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作品ID:930
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Reptilia ?虫篭の少女達?

小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 休載中

前書き・紹介


第二章 ミッドナイト・クラクション・ベイビー 2

前の話 目次 次の話



「お嬢ちゃんかい、うちの後輩を可愛がってくれたのは」

 そんな低い声が聞こえたのは、じりじりとアスファルトが焦げる真夏日の午後、駅前通りでサキがビルの壁に凭れ掛かってぼんやりと通行人の波を眺めていた時だった。目深く被ったパーカーフードの下から覗きこむと、やけに図体のでかい男が拳骨を構えて立っていた。一昔前の番長気質な恰好で、二足で立ち上がった熊のような風体だ。その大男の背後には、この辺りでは見掛けない学生服姿の男達が何人か控えていた。剣呑な連中である。少なくとも友好的ではない。

「あんた、誰?」 サキは壁から背を離さずに訊いた。徹底的に感情を抑えた声音だった。

「おい、てめぇら、こんなやわっちい女に恥かかされたってのか!」 大男が後ろの手下達にがなり立てた。手下達は肩を竦めてごにょごにょ声を潜めている。ただでさえ暑いのに、輪をかけてむさ苦しい光景だった。

 歩道を流れる通行人は既にサキ達を遠巻きにして歩いている。サキは短く溜息をつき、大男の前へ悠然と立った。ぎょろりとした男の目がサキを捉え直し、ふふんと口角が卑しく曲がる。

「まぁいい。なぁ、お嬢ちゃん、こいつらに金を返して詫びてくれねぇか? 痛い目に遭いたくはねぇだろう? こちとらわざわざ電車を乗り継いで、こんな孤島にきてやったんだからよ」

「あんた、誰?」 サキは苛々しながら同じ質問をした。

「てめぇにぶっ飛ばされたこいつらの兄貴分だよ!」 大男は怒声を上げると、サキの目の前でシャドーボクシングを始める。咄嗟にサキは身構えたが、男はいつまで経っても拳を宙に振っているだけである。 「オラッ、この拳速が見えるかコラッ! オラッ!」

 何をしているんだ、こいつは?

 サキは半ば呆けながらも、大男に従う学生連中を眺めた。成程、確かに青痣を作っている者が何人かいる。会話の流れから察するに、きっと自分がやったのだろうとは思う。だが、それがいつ頃の事であるのかは思い出せないし、顔にもやはり見覚えがなかった。大した事が無さ過ぎて、すぐに忘れてしまったのだろう。このように覚えの無い相手(彼女が忘れているだけだが)に恨まれるのは、サキにとって日常茶飯事だった。

 サキが売春宿にて大政組舎弟の道田(名前は後日、真澄から聞いた)と揉め事を起こしてから既に二週間が経っていた。街では静かにその噂が流れ、浮浪者達や一弥達に勝手に称賛されたりもしたが、当の彼女は比較的閑静に過ごしていた。

 今日はその一弥に、前々から計画されていた仕事の打ち合わせの為に呼び出されて、サウナ風呂のような猛暑の中、駅前通りのビル前で待ち合わせていたのだった。ちなみに、誘い主の彼はかれこれ十分は遅刻している。どうしようもない奴、とサキは胸の内で悪態を吐く。

 昼間に脚を止めて屋外の地上で一ヵ所に留まっているのはサキにとっては珍しいことである。なぜならば、今のように鬱陶しい連中が彼女を見つけて報復にやって来るからだ。気の乗らない時は、サキは面倒な事を避ける性質である。そうでなければ、こんなクソ暑い中でフードを被りはしない。

「ぼけっとしてんじゃねぇぞ、アマ!」

 無意味なシャドーを続けながら大男が再び吼える。サキはそちらへ目を戻して、小さく舌打ちをする。

「来るなら早く来いよ」

 冷めきったその挑発に一瞬怯んだ大男だったが、すぐさま左の拳を放った。しかし、風を切る割には遅すぎる。

 サキは難なくそれをかわし、ステップを踏むように男の懐へ潜り込む。

「あっ」と取り巻きの連中が声を上げた瞬間には、彼女の肘鉄が男の鳩尾にめり込んでいた。相手が屈んだ隙にサキは軽く跳ね、大男の横面を蹴り抜く。クリーンヒットだ。風を切る速さだと自負している。

