オルオ・ボザド1 02
。出頭命令だ」
「ぐっ……」

突然掛けられた言葉に今まさに飲み込もうとしていたものが喉に詰まる
水も詰まることがあるのかと驚きながら、何とか飲み下すと短く息をはいて背後を振り返った
そこに立っているのは見たことのない人だが調査兵団の人だということは分かる
内心首を傾げ、こちらに注目する同期の視線を受けながらカップをテーブルに置いた

「出頭命令……?」
「エルヴィン団長が話があるそうだ」
「エルヴィン、団長……?」
「至急向かうように」
「はい」

名前を聞いたことはあるが会ったことも見たこともない調査兵団の団長
どこに行けば良いのかというのが顔に出たのか、呼びに来た人が丁寧に教えてくれた
どうやら左右に調査兵団の旗が飾られた扉に入れば良いらしい
前々から、偉い人が使ってるんだろうなと思っていたあの建物に団長の部屋があったのか
緊張するし、行きたくないなという思いが隣に座るミカサに通じたようで、つんと肘で腕を突かれてしまった
彼女に苦笑いを見せて席を立つと小走りに食堂を出る
せっかくの昼食の時間を取り上げるだなんて
半分も食べていないのに酷いと思いながら大通りを抜けて正面の建物へと視線を向けた
扉の左右に緩やかな風を受けて揺れる調査兵団の紋章の旗
はその扉の前に立つと一度溜息をついてから大きく息を吸った
右手を軽く握ると人差し指と中指の関節で扉を三回叩く
中から「入れ」と短く応える声を聞きとると覚悟を決めてドアノブを握った
出来る限り静かに引き開けると室内へと足を踏み入れる
床へ向けた視線をすっと上げたのと同時に逃げ出したくなった
正面の机に寄り掛かるようにして立っているのが恐らくはエルヴィン団長なのだろう
彼に呼び出されたのだから本人が居るのは当然のことだった
でも問題は、その手前――エルヴィンと自分の間に居る人たちで――

(なんで兵長まで……)

以前見かけた四人の男女も一緒に居て、一層肩身が狭くなる
なにかをやらかした覚えはないけれどサシャが盗んできた肉をひと切れ貰ったのがバレたのだろうか
でもそれならばエレンにミカサ、アルミンにベルトルトとライナーも食べたのに
そう思いながら手足を動かして扉を閉め、正面を向いて背筋を伸ばすと両手を背中側に組んだ

です」
「急に呼び出してすまない」
「いいえ」

団長の言葉に対し声をひっくり返さずに返事が出来た自分を褒めたい
そう思っていると彼が手元の書類へ視線を向けた

。立体機動術、対人訓練。座学も優秀だな」
「……いえ、自分は……憲兵になれない程度の成績で……」

もっと言葉を選んで返事をすべきだっただろうか
優秀と言われても、自分は上位十名には入っていなのに
その書類は改竄されているのではないだろうか
少し視線を落としてエルヴィンの手元を見ていると彼が書類を机の上に置いた

「キースから聞いている。……君はいつも手を抜いていると」
「っ……」
「彼の目は誤魔化せないぞ。なぜ手を抜いている。なにか理由があるのか?」
「そ、れは……」

やはり何百人もの訓練兵を見てきた教官の目は誤魔化せなかったか
六人の視線を一身に浴び――しかも内二人は非常に目つきが悪い――言葉が思うように出て来ない
でも応えなければと思いはぐっと両手を握った

「私が抜ければ、誰かが十位内に入り……憲兵になれるからです」
「君は憲兵にはならないと?」
「私の希望は調査兵団です」
「……変わらないな」

エルヴィンがほんの少しだけ口元を緩めてそう呟くと話を聞いていたリヴァイの方へ顔を向ける
互いに頷き合い、なんか嫌な予感が――と思っていると彼が体ごとこちらへと振り向いた

