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作品ID:933
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リオン Z.E.M

小説の属性:ライトノベル / 異世界ファンタジー / 感想希望 / 中級者 / R-15 / 完結

前書き・紹介


第一章 「旅は道連れ」

前の話 目次 次の話

 乾いた土の上をいくつもの足音が行き交っている。広く整備された大通りは、都市の中央を真っ二つに両断するかのように伸びていた。

「ん、ウィルド?」

 道を歩いていた青年の一人が、振り返った。

 長い銀の前髪で顔の右側が覆われている。左目にかからぬように掻き分けられた前髪の一部は先端が肩に届いていた。整った鼻梁に形の良い眉と、どこか眠気の残っているかのような気だるそうな目つきをした背の高い青年だ。ノースリーブの白いシャツの上に、こちらも袖のないタイプの赤いジャケットを身につけている。ぱっと見ではどこにでもいるような青年であるが、良く見るとその肉体は無駄なく引き締まっていた。全ての光を反射するかのような白銀の瞳で、青年は一点を見つめている。

 青年の視線の先には小柄な少女が一人、周りを見回していた。ウィルドと呼ばれた少女の身長は青年よりも頭一つ分低い。大きくぱっちりした目を、長い睫毛が自然に強調している。薄く小さな唇と透き通るような白い肌に、翡翠色の髪を揺らして、ウィルドが青年の方へ視線を向ける。服装は淡いピンクのワンピースだ。美しいというよりは、可愛らしいと形容した方がしっくりくる、そんな印象の少女だった。ただ、こちらも青年と同様、眠いのか、若干ではあるが目を細めている。どちらかと言えば、彼女の方が眠そうだ。青年よりも感情が稀薄だった。

 黄金の瞳が青年を見返して、数秒の間を置いて少女はゆっくりと歩き出した。少しだけ早歩きで、青年の隣へと辿り着く。

「何か気になるものでもあったか?」

「ん……」

 青年の言葉に、ウィルドは小さく首を横に振った。

 少女が追いついたところで、青年は歩き出す。ウィルドは彼の連れであった。

「まぁ、こんだけ人の多い場所に来るのは初めてだもんな」

 青年も周囲をざっと見渡して呟いた。

 二人が今いる都市はベルファート皇国でも随一の大都市シリギアだ。人口の多さは首都テランに次いで二番目だと言われている。ベルファート皇国と大陸を二分している隣国、ギヴァダ帝国との国境も近いため、人の出入りも激しい。国家間の戦争は今のところ落ち着いているが、いつまた激化するかは判らない。予断を許さない状況だ。

「リオンは……初めてじゃない?」

 ゆっくりした口調で、ウィルドが青年を見上げる。

「忘れたのか? 俺もお前と同じだって言っただろ?」

 青年、リオンはウィルドを見下ろすように視線を向けながら答えた。

 リオンにとっても、このシリギアを訪れるのは今回が初めてだ。どんな場所なのかという知識はあっても、実際に目にしたことはなかった。

「あ、そっか……」

 感情の見えない返事に、リオンは小さく息をついた。

 ウィルドの頭に左手を乗せて、リオンは歯を見せて笑ってみせる。

「そろそろ飯にするか?」

「ん……」

 手を乗せられたウィルドは、僅かに頷いた。

 無表情なままであったが、リオンには彼女の感情が何となく判る。

「じゃあ、何か食える場所探すか」

 言いながら、リオンが辺りを見回そうと振り返る。

 次の瞬間、リオンの視界の先で何かが爆発した。砂埃が巻き上がり、周囲の人々が悲鳴を上げる。遅れて衝撃波が風となってリオンの髪と服の裾を揺らした。

「何だ……?」

 目を細めて、視線を向ける。

「……マキナ」

 ぽつりと、ウィルドが無表情に呟いた。

 リオンはウィルドに視線を向けて、彼女の目を見た。ウィルドが見返してきたのを確認して、リオンは彼女の手を引いて爆発のあった場所へと足を向けた。ウィルドが軽く駆け足になるぐらいの速度で、リオンは走った。

