オルオ・ボザド1 03
「でね、あいつって絶対リヴァイ兵長の真似してるのよ」
「そうなんですか?」
「私とオルオは訓練兵になる前から知り合いなんだけど……前と喋り方が違うし」
「へえ」
「真似してるつもりで全然似てないし……あいつがあの喋り方するとぞぞーっとするのよ!前のも気に入らなかったけど!」
「ほお」
「スカーフだって兵長とお揃いだし」
「……ペトラさん」
「憧れてるのは分かるんだけど……ってなぁに?」

厨房で紅茶を入れる為の湯を沸かす自分の背後でオルオについて熱く語るペトラ
掃除をサボっているなと思いながらもそのことには触れずには彼女に声を掛けた
ペトラがホウキを杖代わりにしているのを見ながら言葉を続ける

「ペトラさんとオルオさんって」
「私とあいつ?」
「お付き合いされているのですか?」
「ぎゃああぁぁーー!なに?なんで?どうしてそう思うのよ!冗談でもやめて!寒気がする……私とあいつはただの知り合い!ただ同じ班なだけ!」
「……そうですか」

頭を掻きむしり、悶絶する様を見て、悪いことを言ってしまったと反省した
でもそんなに苦しまなくても良いのに
そう思っているとペトラが大きく息をはいて乱れた髪を整えた

「はあぁ~……びっくりした。あなたって突拍子も無いこと言うわね……」
「仲が良さそうだったので」
「どうしたらそう見えるのよ」
「アルミンが」
「アルミン?」
「同期生の友人です。彼が「喧嘩するほど仲が良い」って」
「大半は当てはまらないと思うわ」
「そうですか」

言いながらリヴァイ班の人が持ち込んできていた紅茶の缶を開ける
ふわりと広がるのはアールグレイの香りだった
良い香りだと思いながら茶器に葉を移し、きっちりと蓋を戻す
それを棚に置いて、もう少しでお湯が沸くかなと待っているとペトラが自分の隣に立った

「ねぇ、
「はい?」
「今までのあなたの反応を見ると……」
「反応?」
「ま、まさかとは、思うけど……」

顔色を悪くしている彼女
まるで幽霊かなにかを見たかのような表情をされてはさすがに心配になり、静かにそっと名を呼んでみた

「……ペトラさん?顔色が……」
「天地がひっくり返り、リヴァイ兵長が大笑いし、エルヴィン団長が満面の笑みを浮かべるくらいあり得ないとは思うけど」

団長と兵長の扱いが酷くないだろうか
ちらりと脳裏にそんなことを過らせている間にも彼女の言葉は続けられる

「オルオのこと、好きなの?」
「……えっ」

ペトラの言葉に、咄嗟に否定しようとした言葉は出なかった
喉が動きを止め、同時に頬が熱くなり動悸が激しくなる
脈打つ心臓の音が耳から離れた場所だというのにドクドクと煩かった
無意識に両手を口元に寄せて視線を落とすと彼女の手がこちらの両肩を掴む
そして前後にがっくんがっくんと押したり引いたりされて視界が酷くぶれた

「め、目を、目を覚ましなさい、!」
「っ、起きて、いますが……?」
「あなたは!こんなに!美人なのに!なんでアイツ!?知っているの?自分がなんて呼ばれているか!」
「?」
「104期の天使!立体機動の女神!訓練兵団の奇跡!お姫様人形!」
「……それはクリスタのことでは……」

とても愛らしい顔立ちの小柄で心の優しい女の子の姿を思い返しているとペトラがぶんぶんと首を振った
前後に揺れる動きにぐるりと回転まで付け足され、意志とは無関係に壁や天井が視界を回る

「あなたなら男は選り取り見取り!選び放題なのに!どうしてよりによってオルオなの!?」
「う、うぇ、ペトラさん、酔う……!」
「いくらアイツが私たちの中で討伐数がダントツ一位でも!駄目よ、止めておきなさい!」
「うぷっ……嫌ですっ」

首が変な音を立てるのを聞き、ぐるぐる回る目に本当に吐くと思いながらもなんとかそう言うと彼女の動きがぴたりと止まる
肩から手が離されるとはその場にしゃがみ込んで目を閉じた
ぐらりぐらりと揺れる頭に襲い来る吐き気、首の痛み
なんでこんな目に合っているのかと自分の不運を嘆いていると、ペトラの手がそっと頭を撫でた

「本気なのね……あの男のどこが良いのかさっぱり分からないけど。……あなた、言いたくないけど男の趣味最悪よ」
「……」
「はあ……分かったわ、応援する。だから、泣かないで。私は味方よ」

泣いているんじゃなくて吐き気を堪えているだけなのに
でも口を開ける状態ではなく、こくりと一度だけ頷いてそれを返事とした
最後に何かあったら呼んでねという言葉を残して掃除に戻る彼女
ふうふうと深く呼吸をしてなんとか胸のムカつきを封じ込めるとよろめきながら立ち上がる
まだ眩暈はするが、早く紅茶を淹れなくては
丁度お湯も沸いたのを見てはやかんの持ち手に手を触れた




トレイの上には五人分の紅茶のカップ
それにポットを乗せてリヴァイが待つ場所へと向かった
中の掃除がまだ途中だからと外に出ている彼
玄関から出て周囲を見回し、日陰にいる皆を見つけるとそちらへと近付いた
樽の上にトレイを置くとポットからカップに紅茶を注ぐ
ソーサーを持ち、静かに持ち上げるが手が震えてカタカタと音を鳴らした
もう一方の手を添えて押さえようとするが、両手が震えていては意味を為さない
仕方なくその状態のままでリヴァイに歩み寄り、柵に腰かけている彼へとカップを差し出した

