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作品ID:941
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生死の交わる学校で

小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 休載中

前書き・紹介


「最悪の初対面」

目次 次の話







「如月君、入って」

「……チッ」

 不機嫌そうな顔をした少年は、廊下から教室に入る。空色と黄土色の変わった色の瞳をしている。だがその瞳の宿す拒絶の光はギロッとクラスメートを一瞥しただけだった。

 変わった少年だ。灰色のボサボサの頭はまるで汚れた雪のような色。

 その瞳の虹彩異色は決して穏やかではなく、さらには右頬には抉られた様な傷跡があった。まるで周りが全て敵、と言わんばかりに座っている少年少女をにらみつける。担任は困惑顔で自己紹介を、と彼に促した。

「……今日からここで『延命処置』なんていう下らないことをしに来た大馬鹿モノです。こっちはよろしくやるつもりないんで、近寄ってきたら例外なくぶん殴るくらいはするんでそのつもりであしからず」

 初っ端からとんでもない自己紹介をした。というか微妙に名前いってない。クラスメートたちは異常なものでもみるように視線を凍らせた。というか実際彼の言った言葉全てが異常だ。

「……如月君、自己紹介は?」

「如月天(きさらぎ あまつ)。これでいいのか?」

「……結構よ」

 担任はあからさまにため息をついて、彼に空いている席に座るよう命じた。

 彼は席の間にある道を通る。黙って視界に入る人間を片っ端からまるで親の仇のようににらみつけた。

 そして目的の席に鞄を引っかけて、どすんと座った。一番教卓から遠い最後列の窓側だった。

「……」

 胃がむかつく。どうやらまた体の中の馬鹿共が活性化を始めたらしい。迎撃軍と衝突しているせいか、頭も痛かった。熱っぽい自覚もある。

「……あの、ひ、ひさしぶり……」

「?」

 黙って睨みつけると、隣の席の少女がひゃっ、という悲鳴を小さく上げた。

 真っ白な長い髪の毛、きれいなソプラノの声、愛らしい童顔。自分と同じ左右の違う色の瞳。彼女は空色と真紅だった。かすかに恐怖で震えていた。眼には涙。

 天はとっさに頭痛に襲われた。こめかみあたりを手で押さえる。先ほどの言葉など聞いていなかった。

「あ、あの?」

「何でもねえよ。お前も気をつけろよ、機嫌悪ぃと殴るからな」

 心配そうにする少女を怒気を含んだ声で黙らせ、視界を窓に移す。窓には蒼穹と、所々にある建物、そして大海原しか見えない。チッ、と舌打ちをして顔を伏せる。今はだれにも声なんて掛けられたくない。なんでこうなった。やっと消える口実を手に入れたのに。







 そもそも彼、如月天という少年には過去がない。健忘症を患い、昔の記憶そのままを消失してしまっているからだ。後遺症で軽い記憶障害も持っている。

そのせいで今までの自分は何だったのか、今の自分は何なのか分からなくなる。いつから自分という人格がこのからだを支配しているのが分からない。事故のことは唯一の家族である義母は語らない。忌わしい記憶だから、思いだすなと口を酸っぱくして言っている。だから天は諦めた。元々生きる気力のない性格で、しかも末期がんであることが更に加速させた。

 入院を強要する義母に天は一言こういった。

「どうせ俺死ぬだろ母さん。だったらいいじゃん。苦しみ長引かせんのはっきりいって嫌だし。ちゃっちゃとくたばったほうが俺的にいいんだよ」

 それだけ言ったら義母が恐ろしい行動をとった。強引にこの病院と高校が一体化しているここに無理やり転入させたのだ。おかげで穏やかに散っていくという彼のささやかな望みは完膚なきまでに破壊された。それ以来彼は義母と会話すら放棄していた。友達なんていらない。どうせ死ぬのは俺だ。誰だって俺みたいな奴にかかわるのは嫌なはず。

 悲しいことに彼の生死感というのは歪みを繰り返し、腐敗したような矛盾だらけのものになり果てていた。

 母を苦しませないために突き放す。

 友を苦しませないために友を作らない。

 己を苦しませないため他者を威嚇、弱い自分を偽って生きていく。

 だがそれもそろそろ限界に近かった。進行するがん。思い出せない思い出。

 自棄になるのも納得できるかもしれない。











「ちょっとあんた!」

 ドカッ!