 逃げ惑う人々の波に逆らって、リオンは進んだ。

 宿の一画がどこかから爆撃されたかのようだった。内側から外側へと爆破された形跡はない。外部からの攻撃で内側に破片が飛び散っている。

「ってぇなぁーもー!」

 舞い上がった砂埃の中から、一組の男女が現れた。

 声を上げたのは青年の方だった。短い茶髪を掻きながら、はっきりした目鼻立ちの青年が歩み出てくる。線の細い青年ではあったが、彼の青い瞳にはどこか力強さのようなものがあった。紺色のパーカーの埃を叩き落としながら、遠くに視線を向けている。

「長距離からの砲撃、よね?」

 一歩遅れて、青年の隣に女性が現れた。

 黒い髪は短く、ぱっちりした青い目を細めている。端整な顔立ちを少し顰めるようにして、周りを警戒していた。外見年齢では二十歳ぐらいだが、もっと大人びて見える。青色を基調とした半袖の上着に、同じく青いスラックスを身に着けていた。

 二人とも無傷ではあるらしい。

「ラーグ、どうするの?」

「決まってる」

 女性の問いに、ラーグと呼ばれた青年は口の端を吊り上げて笑いながら彼女に振り向いた。

 腰に腕を回して抱き寄せると、女性が反応する間もなく、ラーグは彼女の唇を塞いだ。目を丸くする女性から唇を離したラーグは砲撃の飛んできたと思われる方向へ視線を向ける。

 視線の先、大通りを挟んで見える建物の屋根に、人影があった。

「応戦だ、カイ!」

「全く、少しは人の目を気にしなさいよ」

 明るく言い放つラーグに、女性、カイは溜め息混じりに苦笑した。

 ただ、カイの右腕はその姿を変えていた。瞬時に肘から先が形を失い、常人の目には突然腕が銃火器に変わったかのように見えたことだろう。幾何学文様に光が走る円筒形の大砲のような形に右腕が変化し、カイは左手で支えるようにその右腕を添えた。右腕の先端、銃口から閃光が放たれる。視線の先の敵へと連続で三発放ち、銃口で相手を追う。

 腕が変化を追えた時には、カイの頭はヘルメットに包まれていた。口と鼻、頬に後ろ髪が見えるぐらいの青いヘルメットだ。特に、前方と左右からの攻撃に備えるような形になっている。

 人影は屋根から飛び降りて姿を消していた。

「路地裏に逃げみたいだけど、どうする?」

「追うぞ。ついてこられても困るしな」

 カイの問いに答えて、ラーグは走りだした。一歩遅れて走り出したカイは、次の瞬間にはラーグを追い抜いている。

 リオンとウィルドは走り出した二人の背中を見てから、顔を見合わせた。

「どうする?」

「……追う。何か知ってるかも」

「あいよ」

 無表情なウィルドに軽く微笑んで見せて、リオンは彼女を抱きかかえた。僅かに目を見開くウィルドを他所に、リオンは走り出した。小柄で体力もあまりないウィルドを引き連れて走ったのでは、カイとラーグを見失ってしまうかもしれない。リオンがウィルドを抱えて走った方が早かった。

 軽く、華奢で、まるで繊細なガラス細工のようなウィルドの身体を抱えたまま、リオンは大通りを走った。それでも、確かに彼女の身体は温かい。無表情な彼女の外見とは裏腹に。

 カイとラーグが姿を消した細道へと足を進めて、角を曲がる青年の背中を確認する。リオンたちも後を追って角を曲がり、見失わずにいられるギリギリの距離で進んで行った。

 開けた場所に出た時、既に戦いは終わりを迎えようとしていた。

 砲身へと腕を変えたカイは的確に敵を追い詰めている。

 対する相手も、ただの人ではない。両腕が、肘の先から変化している。薄い二枚の板を向き合わせて長く伸ばしたようなレールガンが形成されている。ショートの金髪に、薄緑色の服を着た男だった。額を守るヘッドギアとバイザーで顔は良く見えない。腕を変えていなければ一般人の中に紛れていても違和感はなさそうにも見えた。

 弾速は敵の方が上だったが、カイは銃口の動きで射線を把握し、即座に位置を入れ替えていた。カイの右目に緑色の十字、照準のような光が浮かび上がる。同時に、エネルギーの集約された右腕の銃口から光が漏れ出していた。

