オルオ・ボザド1 01
夕日が空を赤く染め、足元に色濃く影を落している
今日、調査兵団は壁外へと出ていたらしい
大人たちは無駄だと言うが子どもから見れば彼らは憧れの的だった
自分の父も巨人を相手に戦ったのだろうか
怪我をしていなければ良いけれど、と思いながら少女は頬を撫でる髪を肩へと撫でつけた
母が亡くなってから三年、慣れない家事も上達したように感じる
今日は父の好物でもあり母の得意料理だったスープを作ってみたが喜んでくれるだろうか
普段から離れて暮らす父だが、今日は家に帰って来るだろう
調査任務から戻った日にはいつも無事な姿を見せに来てくれるのだから
開けたままの玄関扉から弱火に掛けたスープ鍋の様子をちらちらと見ながら家の壁に寄り掛かって帰りを待っていた
路地を吹き抜ける風にスカートが揺れ、ふと目についた裾の ほつれ ・・・
身を屈めてその部分を摘まむと裏側を見てみる
この程度ならば自分でも繕えるだろうか
あとでやってみようと考えたところで自分の上に影が下りた
スカートから指先を離し、同時に顔を上げて見えたのは夕日にきらきらと金髪を輝かせた男性
その服装を見て静かに姿勢を正すと彼がゆっくりと右手をこちらへ差し出してきた
手の平を上に向け、開かれた指の隙間に見えたのは自由の翼
ジャケットから剥ぎ取られたであろうそれには赤黒い血の跡が色濃く残っていた
それと共にあるのは両親が指に嵌めていた揃いのリング
二人とも薬指に嵌めていたのだが、母亡き後は父が形見として小指に通していた
それらが自分のもとに戻ってきた、ということは――

「君の両親は立派な兵士だった」

無言でいた男性の言葉に口元をきゅっと引き締め、ゆっくりと頷くと両手でそれらを受け取った
もう、父に会うことは叶わないのだろう
これだけが戻ってきた、ということは遺体が見るに堪えない状態になったのだと分かった
母の時もそうだったのだから聞かなくても分かっている
温もりを求めるようにして握ると滲む視界を瞬きで誤魔化してから顔を上げた
綺麗な青い瞳と視線を合わせると声が震えないように力を込めて口を開く

「私も兵士になれますか」
「……ああ。十二歳で訓練兵になれる。その後、憲兵になるか駐屯兵になるか……それは君次第だ」
「調査兵団です」

彼の口から出なかった兵団を口にすると男性がほんの少しだけ目を見開いた
驚かせたのだろうと思いながらも少女は言葉を続ける

「私は調査兵団に入ります」

彼の胸にあるのは自由の翼
両親と同じそれを目指すことを誓う自分に男性は目を閉じてからゆっくりと開いた
右手でそっとこちらの頭に触れると髪の流れに沿うように一度だけ撫でられる

「待っている」

その言葉に頷くと男性が背を向けて歩き去って行った
路地から消える背中を見送り、手の中にある遺品へと視線を落とす

「……お帰りなさい、お父さん」

少女はそう呟くと藍色に侵食されていく空を見上げて目尻を濡らす涙を拭った


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


十二歳で訓練兵になり、厳しい訓練を受ける日々
対人訓練でボロボロになったり立体機動装置の訓練で腰を痛めたり
そんな毎日だが辞めようとは思わず自分を鍛え続けていた
週に一度の休みの日は思い思いに時間を過ごせるが特に用事もなく、自主訓練をしようと制服を身に着けて部屋を出る
同じ104期生の人たちと挨拶を交わして訓練場の方へと歩き出した
途中にある広場には多くの人がいて、休日を過ごす人や仕事中の人たちで賑わっている
先輩の邪魔にならないように端の方を歩いているとふと周囲がざわめくのが分かった
皆の注目が集まる方向へと視線を向けて見えたのは四人の男性と一人の女性
ジャケットの紋章は自由の翼だった
ということは、自分が目指す調査兵団の人、ということになる
何故周囲が彼らに注目しているのか――と思ったところで側を歩いて行く二人の男性がぽつりと名前を口にした

「リヴァイ兵長だ」
「珍しいな、こっちのほうに来るなんて」
「そろそろ訓練兵が正式に所属を決める時期だからな……それで来たんじゃないか?」
「兵長直々にスカウトっていう可能性も……ありえないか」

そんな言葉を交わしながら立ち去る駐屯兵所属の二人
少女は足を止めてそれを見送ると改めて五人の方へ顔を向けた

(リヴァイ兵長……って、どの人だろう?)

