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荷解き、とは言っても箱の中身の大半は着替えばかり
あとは立体機動装置と、本が数冊に勉強道具だけ
訓練に明け暮れる自分の荷物はこの程度のものだった
足りない物があっても父と弟が住む家に行けば事足りてしまうし
でも、本部から離れてしまったから実家から持ち出した方が良い物があるかも知れない
今のところは何も思いつかないけれど
そう思いながら衣装棚両開きの扉を引き開けた
その中には右半分にリヴァイの衣類が入っている
空いている左側に自分の制服と私服を皺にならないようにして入れた
ちらりと視線を右に向けると、予備の制服に並んで黒い生地で作られた服が吊るされている

(これって……)

もしかしなくても、リヴァイの私服なのだろうか
いつも制服姿の彼しか見た事がないから、私服を見られただけでなんだか嬉しく感じる
前にリヴァイの休日にこの旧本部へ来た時も、彼は制服を着ていたし――
そう思いながら箱を空にすると衣装棚の扉を閉めた
今日から、この場所――旧調査兵団本部――での生活が始まるのか
特別作戦班に入ったのだが、訓練とか座学はどうすれば良いのだろう
まだ卒業まで学ぶ事はあると思うのだけど
一期先輩であるウィンクルムはどうしていたのだろうと考えていると背後から腹部へと腕を回された
そのままゆっくりと引かれて背中がリヴァイの胸に触れる

「っ……リヴァイさん?」
「おい」
「はい?」
「てめぇ、忘れたのか」
「?」
「リヴァイ、だ」

彼の言葉で敬称なしで呼ぶようにと言われていたのを思い出した
でも兵士長を、人類最強の男性を呼び捨てにするなんて
恐れ多い事だと思いアルカナムは胸の前でもじ、と指先を重ね合わせた

「……その、やっぱり、上官を――」
「リヴァイだ」
「……はい、リヴァイ」
「良し」

でもそう呼ばれるのを彼が望むのなら
諦めて呼び捨てにすると満足したのかリヴァイの腕から力が抜かれた
体が自由になり、アルカナムはゆっくりと背後を振り返ると近い位置に立つ兵長へと向き直る
これからこの部屋で、彼と二人で――
考えるだけで恥ずかしくて思わず視線を逸らしてしまった

「あの、リヴァイ」
「どうした」
「……良いのでしょうか。兵長と、一緒の部屋なんて……」
「エルヴィンのことを知らないのか」

その言葉に視線を戻すと首を傾げる
団長がどうかしたのだろうか
あまり姿を見掛ける事もなく、訓練兵団ではレアキャラだと言われている団長なのだが
自分も彼の姿を見掛けたのは二、三回程度
そのうち一回は兵長の好みについて聞いている
団長を見掛けたら良い事があるとか逆に不幸に見舞われるとか
好き勝手に言われているけれど
そんなエルヴィンがどうしたのかと思っているとリヴァイの手がこちらの頬に触れた
耳の横に流れる髪を弄りながら彼が言葉を続ける

「あいつも訓練兵に手を出した」
「え?」
「ウィンクルムと同じ、104期の訓練兵だった。異常な執着心で……隣の部屋に住まわせ、寝る時は同じベッドを使っている」
「!?……団長、が……?」
「見たことがあるはずだ。色素が薄く、長い髪の……ユースティティア・ユーデクスという名の女だ」
「あ……あります、髪の色が、とても綺麗な……あの先輩が……」

時々、すれ違う事のあるまるで人形のような女性
立体機動装置を着けていない時はウェーブが掛かるスノーホワイトの綺麗な長い髪を下ろしている人だった
その姿は全体的に色素が薄いせいか輝いて見える時もある
男性陣からは天使だと言われている先輩
思えば彼女の隣にはいつも団長がいたような――
仕事のお手伝いをしているのだろうと思っていたが、恋人だったのか
だからいつも二人で――オルオとウィンクルムのように――
団長が、訓練兵と恋人関係になっているとは
そんな事を考えているとコンコン、とノックの音が聞こえ、リヴァイの手が頬から離れる

「入れ」

そう応えると静かに扉が開かれてエルドが顔を覗かせた

「失礼します。箱を回収しに来ました」
「あぁ、丁度終わったところだ」

リヴァイの言葉にエルドと、その後に続いてグンタが室内へと入って来る
本とか、勉強道具は兵長が机に片付けてくれたらしい
なんだか申し訳ないなと思っていると二人が二つずつ箱を持ち、部屋を後にした
扉が閉められて、足音が遠ざかって――
アルカナムはリヴァイの方へ顔を向けると彼に声を掛けた