「ちっ!」

 男が舌打ちする。

 右腕のレールガンをカイの足元に打ち込み、砂煙と爆煙で視界を塞ぐ。同時に左腕のレールガンを自分の足元に打ち込み、二重の煙幕で身を隠そうとしていた。

「甘いっ」

 カイは砂埃に構うことなく、右腕に溜め込んだエネルギーを放出させた。

 銃口から溢れ出した光は一瞬で砂埃を貫き、吹き飛ばしながら男へ迫る。男が回避行動を取るのは間に合わない。レールガンを自分の足元に打ち込んだ反動で僅かな遅れが生じていた。身体の中央への直撃は避けたものの、右肩を閃光が呑み込む。光は一瞬で男の右肩を焼き尽くし、蒸発させ、貫通する。突き抜けた閃光が螺旋状に纏う衝撃波が一瞬遅れて男の右腕を身体から弾き飛ばした。

 焼かれた傷口から血が出ることはない。だが、男の肩と飛ばされた腕の傷口からは微細な粒子が僅かに舞った。

「逃がさない!」

 立て続けに炸裂音が響く。

 男の身体に三発のエネルギー弾が命中し、左胸と右脇腹、頭を吹き飛ばした。転がった死体はまるで砂でできていたかのように崩れ去り、風に散らされて行った。

「……あいつのデウスはいないみたいだな」

 リオンの真横、建物の壁に寄り掛かっていたラーグが周りを見回しながら呟いた。

「それで、あなたたちは何者かしら?」

 カイは警戒を解かず、いつでもリオンたちを狙えるように身構えている。

「ま、気付かれてるよな」

 抱えていたウィルドをゆっくりと下ろして、リオンは小さく息をついた。

「まず先にはっきりさせておきたいのは、あんたらが敵か味方かってとこだ」

 壁から背を離して、ラーグはリオンに向き直った。

「難しい質問だな」

 リオンの返事に、ラーグは僅かに首を傾げた。カイは相変わらず油断無く右腕の銃口を構えている。

「俺たちはギヴァダ帝国の者でもないし、ベルファート皇国に属しているわけでもない」

「でも、あなたはマキナでしょ?」

 リオンの言葉に、カイが問いを放つ。

 マキナには自分以外のマキナを識別する能力がある。もっとも、ただ相手がマキナであると判別できる程度のものでしかないが。

「ん? つーことは、そっちのお嬢ちゃんがデウスなのか?」

 ラーグがウィルドの顔を覗き込む。ウィルドは無表情でラーグの目を見返した。

「敵には見えないし、敵のリストでも見た記憶がないな」

 ラーグは顎に手を当てて呟いた。

「でも、確かに彼はマキナのはずよ?」

 カイが口を挟んだ。

 もし、ラーグがリオンやウィルドを敵の資料で見ているのであれば、気付くはずだった。しかし、ラーグには二人の顔を見た記憶はない。

「まぁ、そうなんだけど」

 リオンは苦笑して見せた。一応、リオンはマキナだ。

「とりあえず、敵じゃあ無さそうだな?」

「ラーグ?」

 自分のデウスの言葉に、カイは驚いたようだった。

「マキナで敵なら俺らを攻撃しない理由はないし、不意打だってもっと早くできた。何より、俺にはこんな可愛らしいお嬢ちゃんを殺すなんてできないね!」

 腰に両手を当てて、ラーグは言い放った。

「ラーグ……あんたねぇ」

 カイは額に左手を当てて、呆れたように溜め息をついた。

「いや、だって今の任務の撃破対象には無かったしさ」

「そうだけど……」

「訳有りなんだろ?」

 渋い表情を見せるカイを他所に、ラーグはリオンたちに向かって歯を見せて笑った。

「ああ、ちょっと聞きたいことがある」

「ま、こんなところで立ち話もなんだし、飯でも食いながらどうよ?」

 リオンの言葉に一つ頷いてから、ラーグはそう切り返して来た。

「だとさ」

「……行く」

 リオンはウィルドにも確認を取ってから、ラーグに向き直り、食事の誘いへ乗ることにした。



 五年ほど前から続く国家間戦争の中で生み出された最強の兵器こそ、マキナだ。人と同じ外観を持ちながら、体組織を構成する物質は人工的に開発された特殊な機械粒子が含まれている。機械粒子は任意に身体の一部を変形させたり、常人では到達しえない領域の身体能力、反射速度を実現する。先ほど戦っていたカイのように。