「ガキ。てめぇには俺の班に入ってもらう」
「?」
「エルヴィンの推薦だ。少し前に新兵どもの様子を見に来たが全員がお前を選んだ。俺もな」

少し前、ということは自分が落ちそうになったあの日だろうか
すれ違った人がスカウトがどうのと言っていたが、本当に適性のある人を探していたらしい
でも初歩的なミスで落ちるという無様な姿を彼は見ているのに――
そう思い、ちらりと件の男性の方を見ると彼は不自然に視線を逸らしてしまった
舌を噛んだのを見られて恥ずかしいのだろうか
恥ずかしいのはお互いさまかと思い、リヴァイへと目を戻した

「拒否権はない。立体機動装置の装備と馬を五分で用意しろ。急ぎの仕事がある」
「はい」

訓練兵相手になんて非情な言葉だろう
でも反論なんて出来るわけがなく、くるりと身を翻した
扉を開けて外に出ると静かに扉を閉めて走り出す
自室に行って立体機動装置を身に着けて、厩へ行って騎乗準備
それを五分でしろだなんて
寄り道は出来ないと思ったが、思い直して食堂へと駆けこんだ
皆、まだ食事を続けていたようで驚いた顔でこちらに注目する
その中からサシャの顔を見つけると自分の席に放置されているトレイを持って彼女へと駆け寄った

「サシャ、これ食べて」
「えっ!、良いんですか!?」
「うん、私急いで行かないと……皆、生きてたらまた会おうね!」

驚きや戸惑い、様々な反応を見ながら再び走り、兵舎へと駆けこんだ
二階に上がり、自室に飛び込むと机に置いてある装備を急いで身に着ける
初めて触れた時、手順が分からずに苦労したが今では勝手に手が動いて歪みなく腰に固定することができた
その他の私物には目もくれず、そのまま部屋を出ると追いかけて来たらしいミカサが待ち構えていて隣に並ぶ
同じ速度で走りながら彼女がこちらに顔を向けた

、何があったの」
「あの……団長が、私を推薦して……」
「推薦?」
「リヴァイ兵長の班に、入るようにって、よく分からないんだけど」
「訓練兵なのに」
「拒否権、ないって……ひい、五分で、支度しないと……ふうふう……だから、行くね」

息切れの合間にそんな言葉を交わし、厩へと駆けこむと察したミカサが馬具の取り付けを手伝ってくれる
感謝して馬の背に跨るとふうと息をはいて彼女へ顔を向けた

「ぜえぜえ……ありがとう、ミカサ」
「納得はしないけど、また会おう。死なないで」
「うん、またね」

言い終えて馬に脚で合図を送ると手綱を操って来た道を引き返す
前方を行き来する人たちが慌てて避けてくれるのを申し訳なく思いながら大通りを駆け抜けた
団長の居室のある建物の前には繋がれた馬が五頭休んでいる
その周囲に人影はなく、どうやら時間に間に合ったようだとほっとした
軽く手綱を引いて速度を緩めるとふうと息をはいて呼吸を整える
ついでに乱れた髪を指先で弄っていると扉が開くのが見えた
さっと手を下ろすと出て来た人物がこちらを見て僅かに目を細める

「まずは合格だ。移動する。ついて来い」

リヴァイがそう言い、さっさと馬に乗ると行き先も告げずに馬を走らせた
遅れないようにその後に続くと、唯一の女性の班員が隣に並ぶ

「いきなりで驚いたでしょう。私、ペトラ。ペトラ・ラル。宜しくね」
「よろしくお願いします……」
「俺はエルド・ジン」
「グンタ・シュルツだ」
「……」
「ちょっと、オルオ。自己紹介くらいしなさいよ。いつも余計なことまで喋るくせに静かじゃないの」
「うるせぇ。……オルオ・ボザドだ」

ちらっとこちらを見て名乗ってくれたオルオ

(オルオ、さん……)

