オルオ・ボザド1 07
がリヴァイ班に入ってから半月が経とうとしている
掃除にも目途がつき、エルヴィン団長への届け物を含めた雑用にも慣れて訓練の時間が増えていた
先輩を相手に対人訓練
指導を受けながらの立体機動装置の訓練
さらに合図と共に行うフォーメーションも教えてもらって
どれも大変だが、やらなければ上達はしない
その他にも早朝からの自主訓練もしていて、夜も月の明るい日は外に出ていた
そんなわけで慢性的な睡眠不足になっている
でも自分に自由な時間は殆どないから、削るとなると睡眠時間しかないのも事実だった
無事に解散式にも参加できて、エルヴィン団長の元に残った同期生が調査兵団に入ったのは先日のこと
これからは任務の時に会うことが出来るだろう
まあ、自分は一足先に調査兵団になったものの、一度も巨人と戦ってはいないのだけど
そんなことを考えながら自主訓練から戻り、汗を流してベッドへと潜り込む
明日も早くから起きて外へ行かなければ
今日教えてもらった急降下の攻撃を、もう一度――
そんなことを考えながらは束の間の夢の世界へと落ちていった




「――っ!」

何か、物音が聞こえたような気がして目が覚める
天井を見つめ、ゆっくりと視線を動かして
夢だったかと目を閉じるが、それにしては耳に残る音だったと思い直した
体を起こすと靴を履いて立ち上がる
日はまだ上らず、暗い空には月が浮かんでいた
その青白い光を頼りに燭台に火を灯すとそれを手に部屋を出る
しんと静まり返った廊下を薄気味悪く思いながら足を進めると、月明かりに床に投げ出すように白い手が浮かび上がっているのが見えた
背筋がぞっとするが、目を瞬いてそれが見慣れた少女のものだと分かりその場へと駆け寄る

!」

階段の下に倒れ込む彼女の体を片腕で抱き起し、蝋燭の灯りでその顔色を見た
衣類越しに感じる体温の高さに、赤く染まる頬
浅く早い息遣いを見て明らかに体調不良だと分かった

「お前、こんな体で――」
「オルオ」
「っ、兵長」
「どうした」
「物音が、聞こえた気がして……そうしたら、が倒れていて」
「そうか……オルオ、そのガキを部屋へ運べ。エルド、グンタ、医者を連れてこい。ペトラ、の服を着替えさせろ」
「「「「はい」」」」

いつの間にか集まっていた班員が的確な指示を聞いて動き出す
燭台をペトラに預けるとの体を両腕で抱き上げた
前に背中側から抱えたことはあるが、あの時には感じられなかった体の軽さ
軽すぎるだろうと内心驚きながらも階段を上がって彼女の部屋へと運び込んだ
ベッドの上に下ろすとすぐに側を離れて廊下に出る
あんなに熱が高い状態では服を着替えるのも辛かっただろうに
立体機動装置を身に着けていたがこんな時間から自主訓練に行こうとしていたのか
だが、思えば自分たちといるせいで彼女には自由な時間がほぼ無い
兵士として強くなるためには睡眠時間を削るしかなかったのだろう
まだ実戦前の彼女には必要な訓練ではあるのだが――

「……無理するんじゃねえよ……あんな、細い体で」

そんな自分の呟きは誰にも拾われずに暗い廊下に響いただけだった
そのままその場から離れずにいると扉が開いてペトラが顔を覗かせる
彼女が頷くのを見て中に入ると寝衣に着替えさせられたの姿が見えた
側へと近付くとペトラが机の前に置かれている椅子を持ってくる

「はい、側に居てあげて」
「なんで俺が」
「心配なんでしょ?大事な後輩だし」
「……そりゃあ、まあ……」
「色々と、無理させちゃってたわよね。普通、新兵だからってあんなにこき使われたりしないわ」

彼女の言葉に自分の新兵時代を思い返した
毎日やることはあったが、休憩時間は与えられていた筈
休みの日には実家に帰ることも出来たし、自由な時間はあった
だがには――

「はぁ……せめてお前が料理できりゃあこんなことにならねえってのに……」
「わ、悪いと思ってるわよ!とにかく、私は色々と準備してくるからちゃんと側にいてあげてよ」
「俺より兵長のほうが良いんじゃないか?」
「……は、あんたの方が喜ぶわよ。……全く、いつまで気付かないフリしてるのかしらね」

最後の一言を呆れたように言うと静かに部屋を出て行くのを見て椅子に腰を下ろす

「……気付かないフリ、か……」

小さくそう呟くと落ち着かない気持ちで掃除の行き届いた室内を見回して、の方を見て――そして、毛布から出ている手に視線を止めた
起こさないようにそっとその手を取ると細い指を見る
日に当たっている筈なのに白い肌
ここに来て、初めて淹れた紅茶を受け取った時に目に入ったのは綺麗な指だった
懲罰室の掃除の途中に閉じ込められた暗闇の中で握った手は小さく、柔らかく、肌が滑らかで
でも、今の彼女の指は荒れている
皮膚がカサつき、関節には幾筋も血が滲んで――手入れをする間もなく水に触れ続けているのが分かる状態だった
洗濯は自分がやると兵長に進言しようか
いや、そうなると女性の下着を洗うことに――