 大男は失神して崩れた。

 あっけない決着。

「で……、次にやられたい奴は?」 倒れた大男の顔面を踏みつけながら、サキは訊いた。

 残された配下達が動揺しているのは見て取れたが、引くつもりはないらしい。刃物やメリケンサック、どこから取り出したのか鉄パイプや鎖まで取り出してサキを包囲する。敵意のこもった目線に囲まれ、サキは仕方なく腰を落として構えた。まずは一番近距離の相手に狙いをつける。

 ところが、そこへ腹の底を揺るがすような轟音が割り込んだ。

 バイクのエンジン音である。ぎょっと男達が顔を見合わせた。

 車線から飛び出してきた一台の単車が、激しい唸りを上げながら歩道へ乗り上げた。半ばウィリーのように車体を浮かし、威嚇するように騒々しい排気音を響かせる。慌てて避ける男達の隙間を抜け、サキの傍へタイヤを鳴らしながら滑り込んできた。乗り主の逆立った金髪が見る者に強烈な印象を与える。

 珍しい、一人か。

 サキは爆音に耳を塞ぎ、顰め面を浮かべながら呟く。

「おめぇら……、本土の連中か?」 低くどすを利かせた一弥が、サングラスをずらして鋭い眼を覗かせる。豹のように尖った瞳孔が学生服連中を捉えた。 「ここがどこだか、わかった上でハシャいでんだろうな?」

 それが、夜の虫篭で血の気の多い単車乗り達を腕一本でまとめ上げる一弥の本来の顔だった。若者達の間で、彼の顔と名を知らぬ者などいやしない。過去のサキとの件を例外にすれば、喧嘩無敗の猛者である。サキは詳しくは知らないし興味もないが、島の外の族やギャングとも時々小競り合い(一弥はそれを遠征と呼ぶ)を起こしているので、都心でもその悪名は轟いているらしい。

 学生服の連中は一弥に睨まれた途端、自分達の兄貴分も放ったまま、蜘蛛の子のように散開して逃げてしまった。彼らの恐れぶりからも、一弥の悪名の高さが窺い知れる。

「よう、サキ!」 一弥は何事も無かったかのようにサキへ振り返る。バイクに跨ったままだった。 「調子はどうだ?」

「遅い」 しかし、聞こえていないようだったのでサキは声を張り上げる。 「エンジン切れ!」

 物々しい武勇伝と共に語られる一弥であるが、一人の女に対しては呆れるほど従順である、という事実はあまり知られていない。彼はサキに怒鳴られるや否や、自慢の改造エンジンのセルを大人しく切った。愛想笑いのような表情を浮かべて肩を竦める。

「いやぁ悪い、待たせたな」

「本当にな」 サキは無表情で切り捨てる。 「いい度胸だ」

「ごめんって。ほら、お前を後ろに乗っけて流すなんて滅多にねぇからさ、おめかししてたら時間食っちまってよ」

 その割にはいつもと変わらぬ服装と頭である。おちゃらけている時の一弥は言う台詞も随分適当である。

 サキはバイクのタンデムシートに跨った。「しっかり掴まってな」と一弥は自分の腰回りを指したが、彼女はそれを無視してシートの背もたれに後ろ手で掴まった。短く溜息をついた一弥はキックでエンジンを再び吹かし上げ、喧しい轟音を上げた。歩道の人々は慌てて道を開け、一弥は無遠慮にその間を縫って車道へと滑り出た。自動車の渋滞を横目にセンターラインの上を抜けていく。二人ともヘルメットは被っていなかった。そんな規則をサキは知りさえしない。