「えっと……私は、なにをすれば……?」
「今日は何もしなくて良い」
「そう、ですか」

今日はお客様扱い、という事だろうか
まだ気持ちも落ち着いていないからそうしてくれるのは嬉しかった
でも何もしないと言うのも、時間を持て余してしまうもので
この旧本部を見て回っても良いだろうか
そう思っているとリヴァイが側を離れて戸口に立った

「中を案内する。来い」
「っ、はい」

やったと思い、彼の後に続いて廊下に出る
思えばこの建物はリヴァイの部屋しか知らなくて――と思っていると彼が廊下の先へと目を向けた

「班員は皆この階を使っている。今、開いた扉はオルオとウィンクルムの部屋だ」

視線の先で開いた扉
そこから兵長が言う通り、オルオに続いてウィンクルムが出て来た
こちらに気付くとぺこりと頭を下げて奥の方へと歩いて行く
あの先には何が――と思っているとリヴァイがこちらに顔を向けた

「ウィンクルムの荷物を移動させるようだな」
「あっ……そうですよね。うふふ」
「……」
「お二人は本当に仲が良いですよね。本部の方に来ている時はいつも手を繋いでいて……リヴァイと私があの二人みたいに歩いていたら、どんな目で見られるでしょうか」
「さぁな。向こうに行く機会は嫌というほどある。その時に、試してみるか」
「……」
「赤くなるな。下へ行くぞ」
「あ、はい……」

言ってみただけなのだが、それを実践へ移すつもりのようだ
握る手を間違わなければ良いけれど――
アルカナムはそう思いながら階段を下りるリヴァイの後へとついて行った


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


旧本部の中があんなに広いとは思わなかった
厨房とか、談話室とか、立体機動装置の整備に必要な備品が置かれている部屋とか
その他、地下の備蓄庫にされている懲罰室まで
どこもかしこも掃除が行き届いていた
どうやら、兵長の班に所属すると掃除の腕前も磨かなければならないらしい
そう思いながら石鹸を泡立てていると微かな音を立てて浴室の扉が開かれた
顔を向けるとウィンクルムが入って来て、自分の左隣に歩み寄る
自分よりも少し背の高い彼女はすらりとした素晴らしいプロポーションをしていた
同性ながらも見入ってしまい、慌てて視線を少し落とすとウィンクルムが膝を折りながらこちらへと声を掛けてくる

「お疲れさま」
「っ、はい、お疲れさまです、ウィンクルムさん」

とはいえ、自分は何もしていないから疲れてはいないのだが
朝、昼、晩と食事を作ってくれた彼女は疲れているだろうけれど
ふわふわのパンだったり、外側はパリッと、中はもっちりのパンだったり
スープだって色々と味が違っていて全てが美味しいものばかりだった
ウィンクルムは料理が得意なのだろうなとそんな事を考えながら首筋を擦り、ふと目に入ったのは彼女の右腕
白く、細い前腕の部分に傷跡があった
古いものではなく、かと言って真新しいものでもない
いつ受傷したのか――と思っていると彼女の手がその部分に触れた

「この傷?」
「あっ、すみません……」
「ううん。これはね、初陣の時の」
「初陣……」

という事は、比較的最近か
まだ痛々しい傷跡だが徐々に薄れていくだろう
完全に消える事はないかも知れないけれど
兵士とはいえ女性の体にこんな傷がと思っているとウィンクルムがその部分を摩って口を開いた

「友達が乗った馬車が奇行種に狙われて。それで、私が討伐したの」
「っ……一人で?」
「うん。本部に戻ったのが二日後だったかな。逸れていた馬を集めてたら時間が掛かっちゃって」
「壁外に二日……」
「そう。遠目に巨人はいたけど、通常種ばかりだったから。騎乗してたら逃げきれたの」
「へ、へぇ……」
「壁が見えて、やっと帰って来れたと思って。団長と兵長の顔を、見て……そのまま気を失っちゃった」
「……」
「縫合する痛みで目が覚めるし、お二人に怒られるし……始末書まで書かされるし……」

その時の事を思い出したのか、ウィンクルムが溜息を漏らす
纏めた煤色の髪の先が揺らめくのを見ながらアルカナムは少しだけ首を傾げた
初陣の新兵が何故始末書を
と思ったのだが、彼女は卒業前に特別作戦班に入っていた筈
という事は、リヴァイの命令に反した、という理由か

