オルオ・ボザド1 05
「うっ、うっ……そうよね、雑用って、こんなものよね……」

訓練の時には常に気を張って自然と無表情になってしまって
でも日常ではころころと表情が変わると言われる自分
今は泣きそうになりながら洗濯物を洗っているところだった
一夜明けて朝食作りからの洗濯という作業
腰が痛いと思いながらもこもこの泡の間に見える白い布を必死に擦っていた
さすが潔癖症、というところかリヴァイのシーツは毎日取り換えられるらしい
これ一枚だけでも洗うのは大変なのに、兵長にならって皆の分も洗濯に出されていた
まあ自分のもついでだと洗っているのだけど
洗剤と水を使い、ごしごしと板に擦って洗う

「シーツと服は良いのよ……問題なのは下着よ……」

ペトラのは同じ女ですから、と快く引き受けたが男性陣のはどうも気が引ける
でも仕事だからとせっせと手を動かして風の通りの良い場所に張られたロープへと干していった
飛ばされないように洗濯ばさみで留めていく
シャツとスラックスも干して――下着は端の方に
自分とペトラの下着は室内の、風通しの良い場所に干して
全部終わって洗い桶の水を流し、壁に立て掛けているとリヴァイが歩み寄ってきた

、洗濯は終わったのか」
「はい、丁度終わったところです」
「では次は買い出しだ。行ってこい」

言葉と同時に差し出される一枚のメモ用紙とお財布
それを受け取ると文字に目を落としてからリヴァイへと視線を戻した

「すぐに行きます」
「ついでにこれをエルヴィンに渡してこい。あいつからお前に渡す物もある筈だ」
「っ……団長に、ですか……分かりました。これを渡して、何かを受け取るんですね」
「そうだ」

手渡されるのは書類らしきものが入った封筒
落さないようにしなければと衣類を探ってベルトに差し込んだ
リヴァイの前を頭を下げて辞すると小走りに厩へと向かう
掃除をしていたグンタがこちらに気付くとスコップを置いて歩み寄ってきた

「どうした、
「買い出しへ。あと、エルヴィン団長へのお届け物も」
「そうか。……はあ、信じられない……」
「?」
「こっちの話だ」

そう言い、彼が馬に馬具を着けてくれた
礼を言ってその背に跨ると手綱を持ってゆっくりと厩を出る
良く晴れていて風も気持ちが良い
昨日別れたばかりだというのに仲間に会うのが楽しみで仕方がなかった
自由な時間はないから、挨拶程度にとどめなければならないけれど
は鞍に足を掛けなおすと風に背を押されるようにして馬を走らせた


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


昨日振りに見るというのに目に入る街並みを懐かしいと感じてしまう
良いなぁと思いながら団長室の前に立つとベルトに差し込んだままの封筒を引き抜いた
姿勢を正すと扉をノックして応答を待つ
すぐに返事があり、静かに扉を開けて中へと入った

「失礼します」
「ああ……か」
「はい。リヴァイ兵長からこちらを預かってきました」
「受け取ろう。向こうはどうだ?」
「先輩たちが優しく掃除のやり方を教えてくださいました」
「……そうか」
「立体機動装置で飛び回りながら天井の埃を落とす人を初めて見ました」
「リヴァイか……」
「見入ってしまうような素晴らしいハタキ捌きでした。人類最強の名を冠する兵長は掃除の方法も違うのですね」
「真似をして、怪我をしないようにな……」

はは、と乾いた笑いを零して団長が立ち上がる
机の縁に掛けられていた上着を手に取るが、彼が着るにはサイズが小さいものだった
誰のだろうと思っているとそれがこちらへと差し出される

「これを」
「……調査兵団のジャケット、ですか」
「ああ。着替えていくと良い」
「はい。失礼します」

そう言い、その場でジャケットを脱いでエルヴィンから受け取った新品に袖を通した
これがリヴァイが言っていた自分が受け取るものなのだろう
訓練兵団のものと紋章が違うだけだというのに背筋が伸びる気がした
胸にある自由の翼を見つめ、その部分に指先を触れる
これで両親と同じだと思うと感慨深いものもあった

「よく似合っている」
「ありがとうございます、エルヴィン団長。あの……」
「うん?」
「私は、解散式前に正式配属ということでしょうか」
「そうだ。望むのならば式には参加できる」
「時間があれば、良いのですが……あ、折れたハタキの補充を命じられましたので失礼します」
「……ご苦労だった」

なんだか、団長の顔がひきつっていたような気がする
いや見間違いだろうと思いながら外に出て買い出しへと向かう
ポケットに入れてきたメモを取り出すと内容を見ながら歩を進めた
買い物が終わったらこちらの部屋にある私物を少し持って行こうか
持って行ったのが立体機動装置と馬だけで着替えにすら困る状態だから
沢山は持てないだろうからせめて洗い替えに少しだけでもと考えながら兵団購買部の扉を開いて中へと入った
洗剤と、石鹸と、タワシにハタキ
自分が読み上げる文面に応じて用意してくれる駐屯兵の人が微妙な表情を浮かべるのは何故だろう
そう思いながらお金を渡してお財布をポケットに入れた
これがリヴァイのお金だと思うと持ち歩くのも緊張してしまう
しっかりと奥まで押し込むと買った物を布に包んで背負った
なんとも不格好になってしまうが仕方がない
そう思いながら外に出たところで、自分の馬の側に複数の人影を見つけた

