オルオ・ボザド1 08
体調不良で三日間の休みをもらい、全快して今日から通常の生活に戻る
夜間と早朝の訓練はリヴァイに禁止されてしまったが、自分を心配してのことだろう
自主訓練はしたいが上官の言葉には従わなければ
寝込んでいる間、オルオが作ってくれた食事は美味しいものばかりだった
幸せだったと思いながら今朝の朝食からは自分が作り、洗濯をしようとしたらオルオとペトラに追い返されて
エルドとグンタには掃除もさせてもらえず、何をすれば良いのか指示を仰ごうと兵長の姿を探しているのだがどこにも見当たらない
外に出ているのかもと玄関へ向かい、扉を開けたところで聞き慣れない声が耳に届いた

「やあ」

視線を上げると正面に馬を背にして眼鏡を掛けた兵士が立っているのが見える
女性のようで、男性のようで――中性的な人
その服装は調査兵団のもので、自分よりもずっと年上に思えた

「えっと……ク……すみません、お名前を……」

リヴァイ兵長が昨夜、明日はクソメガネが来る、と言っていたっけ
眼鏡を掛けたこの人がそうなのだろうがさすがにその名称を口にする訳にはいかない
名前は聞いていなかったと思っているとその人がからからと笑ってこちらへと近付いてきた

「分隊長のハンジ・ゾエだよ、よろしくね。……君が噂の子だね?」
「ハンジ分隊長、よろしくお願いします。噂って……?」
。訓練兵だというのにエルヴィンの推薦を受け、リヴァイのスカウトを受けた逸材」
「は、はあ……」
「容姿端麗、品行方正、キースの前では手を抜いていたけれど実は学力優秀、実技実戦レベル。……想像以上に綺麗な子だね」
「そんなことは……」

恥ずかしさを感じているとハンジが間近に来てこちらの肩を両手でがっしりと掴んだ
予想外の力強さに驚いているとぐぐっと顔を近付けてくる
まつ毛が長いなと思っているとハンジがニヤァと口元に怪しい笑みを浮かべた

「ところで君……巨人に興味がないかい?」
「巨人……」
「彼らが何処から来るのか……何故夜になると動きが鈍くなるのか……捕まえることが出来たら色々と調べられると思わないかい?」
「え、は――んぐっ」

はい、それは気になりますが
そう言いかけたところで横から延びてきた手に口を塞がれた
指が口に入り、舌に触れる
顎の動きを止めると目だけで隣に立つ人物を見た

「クソメガネ。新兵を危険な任務に同行させようとするな」
「惜しいっ、もう少しだったのに……良い経験になると思うんだけどなぁ」
「このガキは病み上がりだ。まだ休ませる必要がある」

言いながらリヴァイ兵長がこちらの顔を押すようにして後ろへと遠ざける
足がよろめき、二、三歩後ろへ引くと背を誰かに支えられた
左右に視線を向けるとオルオとペトラが居て、口元に人差し指を添えるとそのまま奥の方へと歩き出す
されるがままについて行くが、どうにも込み上げるものがあって口を両手で覆って足を止めた

「っ、どうしたの、
「まだ具合が悪いのか?」
「うっ……いえ、そうでは、なくて……」
「?」
「兵長の……」
「兵長がどうかしたのか?」
「兵長の指、雑巾の味……うぇ……」
「……階段の手すりを磨いた雑巾、持ってたわね……」
、口を洗って来い」
「はい、行ってきます……」

よたよたと歩きながら水場へと急ぐ
涙目になりながら何度も口をすすぎ、気分が良くなったところで廊下へと出た
きょろきょろと人を探しながら歩いていると広間に皆がいるのを見つける
揃って外套を羽織っているが、どこかへ出掛けるのだろうか
そう思っているとエルドがこちらに顔を向け、手に持っていた立体機動装置を差し出してきた

、本部へ行くぞ」
「はい」

何かお仕事があるのだろうか
立体機動装置を受け取ってそれを装着するとグンタが差し出す外套も羽織った
それから馬に乗って旧本部から本部へ
三日間寝込んだだけだというのに筋力が落ちているのが分かった
鍛えなければと思いながら馬を走らせる
本部のある町へと辿り着くと馬をゆっくりと進めながら周囲を見回した
前にここに来たのは参加できた解散式の時が最後
皆、正式な配属までは駐屯兵のお手伝いをしていたらしい
元気かなと思いながら目的の建物の前で馬を下りた
ペトラの側に立ち、道行く人を眺めているとその向こうにクリスタの姿を見つける
小さく手を振ると彼女は満面の笑みを浮かべて両腕を大きく振ってくれた
その隣でユミルが少しだけ手を振り、すぐに顔を背けてしまう
変わらないなと思っていると背後から声を掛けられた

「おう、じゃないか」
「っ、ジャン」
「こっちに来てたのか。どうだ、あのパンツ兵長のとこは」
「え……?」
「ほら、人類最強って噂の」
、今の言葉の意味を説明してもらおうか」

くるりと振り返ったリヴァイにジャンが肩を揺らし、後ろへと身を引いた
小柄だから彼がそうだとは分からなかったのだろう
無理もないことだけどと思いながらはリヴァイの方へ体を向けた

「リヴァイ兵長。私は決してパンツ兵長とは言っておりません」
「ではなぜそのクソガキが口にした」
「……恐らく、私が兵長の下着を繕う為に裁縫セットを持ち帰ったのを誰かが勘違いして伝えたのだと……」

