リヴァイ 06
(なんか、兵長の雰囲気が暗いような……)

視界の端で階段の手すりを磨いている兵長の姿を確認しながらそんな事を考える
普段から明るい性格ではないが、今日はなんだかどんよりとした空気を纏っていた
と付き合う事になったと聞いた時には心底喜んだが何かあったのだろうか
そう思いながら箒で床を隅から隅まで掃いていく
僅かな風圧に舞う埃を寄せ集め、塵取りはどこに置いて来たかと周囲を見回そうとしたところで真後ろに立つリヴァイに気付いてびくりと肩を揺らした

「うわっ!なんです――」

近付いて来る足音に気付かなかった――と思った次の瞬間には彼の両手がこちらの体を挟むようにして背後にある壁に突かれた
自分よりも背の低いリヴァイにそうされるのは、傍から見れば異様な光景では
第一これは男が女に迫る時にするような事で、男の自分に対して――
そう考えたところで彼の表情に気付き、ただならぬ雰囲気に思わず息をのむ

「っ……リヴァイ兵長?」
「……オルオ」
「はい」
「失敗した」
「へ?」
「……難しいな」

視線を落とすリヴァイを見てオルオは肩の力を抜いた
とにかく、なにを失敗したのかを聞かなければ
男女間の事ならば少しは助言が出来るだろう
そう思い俯いたせいで黒髪の向こうに隠れた目を覗くように首を傾けて声を掛けた

「何を失敗したんスか?」
「手を繋ぐのを」
「は……?」
「握る手を間違えた」
「は、はぁ……そうスか……」

手を繋ぐなんて簡単な事を間違えるとは
というか、間違える方が難しいのでは
いやでも兵長は変わった人だから間違えてしまったのかも知れない

「それで、あの子はどんな反応を?」
「……笑って、握り直した」
「大丈夫ッスよ。あの子も気にしてませんって」
「だが、男としては……」
「挽回出来ますよ。兵長のペースで行けば良いんです」
「俺は……すぐにでもあのガキを抱きたいが」
「っ……それは、まだ……早いッスよ」
「早いか?」

真顔でそんな事を聞かないでほしいと思いながらオルオは箒を握り直した
付き合い始めてから二週間程度しか経っていないだろうに
自分だってウィンクルムとそんな関係になるには結構時間が掛かって――いや、出会ってから二ヵ月程度だったか
告白までは時間が掛かったが、気持ちを伝えてからは早かったと思う
でも手を握ったばかりだという兵長にはまだ先の話では

「リヴァイ兵長、段階的に……」
「段階?」
「手を握ったら、次は……その、抱きしめる、とか……?」

言ってから自分の時の事を思い返すが、キスが先だったか
暗闇に怯えるウィンクルムを背後から抱えた事はあったが、あれは落ち着かせる為だったし
その後にも背後から抱きしめたが、逃げようとしたのを捕まえる為だったし――
それに、キスをしたとはいえ初回は唇ではなく、頬とか額とかにだったが

「てめぇは」
「っ、はい」
「どんな手順だった」
「えっ!き、聞くんスか……」
「答えろ、命令だ」
「うっ、卑怯ッスよ」

命令ならば答えなければならない
どんな理不尽な問いであっても彼は上官なのだから
ちらりと階段の方を見れば二階の廊下からこちらを伺うエルド、グンタ、ペトラの顔が見える
目が合っても隠れる素振りもなく、興味津々とばかりにこちらの話を聞いていた
ウィンクルムの姿は見えないがこの時間帯ならば昼食の準備のために厨房にいる頃か
恋人がこの場に居ないのがせめてもの救いだった
とんでもなく恥ずかしいが、命令ならば答えるしかない

「ええと……ウィルが壁外から戻って、少し体調が良くなった頃に告白をして、頬とか額とかにキス、しました」
「ふむ。次」
「う……その後、怪我が完治した後で訓練施設で……く、唇に、キス、して……」
「ほう、次」
「ぐっ……その日の、夜ッスよ!ウィルを、抱いたのは!」