「ミカサ」

「やっぱお前だったのか」
「君の馬じゃないかなと思って。戻ってきてたんだね」

口々に声を掛けてきたのはエレン、ミカサ、アルミンの三人
そちらへ歩み寄っていくとミカサが驚いたようにこちらの胸に触れた

「これは……」
「あ、うん。調査兵団に入ったの。一足先に」
「横暴だ。私はあなたと一緒に入団したかったのに」
「うん……まあ、団長が言うから仕方ないよ」
「今日は買い物に来たの?」
「そうなの。リヴァイ兵長に頼まれて」
「雑用か……ん?なんでハタキが十本もあるんだよ」

エレンが布から飛び出しているハタキを指さしてそう言いは小さく笑う

「兵長が折るし、布の部分もすぐ駄目になっちゃうから」
「折るって、普通に使えば長持ちするもんじゃないのか?」
「立体機動で飛び回りながら掃除するの。格好良いよ」
「……そ、そうか」
「私も掃除とか料理とか色々やることがあって。今朝も洗濯してきたの」
「忙しそうだね。休めてる?」
「うん。先輩たちが優しいから……あ、そうだ、兵舎に裁縫セットを取りに行かないと」
「裁縫?」
「うん、リヴァイ兵長の下着に穴が……きっと、昨日飛び回ったせいで破れたのね」
「「「……」」」
「それを繕おうと思って。あと、私も着替え持って行きたいし」
「大変、だね」
「まあ……今は掃除に手が掛かってるだけだから。兵長が潔癖症で……」
「へえ……」

そんな話をしながら自室のある兵舎へと向かった
三人も当然のようについて来るのだが、振り向くたびに人数が増えているのは気のせいではないようだ
五人になって、七人になって
そして八人、九人
は部屋の前で足を止めると体ごと振り返ってついて来た面々を見た

「どうしたの、皆」
「いや、お前の話が面白くてな」
「ライナー、面白いって……兵長が潔癖症なこと?」
「ああ」
「こういう床だとこの木の継ぎ目まで磨かなきゃいけないのよ」
「え、そこまで……大変だね」
「掃除の達人になりそうだよ」

ベルトルトの言葉にそう返して自室の扉を開ける
中に入って洋服箪笥を開けると肌着を取り出そうとして覗き込む男性陣を引き抜いたハタキで叩いた

「いてっ、なんだよ」
「ダズ、女の子の下着を見ようとしないで」
「っ、悪い」

男性陣がささっと後ろへ引くのを見て改めて着替えの準備をする
背負う荷物が多いからやはり全部は持っていけなかった
洗い替えとしてまずは二枚ずつあれば足りるだろう
残りはまたこちらへ来た時に持って行こうか
そう思い、裁縫セットも用意すると布に包んで荷物の隙間に押し込んだ
重さに少しよろけながら立ち上がると室内にいる皆の顔を見回す

「もう少しで解散式だね」
「そうだね……私は憲兵団に行くけど」
「そっか。アニ、あまり会えなくなっちゃうね」
「……休みの日に抜け出して顔を見に行くよ。……気が向いたらね」
「うん、待ってるね。……ユミルは調査兵団だったよね?」
「ああ。まさか、同期の奴が一足先に入るなんてね」
「自分でも驚いたよ。私、取り柄なんてないのに」
「なに言ってんだ。団長の推薦で兵長のスカウト、あんたの何かが気に入られたに決まってんだろ」
「……ありがとう」
「ふん」

普段からツンツンとしているアニとユミル
でも二人とも優しいなと思いながらクリスタへと目を向けた
相変わらず可愛くて思わず頬が緩むと彼女がきょとんとした顔をして首を傾げる

「いやぁ……クリスタは癒しだよ……」
「え?」
「……連れて行きたい」
「っ!駄目に決まってんだろ。あんたは一人でさっさと帰りな!」
「はぁい。……って、本当に急がないと」
「もう行っちゃうの?」
「お昼ご飯を作らないと。女の人、ペトラさんがいるんだけど、彼女料理が……」
「苦手なのか?」
「作らせたら残飯以下だって。食べると吐き戻す料理らしくて……そんなのリヴァイ兵長に食べさせられないよ」
「……が、頑張れよ、
「うん。じゃあ、またね。今度はゆっくり話そうねー」

荷物を背負い直していそいそと部屋を後にする
短い時間でもやっぱり苦楽を共にした同期との触れ合いは楽しいものだった
元気を貰えたからまだまだ頑張れそう
はそう思いながら玄関を出て青い空を見上げた




「……男の趣味が悪い?なんの報告だ、リヴァイ……」

思わずそんな言葉が漏れてしまう
エルヴィンが手にしているのはリヴァイに託した訓練兵についての報告書だった
成績優秀で、他にも色々な要素があってあの子を推薦したのに
彼も直々に見てスカウト――というか有無を言わさず連れて行ったというのにこの一文はなんだろうか
他には命令を遵守し、その手際の良さも書かれているのだが――
エルヴィンは非常に気になるその一文に何度も視線を巡らせながら眉間に指先を触れて溜息をもらした