「女の分はペトラにやらせるか……」

ぽつりとそんな言葉を漏らして窓の外へ目を向ける
徐々に明けていく空を見つめているとキィと背後で音が聞こえた
肩越しに振り返るとリヴァイが何故かボロボロになっている医者を連れて入ってくるのが見える
どうやらエルドとグンタが急患だからと老医師には無理な速度で馬を走らせたようだ
そう思いながら椅子から腰を上げる
診察に自分が居ては邪魔だろうと思い、部屋を出てふと体に視線を落とした
まだ寝衣姿なのを見て着替えの為に自室に戻る
手早く洗顔も済ませると適当に髪を整えながらの部屋に向かった
丁度医者が出て来たところで、少し足元をふらつかせながらエルドと共に歩いて行く
廊下にいるグンタとペトラに声を掛けようとしたところで扉が開いてリヴァイが顔を覗かせた

「疲労と睡眠不足。冷え込む中での自主訓練が原因だ」
「やっぱり……あの、兵長。俺が洗濯やりますんで……ペトラ、女の分はお前がやれよ」
「任せて」
「掃除は自分とエルドが。だいぶ綺麗になってきましたし……には料理だけしてもらいましょう」
「そうだな。熱が下がるまでは安静が必要だ。……オルオ、お前が看ていろ」
「はい」

とはいえ、その熱が下がるまでの料理は誰がするのか
リヴァイとペトラは除外するとして――
どうやらグンタもそれを考えていたようで視線が自分へと向けられる

「……オルオ。お前、料理の腕前は……」
「俺は……普通だが?まあ、普通って言っても男が作る料理で普通ってだけだが?」
「それで良い。オルオ、お前が作れ」
「兵長、の料理に慣れてたら俺のなんて……」
「文句は言わん。……ペトラ以上の料理が出来るのなら作れ」
「それはもう、安心してください。……手際が悪いんで、今から作ります」

でもその間、を一人にするのは――と思っているとリヴァイが足を引いて室内へ体を向けた

「俺が看る。オルオ以外は少し休め」
「「「はい」」」

ならば全ての工程を二時間弱で終わらせる
一日に三回パンを焼いてくれていた
二日に一回、必要な分を一気に作っても良いと言ったのだが、焼き立ては美味しいからと毎回生地を捏ねて――
自分がそれをするのは難しいが、なんとかやってみせよう
朝日で徐々に明るくなっていく廊下を歩きながらオルオは込み上げる欠伸をかみ殺した


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日が昇って、細く開けた窓から吹き込む風がの前髪を揺らす
それで目が覚めたのか薄く目を開けた彼女がゆっくりと視線をこちらへと向けた

「オルオさん……?」
「起きたか」
「……すみません、私……倒れたんですね……」

意識を失う直前のことを思い出したのか、言いながら視線を逸らす
そのまま起き上がろうとするのを見てオルオは毛布の上からその肩を押さえた

「寝てろよ。医者が安静に、だとさ」
「……はい」
「あと、薬を置いて行った。食後に飲めとさ」
「分かりました……食後……食事……!?」
「あー、もう。寝てろっての。……大丈夫だ、俺が作ったから」

再び起き上がりそうになった彼女を押さえながらそう声を掛ける
するとがこちらに顔を向けて長いまつ毛に縁どられた薄い青色の目を瞬いた

「オルオさんが……?」
「ああ。安心しろ、今のところ兵長の腹は無事だ」
「……そう、ですか……お料理、出来るんですね」
「簡単なのだけだがな」
「食べてみたかったです」
「持ってきてやるよ。スープだけで良いか?」
「はい」

そう返事をするのを聞いて椅子から腰を上げて部屋を出る
厨房へ行って、スープの入った鍋を温めていると、横にある窓の外にリヴァイがすーっと上から下りてくるのが見えた
立体機動装置を使って窓を外から拭いていたらしい
音もなく下りてくる姿に蜘蛛が脳裏を過ったところで彼がこちらに顔を向けた

「オルオよ。は起きたのか」
「っ……はい。スープを飲ませようと思いまして」
「そうか。……少しは自身を持て。良い味だった」

言い終えると今度は上へと滑るように姿を消していく
自分は今、そんなに不安そうな顔をしていただろうか
そう思いながら棚から皿を取り、くつくつと泡を立て始めた鍋からスープを掬った
スプーンと水を乗せたトレイを片手に厨房を出ると二階にあるの部屋へと戻る
室内に入ると彼女は体を起こして窓の方に顔を向け、外から硝子を拭いている兵長の姿を見つめていた

「…………、飯だぞ」

窓の外の光景はなかったことにしてベッドへと歩み寄る
彼女がゆっくりとこちらに顔を向け、窓の外を指さそうとする手を押さえた

「見なかったことにしておけ」
「……はい」

こくりと頷くの膝の上にトレイを置く
湯気を上げるスープを見ると彼女が嬉しそうな笑みを浮かべた

「わあ、美味しそう……頂きます、オルオさん」
「おう。ゆっくり食えよ」
「はい」

スプーンでスープを掬い、口へと入れて熱そうに目を細めて――
でも次の瞬間には「美味しいです」と笑ってくれた
なんて可愛いらしい表情を見せるのだろう
男と二人きりの空間――窓の外には兵長が張り付いているが――でそんなに無防備な姿を晒すなんて
危機感を微塵も抱いていないのだろうか
まあ、自分がそんなことをするとは思っていない、という意味にもとることは出来るが
オルオはそう思いながら医者が置いて行った薬の包みへと手を伸ばした