オルオ・ボザド1 04
(もうっ!なんで、こんな……!あんな涼しい顔をして訓練兵をこんな場所に!)

もっちもちのパン生地にめり込む勢いで拳を叩きつける
ボスボスと殴り、叩きつけて自分をこの境遇に追いやったエルヴィン団長への怒りを発散した
リヴァイ班にいるのが嫌という訳ではない
先輩は優しいし、リヴァイ兵長も意外と話しやすい人だった
でも、同期が一人もいないという状況がどうにもこうにも耐えられない
まあ数日で慣れるのだろうけれど

(でも、でも、寂しいのー!団長の鬼!)

声に出さず心で陰口を叩き、大きく溜息をつくと肩の力を抜く
気が済んだところで十分にのされたパン生地を六等分にして成形した
それを鉄板に並べると竈の蓋を開けて火加減を見る
十分な熱量を感じると滑らせるようにして鉄板を中に入れた
その上で火にかけている鍋の中には干し肉が入っている
これを柔らかく戻して豆と人参を入れて
味の調整が完了する頃にはパンも焼けているだろう
あまり味が濃くない方が良いだろうかと思いながら人参の皮を剥いていると、コツコツと床に踵が触れる音が聞こえてきた
戸口の方へ顔を向けると少し間をおいてペトラが姿を表す

、ごめんね。私、料理ってどうも苦手で……」
「いいえ。私は上手ではないですが出来る方、だと思いますので」
「良いわねぇ……訓練兵の時って、雪山で訓練とかしたじゃない。その時、料理を作ったんだけど」
「はい」
「そのたびにオルオが森の中に駆けこんで。あいつ、吐いてたわね」
「そ、それは……」

どちらもお気の毒だ
一生懸命作ったペトラも、それを一旦は胃に収めながら吐いたオルオも
というか、彼女の同期は皆被害にあったのか
そう思いながら人参を切り、もう一つ用意していた鍋に入れる
熱が逃げないようにしてある竈の上蓋を外すとそこに鍋を置いた
水分が蒸発する音を聞きながらバターを一欠けら落とす
ヘラで焦げないように混ぜているとペトラが興味深そうに鍋を覗き込んだ

「ふぅん……料理ってこうするものなのね」
「え」
「私がやるとなんでか外は焦げて、中は生で。長く煮れば良いのかってやってみたらもう塩水飲んでるみたいな味になって」
「……煮詰めると、塩辛くなるんですよ」
、あなた物知りね」
「……」

料理の基本ではないだろうか
彼女には料理は任せないでおこう
リヴァイ兵長を始め、先輩たちの胃が危険にさらされてしまうから
胃痛と吐き気で出撃出来ないなんてことになったらエルヴィン団長がどんな顔をするか
あまり表情が変わらない印象があるからちょっと見てみたい気持ちもあるけれど

(いやいや、皆さんには少しでも美味しいものを……)

班員の方々に地獄を見せるわけにはいかない
そう思いながらお肉をお湯の中から取り出して切り分けた
それを人参の入る鍋に入れて、豆も入れて
軽く炒めてから水を入れて味付けをする
その隣でペトラが用意してある調味料の瓶を手に取って見つめていた

「これはコショウ?」
「はい。最後の香りづけに」
「ふぅん……そういえば、これ丸ごと入れた時にはオルオが怒って大変だった」
「……辛いんですよ」
「確かに辛かったわね、あの時のふかし芋」

それは大変だと思っているとカツッと足音が聞こえて振り返った
戸口に立つオルオがペトラの姿を見て足早にこちらへと近付いて来る

「ペトラ!料理の邪魔するな!」
「やあね、見てただけよ」
「いいからその手に持ってる物を戻せ!」

彼の言葉にペトラが渋々といった様子でコショウの瓶を戻す
そのまま追い出されるように厨房を後にするのを見送り、残ったオルオに顔を向けた

「ったく、アイツは……また吐くのはごめんだぜ」
「少し、お話を聞きました。……大変でしたね」
。お前はあんな女にはなるな。料理人のようにとはいわねえが、家庭料理程度の腕前を維持しろ」
「はい。あの、パンとスープ、で良いのでしょうか。他にもなにか……」
「それで良い。ペトラが来たら追い出せ……やつには料理に触れさせるな」
「はい」

ああ、今の自分はオルオと普通に言葉を交わせている
嬉しいと思っていると彼がふっと笑ってこちらに手を伸ばした
ペトラの死角になっていた右の頬に人差し指の背が触れる
何度か軽く擦るとすっと手を下ろすのと同時に口を開いた

「小麦粉」
「あ……ありがとうございます」

どうやらパン生地を捏ねた時に小麦粉が飛んだらしい
エルヴィン団長への言葉に出来ない想いを強かにぶつけていたから粉も盛大に舞ったのだろう
三角巾を着けているから髪は無事だろうけど、と思っているとオルオが「また後で」と言って厨房を出て行った
その姿を見送り、遅れてきた頬の熱を冷ますように手を触れる
笑みを隠せない口元を覆うと鍋へと向き直った

「……」

この料理が完成する頃にはこの赤くなった顔色が戻っていれば良いのだけれど
でも、オルオのことを考えるたびにこうなっていては難しいかもしれない
は無駄な努力だろうと思いながらも両手を頬に触れてマッサージをした


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


一人分ずつトレイに乗せて厨房の隣にある食堂へと運ぶ
この部屋はエルドとグンタが掃除したようで、室内は綺麗なものだった
磨かれた机に両手に持ったトレイを置き、三回往復したところで全員分が揃う
上座には当然ながらリヴァイが座り、角を挟んだ左隣にオルオが腰を下ろした
エルドとグンタはその向かいに並んで、自分は――と椅子を引こうとしたところサッとペトラにその席の背もたれを取られてしまう
そのまま腰でぐいぐいと押され、オルオの隣の席に座るように促されてしまった
無言の提案に仕方なくその席に腰を下ろす
こういう場合、新入りは末席だと決まっているだろうに
気まずいと思っているとリヴァイがトレイに視線を落とした