ああ、恥ずかしくて堪らない
何故皆が注目する中でこんな事を言わされているのか
もしかしたら、リヴァイは内緒話をするつもりでこんな格好をしているのかも知れないが
逆に目立つだろうと思っていると彼がゆっくりと目を瞬いてから口を開いた

「……オルオよ」
「な、なんスか……」

もう精神的に疲れてしまってぐったりとしながらそう返した
するとリヴァイの手が壁から離れてこちらの肩をぽんと叩く

「てめぇも存外早い。キスと抱く間に一日の猶予もねぇ」
「……確かに早いと思いますが……ですが出会ってから二ヵ月くらい経ってます」
「互いに一目惚れでなんでそんなに時間が掛かる」
「そ、それは……その、聞いてたでしょう。言えなかったんスよ……」

いつ死ぬか分からない調査兵団に所属している自分たち
惹かれる相手がいても、気持ちを伝えるのは躊躇するものだった
告白をしても次の任務で死ぬかも知れないのだから
そのせいで104期の前でペトラと大喧嘩した事を思い返しているとリヴァイがこちらを労わるように肩を叩いてからゆっくりと手を離した
自然と入っていた力を抜くと彼がこちらに背を向ける
掃除に戻るのが分かり、自分も塵取りの方へと歩き出した
上階へ視線を向けるが既に班員は姿を消している
今頃、あの三人は何の話をしているのか
オルオは内心ため息をつくと掃除の仕上げの為に塵取を手に取り、集めたゴミの方へと引き返した


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「リヴァイさん、今日は風が気持ち良いですね」

がそう言い、髪を纏めていた髪飾りを外した
訓練中に少し崩れた髪型が気になったのだろう
押さえる物がなくなった金糸のような髪がサラサラと背を覆うように零れ落ちた
風を受けて緩やかに揺れるそれに指を通す彼女にリヴァイは小さく頷いた

「あぁ……良い風だ」

訓練兵から恋人と言う立場になった
距離が近付くと彼女は驚くほどに色々な話をしてくれた
座学の事とか、演習の事とか、キースに怒られた事とか
楽しそうだったり、難しそうな顔をしたり、しょぼくれていたり
表情がよく変わって自分と目が合うだけで嬉しそうに微笑む
緊張した表情を見せる事もまだ偶にあるが、どれも可愛らしいものだった
ずっと手元に置いて、眺めていたいと思うくらいに
そう思いながら髪を結び直そうとする彼女に手を伸ばす
髪に触れるとがこちらへ顔を向けた
前に髪留めが壊れた彼女の髪を結った事があるが、その時と同じく触り心地が良い
指の間をすり抜ける髪を掴むと無意識に口元へと寄せた
艶やかなそれに唇で触れると甘い香りを感じる
手入れの為に何か付けているのだろうか――と思いながら視線を上げると顔を赤くしたが見えた
髪を結ぼうとしていた両手が胸の前で指先を合わせるような形で固まっている
それを見て、指を毛先まで通すと彼女の頬に触れた
もう一方の指先で瞼に触れるが、怪我をしたその場所はじっくりと見なければ分からないくらいに治っている
顔に傷跡が残らずに良かった
そう思いながら右足を前へと踏み出して顔を寄せる
抱きしめるのが先か――と思ったが、順番が前後しても構わないか
そんな事を考えたのと同時に驚いたのかが目を見開いた

「……しても良いか」
「っ、はい」

視線を落としながらそう言い、目を閉じる彼女
青い瞳が隠され、長い睫毛が影を作るのを見ながら残り僅かな距離を詰めた
化粧などしていないだろうに赤い唇に自らのそれを押し当てる
思えば、キスなどした事があっただろうか
ふとそんな考えが脳裏を過った
だが思い出す必要もないだろうと、一度離してから再び触れる
ゆっくりと顔を離して頬に触れる手を撫でるように動かすと、が瞼を開けた
耳まで赤くなっているのを見て指先で彼女の目尻をなぞる
瞳の中に自分の姿が映っているのを見ながらゆっくりと手を離した