 排気に汚れた空気だったが、左右に車を追い抜いて走っている間、風が気持ち良かった。バイクに乗っている連中は嫌いであるが、こうして後ろに乗せてもらって風を受けるのがサキは好きであった。自分の脚で屋上を駆け抜けている時とはまた違う爽快感がある。いつか自分でも運転してみたい、と密かに考えてはいるが、一弥のレクチャーはできれば受けたくなかったので今の所黙っていた。

 スクランブル交差点の信号に捕まって停止している時、隣に並んでいた車の窓が開いた。瞑目して風を受けていたので、声を掛けられるまでサキはその覆面車の存在に気付きもしなかった。

「日中からノーヘルでデートとは随分優雅じゃねぇか、一弥」 助手席からゴリラ顔を覗かせたのは他でもない早河刑事である。柄の悪い笑みを浮かべていた。 「お前にゃ不釣り合いな相手だぜ」

「げっ、早河……」 そちらを向いた一弥の横顔が渋くなる。 「ついてねぇな……」

「よう、サキ」 早河は後部座席のサキに声を掛ける。 「最近見なかったが、また今日は珍しい事してんじゃねぇか」

「ほっとけよ」 サキは無表情に返す。

 二週間ぶりの邂逅であったが、もちろん彼女としてはありがたくない状況だ。ベテラン刑事である早河と遭遇すれば必ず説教じみた言葉を食らうからだ。

「あ、サキちゃん、こんにちは」 早河の奥、運転席のほうから若い男が乗りだして挨拶した。

 一瞬誰だかわからなかったが、そういえば、と二週間前に早河の傍にいた新米刑事の存在を思い出した。名前はもちろん覚えていない。ひょろっとした男だったとしか印象がなかった。彼は馴れ馴れしい笑顔を浮かべてこちらを見ている。あまりに眩しいのでサキは思わず目を逸らした。「サキちゃん」という響きもなんだか不気味でぶるっと身震いする。一弥は面白く無さそうな顔でとっくにそっぽを向いていた。

「大政組の道田って若造をシメたらしいじゃねぇか」 早河も隣の新米を無視して話しかける。 「街中、噂でもちきりだぜ」

「知ってる」 青信号を待ちわびながら、サキはぶっきらぼうに返した。

「真澄の件だろう?」 早河は表情を険しくさせて言った。 「事件沙汰にゃなってないから俺達はもちろん関与していないし、詳しくも知らない。しかし……」

「真澄は何も悪くない」 サキは早河を睨んで制した。 「道田って馬鹿が真澄に怪我を負わせた。だから、仕返ししてやっただけだ」

「砂原はどうした?」 早河は声を落とす。どうやら、それが一番訊きたかった事なのだろう。

「どうもしてない」 サキは鬱陶しくなって吐き棄てる。 「あんな事になるなら、ぶっ殺してやればよかった」

「サキ、お前のやっている事については、俺達は、不本意だが目をつぶってやってるんだ。同情もしてるがよ、だが、もし人を殺したとなっちゃ……」

 そこで信号が青に変わった。待ちかねたように一弥はクラッチを繋ぎ、アクセルを回した。早河の怒声を背に受けながら、一番に交差点を走り抜け、高架下に続く緩いカーブを下った。

「参っちまうよな、本当!」 エンジンの轟音に負けぬくらい声を張り上げて、一弥は叫んだ。笑っているらしい。

 まったくだ、とサキは心の中で呟いた。

 本当に……、くだらない。

 騒ぎ立てるのはいつも周囲だ。

 自分は静かに過ごしていたいだけなのに……。

 真澄と一緒にいたいだけなのに……。

 捩じれに捩じれて、お節介焼きや野次馬が群がって来る。

 人間という奴はどこまでも迷惑な生物だ。

 同情という早河の言葉が引っ掛かり、ふと真澄の顔が思い浮かんだ。



 真澄とは事が起こってから五日後に会った。それまでは顔を会わせるのが何となく気まずく、店が大政組の傘下である手前、自粛していたのだが、なんと真澄のほうからサキのねぐらへ来てくれたのだ。