 マキナの戦闘能力は凄まじいの一言に尽きた。通常の武器を凌駕する攻撃力を有しながら、人と同じ思考回路での複雑な戦略が組める。マキナの発揮する殲滅力は高過ぎた。

 結果、大陸を二分する国境に、文字通りの境界線を引いてしまったのだ。三年ほど前に、二つの国家が国境にて当時持てる最大の戦力を投入して戦った。複数体のマキナが双方から投入され、何体かが大破し、どちらも戦力の八割近くを失うという大惨事となった。国境周辺には未だ当時の傷跡として都市を丸々呑み込むほどの大きさのクレーターが残っている。

 結論として、凄まじい戦闘能力を持つマキナは、重要な戦力であると同時に大きな危険性も孕んでいた。故に、マキナには安全装置がかけられている。マキナ固有の力を封印し、不必要に殲滅力をばら撒かぬために。

 デウスとは、マキナの安全装置を外す力が与えられた、いわばパートナーだ。セーフティの解除キーはエクスと呼ばれ、『デウスの感情が最も込められたモノ』という条件が付けられている。これは、安全装置の解除に際してある程度の複雑さを持たせることで、意図せぬ暴発を防ぐという意味合いが含まれている。

 ラーグの場合は、口付けがエクスということになる。

 また、マキナの数は決まっている。撃破されて減ることはあっても、増えるということは無い。これは、マキナの開発を指示できる人物が極僅かに限定されていたためだ。従って、先の大戦の中でどのマキナがどちらの勢力に属しているのかははっきりしていた。恐らく、双方に属するマキナやデウス、及び彼らに関わるであろう役職の人員は全てのマキナの顔を資料で見て知っている。

「まぁ、なんだ、俺らはこっち側なわけだ」

 運ばれてきた料理に手をつけながら、ラーグは自分たちのことを大雑把に説明していた。

 ラーグ・イスタルス、ベルファート皇国所属のマキナ、カイ・クロウスのデウスで、特殊任務でここまで来ている。要約するとそんな程度のことだった。

「さっきの奴は多分、イオタだな。資料で見たし……お、うめぇな、これ。すんませーん、これもう一皿くださーい!」

 現状確認やら話し合いやらよりも、今のラーグには食事の方が重要らしい。

 手を上げて店のカウンターに声を投げて追加注文している。彼の直ぐ隣に座っているカイはラーグの様子に半ば呆れつつ、食事を進めている。もっとも、カイの方はラーグほどリラックスできない様子だった。まだ完全に警戒心が解けてはいないのだろう。まだリオンたちのことを話していないのだから当然と言えば当然だが。

「彼女、随分と無口なのね?」

 小さな声で、カイがぽつりと呟いた。

 ウィルドはリオンの隣でちまちまと料理を口に運んでいる。カイの言葉に気付いて手を止めたものの、数秒の間カイを見つめてから、再び食事に戻った。

 実質、デウスはマキナの手綱を握っているようなものだ。ベルファート、ギヴァダ、どちらの勢力下でも、基本的にはデウスが主体となる。マキナはデウスが操る兵器、という印象が強く、どちらの勢力もマキナを主体とすることは避けていた。兵器は使うもの、ということにしておきたいのだろう。

 つまり、マキナであるリオンが主体となって動いているのは珍しいことになる。

「ウィルドは感情が希薄なんだ」

 リオンは苦笑した。

「感情が希薄って……」

 カイは驚いていた。

 マキナが全ての力を解放するために必要とするエクスは、デウスの感情が篭ったものでなければならない。同時に、込められた感情によってマキナの力はある程度の増減をする。だが、感情がほとんど失われている人物はエクスをマキナに渡すことができない可能性が高くなるのだ。つまり、感情の薄い者ほど、デウスには適していない。