その名前を心の中で呟くととたんに鼓動が落ち着かなくなった
助けてもらったあの日と同じく、ぽっと胸の奥が熱くなる
どうやら自分は彼のことになるとどこかがおかしくなるようだ
ドキドキする鼓動と、そわそわと落ち着かなくなる気持ち
不思議だと思いながら深く息をはき、平静を装って先頭のリヴァイへと目を向けた
これから何処へ行って何をするのだろう
何も聞いていないが上官の命令には従わなければならなかった
それが、どんなに無茶なものであっても――兵士なのだから

(……訓練兵、だけどね……)

馬が地面を蹴る度に心の中に不安が降り積もっていく
それを紛らわすようにしては流れる景色へと目を向けた
視界の端に、オルオの姿を見ながら――


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


なんで、こんなことになっているのだろうか
はそう思いながら机の上に立ち、背伸びをして棚の上に降り積もった埃を払い落としている
あんなに不安を抱いて彼らについて来たのに命じられたのは掃除だった
ずっと前に建てられて長い間放置されていた調査兵団の旧本部
そのお城のような外観の建物の掃除を命じられて三角巾にマスクという格好で雑巾を手に埃と戦っている
塵一つ残さないように端から端まで埃を落とし、髪の毛一本も残さず、黴の痕跡も見逃さずに
ペトラがこっそりと教えてくれたが、そこまでしなければリヴァイはやり直しをさせるらしい
潔癖症という言葉を脳裏に思い描きながら床に這い蹲って雑巾で床の石の継ぎ目を磨く
何度も水で汚れを落とし、継ぎ目に沿って雑巾越しに爪を立てて磨き、漸く終わったと息をはいたところで開けたままだった戸口に人の気配を感じた
顔を向けると自分と同じく三角巾にマスク姿の兵長が立っている
室内を見回すと床に膝をついている自分を見下ろした

「なかなかやるな。この部屋はもういい。休憩にする、紅茶を淹れろ」
「はい」

どうやら自分は及第点を貰うことが出来たらしい
隅から隅まで、徹底的に全てを磨けと助言してくれたエルドに感謝しながら立ち上がり、バケツに雑巾を入れる
それを手に部屋を出るとまずは外へと出て汚水を捨てた
井戸水をくみ上げて雑巾を洗い、バケツを洗って手も洗って
水気を払い、マスクと三角巾を外すとほっと息をついた
はらりと頬に髪が触れて結んでいた髪が零れ落ちたのが分かる
仕方なく髪留めを外すと髪を解いて手櫛を通した
普段は立体起動の際に事故に繋がらないようにと纏めている髪
下ろした状態だと長さは腰に届く程あった
絡まっている部分に指が止まり、それを解いていると背後でじゃりっと砂を踏む音が聞こえる
解けた髪を指で梳きながら振り返ると、オルオが立っていて胸の奥がぽっと温かくなった

「オルオさん……」
「……髪、長いんだな」
「はい。邪魔だって分かっているのですが……」

でも切るのもなんとなく嫌で
そう思い、もう一度纏めようとしていると彼が側に来て片手を差し出された
その手にあるのはこの前自分が渡したハンカチで――

「洗っておいた」
「そんな……ありがとうございます」

そのまま渡してくれても良かったのに
でも血塗れのハンカチを持ち歩くというのは彼も嫌だったのだろう
はそう思いながらハンカチを受け取ると彼の温もりを感じながらそれをポケットへと入れた
そのまま互いに無言でいるとオルオがコホンと咳払いをする

「ガキ、兵長に命令されてるだろ」
「あ、はい。紅茶を、淹れるようにと……」
「さっさと行けよ。上官の命令は絶対だ」
「はい」

確かにそうだと髪を纏めながら建物の中へと引き返した
お湯を沸かして、紅茶を入れて――
茶葉なんてこの場所にあるのだろうか
あったとしても湿気て黴ていたらどうしよう
はそんな不安を抱きながら元通りに髪型を整えると厨房へと向かって歩き出した