「さて、腕前はどうか……頂くぞ」
「っ……どうぞ」

もう緊張で死んでしまいそう
そう思いながら皆がパンを手に取ったり、スプーンを手にする様子を見守る
まずはパンを千切ったリヴァイが僅かに眉を寄せ、それを口に入れた
咀嚼して飲み込むとこちらへと顔を向ける


「ひゃいっ」

エルヴィン団長相手にもひっくり返らなかった声が、今になってひっくり返ってしまった
恥ずかしさに固まっているとリヴァイが厳しい表情を緩める

「なかなかの腕前だ」
「っ……ありがとうございます」

ごく普通の料理なのだが、気に入ってもらえたのなら良かった
まあ、パンの方は普段口にするものよりも柔らかく出来ているけれど
これも決して口外できない想いをぶつけたおかげだろう
エルヴィン団長のおかげで美味しく出来たと思っていると皆も美味しいと口々に褒めてくれた
嬉しく思いながらちらりと隣のオルオを見る
彼の口には合うだろうかとその横顔を見ているとオルオがこちらに目だけを向けた

。良い味付けだ……俺の女房になるには必要な手順があるが――」
「オルオ!訓練兵を揶揄わないで!」

自分を挟んだ隣から鋭く飛んだペトラの声に彼が僅かに目を細め、そして顔を背ける
今のは、遮ってくれなくても良かった――と思ったのだが、返答に困るか
それに兵長とエルド、グンタもいるし
そう、人の目があると分かっているのだがどうにもこうにも胸の奥から湧き上がる感情を抑えられない

(どうして……いつもは、出来るのに……!)

立体機動装置や対人の訓練でどれだけ痛い思いをし、苦しくても表情に出さなかった
他の訓練生の失態に巻き込まれ、キース教官に理不尽に怒鳴られても眉一つ動かさなかった
それなのに――
どうして、鼓動が跳ね上がり顔が紅潮するのを隠せないのか
表情を隠すために俯くのにも限界があり、たまらずに両手で頬に触れた
視線を彷徨わせるとオルオ以外の三人の男性がまじまじと自分を見つめている
兵長の表情は変わらないが、先輩二人はなにやら凄い顔をしていた
首を傾げると彼らが我に帰ったように食事に向き直る
それを見てはそっと頬から手を離すとパンを手に取って一口分を千切り取った




「おい、ペトラ」

食事の後片付けは自分たちがと言い出てオルオを除いた三人で厨房へと籠る
戸口のほうを警戒しながらエルドが皿の汚れを落とすペトラに声を掛けた
鼻歌交じりに洗剤を泡立てる彼女が肩越しに振り返る

「なぁに?」
「あの子……だが……」
「んふふ……気付いた?っていうか、分かりやすいわよね。初めて見た時はお人形みたいに表情が変わらない子だと思ったのに」
「まさか、とは思うが……相手はオルオ、なんだよな?」
「グンタ、そのとーりよ!」
「……信じられん。一日も経っていないのに人を好きになるものなのか?」
「感情に時間なんて関係ないじゃない。これは私の勘だけど……あの二人がお互いに好きになったのはスカウトに行った日ね」
「なに?」
「あれが噂に聞いた一目惚れってやつよ!」
「「はぁ!?」」

重なった男性二人の声にペトラが可笑しそうに笑った
皿を洗い終え、今度はスプーンを手に取り、スポンジで擦る

「訓練兵を見に行った時に、のアンカーが外れて落ちそうになって」
「それで……?」
「オルオが助けに入って。こーんなふうに抱えて……二人がお互いに見つめ合って、固まっちゃって!気付いてないんじゃないかしら?振り子みたいにぷーらぷーら何回も行ったり来たりして!初々しいと思わない!?」
「……は……」
「容姿は素晴らしく、性格も良いが……」
「そうなのよ、エルド。悲しいことに、あの子は壊滅的に男の趣味が悪いの!」
「オルオにも良いところはあるぞ……」
「そうかしら?」
「おい」
「!?……兵長」

突然掛けられた別方向からの声に慌てて三人でそちらへ体を向ける
ペトラも手を泡だらけにしたまま姿勢を正してリヴァイの顔を見た

「いつからそこに……」
は分かりやすい、というところからだ」
「……全部、聞いていたんですね……」
「リヴァイ兵長、班内恋愛禁止にしましょう!」
「エルド、なにを言っている」
「……癪じゃないですか……オルオに、彼女が……」
「好きにさせておけ。人の恋路を邪魔をする奴は馬に蹴られて死ね、とエルヴィンが言っていたぞ」

その言葉に男二人が項垂れるが構わずにペトラが口を開く

「で、では、あの二人がイチャついてても見て見ぬふりで良いんですね!?」
「はぁ……放っておけ。それより、掃除だ。皿洗いに三人も必要ないだろう」

言い終えるのと同時に立ち去るリヴァイ
その後ろをとぼとぼと付いて行くエルドとグンタを見送るとペトラは水場に向き直った

「リヴァイ兵長も味方よ……頑張って、

オルオにも良いところはある
探せばあるのだろうが、自分には見つけられなかった
でもが惹かれたのならば、彼女には自分には分からないそれを見つけられたのだろう

「初陣の時のことは……口止めしないと」

あれは今思い出しても恥ずかしい
ペトラはそう思いながら洗い終えたスプーンを水切り籠へと入れた