「まぁ、そういうことだ」

 リオンの言葉に、カイも意図する部分に気付いたらしい。

 マキナと違い、デウスは一般人や兵士の中から選ばれる。デウスとなるための処置を施され、マキナと組まされるのが本来の流れだ。エクスはデウスとなった時点で自動的に決定されるため、あらかじめ設定する方法はないらしい。

 ウィルドはデウスとなるための処置に失敗し、感情のほとんどが欠落してしまっている。

 感情が欠落し、薄くなってしまえばエクスが何なのか判別することすら難しい。同時に、実際に戦力として扱えるかどうかも疑問だ。必要な時にマキナをフル稼働させられるとは限らないのだから。

 故に、ウィルドはデウスとして失敗作と見做された。

 カイは言葉を失って呆然とウィルドを見つめている。ウィルドはリオンたちの会話を気にした様子もなく、ゆっくりと食事を続けていた。もっとも、意に介していないわけではないのだろうが。

「なるほど、じゃああんたは?」

 食事を口に運びながら、ラーグが割り込んだ。

「まぁ、俺も似たようなもんだな」

 リオンは何でもないことのように答えて、僅かに自嘲気味な笑みを見せた。

「すんませーん、コーヒーおかわりー!」

「あんた話聞いてる?」

 カウンターに向かって声を投げるラーグに、カイは呆れたように溜め息をついた。

「ちゃんと聞いてるって。要はロストナンバーなんだろ?」

 ラーグは軽い口調で言ってのける。

 正確にはマキナのナンバーとして数えられない、失敗作は少なからず存在する。マキナの個体数自体はこれ以上増えることはない。だが、全てのマキナが生み出された段階で、失敗作として廃棄された個体がいくつかあった。

 リオンは失敗作とされたマキナの中で生き延びることができた数少ない一体なのだ。

「素性が判ればこの話はこれくらいでいいだろ。話したってためになるわけでもないだろうしさ」

 ラーグは皿に盛られた料理の最後の一さじを口の中に放り込んでから言った。

「なるほど、そういう奴か、お前は」

 リオンは僅かな声で呟いていた。ラーグとカイに聞こえていたかは判らない。ウィルドには聞こえたかもしれないが。

 恐らく、ラーグは重い話題を避けようとしているのだろう。本人にとってはあまり口にしたくない言葉はできる限り言わせないように心がけていると言うべきだろうか。場違いな態度で空気を乱し、雰囲気が暗くならないように気を遣っているのかもしれない。

「んじゃ、次の話題な」

 口元をナプキンで拭いながら、ラーグは話を切り替えた。

「お二人さんの目的は?」

 ラーグの問いに、リオンはウィルドと視線を交わした。

 彼女が頷いたのを確認してから、リオンはラーグに目を向け直す。

「俺たちは、リギシア・テランを捜している」

 今度はラーグとカイの二人が顔を見合わせる番だった。

 リギシア・テランこそが、マキナを生み出した科学者だった。マキナという存在を生み出すこととなった機械粒子基礎理論の構築や、精製法、マキナ開発の第一人者であり中心人物でもある。

 しかし、リギシアは突然姿を消した。マキナに関わる多くの技術情報を抹消して。

 ベルファート皇国とギヴァダ帝国に属するマキナは、生み出された時点ではどちらの勢力でもない。マキナを生み出すことができたのは、リギシアのいる研究所だけだったためだ。二つの国は、研究所で生み出されたマキナを奪う形で自らの勢力に加えていた。

 故に、正式なマキナの数はリギシアが失踪するまでに生み出された二十四体しかない。もちろん、戦争が今の膠着状態となるまでに命を落とした、破壊されたマキナもいくつか存在するが。

「捜して、どうする?」

「……確かめたいことが、あるから……」

 カイの言葉に答えたのは、ウィルドだった。

 ここまでほとんど喋ることのなかったウィルドのはっきりした声音に、カイは少し驚いたようだった。

「差し支えなければ、聞かせてくれ。確かめたいことって何だ? それを知ってどうする?」

 真剣な面持ちで、ラーグが尋ねてくる。

「俺たちを生かした訳を知りたいだけだな、今のところは」

 リオンは答えた。

 何故、リオンとウィルドは廃棄される際に殺されなかっただろうか。ほとんどの場合、失敗作とされたマキナは殺されてから廃棄となる。殺されるまでの過程でどうにか逃げ延びることができれば、ロストナンバーとして生き延びる可能性は少なからず存在する。しかし、リオンもウィルドも廃棄されてから意識が覚醒した。目覚めるまでの記憶は何も無い。