「リ……兵長、の命令に逆らったんですか?」

リヴァイ、と言いかけて恥ずかしく、兵長と言い直す
するとウィンクルムがこくりと頷いた

「……うん。生き残ることを優先しろって、言われて……たのにねぇ」

友達が危なかったからつい、と言って笑う彼女
厳しい訓練を乗り越えた仲間、友人の為に命を落とす覚悟で立ち向かったのか
エルヴィン団長の推薦を受けて、リヴァイのスカウトを受ける程の優等生だったウィンクルム
将来的に主力の一人となるであろう彼女にそんな過去があったとは
でも新兵が、一人で奇行種を討伐するなんて

「奇行種を討伐するなんて凄いですね」
「ん……自慢できる事じゃないよ。立体機動装置で殴ったりしたから」
「え?殴った……?」
「途中でガス欠になって。奇行種が三体だったからこっちも必死で……あまり覚えてないけど」
「三体……!?」

一体だけでも連携をと言われている奇行種の討伐
それを一度に三体も
しかも初陣でだなんて
団長は彼女の素質を見抜いていたのだろう
やっぱりすごい先輩だと思っているとウィンクルムが頬に触れる髪を耳へと掛けた

「動きが安定しないから狙いが定まらないし……とにかく項を削ぐことだけ考えてたかな」
「あ、あの……それを、団長と兵長にも話してしまったんですか……?」
「うん」
「それは、怒られますよ……」
「誤魔化せば良かったって、後で気付いたの」
「ウィンクルムさんって、無茶をする人なんですね……」
「……だから、調査兵団に入ったのかも知れない」
「?」
「ふふっ。調査兵団は変わった人ばかりだから。エルヴィン団長なんて変人って言われてるし」
「……」

そう言われて、訓練兵を恋人にして隣室に住まわせているという彼の話が脳裏を過る
思えば自分が彼を見掛ける時にはいつも綺麗な人が隣にいた
そして、二人の手は繋がれていたような気がする
それだけでも変人だと思われているのでは
三十路を超えた大人が、十代半ばの少女に――いや、それは兵長も同じなのだけど
トップがアレだから、変わった人が集まるのだろうか
そんな事を考えているとウィンクルムが笑って自身の体にお湯を掛けた

「なんてね、本当は両親の敵討ち。私の親、二人とも調査兵団だったから。任務中に死んでしまったけど」
「っ……そう、だったんですか」
「うん。先に母が……それから父がね。でも、兵士になって良かった」
「良かった、ですか?」

命を落としかけて、それでも兵団に所属して良かったなんて
不思議に思っていると彼女が片手を口元に沿えた

「オルオに、出会えたから」

頬を赤らめて恥ずかしそうにそう呟くウィンクルム
それを聞いてアルカナムは何故だか自分の顔まで赤くなるのが分かった
でも、確かに彼に会うには兵団に入るしかないだろう
町で見かける事があるかも知れないが、話す切欠なんて無いに等しいだろうし

「……そうですね。私も訓練兵団に入って良かった。兵長に出会えました」

こちらの言葉にウィンクルムが顔を向け、それからにこ、と綺麗な笑みを浮かべる
頬の横に流れる髪を耳に掛けようとして視線を落とすと驚いたように軽く目が見開かれた

「?……っ!あ、これは、ああああ、あの、その……!」

彼女が見ている場所へと視線を落として目に入ったのは、リヴァイが残した跡
あれから数日が過ぎて、消えたと思ったのにまだ残っていたのか
慌てて手で隠すが、ウィンクルムはそんな自分を見て困ったように眉を寄せた

「男の人って、跡付けるのが好きなのかなぁ……」
「ど、どうなんでしょうねぇ」
「オルオも、結構……だから、スカーフが外せなくて」

その言葉で彼女の制服姿を思い返す
ジャケットの中に着ているのは清潔感のある白いシャツで、首にスカーフを巻いていた
リヴァイやオルオと同じ結び方で、いつも端を前に垂らして――
ちら、と彼女の首を見れば確かに幾つか跡が見える
その他にもよく見れば胸とか、腹部とか太腿まで
これは想像してしまう――と思っているとウィンクルムの目がこちらを見た

「……まぁ、お互いに気にしないように、ね」
「!、そうですね、気にしないようにっ」

彼女がそう言うのを聞いて同意する
互いに恋人がいて、関係をもてばこのような跡の一つや二つあっても恥じる必要はないだろう
アルカナムはそう思い、石鹸を無駄にもっこもこに泡立てて体を洗った

2022.10.16 up