リヴァイ 02
リヴァイ兵長に指摘された傾く癖をなんとか克服し、今日も自主訓練で施設内を飛び回る
同期に会えば軽く言葉を交わし、ガスの補充をしてまた飛んで
タッと音を立てて木の枝に下りると頭に――いや、髪に何か軽く弾けるような小さな衝撃を感じた

「ん……?」

何だと手を触れようとしたところでさらりと肩に髪が零れ落ちる
どうやら髪留めが外れてしまったようだ
しっかりと留めた筈なのに――と立体機動装置のグリップを脇に戻して両手で髪に触れる
手探りで確認すると髪留めが壊れているのが分かった
引っかかっているそれを取ると目で見て確認する
木製のそれは中央辺りから二つに割れるようにして折れてしまっていた
ずっと使っているから経年劣化で壊れてしまったのか
そう思いながら背を覆う髪を束ねようとして動きを止めた
結ぼうと思ったのだが、それを留めておくゴム紐がない
ポケットに手を入れて何か代わりになる物を探すが、触れたのは前に先輩から借りたハンカチだけだった
結局あれから会うことが出来ずにずっと持ち歩いている
三日に一回の程度で洗っているが、返すことが出来る日は来るのだろうか
これを使えば髪を結べるが、人様のものにシワを寄せるようなことは出来ない
自分のハンカチは先ほど会った同期が怪我をしていて止血の為に渡してしまっていた
でも長く伸ばした髪をそのままにして飛ぶのは危険で出来ないし――
誰か通り掛らないだろうかと思っているとカン、とアンカーが刺さり、シュルルッとワイヤーが巻き戻る音が聞こえた
その方向へ顔を向けようとして、隣にリヴァイ兵長が着地する
その姿を見てはビクリと肩を揺らすと慌てて姿勢を正した
右手に、壊れた髪留めを持ったままになってしまったけれど
そんな自分を見たリヴァイが髪へと視線を移す

「てめぇ、予備を持ってねぇのか」
「あ……は、はい」

また見つめられるだけかと思ったが、話しかけてくれて少しほっとした
でも彼の言葉に予備を用意しておけば良かったと反省する
怒られるのを身構えていると、リヴァイがこちらへと手を伸ばした
肩を掴まれ、くるりと体を回されて後ろを向かされる

「しゃがめ」
「っ、はい」

何をするのだろうと思いながらも、その場に両膝をつくようにしてしゃがみ込んだ
背後に立つリヴァイがごそ、と何か動いてからこちらの髪に手が触れる
一つに束ねるようにして持ち上げられ、手櫛が通されて指先が露になる項に触れた
ヒヤリとした、冷たい手
手が冷たい人は心が温かいと聞いたことがある
その言葉の通りだとすると、リヴァイ兵長は――
なんて考えていると髪に何かが巻かれるのが分かった
一回二回と巻き付けられて、キュッと縛られる

「これで飛べるだろう。今後は気をつけることだ」
「ありがとうございます……」

礼を言い、ゆっくりと立ち上がって彼の方へと体を向けた
相変わらず険があり睨むようにこちらを見るリヴァイ
でも、あの女性は目つきが悪いだけだと言っていた
今も困っていた自分の髪を自らの手で纏めてくれたし――

「すみません。予備を持ち歩くことにします」
「そうしろ。……この前は……」
「っ……は、はい」

あの、見つめられた日のことだろう
何か理由があったのかと思っていると彼は口を閉じてしまった
こちらを見つめたまま、何も言わず
あの日の再来かと危惧するがリヴァイはそのまま視線を逸らしてしまった

「いや……訓練に励め」

そう言うと立体機動装置のグリップを握り、飛び去ってしまう
訓練兵の自分とは違う飛び方はとても綺麗だった
瞬く間にその小柄な体は木々の隙間へと消えてしまう
それを見送るとはそろりと手を動かして頭に触れた
長い髪を一つに束ね、巻くようにして纏められて布――恐らくハンカチで結ばれている
男性である彼がこのように器用に髪を扱うことが出来るなんて

「……あ、彼女さんの髪を纏めてたりするのかな?」

見た目は若いが、三十路を超えているという話だから彼女くらいいるだろう
その人の髪をこのように結んであげることがあるのかも知れない
はそう思いながらハンカチの端を摘まむと小さく笑みを零した


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「ウィル」
「はい?」
「兵長のことなんだが……」
「?……どうかしたんですか?」

夕食の支度をする恋人を壁に寄り掛かって眺めながら声を掛ける
視線の先ではウィンクルムが手を粉だらけにしてパン生地を捏ねていた
慣れた手付きを見ながらちらりと戸口の方を見る
他の班員が来る気配がないのを確認するとオルオは机へと歩み寄った
その上に並ぶ粉の入った袋や調味料の瓶を見ながら口を開く

「何か、おかしくないか?」
「……はい。あの、訓練兵の子のことですよね?」
「あぁ。あんなこと、今までなかったし……今日も訓練施設行ってたみたいで」
「そうなんですか……う~ん……」

生地を捏ねる手を止めて考えるように首を傾げる彼女
料理の邪魔にならないように高い位置で一つに束ねられた髪が動きに合わせて揺れた
綺麗なその髪に触れたくなる衝動を抑えてテーブルの端を両手で握る

「それに……」
「?」
「俺、兵長に一目惚れってどんな感じか、聞かれて……」
「えぇ……」
「兵長、俺とお前が互いに一目惚れだって知ってるだろ。だから、聞きに来たと思うんだが……」
「あの、それって……」
「したのかもなぁ、兵長も」
「訓練兵の子に?」
「あぁ」
「兵長、あの子を泣かせちゃってますけど……」
「そうなんだよ。まぁ、目つき悪いから仕方ねぇとは思うんだが」

