ハンジ・ゾエ 01
なぜ、あの兵士の事ばかり見てしまうのだろう
色も形も全く同じ制服を着る調査兵団の兵士たち
広場を行き交う彼らの中にいても自分の視線は吸い寄せられるようにその人へと向けられていた
身長は180に近く、体つきは兵士にしてはスラリと細い
髪色は暗色で顔立ちは怖いくらいに整っていた
何よりも目を引くのは宝玉と言われるくらいに綺麗な瞳だろう
左右で色が異なり、右が琥珀で左が蒼玉
そんな珍しい特徴を生まれ持った青年だった
リヴァイを班長とした特別作戦班の一員でいつも同期の二人と一緒にいるのを見掛ける
オルオとペトラが喧嘩をするのを側で眺めていたり、時には宥めていたり
クールな印象を与える顔立ちだが、いつも優しく微笑んでいる
愛想は良いが深入りする事はなく、同じ班の兵士とは仲が良いようだ
命令に忠実で、真面目で、討伐技術に長けている
戦況を見るのが上手くてリヴァイに信頼されている兵士
そんな彼が女性兵士の視線を一身に受けながら兵舎の中へと入る姿を見送ると細く息をはきだした

「ハンジ分隊長」
「ん?……なんだ、モブリットか」
「なんだ、じゃないですよ。休憩時間、終わってます」
「え、もうそんな時間?」

兵舎の周囲を掃除する彼を見ていたのだが、そんなに時間が過ぎていたのか
体感ではほんの数分程度だったのに
そう思っていると部下が外へと目を向けてから自分へと視線を向けた

「外に何かあったんですか?」
「いや?なにもないよ?」
「そうですか。熱心に見つめていたように見えましたが」
「考え事をしていたんだよ。……さ、仕事しようか」

一人の兵士をずっと見つめていたなんて言える訳がない
気になるあの人は年下の若者なのだから
偶に顔を合わせる彼と言葉を交わし、その姿を見られるだけで満足しておかなければ
ハンジはそう思いながら窓から離れると背後にある扉から分隊長室へと入って行った


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討伐任務に会議にトラップの試運転と研究
今日も一日朝から夜中まで忙しく、一休みする時間も無い
辛うじて食事を食べる時間がほんの十五分程度あるだけだった

「急いでください!」
「分かってるよ」

纏めた書類を手に階段を駆け下りるモブリットの後に続く
疲労が蓄積されているのか目は開いているのに頭の芯がぼんやりしていた
半分寝ているような、不思議な感覚
それを振り払うようにぎゅっと目を閉じて、それから書類に間違いがないかを確認するために文章に視線を向けて
階段を駆け下りながらそんな事をするものだから当然ながら段差を踏み外してしまった

「あ――」

しまった、と思った時には足首やら太ももやら腰やら
それに背中まで打ち付けてその痛みに眠気が綺麗に吹き飛んだ
手から離れた書類がヒラヒラと階段に舞い落ちるのを視界の端に見ながら強打した腰を摩る

「っ~~、いたた……」
「ちょっ……ハンジ分隊長、大丈夫ですか?」
「平気平気……モブリット、書類を集めて」

そう言い、部下が床に落ちた書類を拾うのを見ながらそろりと足を動かす
一番痛むのは角に打ち付けた腰か
まあ、この程度ならば放っておいても大丈夫かと思いながら立ち上がろうとして足首に痛みが走った
浮かせた腰を再び階段に下ろして右の膝を折り足首に手を触れる

「うぅっ」
「分隊長?足首を痛めたんですか?」
「……ちょっと、ね」

腰は放っておいても良いが、足首は不味いか
近日中に旧市街地の討伐任務があるから――と思ったところで正面にある玄関扉が開いた
中へと一歩足を踏み出した人が驚いたように動きを止める

「ハンジ分隊長……?」
「あ、あぁ、

彼の名を呟いて、さっと視線を足首へと落した
いつも遠くから見つめているというのにこうして対面すると気恥ずかしい
はその容姿も綺麗だが、声も耳触りが良くて、おまけに話し方まで落ち着いていて
こんな人間がいるのかと思うくらい、完璧な青年なのだから
兵団の中での女性人気が一番高い
そんな彼が側へと来て、膝を折りこちらの様子を伺うように顔を近付けられて――

「大丈夫ですか?」
「ちょっと足首が――」

顔が赤くなっていやいないかと焦りながらそう応える
するとの両手がブーツ越しにこちらの足首に触れた
触れられただけで痛み、思わず眉を寄せるとすぐに手が離される

「診療所へ行きましょう」

言い終えるなり彼が一度立ち上がり、隣に来て背と太ももに手が触れてひょいと抱え上げられた
驚いて固まっている間にもが階段を降りてこちらを見ているモブリットに声が掛けられる

「会議ですか?」
「あぁ、そうなんだが……」
「モブリット、代わりに出といてよ。処置が終わったら行くからさ」
「じ、自分がですか?」
「座ってるだけで良いから」
「……分かりました」

少し不安そうに返事をした彼にひらひらと手を振るとが歩き出した
分隊長室のある兵舎から外に出ると兵士が多く行き交う広場がある
視線が集中するのを感じながらの腕に抱えられて診療所へと連れて行ってもらった
目的の場所に近付くと駐屯兵の姿が多くなり、扉が開けられたままの兵舎へと入る
外とは違ってこちらは兵士の姿は少なく――というか誰も居なくてしんと静まり返っていた
訓練施設の方へ行っているのだろうか
それとも入院している兵士の方にかかりきりになっているのか
だがこの程度の手当てならば自分で出来るかなと思っているとが椅子に歩み寄り、そこへと静かに体が下ろされた

