05

階段の下でちらちらと上階の様子を伺う
ここでこうしていても、あの二人がどんな話をしているのか分かる筈もなかった
それでも、やはり気になるもので――と思っていると所用で旧本部を離れていた三人の班員が戻ってくる
外套を脱ぎながらふとこちらへ顔を向けたグンタが訝しむような表情を浮かべた
まあ、こんな中途半端な場所に二人でいればそんな顔もするか
ウィンクルムなんてトレイを持ったままだし
そんな事を考えているとペトラが側へと歩み寄ってきた

「どうしたの?そんなところで」
「兵長にお客さんが来ているんです」
「客?誰か来る予定があったか?」
「ねぇよ。……あの子だよ」
「あの子って?」
「あっ、か?」
「おう」

エルドの言葉にグンタとペトラが首を傾げる
話をしていなかったのだろうか
まあ、人様の恋愛について話を広める必要はないか
ペトラなんて、騒いで煩そうだし
そう思っていると二人の方を見て彼がにやりと笑った

「良いか、オルオから聞いた話だが――」
「おい、話すのかよ」
「黙っていてもその内バレるだろう。それに、情報は共有するものだ」
「こればかりは広めない方が良いと思うが……」
「え?なによ、私とグンタだけ知らない話なの?」
「エルド、聞かせてくれ」

二人がエルドに詰め寄るのを見て、自分は二階の廊下へと視線を向ける
話を聞いて硬直したり喜んだり
そんなに騒いでは静かな旧本部なのだから声が届くのではないだろうか
オルオはそんな心配をしながら背後の壁へと背を預けた


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


この女は、綺麗だと思う
その髪も、目の色も、肌の白さも、顔立ちも――
小さな手が、細い指がカップの持ち手を掴んでいる
紅茶を一口飲んで無意識に浮かべたであろう微笑みは見入ってしまうほど愛らしいものだった
オルオが普段からウィンクルムを意味もなく眺めている気持ちが分かる
目が勝手に彼女を見て、逸らす事を忘れてしまうのだから――と思ったところで深い青色の瞳が自分へと向けられた
さすがに視線が合った状態で見続ける事は出来ずに無理矢理視線を逸らす
無言で紅茶を飲んでいると開けた窓から吹き込む風が背後から室内へと流れ込んだ
の視線が外へ向くのが分かり再び視線を戻す
好きな相手には気持ちを伝えろ、とそう言われたが伝えて良いのだろうか
互いにいつ死ぬか分からない兵士と言う立場で――
だが、一度失いかけたオルオからの言葉だとそうした方が良いのだろうとも思う
ウィンクルムが初陣で戻らなかった時、彼は見た事のない表情を浮かべていた
まるで全ての感情を失ったかのような無表情で、目も開いているのに何も見ていないような――
普段はよく喋るのに静かで、時々何か考え込むように瞼を伏せていた
二日後に無事を知った時、人目も憚らずに泣き崩れたオルオの姿を思い返すとカップに残る紅茶を一気に飲み干す
熱い液体が喉を通るのを感じながらカップをソーサーに戻した
腰かけている窓枠から下りて机にカップを置くと紅茶を美味しそうに飲むへと視線を落とす


「っ、はい」

カップに視線を向けていた彼女が名を呼ぶと驚いたように自分を見上げた
惹きつけられるその青い瞳を見て、言葉を発しようとして喉が詰まったように何も言えなくなる
やはり自分には無理なのか
だが告げなければ何も始まらないだろう
例え、告げた事で終わりになろうとも
リヴァイはそう思い、体ごと彼女の方を向くと小さく咳ばらいをした

「俺は」
「?……」
「てめぇに惚れたらしい」
「……え……?」
「……まぁ、てめぇには怖い兵長でしかねぇだろうが」
「い、いえっ、お優しい方なので……!」

慌たように視線を彷徨わせ、それから自分と同じように一気に紅茶を飲み干して――
熱かったのか胸元を押さえながらカップを机に置く
両手で顔に風を送る仕草を可愛いと思いながら腕を組んで見下ろした

「で、どうなんだ」
「え?」
「俺は、てめぇの彼氏になれるのか」
「っ……」

こちらの言葉に彼女がびくりと肩を揺らす
また怖がらせたか――と思っているとが立ち上がり、こちらを見上げた

「よ、よろしく、お願いします、兵長」

言い終えて、ぺこりと頭を下げる
頬の横に流れる髪がさらりと揺れて光を弾いた
綺麗な色だと思いながらも不満を覚えて口を開く

「やり直しだ」
「?」
「兵長じゃねぇ。リヴァイだ」
「……よろしくお願いします、リヴァイさん……」
「……」
「……申し訳ありません、上官を呼び捨てにするのは……」
「及第点だ。一ヶ月以内になんとかしろ」
「は、はい……努力します」

困ったように、でも頬を赤らめながらそう返事をするのが可愛らしい
敬称なしで呼ばれるのには期限ぎりぎりまで掛かりそうだが、それは大目に見ておこう
今は、この年若い女が恋人になったというだけでも満足だった
ちらりと外を見て、太陽の位置を確認する
まだ夕方には早いが日が傾くのが早いこの季節
引き留めて灯りのない道を帰すのは危ないか
いや、自分が送って行けば良いのかと思い直して少し話をする事にした
他愛のない、普通の話を――とは思ってもどんな話題を出せば良いのか分からないが
元からよく話す方だとは思うが恋人と言う立場の女には何を話せば良いのだろう
リヴァイはそう思いながらに座るように促すと、顎に手を触れて話題を探した


