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Reptilia ?虫篭の少女達?
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 休載中
前書き・紹介
第二章 ミッドナイト・クラクション・ベイビー 1
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来客を告げる内線電話の受話器を置いた後、熊井茂久は落ち着きなく部屋を見回した。上質な毛皮の絨毯から覗く僅かな板床は妙に変色していて、壁の一部には小さなヒビが入っている。当分開けられる予定のない戸棚のついた本棚、デスク、その上に溜まった予算と知事引き継ぎ関係の書類、隅々まで埋まるスケジュール。汚い街を見下ろせる大窓、その上に並んだ上品なアンティークとは言い難い提灯に『質実剛健』と毛筆で書かれた意味不明な額。これは前任だった男の趣味の名残だ。すぐに片づけるつもりである。デスクの前には対に置かれたソファーとテーブル。そこには灰皿と職務中であるにも関わらずブランディの瓶が置かれている。もちろん、熊井は飲んでいないし、飲める心持ちでもなかった。
向こう側のソファーには大政組組長の大政彦治が座っていて、その背後に彼の幹部達が数人控えていた。何故か紋付袴姿の彦治は葉巻を吸っている。
「熊井さん、落ち着きなよ」 彼は紫煙を吐きながら口許を歪めて笑った。
曖昧に愛想笑いを浮かべながら、熊井は額に浮かんだ玉汗をハンカチで拭った。彦治はまだ二十代後半ほどで、何故、六十近くになった自分がへこへこしなければいけないのか、熊井は出っ張った腹の内で悪態をついた。彼は無自覚であるが、狸じじぃと呼ばれる由縁である。
彦治はブランディの注がれたグラスを傾けている。若いとはいえ、さすがに暴力団の頭である。肝が据わっている。彼の背後にいる男達も、どれも目付きが険しく頑強そうな者達ばかりである。特に一人、顔に包帯を巻いた若者がいたが、彼の表情は凍てついたように厳しかった。
ノックも無しに部屋の扉が開いた。プロジェクトの代表だと聞いて、大勢やってくるのかと熊井は思いこんでいたが、入ってきたのは二人の男だけだったので拍子抜けした。彦治を始め、大政組の連中もそちらに振り返る。
前に立っていた眼鏡の痩せた男が、慇懃に頭を下げた。もちろん、スーツ姿である。
「お待たせいたしました。この度、こちらの支部の代表を任された白雨(ハクウ)という者です」
熊井は立ち上がって頭を下げ、ソファーの席を勧めた。彦治も立ち上がり、同じく会釈する。
「失礼ですが、中国の方ですか?」 熊井は簡単な挨拶を済ませた後、思わず訊いた。流暢な発音ではあるが、白雨という名前や、風貌がどことなく異国人の風情を漂わせていたからだ。極秘とはいえ、国家プロジェクトに関わるポストの人間であるからこれは意外だった。
「驚かれましたか?」 白雨は眼鏡の奥の目を細くして笑う。冷笑という言葉が似合う低温ぶりだった。
「あ、えぇ、その、国の事業ですからね……」 熊井はハンカチを顔に当てながら苦笑した。
「まぁ、色々とあるのです。今回は、私の国も一枚噛んでいるということですよ」 白雨は骨張った細い指先で、これまた細い煙草を取り出した。 「吸っても?」
「あ、どうぞ、どうぞ」 熊井は小刻みに頷いた。
「白雨さん、でしたっけ?」 彦治が懐手して、前のめりになって言った。 「我々はこの街を取り仕切っている大政組という組織です。私は代表の大政彦治という者ですが……」
「えぇ、存じ上げております」 白雨は煙を吐きながらまた微笑する。狡猾そうな表情だった。 「今回のご協力には大変感謝しております。上層部からも期待されていますよ」
へへっ、と彦治が笑みを漏らした。苦笑だったのかもしれない。