「兵長、お待たせしました」
「ああ。……なにを震えていやがる」
「……雑巾掛けに力が入りまして……」

巨人との戦いのため、鍛えてはいるのだが普段は使わない筋肉が悲鳴を上げている
情けないと思いながら先輩たちにも紅茶を配った
オルオに手渡す時に指先が僅かに触れて熱の引いた頬が再び熱くなる
動揺を押し殺しながら後ろに引くと井戸の方へと逃げるようにして立ち去った
幾つかの視線を感じながらカラカラと桶を引き上げると水をバケツに移してマスクに使っていた布を浸す
埃で薄汚れたそれを熱心に洗っているとカツカツと足音が聞こえ、視界の端にブーツを履いた足が見えた
オルオではないと分かり、ほっとしながらゆっくりと顔を上げる
するとグンタが紅茶を片手に持ち、それに口をつけてから声を掛けてきた

。お前も休め」
「大丈夫です。疲れてはいませんし……」
「それでもだ。無理をすると握力が落ちるぞ」
「そう、なんですけど。その……」
「ん?」
「すみません、緊張して……」

ここにいる全員が調査兵団で、訓練兵は自分だけ
しかもほぼ初対面の人たちと一緒に休憩だなんて
人懐っこい性格ならまだしも自分には無理だと思っているとグンタが困ったように笑った

「そうか、そうだよな。緊張しなくていい、と言っても無理か」
「はい……」

こんな精鋭揃いのなかにどうして訓練兵の自分が居るのだろう
まあ、この大きな旧本部をくまなく掃除するため、なのだろうけれど
中も外も、綺麗にするのにどれだけの日数が掛かるのか
終わったら同期たちのところに戻れるのかなと思っていると自分を呼ぶ声が聞こえて顔を向けた

、こっち来て。ほら、あなたの紅茶」

ペトラの手には一つのティーカップが持たれている
彼らの分だけカップを用意してきたのだが、彼女が厨房から取ってきてくれたようだ
そこまでされては断る訳にも行かず、手を洗って立ち上がる
グンタと共に皆の所へ引き返し、紅茶を受け取った

「さ、そこに腰かけて。飲み終わったらまた掃除よ」
「はい……っ」

そこ、と言葉と同時にご丁寧に指し示されたのはオルオの隣
思わずペトラの顔を見るが彼女は悪意のない、むしろ善意全開の笑顔だった
ここで他の場所に座るのはおかしいだろうと思い、そっとその場所に腰を下ろす
オルオはちらりとこちらを見るが、何も言わずに紅茶を飲み進めていた
自分も紅茶に口を点けるとペトラが満足そうに笑って先ほど座っていた場所に戻る
鳥の囀りを聞きながら、ここに同期の皆がいたらさぞかし安らげるだろうと考えた
エレンとジャンの口喧嘩を聞きながら、止めようとするミカサとアルミンを眺める
ユミルとクリスタが話をしていて、ベルトルトとライナーが食糧庫から肉を盗んできたサシャに呆れた表情を浮かべて――
と、お昼過ぎまでの平和な日常を思い返していると、と名を呼ばれた
顔を上げてリヴァイの方を見ると彼が癖のある手つきでカップを持ったまま言葉を続ける

「お前、誰かに紅茶の淹れ方を習ったことがあるのか」
「はい、母に。何度も教えられました」
「そうか。良い親を持ったな。感謝することだ」

ほんの少し、釣り上がる眉を下げて口元を緩めるリヴァイ
彼も笑うことがあるのかと衝撃を受け、褒められたことが嬉しくなった
どうやら自分の淹れる紅茶は兵長の好みに合うらしい
掃除と同様に、紅茶にも煩い人なのだろうか
七歳までという短い間だったが家事を仕込んでくれた母に兵長が言う通り感謝をしながらちらりと隣のオルオを見る
何か話をしたいな、とは思うけれどなんの話題も見つからかった
それに、変に意識してしまって禄に顔も見られない
エレンやアルミンに接する時のように出来れば良いのに
そう思いながら紅茶を飲み、足元で雑草が揺れるのを眺めて時間を過ごす
やがて皆でポットとカップを空にしたところでリヴァイが立ち上がった

「続きをやるぞ。……だが、一人は夕食の支度だ」

その言葉に先輩たち四人がちらちらと視線を見合わせる
リヴァイの目がペトラに向けられ、口を開きかけたところでオルオが視界を遮るように彼の前に立った

「兵長、ペトラは駄目っス!残飯以下のものしか出てきませんよ」
「それは重大な問題だ」

オルオの口調はリヴァイ相手だと変わるようだ
上官に対しては今のような感じなのかなと思っていると、男性陣の目が今度は自分へと向けられる
はっと肩を揺らすとリヴァイが迫力のある顔で口を開いた

「ガキ。お前はどうだ」
「……普通程度で良いのでしたら……」
「十分だ。、お前は料理に取り掛かれ」
「はい」

まさか先輩たちの口に入る料理まで任されるとは
ペトラの方を見ると申し訳なさそうに両手を合わせていた
オルオの言葉に偽りはなく、彼女は料理が苦手らしい
仕方がなく使い終えたティーセットを持って旧本部の玄関を潜った
お茶を淹れる時に厨房に運び込まれていた箱の中に食材が入っているのを見たがあれを使えば良いのだろう
料理は得意な方だけれど、それを食べる人たちのことを考えると胃が痛くなってきた

(……掃除だけをしていたい……)

そんな叶わない願いを心の内で呟いて厨房へと入る
まずはパン生地を作って、それからスープを作って
先に材料を見て何が作れるかを考えなければ
はそう思いながらティーカップを水場へと入れた