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


時々、本部の方へ来ているリヴァイ班の二人を見掛ける事がある
その二人の先輩――オルオとウィンクルム――はいつも手を繋いでいて仲の良さを感じられた
何を話しているのか楽しそうで、目が合うと互いに微笑んで
二人とすれ違う男性兵士は羨むような視線を向けているが当の本人たちはまったく気にするような様子はない
自分とリヴァイがあんな風に歩いていたらどんな反応をされるのだろうか
はそう思いながら団長室の方へと歩いて行く二人を見送った
あれから三日に一度程度の割合で兵長が会いに来てくれる
友人たちには驚かれたが自分が無言で見つめられて泣いてしまったのを知っているから無理もなかった
今は彼が来ると喜んで側へと行く自分を見て不思議そうな顔をしているけれど
恋人になったと言えれば良いのだが、そんな関係を公には出来なかった
リヴァイが嫌がるかも知れないし、自分も恥ずかしいし
そんな訳で今日も個人指導というていは訓練施設へと向かっていた
扉を潜り、いつもの補給地点へ向かおうとしたところで友人に声を掛けられる


「ん?」
「今日も兵長と一緒か?」
「うん、そうなの」
「いきなり個人指導なんてな。お前に兵士としての見込みがあるのか……」
「そう、なのかなぁ?」

お付き合いを始めたから、デートの代わりに
なんて言える訳がない
まあデートと言っても、本当に指導をしてくれているから色っぽい話ではないのだが
刃の構えとか、身の翻し方とか
飛び回ってばかりで恋人らしい事なんてしていなかった
先ほどの先輩たちのように手を繋いだ事すらない
本当にお付き合いをしているのか疑わしいとすら感じる
誤魔化して待ち合わせの場所に行こうとするのだが今日は何故か次々と友人が集まってきてしまった
色々と話しかけられて、それに応じながらも時間に遅れてしまうと焦っていると自分の背後を見た友人が驚いた表情を浮かべる
キース教官でも現れたか――と背後を見ようとしたところで左の肩に人の手が乗せられた
それを視界の端に見て、右へと顔を向けると兵長の姿がある

「あっ、兵長」
「やり直しだ」
「……リヴァイさん」
「迎えに来た」
「ありがとうございます」

それはとても嬉しいのだが、同期の前で堂々と肩を抱かれるのは――と思っていると注目している皆の方へリヴァイが顔を向けた

は俺の女だ。手を出したら削ぐぞ」
「「「「!?――――了解しました!」」」」

兵長の言葉に一瞬固まり、それからビシッと音が聞こえそうなくらい見事な敬礼をしてそう返答する友人たち
そんな彼らを一瞥するとリヴァイがこちらを促して歩き出した
あんな事を言ってしまって良かったのか、そう思って彼を見るとその目がこちらへと向けられる

「どうした」
「あの……良いんですか?あんな事を、言ってしまって……」
「害虫除けだ」
「害虫?」
「エルヴィンから聞いた」
「団長がなにか……?」
「クソガキどもに人気があると。……心配させるな」

そう言い、肩から手が離されてリヴァイが立体機動装置のグリップを握った
それに習い自分もグリップを手にして先に飛ぶ彼の後を追う
斜め後ろから見る兵長の姿は格好良くて、飛び方が綺麗で
グリップを握る手指の動きすら見惚れてしまう程だった
相変わらず目つきは悪くて、ふいに見られるとビクビクしてしまうけれど
でも泣きそうな程の恐怖心は消えていて――恐らくは怪我の手当てをしてもらった時に恋心を抱いたのだろう
口は悪いけれど話す声は静かで、そして人から聞いて驚いたが彼は潔癖症らしい
だから旧本部は隅々まで掃除が行き届いていたのだろう
そんなリヴァイが血を舐めて傷の確認をしてくれて、手が汚れるのに手当てをしてくれて
そして、真っ直ぐに想いを伝えてくれた
びっくりしたけれど、それを受け入れてこうして二人でいられるのが嬉しい

(それに、心配させるなって……リヴァイさんも嫉妬するのかなぁ?)

でもわざと異性と仲良くして彼に不快な思いをさせる必要はないか
はそう思いながらこちらへ顔を向けるリヴァイと目を合わせて笑みを浮かべた




今日も色々と指導をしてもらい、夕方になったところで終了する
帰りは途中までは立体機動装置で移動をして、そこから歩いて帰る事になっていた
勉強の事とか、次の演習の事とか
自分の話をリヴァイは頷いたりしながら聞いてくれた
彼にとっては面白くない内容だろうに
そう思っていると彼がふいに足を止める
どうしたのだろうと自分も立ち止まるとリヴァイの方に体を向けた

「リヴァイさん……?」

「はい」
「手を」
「手?」
「繋ぐぞ」
「は、はい」

宣言されてから握られるのは恥ずかしいけれど――と思っている間にも彼の右手がこちらの右手を掴んだ
ん?と思いながらも再び歩き出すリヴァイに合わせて足を進める
でも、やはり手を繋ぐというのは右の人が左手で左の人の右手を握るのでは
これでは中途半端な横歩きになり不自然になってしまう
そう思っていると十歩ほど歩いたところで彼が再び足を止めた

「……
「はい……?」
「俺は間違えたようだ」
「ふふっ。そうですね」

おかしくてつい笑ってしまう
はリヴァイの手を離すと、彼の左手を握り直した
そこへ視線を落とした兵長が目を瞬いてふっと表情を緩める

「そうか、こうだったな」
「はい」
「慣れてねぇ。大目に見ろ」
「はい。私も、初めてなので」

異性とこんな風に手を繋いで歩くなんて
訓練中は同期と手を掴みあって引っ張ったりなんていつもの事だけれど
でもそれとは違って引っ張られる事もなく、優しく握られるのは恥ずかしいものだった
どうか顔が赤くなっていませんように
はそう思いながら自分の前に長く伸びる影へと視線を落とした

2022.03.21 up