 失敗作として廃棄されたのならば、不自然だ。

「その後どうするかは考えてないな」

 リギシアに会ってからのことは考えていなかった。

 まず、自分たちについて知りたかった。自分たちを知ってからでなければ、今後のことは考えられない気がしていた。いや、リギシアに会って、話を聞けば何かが後に続くように考えているのかもしれない。

「で、俺たちが聞きたいのは、そのことだ」

 リオンの言葉に、ラーグとカイは再び顔を見合わせる。

 リギシアに関する情報を持っていないか、もしもリギシアに関して何か知っているのなら教えて欲しかった。

 ベルファート皇国もギヴァダ帝国も、戦争が完全に終わっているわけではない。水面下では互いに戦力を欲している。即ち、新たなマキナを。しかし、リギシアがいない今、マキナを新たに生み出すことはできなかった。だから、二つの国はリギシアを捜しているはずだ。

 ラーグとカイなら何か知っているかもしれない。

「リギシアか……」

 どうすべきか、とラーグが僅かに逡巡を見せる。

「……実はさ、俺らの任務ってリギシアの捜索なんだよな」

「ちょっと、ラーグ?」

 悩んだ末に、ラーグは自分たちの任務を明かした。驚くカイを他所に、ラーグは溜め息をついた。

「俺らの任務は、リギシア・テランの捜索と、失踪事件の全容を把握することなわけだ」

 コーヒーのカップを煽って、ラーグは言った。

 ともかく、リギシアを探し出すことだけがラーグたちに与えられた任務らしい。失踪事件の全容というのは、せいぜいリギシアが失踪したことと敵国の関連性があるかどうかを確認する程度のものだろう。

「っつーわけで、提案なんだけど」

 口元に笑みを浮かべて、ラーグは手に持っていたカップをテーブルに置いた。

「俺らと一緒に行かないか?」

 ラーグの言葉に、リオンは隣のウィルドに目を向けた。

「敵じゃあ無さそうだし、いざとなったら手伝ってもらうけどさ、目的が一緒ならその方がいいだろ?」

「ラーグ、敵じゃないって言っても味方でもないのよ?」

「だからだよ。今ここで味方になってもらおうって話さ」

 横から割り込んできたカイの反論に、ラーグは笑って答える。ここで何もせずに別れて、後々敵として再会するよりは得策だ、と。

「どこまで味方になれるかは判らないぞ?」

 リオンたちも、可能ならマキナと戦うことは避けたかった。

 失敗作であるというのも理由の一つだが、何よりウィルドはまだ子供だ。明らかに他のデウスほどの年齢ではない。危険に晒したくないというのが本音だった。

 ラーグとカイを敵に回すメリットは今のところ無い。だが、リギシアと話して考えが変わる可能性は十分にある。

「とりあえず、リギシアに会うまでは、ってことでどうよ?」

「……その話、乗った」

 少しだけ考えてから、リオンはラーグの申し出に応じていた。

 カイがいるなら、もし戦わなければならないとしても、リオンの負担は減るだろう。もしかしたらリオンが戦う必要もないかもしれない。

 リギシアに会うまでの目的は一致している。なら、二人と行動を共にするのも一つの手だ。リオンとウィルドはどちらかの勢力に属して戦う理由も、つもりもない。裏を返せば、リギシアに会うために勢力を利用するのも手だった。

「ラーグ・イスタルスとカイ・クロウスだ」

「ディガンマ・センティリオンと、ウィルド・フェニキアだ。俺はリオンでいい」

 互いに名乗り合い、リオンとラーグは握手を交わした。

 一時的にではあるが、行動を共にする仲間として。

後書き


作者:白銀
投稿日:2012/01/04 19:21
更新日:2012/01/04 19:21
『リオン Z.E.M』の著作権は、すべて作者 白銀様に属します。

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