名前からして男性だろうからあの四人の内の誰か、なのだろう
そして先頭を歩いているから小柄なあの人だと予想した
勝手に想像していた姿とは全く違うが彼が噂に聞いた人類最強の名を冠する人、なのか
それぞれの顔を眺めていると、視線の先の男性がこちらに目を向けた

「っ……!」

視線が交わったのは一瞬だったがドキッと鼓動が跳ね上がる
咄嗟に視線を別の方へ向けて視界の端で彼らが立ち去るのを待った
片手を胸に触れて深く息をはいて
そんなことをしている間に彼らの姿は人混みの中へと消えていった
鼓動が落ち着くのを待ってから顔を上げて彼らが歩き去った方を見る
こちらへ来るのが珍しい、ということは訓練兵の自分たちがその姿を見られる頻度も低いということか
調査兵団に入れば言葉を交わすことはなくても、姿を見ることは出来るだろうけれど
そう思い、腰に下がる立体機動装置を軽く摩ると訓練場へと続く扉へと向かう
今日は体が右側に傾く癖の改善を目標にしよう
仲良くしてくれているミカサに指摘されなければ気付けなかったが、思い返せば確かに傾いていた
あれでは刃の構えも崩れてしまう
少女はそう思いながら扉を開くと森林の広がる訓練施設へと足を踏み入れた




自分の他にもちらほらと訓練生の姿が見える
その動きを見て、予測してぶつからないようにランダムに配置されている巨人の模型に刃を向けた
いつも思うのだが、これは誰が設置しているのだろうか
まさかキース教官が一人で担いで運んでいるのか
もしそうならば大変だろうから手伝った方が良いかもしれない
想像すると可笑しいが、それでもこの模型が独りでにここへ移動して立っているわけがないだろうし――
訓練中だというのに別のことに意識を向けてしまったのが悪かったのだろうか
それとも無意識にバランスを崩してしまったのか、アンカーに無理な負荷が掛かり撃ち込んだ木から外れてしまった

「あ――」

運悪く地上からの高さは十メートルほど
受け身をとっても怪我は免れないだろう
自主訓練で怪我をするなんて訓練兵にとっては日常茶飯事だった
でも怪我をするとキース教官に散々に罵られ、更に過酷な訓練を強いられてしまう
それは避けたいと再度アンカーを打ち込もうにももう高さが足りず――というところで視界の端から人影が飛び出してきた
体の右側にぶつかるような衝撃を受け、同時に腰を圧迫される
視線を彷徨わせ、間近にある顔に驚いて固まると彼が視線をこちらに向けた

「クソガキが。注意不足だ」
「は、はい、申し訳ありません」

どうやら無様に地面に落ちそうになった自分を助けてくれたらしい
腰に感じる圧迫感は彼の腕が回されているからだった
先ほど見かけた険のある目に引き結ぶ口元
風に柔らかく揺れる髪が光を弾いてとても綺麗で
見つめていたいが恥ずかしく感じて視線を周囲に彷徨わせる
どこかへアンカーを撃って体勢を整えようにも、彼の体に密着する右腕が動かせなかった
下手に動いてはこの人もバランスを崩してしまうだろうし
瞬く間に移り行く周囲の木々を見ながらそう考えているとザザッと音がして着地したのが分かった
それに数秒遅れて自分のつま先も地面に触れる
腰を抱いていた腕が離され、同時に体も離れると一歩後ろへと引いて頭を下げた

「ありがとうございました」
「……今の失敗の原因は分かるか」
「はい……角度を変えるのが早過ぎたのと、バランスが不安定だったせい、です」
「分かってるんなら良い。今のままじゃ巨人相手には戦えねぇ。その右に傾く癖を直すのも良いが――ぐっ」

言葉が途中で途切れ、彼の首元のスカーフを見つめていた視界に赤いものが散る
驚いて顔を上げると何故か口元から血が流れていて――

「えっ、あ、大丈夫ですか?」

驚き、慌てながらもポケットに手を入れてハンカチを引っ張り出す
彼の肌を濡らす血を拭き、吐血するような重大な病気を持っているのかと心配する
でも顔色は良く、体調が悪いようには――と思ったが、どうやら舌を噛んだらしいと分かった
しかも、思いっきり
痛かっただろうと思っていると彼がこちらの手からハンカチを取り、口元を拭った

「……借りるぞ」
「はい、どうぞ。あの――」
「右に力が入り過ぎだ」
「え?」
「左右に均一に力が入ってねぇから傾くんだ」

言い終えるなり背を向けて歩き出す彼

「ご助言、ありがとうございます」

そう声を掛けると振り向きかけたが、そのまま前に向き直って行ってしまった
木々の合間に消えるその姿を見送っていると風を切る音と共に隣に人が下りてくる


「……あ、ミカサ」
「何かあった?」
「ちょっと、落ちちゃって」
「怪我は?」
「大丈夫。助けてもらったから」
「そうか。は立体機動は上手い。でも、やっぱりバランスは不安定だ。あれでは落ちる」
「無意識だから難しくて。刃を構えるとどうしても右に傾くみたい」
「左右のバランスと腰の向き。こう構えたら、腰はこっち」

彼女が刃を構え、手本を見せてくれた
それを見て自分も同じように両手を構えて――すると確かに腰の向きがミカサとは違うのが分かる

「こう、で合ってる?」
「そう。今までの動きが身に付いているから意識しないと難しい」
「そうだね。練習しないと……」
「今日はもう休もう。ガスも切れそうだし……」
「?」
「エレンとアルミンがぶつかって絡まってしまった」
「えっ」
「宙づりになっている。一人では動かせない。下ろすのを手伝って欲しい」
「先に言ってよ。二人はどこ?」
「こっち」

パシュッとアンカーを撃つミカサを追い、自分も森の奥へと向かって飛ぶ
ミカサは普段からエレンのことばかり気遣っているが、自分にも親切にしてくれていた
良い友人だと心から感謝しているが、今回ばかりはエレンに申し訳ない
怪我がひどくなければ良いのだけど
はそう思いながら次の支点へとアンカーを撃ちこんだ