実際に縫ったのはパンツではあるが、絶対に「下着」としか言っていない
それは確信できると思っていると顔を青くしたジャンを見上げた

「誰が言い出したの」
「いや……誰、だったかな……」
「104期の奴らの誰かだろう。てめぇが代表して罰を受けろ……

ちょいちょいと手招きをされて嫌だと思いながらもそろりと彼に歩み寄る
するとリヴァイが右手をこちらの額の高さに上げ、親指で人差し指の先を押さえるようにして丸めた
その人差し指を勢いよく伸ばすとビシッと良い音を立てて額を弾かれる
一点に集中し、そして広がる痛みに目の前に星が散るのを見た

「いっ……!」
「躾には痛みが一番効くだろう。良いか、二度と不用意な発言はするな。命令だ」
「は……はい……了解しました」

指先だけでここまでの痛みを与えるとは
震える手で額を押さえ、ジャンに行くようにと手ぶりで伝える
彼が申し訳なさそうに手を合わせると足早に立ち去って行った
涙目で額を摩っていると斜め前に立つオルオと隣のペトラがこちらを見る

「……大丈夫か?」
「痛いです」
「はあ……全く、ガキんちょは変な噂話が好きだな」
「私、絶対に言ってないです」
は下着、って言うものね。パンツとは言わないわ」
「?、下着がどうかしたのか」
「!、団長」

待ち人が到着し、皆がそちらに体を向ける
自分も手を下ろして彼を見上げると顔を見回したエルヴィンの目が止まった

、額が一部赤いが……」
「躾を施しただけだ」
「……そうか。あの名称の発生源はだったのか」

パンツ兵長の名はエルヴィンの耳にも届いていたらしい
もう町全体に回ってしまったのではと思いながらは彼を見上げた

「エルヴィン団長。私は、誓って、誰にも、パンツ兵長なんて不敬なことは言っていません」
「ふっ……噂は膨張されるものだ」
「あははっ!面白い子だねぇ、真顔でこんなことを言うなんて。ねえ、リヴァイ。やっぱりこの子、ちょっとだけ私に貸して――」
「断る。病み上がりだと言っただろう」

二人が言い合いをしながら歩き出すエルヴィンに続いて扉を潜っていく
エルドに促されて自分もその部屋へと入ると団長が正面の机の向こうに回り込み、椅子へと腰を下ろした

「さて……下着の話は置いておくことにして、次の調査任務のことだが」

真面目な話を始めようとして、さらりと笑いそうになることを言うのはやめて欲しい
そう思いながら彼の言葉を聞き洩らさないように神経を集中させた
104期の兵士を交えての初めての調査任務
当然ながらリヴァイ班も参加することになっているようだ
その準備の日程と決行日を聞き、懐から取り出したメモ帳に記入していく
正式に調査兵団になってから壁外調査についての説明は聞いていた
自分たちの初期位置も、巨人を発見した時の信煙弾の合図でどう動くかも
事細かに書き込んでいるとリヴァイがこちらを振り返った


「はい」
「てめぇはオルオとペトラから離れるな。その二人ならお前を守れる。良いか、決して死ぬようなことはするな」
「了解しました」

初陣だからこその扱いなのだろうが足手纏いにはならないだろうか
不安に思っていると両肩にオルオとペトラの手が同時に乗せられた

「任せとけよ。守ってやる」
「大丈夫。私たちを信じて」
「はい」

信頼しているからきっと大丈夫
巨人と戦わずに、信煙弾の合図を頼りに駆け抜ければ良い
簡単なようで、命がけで
は緊張を押し殺すようにしてペンを持つ手に力を込めた
話が終わり、少し町を見てから戻ろうと言うグンタについて行こうとしたところでハンジが「ところで」と声を上げる

「ねぇエルヴィン、あの子のことなんだけど」
がなにか?」
「盗み見た書類にすごーく気になる一文が書いてあったけど。どういうことだい?」
「機密書類を盗み見たのか、ハンジ」
「でかでかと機密って書いてあると見たくなるじゃないか。で、どういうこと?」
「内容までは知らない。リヴァイに聞くと良い」
「確かにリヴァイの字だったね。ねえ、リヴァ――」
、同期の奴らと話をしてきたらどうだ」
「は、はあ……あの、兵長。なぜ私のことが機密書類に……?」
「オルオ、そのガキを連れて行け。今日は二度とここへ戻って来るな」
「了解しました」

兵長の有無を言わせない口調にオルオに背を押されて部屋から出されてしまった
そのまま広場の方へと連れて行かれ、漸く足を止めると背から彼の手が離れる

「……皆さん、出てきませんね」
「ハンジさんに捕まってるんだろ。あの人、しつこいから」
「そうなんですね」
「あの人に頼み事されても断れよ。早死にするからな」
「早死に……」
「それから巨人の話をされたら逃げろ。一日中話に付き合わされるから」
「……覚えておきます」
「はぁ……待ってても出て来ないよな。、同期のとこに行くぞ」
「っ、良いんですか?」
「ああ。これから準備で忙しくなるからな。今の内に行きたいとこに行くと良い」
「はい、じゃあ先に行きたいところが――」

行きたい場所を告げるとオルオが頷いてその方角へと歩き出す
その隣に並んではちらりと彼の横顔を見た
こんな風に町を歩けるなんて思わなかった
ほんの少しの時間だけど、幸せだと思う
はそう思いながらまだ少し痛む額に手の甲で触れた