「ありがとう、
「いいえ。ブーツ、脱げますか?」
「ちょっと待ってね。……いたた……」

普段通りに脱ごうとしても足首が腫れているようで痛みが走る
それでもなんとかしようとしていると彼が床に膝を付いてブーツに手を触れた
こちらを見上げると綺麗な双眸で見つめられ、柄になく鼓動が跳ね上がる

「ハンジ分隊長……」
「な、なに?」

悲し気に眉を下げて名を呼ばれて
そんな表情をされては庇護欲を掻き立てられてしまうではないか
もう彼は保護者を必要としない年齢だというのに
それに、あまりにも綺麗な顔をこんなに近くで見ては頬の辺りに熱が集まってしまう――と思ったところでがすっと真顔になった

「ごめんなさい」

言い終えるなりグイッと引っ張られ、今まで以上の痛みと共にブーツが脱がされる

「いったぁ!」
「あぁ、脱げた。良かった」

悶絶するこちらを尻目にほっとしたように息をつく彼
ハンジは文句を言いそうになるのをぐっと堪えて、痛みを逃がすように深く呼吸をはいた
足首を痛めたのだからブーツを脱がなければ処置は出来ない
分かってはいるのだが今のは凄く痛かった
目尻にうっすらと滲んだ涙を拭っているとがブーツを床に置く

「ベルトを外してください」

そう言い終えると側を離れて壁際にある棚へと歩み寄って行った
その背中を見てから言われた通り、太腿のベルトを外す
立体機動装置に必要なそのベルトは足裏を通っているから処置の邪魔になった
足首を動かさないようにして外し終えると、が必要な物を抱えて戻って来る
側のローテーブルの上に包帯や貼り薬を置いて床に片膝を付いた
赤く腫れた患部にひたりと冷たい貼り薬を張られ、包帯が巻かれる
器具を使わずに足首が動かないよう、器用に巻かれた
医療の心得があるのだろうか
そんな事が脳裏を過っている間にも淀みなく彼の手は動き、包帯の端がしっかりと留められた

「取り敢えずは、応急処置です。会議が終わったら医師に診てもらってください」
「ありがとう、そうするよ」

固定されたせいか痛みは多少楽になったように思う
会議は座って行われるから問題なく出席出来るか
そう思っているとが再び棚を漁り、多数並んでいる木製のカップに水差しから水を注いでこちらへと戻ってきた
差し出された手の平には薬包が一つ
なんだと思っていると彼が僅かに首を傾げて口を開いた

「鎮痛剤です。気休めですが」
「あぁ、ありがとう」

痛みで会議に集中できないというのは困るから飲んでおこう
そう思い、薬包を受け取り、それを開くと粉っぽい錠剤が二つ現れた
口元に寄せて滑らせるように口内へと入れると舌に触れて苦味を感じる
眉を寄せるとカップが差し出され、半分ほど入れられていた水を一気に飲み干した

「っ……ふう」

苦いと思いながら空になったカップを側のテーブルに置く
するとが傍らに置いていたブーツを拾い上げてこちらへと差し出した

「持っていてください」
「え?」
「松葉杖が見当たらないので会議室まで送って行きます」
「え、いや、大丈夫だよ?片足飛びで――」
「距離がありますよ」
「それは、そうだけど」

確かに診療所から会議が行われている作戦会議室までは結構な距離がある
無事な左足で跳ねて行くには途中で疲れてしまうくらいに
さすがに無理かと思ったところでがここに来た時と同じようにこちらの体を抱き上げた
軽く抱え直すとこちらの重さなんて感じていないというていで歩き出す
せめて背負ってくれたら、まだ恥ずかしくないのに
そう思いながら片手に持ったまま垂れ下がっている右脚に着けていたベルトを手繰り寄せ、纏めて握った
診療所から外へと出るとさらりと風が通り抜ける
僅かに上気していた頬が冷やされて、その心地良さに小さく息をはいた
それから間近にあるの横顔をチラチラと盗み見る
こちら側からは彼の琥珀色の右目が見えた
綺麗だなと見入ってしまいそうになるのを堪えてブーツを持ち直す
視線をの首へ向けたり、太腿に触れている指へと向けたり
そんな事をしている内に会議室へと辿り着き、彼が近くの兵士に声を掛けて扉を開けて貰った
戸口に立つと丁度エルヴィンが話をしていたようで書類を片手にこちらへと顔が向けられる
抱えられた自分を見て口が半開きのまま固まってしまった上官にハンジは声を掛けた

「遅れてごめん」
「……いや、モブリットから聞いている。大丈夫だったか」
「数日は討伐出来ないかな。……リヴァイ、君の優秀な部下に助けられたよ」

そんな言葉を交わすとが足を踏み出し、モブリットの隣の空席へと歩み寄る
皆の注目を集めながら、それでも平然とこちらの体を椅子に下ろすと目礼して側を離れた
一つ隣のテーブルのリヴァイの側に行くと身を屈めて何事か囁く
聞き取る事は出来なかったが兵長が頷くと上体を起こし、エルヴィンに一礼して立ち去った
静かに扉を閉めて、窓の向こうへ目を向けると何処かへ走って行く姿を見送る
彼も用事の途中だったのだろうか
上官であるリヴァイはこの場にいるが、色々とやる事があるのだろう
掃除とか、掃除とか、掃除とか
潔癖症の男が上官だと部下も大変だろう
ハンジはそう思いながらモブリットから渡された資料へと視線を落とした