「赤い」
「っ、は、はい。その、恥ずかしくて」
「そうか」
「リヴァイさんが初めて、で……」
「ふっ……髪、俺が結んでも良いか」
「あ……はい、お願いします」

こくりと頷いた彼女がポケットに入れていた髪留めをこちらへと差し出す
それを受け取ると前と同じようにこちらへと背を向けてその場に膝をついた
髪留めを口に咥え、両手で柔らかい髪に触れる
ずっと触っていたくなる髪に手櫛を通し、束ねて捻って――
崩れないように纏めて髪留めを付けると両手を離した
終わったのが分かったのかが立ち上がってこちらを振り返る

「ありがとうございます。リヴァイさんは器用ですね」
「部下がやっているのを真似ただけだ」
「見ただけで出来るなんて、凄いです」

そう言い、微笑むは年相応の幼さが残る笑みを浮かべた
三十を超えた自分には若過ぎる恋人
だが手に入った物をもう手放す気にはならなかった
あまり急ぐのもとは思うが、欲求は増すばかりで――
とそこまで考えて問題がある事に気が付いた

「……あぁ、忘れてた」
「?」
「いや、何でもない。……さて、行くか」
「はい。あの、急降下のやり方なんですけど――」

両手にグリップを握りながら先日教えた動きのことを口にする
真面目な事だと思いながらリヴァイは彼女の言葉に耳を傾けた


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


「オルオ」
「ぎゃあぁっ!……リヴァイ兵長、いきなり現れないでくださいっ」

立体機動装置を使って行っていた外側からの窓拭き
その背後にぶら下がってきたリヴァイにオルオは悲鳴を上げて持っていた雑巾を握りしめた
そんな自分に構わず、上官はこちらの体を挟むようにして両足を壁についている

「てめぇは大袈裟だ」
「あのですね!驚くんですよ、本当に!」
「そうか」
「……なんか、ご用ですか?」
「重大な問題が発生した」
「重大な……?」
「俺とあのガキはどこでヤれば良い」
「は……?」
「この旧本部に連れ込んでも良いが、訓練兵に私用での外泊は認められねぇ」
「は、はあ、そうですが……」
「俺が向こうに行っても良いが、部屋には同期のガキがいるだろう」
「そうッスね、基本的に二人部屋で……」
「訓練施設ではさすがに人の目がある」
「ど、どうしてそんな場所を思いつくんスか……」

自分の場合はウィンクルムが特別作戦班に入った為にこの旧本部にいたから部屋で出来たが、訓練兵となると確かに難しいか
となるとリヴァイとの休みが合う日にという事になるが――

(……あの子が兵長の休みの日に来たら……想像しちしまいそうだ……)

しかも夜間は無理だから日中という事になる
だが、二人にはそれくらいしか機会はないだろうか
オルオは窓の縁に掛けた片足に体重を預けながら左手を拭いていた硝子に触れた

「あ、あのですね……」
「……」
「兵長と、あの子の休みが同じ日に……日中になりますが……」
「初めての女を明るい中で裸にするのか」
「!?……は、はは……それくらいしか、ないじゃないッスか……」
「そうか……だが、明るい方が良く見えるな」
「っ、あの……ウィルの前でそんな話はしないでくださいよ」
「なんだ、惚気か」
「そうじゃなくて!……男同士でも恥ずかしいんですから……」
「てめぇは純粋だな」

言い終えたリヴァイがとん、と壁を蹴りワイヤーを伸ばして地面へと下りていく
目の前をワイヤーが巻き戻るのを見送るとオルオはふうと息をはいた

「本当に……変わった人だ……」

ため息交じりに呟くと雑巾を持ち直す
いくら自分に恋人がいて、経験済みとはいえあんな事を聞いて来るなんて
でもこれ以上男女の関係について聞かれる事はないだろうか
相手が尊敬するリヴァイとはいえ、恥ずかしくて仕方がないのだが
オルオはそう思いながら窓に向き直ると手を触れてしまった部分を丁寧に拭った