「こちらもこんな光栄なことはない。それでですね、我々は見た通り粗野な連中でして、礼儀もろくに知りません。ですから、失礼かとは思いますがね、さっそく今回の事業のご説明をお願いしたい」
「要は、本題に移れ、ということですね?」 白雨はくっくっと喉を鳴らして笑う。 「お堅くなる必要はございませんから、ご安心ください。熊井さんも」
「え、えぇ……」 熊井は汗が止まらない。空調はしっかり効いているが、いかんせん、緊張からの汗というものは調節が効かない。
熊井はもちろん周知していたが、ヤクザ達には今回のプロジェクトの内容を知らせていなかった。どちらにせよ、彼らのやる仕事には変わりがないからである。当初は筋者達に対しても極秘の姿勢であったが、島知事に任命された日に、政府から送られてきた通知書で、彼らにも情報を明らかにすることが特別に許可された。しかし、政府の人間が説明するまで、敢えて熊井は彼らに説明しなかった。内容の漏洩などを恐れていたのである。自分の首など簡単に飛ぶ、ということを熊井は自覚していた。
「強化人間プロジェクトの再始動ですよ。本格的にね」 白雨は事も無げにさらりと言った。
彦治がぎょっと目を見開くのが見えた。背後に従っている幹部達にも静かな動揺が走ったようだった。
「きょ、強化人間ってあの……」
「えぇ、世間にはとっくに中止したと報道させましたがね、研究だけは秘密裏に続いていました」 白雨は言う。 「それで、実験場および今より高度な研究施設が必要となりましてね、この島が選ばれたのです。かつては産業の要だった街のようですが、今はもう風前の灯の状態ですからね。政府もこの島には特別な価値を見出していません。そこで、大政組の皆さんには住民のご協力を促す働きをしていただきます」
彦治は固まっている。白雨は煙を漂わせながら、ふふふと笑った。
「もちろん……、知っていますよ」 突然、白雨が言った。何の事かわからないように彦治が彼を見返す。
「この虫篭と呼ばれる街に、強化人間の小娘が紛れているのでしょう?」
それは熊井も知っていた。前任の島知事から密かに通達されていた事項だった。その事実を知った当初は驚愕したが、今回のプロジェクトの背景を鑑みるに、この街が選ばれたのもその子娘と決して無関係ではないはずだった。
ヤクザの内の一人、包帯を巻いた若い男がぴくりと反応したのを熊井は確認した。
「えっと……、なんて言いましたっけ、その娘……」 白雨が前髪を撫でつけながら目線を宙に漂わせる。
「サキ……、ですか?」 彦治の背後にいた、年配のくたびれた雰囲気のヤクザが言った。全員がそちらを見た。
「いいえ、違います。個人の名前など、どうでもよいのです」 白雨は忍び笑いのような表情を見せて首を振る。そして、自分の首の後ろ、うなじの辺りを細長い指で示した。 「記号のほうですよ」
ヤクザ達は顔を見合わせる。もちろん、熊井もそこまでの情報は知らない。
白雨が振り返って男に呼びかけた。中国語で何か二言三言話す。
そこで熊井はもう一人、白雨に従っていたその男の存在を思い出した。男は黒いハットを被り、白雨と同じくダークスーツに身を纏っている。その男もやはり、アジア系の顔立ちである。眼が糸のように細く、視野が狭そうであるが、緩く口許に湛えられた微笑みはぞっとするほど冷たかった。長髪を細く束ねている。
男は頷き、その場にいた者達に低頭してから、つかつかと部屋を出て行った。全員が彼の背中を見つめていた。
「彼の事は……、ヤンとお呼びください」 白雨が沈黙を破って言った。そして、少なくとも表面上はにこやかと形容できる顔で手を広げた。
「さぁ、では……、これからよろしくお願い致します、皆さん」
後書き
作者:まっしぶ |
投稿日:2011/07/27 00:57 更新日:2011/08/15 00:23 『Reptilia ?虫篭の少女達?』の著作権は、すべて作者 まっしぶ様に属します。 |
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