ち着いた口調だった。通報を受けた時は大分、パニックになっていたと聞く。
これが他の街での出来事だったら、俄かには信じられない話だろう。早河は頷いて、岩田に青年を病院まで送るように命じた。
あの青年は現金を奪われたのと軽傷で済んだが、他のチンピラ三人は重傷だった。赤く頭を染めた男は顔面陥没、刺青の男は内臓の損傷と重度の脳震盪、一番酷い金髪の男は顔面に深い切創を受けた。右目にも傷を受けたらしい。痛ましいが、自業自得と言ってしまえばそれまでだった。今は病院に搬送されていて意識不明とのことだ。
「本当に、女の子一人でやった事なんですか?」 佐々木は物珍しそうに現場を眺め回して尋ねる。 「ちょっと信じられないなぁ」
「言ったろ、ただの人間じゃねぇんだ、あいつは」 早河はポケットに手を突っ込んで答えた。
「さっきも気になったんですけど、その、ただの人間じゃないってどういうことなんです?」
「強化人間ってことだ」 早河は声を潜めて言う。
佐々木がぱちくりと眼を瞬かせて、画用紙を丸めたようなぎこちない笑みを浮かべる。
「面白いですね、それ」
「まぁ、見なきゃ信じられないだろうな」 早河は短い溜息をつく。 「だが、本当のことだ」
「んー……」 佐々木は前髪を掻き上げる。腹が立つほど爽やかな仕草だった。
現場の状況をもう一度、簡単に確認した。顔馴染みの年老いた鑑識員はこの手の事件(つまり、サキの犯行による事件)には心底うんざりしているようで、早河に愚痴をこぼすだけだった。犯人は解り切っているのに捕まえる事ができないというのが、どうにも悔しいらしい。たとえ、サキを保護できたとしても、少年法に護られているのでその罰は軽い。早河は愚痴に嫌々ながらも耳を貸してやるが、辛抱をしているのは刑事達も同じだった。サキの関わる事件というのは、ほとんど手詰まりの、トランプのジョーカーのようにタチが悪い。
しかし、早河は、サキが一線を越えるような犯罪をしないという事を知っている。間違っても、サキは人を殺しはしない。それは彼女の自制心というよりも、単純に殺しが無駄な事だと理解しているからである。
サキは犯罪に手を染める事に何の躊躇もない。ただ、生きる為にやっている事なのである。虫篭は、そうしなければ生きていけない街なのだ。それは警察の人間も重々承知していることだった。体裁上、取り締まるだけである。虫篭を管轄する早河達の署の長が、街一番の暴力団である大政組から賄賂を貰っている事にも、早河は気付いていた。全ての均整の為にも仕方の無いことなのだ、ともはや老人の早河は割り切っていた。
だが……、最近は度が過ぎているのも確かである。サキはもう十六歳だ。変に犯罪者の度胸をつけられたら、それこそ厄介である。早河の頭の中では現状以上の悪化が懸念されている。
「今度、ガキに会ったら説教と手錠をくれてやれ」 年老いた鑑識員はそう言うと、不貞腐れたようにぷいっと仕事へ戻った。
説教も手錠も甘んじて受けるようなタマではない。早河は肩を竦めるだけだった。
佐々木を連れて車へと戻ると、ドアのウインドウに小石でも叩き付けたかのようなヒビが入っていた。恐らく、通りがかりの若者が面白半分にやったのだろう。
「なんじゃこりゃあ!」 真面目にか、ふざけてか、佐々木が叫んだ。
「よくあることだ」 早河は助手席に体を滑り込ませて溜息混じりに言った。
ひとまずは、サキを見つけようと彼はぼんやり考える。見つけようとして見つけられる相手でもないのだが。この街は、彼女にとっての庭なのだ。地上でもビルの屋上でも、どこにでも自由にサキは出没する。だが、とりあえずは、無駄を承知で巡回ついでに探してみようと思った。地道な作業が自分には向いているのだ、と早河は既に何十年も昔から自認している。
その旨を佐々木に伝えると、「スパイダーマンみたいですね」と阿呆な答えが返って来た。
「そうなると、早河さんはグリーンゴブリンですかね」
「お前、いい加減にしねぇとぶん殴るぞ」 グリーンゴブリンというのがどんなものかは知らなかったが、不愉快だったので早河は新米を脅した。
後書き
作者:まっしぶ |
投稿日:2011/06/16 00:20 更新日:2011/06/16 00:31 『Reptilia ?虫篭の少女達?』の著作権は、すべて作者 まっしぶ様に属します。 |
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