「いてえええ!!」

 軽いまどろみの中にいたらけたたましい音と共に尻の感触が消えた。支えを失い彼は冷たい床の上に仰向けに倒れた。

「ってぇ……なんだ、テメェ」

「なんだ、じゃないでしょ! あんた、こなゆきんとこ泣かせたでしょ!? 殺す、絶対あたしがあんた殺す!」

「あぁ!?」

 立ち上がると同時に怒鳴った。敵対者は小柄な女の子。長い漆黒の髪に人形めいた顔立ち。強気な瞳が天をにらむ。

「なんだ手前いきなり!? いい度胸じゃねえか、あぁ!?」

 今まで通り、天は声を怒気で張り上げた。大抵の奴ならこれで竦み上がるような、ヤクザと言われても仕方ないようなそんな声。

「うるさいわね! 何転校生のくせに偉そうなこと言ってんのよ!? なにが殴るよ! だったらあたしが殴ってあげるわ!」

 だが少女は怯まない。それどころか真正面から立ち向かった。

 ふっ、と少女が屈んだ。天は本能的に何をしようとしてるか理解した。

 ――こいつ、蹴りつけようとしてる!?

 長年不良顔負けの生活してきたせいで、喧嘩は日常の一部だった天には、警鐘の意味を悟る。こいつ、何かやっていると。

 ぶぅんっ! という風切り音を纏った少女の蹴りが身長差があるにも関わらず天の顔面目がけて襲いかかる!

 天は慌てて両手をクロスさせて顔面をかばう。一瞬遅れて腕に振動、痛み。

「!?」

 予想外の行動だったのか、少女が一瞬怯む。天は素早く交差を解除、片足立ちの彼女を足払いする。

「きゃん!」

 可愛らしい悲鳴を上げて尻もちをついた。天はそれ以上の追撃をしない。

 ――女の子に暴力しちゃいけません。

 義母の教えだ。

 彼は義母の言いつけを守ったにすぎない。何だかんだで天は母が好きだ。こんな自分を愛し、育ててくれた母が。だから言いつけは守る。

「……なんだ、お前」

 天は尻もちをついている少女を見下して、ため息交じりに聞いた。

「なんだ、じゃないわ!」

 少女は慌てて立ち上がると臨戦態勢に入る。がるるるっ、とうなり声のようなものまで聞こえそうなほど怒っている。

「なんだこの……子ライオン……」

「だ、誰がライオンですって!? ていうか今チビッて言ったわねあんた!」

「言ってねえよ!」

 思わず素で突っ込み返す。

「うるさいうるさいうるさい!! 誰がチビだ誰が幼女だ誰がロリだ誰が平たい大平原だぁぁぁ!!!」

 早口で捲し立てる少女の顔は真っ赤だ。というか一言も天はそんなこと言ってない。

「……あの白いこ、こなゆきっていうのか。ごめん、俺が悪かった。だから落ち着け」

 天は謝罪を口にしていた。基本、女の子には優しいというか、甘い。ついでに勝てない。絶対逆らわない、女の子に対しては余程の例外抜きで手を出さない。そして自分の非は素直に認める。それが彼の通す正義だ。今回は自分の失態が招いた結果。素直に謝った。

「……ふ、ふんっ! 分かればいいのよ、分かればね! ていうか、あんた如月天だったわよね? 何だったのよあの自己紹介」

 彼が気まずそうな顔をしているのをみて、少女は薄い胸を張って偉そうに腕を組む。顔は真っ赤のまま。

「……そう。一応、ああしておけば変な連中はよってこないだろ。まぁ、余計なもんはよってくるけど」

 天はそういう。素直というか、彼女はなんだか妙な感じがした。懐かしいというか、なんというか。

「……やっぱり、覚えてないのね。記憶喪失、治ってないの?」

「!?」

 天は驚いた顔で少女をみる。彼女は悲しみを湛えた眼で彼をみていた。なぜ、初対面で健忘症のことを知っている!?

 天は混乱した。

「……あまつ。あたしは岩本椎名。あんたが覚えていない、あんたを知っている人間よ」

 困惑する彼を無視して、少女――椎名は言った。

「そしてあのこは白崎こなゆき。あの子も、あたしと同じ。事故をしてから、あんたがいなくなるまで一緒にいた、女の子」

 深い、深い悲しみを湛えた瞳は潤んでいた。絶望に。

「あたしたちは小さい頃のあんたを知っている。それは、あんたがあたしたちの幼馴染だから」

 そういった。

後書き


作者:orchestra army
投稿日:2012/01/14 16:46
更新日:2012/01/14 16:46
『生死の交わる学校で』の著作権は、すべて作者 orchestra army様に属します。

目次 次の話

作品ID:941
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