そう言うとウィンクルムが困ったように微笑んで頷いた
思えば彼女も初めてリヴァイの前に立った時には酷く緊張した顔をしていたっけ
団長と兵長の前に呼び出された日のことを懐かしく思いながら指先でテーブルの裏面を摩る

「だが……なんか出来ねぇかな。兵長の為に」
「そう、ですね。いつもお世話になって……何かして差し上げたいです」
「……お前、あの子と話をしてきてくれないか」
「はい、構いませんが……?」
「兵長の印象とか、好きなタイプとか聞きだしてくれ」
「分かりました。明後日、休暇なのでその時に」
「悪いな。向こうも男の俺より話しやすいだろ」
「やってみます。話しやすそうな子だったので……頑張りますね」

そう言い、微笑んで再びパン生地へと視線を落とすウィンクルム
オルオは再び生地を捏ね始めた彼女の後ろに立つと動きに合わせて揺れる髪に指を絡めた


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巨人模型に作りつけられた弱点を削ぎ、体勢を整えて地面へと下りる
倒れていく模型を見て、ふうと息をはくと休憩しようと刃を納めて側にある倒木に腰を下ろした
心地良い風が木々の枝を揺らして通り過ぎていく
ぼんやりとそれを見送り、それからポケットに手を入れて二枚のハンカチを取り出した
一枚は女性に借りたもので、もう一枚はリヴァイが髪を結んでくれた物
どちらもまだ返すことは出来ていなかった
いつ返せるだろうかと思いながらそれらをポケットに戻す
十分くらい休憩したら訓練に戻ろうか
そう思い少し乱れた呼吸を整えているとザッと音がして背後に人が下りたのが分かった
反射的に振り返ると、一人の女性が屈めた体を起こすところで――

「あ――」

彼女は不覚にも泣いてしまった自分にハンカチを貸してくれた人だった
顔を上げた女性と視線が合うと彼女が優しく微笑む
相変わらず綺麗な人だと思っているとグリップを腰に差しながらこちらへと歩み寄ってきた

「こんにちは」
「っ、はい、こんにちは」
「隣、良いかな」
「どうぞ」

そう答えると彼女が倒木を跨いで隣に腰を下ろした
ふわりととても良い香りが感じられて、なんか気恥ずかしく感じる

「あなたは105期生ね」

こちらのジャケットの紋章を見たのが分かり、は頷いて口を開いた

「はい、訓練兵団のです」
「私は104期のウィンクルム・フォルティス。宜しくね」
「よろしくお願いします。……あの、噂に聞いた訓練兵の時に団長の推薦を受けて、リヴァイ兵長にスカウトされたという……」
「うん……一応、リヴァイ班」

少し照れたように笑って言うが、兵長が自ら選出した精鋭ということだろう
こんなに若いのに――と思っていると彼女が視線を膝に置いた手に落とした

「あの、リヴァイ兵長のこと、どんな人だって感じたかな」
「え?」
「この前は泣いてしまっていたから。怖いと思ったんじゃないかと思って」
「え、えっと……その……言い難いですが……」
「うん」
「怖くて、厳しそうで……側に居られると泣いてしまいそう……」
「……そ、そう……」
「あ、でも、この前、訓練中に髪留めが壊れてしまって。その時に、リヴァイ兵長がハンカチで髪を結んでくれたんです。顔は怖いけど、優しいのかも、とも思います」
「っ……うん、兵長って優しい人なの」
「そう、なんですか?」

言いながら彼女の纏められた髪を見る
下ろせば自分よりも長いだろうか
もしかしたら、この髪に触れているから自分の髪を纏めることも出来たのかも知れない
同性の自分から見てもとても綺麗な人だし、仕草とかを見ても女性らしい
兵長はこんな人が好きなのだろう
暗い色だが光を弾く綺麗な髪を見ているとウィンクルムが僅かに首を傾げた

「あっ、すみません。……あの、ウィンクルムさんは……」
「ん?」
「兵長の彼女さんですか?」
「へ?」
「あれ、違うんですか?」
「違う違うっ。私、彼氏は別の人で……あの、覚えてるかな。あなたにハンカチを渡したときに一緒にいた……」
「えっ」
「?」
「あの老け顔――あぁっ、す、すみません……!」
「老け顔……?」
「その、声が若いのに顔が……」

そう言うとウィンクルムが困ったような表情を浮かべる
人様の恋人に向ってなんて失礼なことを言ってしまったのか
でも口に出してしまった言葉を取り消すことは出来ず――
と思っていると彼女が困ったように笑った

「……彼、オルオっていう名前で……一応、十九歳なの」
「えぇっ!?」
「……驚かせてごめんなさい……」
「い、いえっ、こちらこそさっきから失礼なことばかり……」

衝撃的なことを聞いたと思いながらぺこりと頭を下げる
そんな自分の背を気にしていないというようにとんとんと軽く叩かれた
怒ってはいないようだとほっとするが、あの彼と恋人関係だったとは
心底驚いたと思っているとウィンクルムがこほんと小さく咳ばらいをした

「ええと、ちょっとあなたに質問があって……あまり考えずに答えて欲しいのだけど……」
「はい、お詫びになんでも答えますっ」
「ありがとう。じゃあ――」

そう言い、ウィンクルムが視線を上へと向けながら質問を口にする
その全てに誠心誠意答えていこう
はそう思いながら神経を集中して彼女の言葉を聞いた