 真澄の顔には痛ましい痣が残っていたが、本人は気にもしていないように微笑んでいた。仕事は有給の養生休みを貰っているらしく、明日から仕事復帰らしい。喧嘩をしたわけでもないのにサキは彼女に深く謝った。真澄は首を振って「美味しいもの、食べにいこ」と手を取ってくれた。あれほど嬉しい瞬間はなかった。

 結局、シャブ中の店員が働く中華料理屋に店を決めた。奮発して注文したコース料理を待っている間、サキは真澄から近況報告を受けた。ヤクザ達からはあれ以後、何も手を出されていないし、それどころかヤクザ側からの指示で手当て付きの休みが貰えたのだという。他の娼婦の間でもやはり噂は広まっているらしく、それが唯一居心地が悪い要因らしい。

「やめちゃえばいいのに」とサキが不満を漏らすと、真澄は「そういうわけにもいかないの」とくすくす笑った。そして、むすっとしたサキを優しい眼差しで見つめながら、こんな提案をした。

「サキ、今度、旅行いこっか?」

 あまりに予想外の言葉にサキはきょとんとしてしまった。

「旅行って?」

「すぐには行けないけれど、島から出てどこか観光名所にでも行くの。東京見物でもいいし、動物園とか、遊園地とか……、田舎のほうに行くのもいいわね」

「で、でも、わたし……、この島から出たことないし、外の事もよく知らないし……」 サキは困惑して言い淀む。こんな一面を見せることができるのも真澄の前だけであった。

「だからこそよ」 真澄はにっこりと微笑んだ。 「わたしもサキも、いつまでもこんな街にいるわけにはいかないでしょう? だから、迷惑じゃなかったら、少し考えてほしいんだ」

「め、迷惑なわけない!」 サキは慌てて首を振った。

 正直な所、物凄く嬉しかった。真澄とならきっと楽しいだろうという予感もあった。

 しかし……、虫篭以外の場所にいる自分が全く想像できなかったのも事実だ。

 怖い、という感情に近い。

 何となく、虫篭の他に自分が生きられる場所はないのだと思っていたから、真澄が言及した将来について、戸惑うところもあった。

 こんな些細な会話でも、サキは、自分が強化人間であると自覚させられる事が多かった。もちろん、真澄との会話も例外ではない。むしろ、真澄の愛情を受ける度に突き付けられる事がほとんどだった。ただし、他の連中とは違って、真澄と会話している時はそんな認識も決して不快ではなかった。自分と真澄の違いというのが、ポジティブな意味で捉えられるのだ。

 真澄は決して同情なんかしていない。

 上手くは言い表せないが……、彼女はきっと、自分が強化人間であろうとなかろうと、変わらぬ接し方をしてくれるはずだ。

 そんな真澄の優しさが、サキは大好きだった。

 全ての大人達が、彼女のようであればいい、とサキは切に願った。



「着いたぜ」

 ぼんやりしていたらしい。気付くと既に、コンテナ群に囲まれた港湾近くの倉庫まで来ていた。企業の没落によって今は使われていないエリアだ。錆びついた廃船などが無残に放置され、殺伐とした雰囲気に満ちている。街全体に漂う潮の匂いは一層濃くなっていた。

 一弥がエンジンを切って、バイクから降りた。サキも無言でシートから降り、彼に続いて歩く。

 遠くから響く波の音に耳を澄ましながら、サキは意味もなく軽いステップを踏んでみた。一弥にも気づかれぬほどにさりげなくだ。

 日程すら決めていないが、真澄と旅行に行く事を今から考えて、身体が浮きそうになるくらい楽しみだった。

 







後書き


作者:まっしぶ
投稿日:2011/12/30 01:56
更新日:2011/12/30 09:26
『Reptilia ?虫篭の少女達?』の著作権は、すべて作者 まっしぶ様に属します。

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作品ID:930
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