後書き
西暦2015年夏、終わらぬ就活に発狂状態に陥った迂路は、巷の人々がプレイしていた刀剣乱舞───ずっと気になっていて、就活中だからと我慢していたそれに、やっと手を伸ばした。
初期刀は陸奥守吉行である。圧迫面接を喰らい、さながら人格否定をされたような気持ちになっていた日々の中で、「一緒に働くならこのひとが良い」と選んだ刀である。どんな選び方だ。でも間違ってなかった。
むっちゃんのがははと笑い飛ばしてくれる明るい声音や、「なんちゃあない!」に心底励まされながら、私は出陣の合間に数的処理やら民法やら行政法やらの問題集を解いていた。暑い夏の日だった。
「……大倶利伽羅だ。別に語ることはない。慣れ合う気はないからな」
お、ツンデレ枠か? 雲雀恭弥のようなことを言うナアと、当初思った。弊本丸には太刀が山伏国広しかいなかったので、貴重な打撃力(物理)を育てるために早速第一部隊に投入、戦場を駆け回っていただくことになる。
そして、気が付いたら落ちていたのである。
素っ気ない言い回しで露骨なデレの台詞は一切ないなあ、審神者は嫌われてんのか、と思いながら、イヤホンできちんと音声を聞いたのが、多分全ての始まりだった。
「おい、何か終わったんじゃないか?」
なあにがツンデレじゃ。なあにが審神者は嫌われてんのかじゃ。私は阿呆であった。突き放すような物言いの多い彼だが、任務完了時のその声に滲み出た柔らかさを聞き逃していた私を殴り飛ばしたかった。
彼はツンデレではない。無口でもない。刀帳の説明は淡々としているが、過不足はない。自分に与えられた仕事であるからという理由で、素直に戦ってくれているのだ。
そうして私は拗らせた。
twitterやpixivには、追い掛けきれないほどの絵や文が溢れ、私は就活中であるというのにツイ廃に成り果てた。二次創作の供給スピードに目が回る体験をしたのは、オタク歴は長くとも生まれて初めてだったのである。吃驚した。
四枚の立ち絵をカーソルで突いて、放置ボイスで液状化し、巷に溢れている素晴らしい二次創作作品を浴びた。湯水の如く。読んでも読んでも次の作品が流れてくる。沼というか川を越え、私は海に辿り着いていた。
ちなみに刀剣乱舞を始めてから、私の試験の成績は鰻上りに成長し、無事に就職活動は終わった。何かよく分からんが有り難いことである。結果良ければ全て良しである。
さて、2016年にはミュやステも始まった。三百年の子守唄初演は、私の刀ミュデビューである。運良く2回も会場に足を運ぶことができ、生きて動いて喋って殺陣して歌って踊る大倶利伽羅さんを目に焼き付けて、私は戻れないところまで進んでしまったことを知る。後に2017年真剣乱舞祭の獣で狂う。円盤をエンドレスリピート。出勤前の大倶利伽羅さんはめちゃくちゃ健康に良い。
尊いんだよ、どうしよう。どうしようじゃねえよ、自分でも書こうぜこの熱い感動をよォ。書けたら苦労してねえんだよこの野郎。おうおう。略。
本丸内での情報は限られているのに、メディアミックス然り、巷の二次創作作品然り、情報は山のように積み重なり、私はすっかりROM専になっていた。
そう、書けないのである。推しが。既に観た素晴らしい演劇や作品に圧倒され、誰かの二番煎じどころかn番煎じをなぞるばかりで、全く筆が進まない。
私は書きたいから書くタイプで、今までの創作は全て感覚でえいやっとその場のノリで書いていた。だが、書けない。もう自分でもよく分からなくて、たった140字のSSをひとつ仕上げるのに、ハマってから2年の月日を要した。オタク、こんなの初めて。何故。
そうこうしている間に大倶利伽羅さんの極が実装されて声の柔らかさ(当社比)に感情がぐちゃぐちゃになった。それを言語化して咀嚼しろと言うのに。
「あんたはあんたの戦いをしろ。俺は俺で戦う」
混乱の中、それでも私は私が思う大倶利伽羅さんを書きたくて、何とか形にしようと構想を練り始めたのが2018年である。その時は、こんな長文にするつもりは全くなくて、ほんのりホラーな本丸冒険譚でさくっと読める奴、ぐらいにしか思っていなかった。
審神者と大倶利伽羅さんで上手く物語を紡ぐことができなかったので、女を時の政府職員にしてみたところ、やっと物語の輪郭が出てきたので、これでいこうと書き始めたのが2018年の春頃だった。
今? 2020年の秋ですね。怖。
本当に情けない話、私は今までプロットというものをきちんと練ったことがなく、無謀にもその場のノリで何とか書き散らした文章を切り貼りし、とりあえずある程度の文字数になったからとpixivに公開したのが2018年の晩夏。その時点で4万字。何か終わらんな、とは思っていた。
見切り発車なのであちこちで事故が勃発し、辻褄合わせの作業が大変で自分の計画のなさを呪いながら、とりあえずイベントに申し込めば締切があるから本ができるよと友人に唆されてスペースを申し込んだ。極道入稿したが一冊で終わらず、結果前編・後編となった。印刷所さん本当にありがとうございます。
とにかく前編の本でイベント出るぞと息巻いた時、世間はコロナウイルスでそれどころではなくなった。何なら職場も結構アレがソレな状態になっており、外出を伴う娯楽は手の届かないところへいってしまった。冗談ではない。何のために働いていると思ってるんだ。俺達のパライソが。仙台公演前から数えた方が圧倒的に早い通路席が。ヒプライが。略。
ストレスマッハな日々を乗り越えるために、公式が色んな手段で審神者を励ましてくれた。泣いた。頑張らなきゃと思った。
とにかく今、書き終えるしかない。あらゆる人に尻を叩いてもらいながら、うんうん唸りながら、私はワイヤレスのキーボードを叩き続けた。友人と三密を避けての原稿合宿、でぃすこーどでお互いの執筆監視、残業後に人の少ないカフェに駆け込み、文字数を重ねた。
いやちゃうねん。文字数増やしたいんちゃうねん。終わらせたいねん。
私が始めた物語である。自分で終わらせなければ終わらないのである。当然である。
締切当日の午前四時、合同サークルで出てくれた友人と呻き声を上げながら何とか脱稿し、とりあえず本は出来上がった。荒々しい感じに。主に辻褄が。あと表紙の体裁も。
18万字。ひとつの物語を終わらせるのに、ここまで膨れ上がるとは、数年前の私は想像もしなかった。粗々ではあるが、終わらせられたことに本当に安堵している。読み返す精神力を蓄えてからでないときちんと向き合うことができないのだが、ひとまず、書き終えた。一生懸命書いた。拙いところは多々どころではないだろうが、終わらせることができた。
書きたかったけど書ききれなかったものもある。それはまた何処かの物語に混ぜ込むとして、プロットも立てられないし長編を全く完結させられない人間ではあるが、何とか終わりまで辿り着いた。自分で自分を褒めておくとする。
大倶利伽羅さんは、尊い。
極道入稿、もう絶対しない。
こんな後書きまで読んでくださった皆さま、ありがとうございました。限界入稿だったので本に後書きを入れることができませんでした(笑)。
大倶利伽羅さんの尊いところを、私なりに頑張って詰め込みました。少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。
誤字脱字、辻褄合ってない部分については優しく教えていただけますと有り難いです……本当に限界入稿ですみません……アアアアア……
重ね重ね、御礼申し上げます。