16

一軒の家の前でオルオが足を止める
こちらへと顔を向け、笑みを見せると繋いでいた手を離して扉の前に立った
ノブを握り、それを引き開けると中に声を掛ける

「ただいまー」

その声に応えるようにカタン、と音が聞こえてパタパタと誰かが駆け寄ってくる
軽いその音は子どもだろうか――と思ったところで中からオルオの腰に抱きつくようにして男の子が飛び出してきた

「兄ちゃん!」
「ははっ、今日も元気だな」
「うんっ、おかえり!」
「おう」
「あのね、母ちゃんが――」

何か言おうとしたその男の子がこちらの存在に気付いたようで言葉を止める
こちらへ顔を向けた男の子の容姿を見て――
は吹き出しそうになるのを必死にこらえた

(っ……や、やだ、そっくり……!)

こんなに似ているのなら先に一言言って欲しい
亜麻色の髪も、灰色の目も、その顔立ちもオルオにそっくりだった
髪型が違うからそれはそれで、不思議な感じがするけれど
なんとか表情を微笑みの形に固定していると彼が不思議そうに首を傾げてオルオを見上げた

「この人は?」
「あー……この人のことで、話があって来たんだ」
「……あっ!兄ちゃん結婚するのか!」
「馬鹿、気が早い!」

玄関先でやいのやいのと騒いでいると足音が近付いてきて戸口に人が立つ
そちらへ顔を向けると亜麻色の髪の女性が呆れたように兄弟を見ていた

「お帰りなさい、オルオ。お客さんを外に立たせたままでどうするの」
「だってこいつが――」
「あなたも。邪魔してないで入りなさい」
「だって兄ちゃんが――」
「ごめんなさいね、煩い兄弟で。さぁ、中へどうぞ」
「っ、お邪魔します」

言い訳の仕方までそっくりだと思いながら女性――恐らくオルオのお母さんに促されて家の中へと入る
暖かみのある室内に少しだけ肩の力を抜くとテーブルにつくようにと促された
椅子を引こうとするとオルオがさっと引いてくれて、礼を言ってそこに腰を下ろす
一度座り直して、膝に紙袋を置いて
そうしているとカタ、と台所から物音が聞こえて湯を沸かすのが分かった

「全くもう、帰って来るなら先に手紙を寄越しなさいって言ってるのに」
「あー、はいはい」

そんなぞんざいな言葉を返しながら隣に座るオルオ
それにちょっとほっとして、それから側に来るお母さんに顔を向けて
紙袋を抱える手にぐっと力を籠めるとそれを彼女へと差し出した

「つ、つまらない、物ですが……」
「あらっ。ありがとう、良い子ねぇ」

にっこりと微笑んで受け取ってもらえて安心する
優しそうなお母さんだと思っているとキシ、と木が軋む音が聞こえて自分が座る位置から見える階段に人の足が下りた
一段ずつ下りてきて、その全身が見えて
こちらへと体を向けるのは灰色の目の――お父さんだろうか
そっくり、とまではいかないが雰囲気とかがオルオに似ていた
目が合うと彼が微笑んで口を開く

「いらっしゃい」
「っ、はい、お邪魔しています」

立ち上がり、頭を下げようとして何故だか敬礼してしまった
隣でオルオが噴き出すように笑うのが聞こえて頬が熱くなる

「っ……すみません、癖が……」

私服で来たのにどうして敬礼してしまうのか
あわあわしながら、一度背筋を伸ばしてぺこりと頭を下げた
すると自分の斜め向かい――オルオの正面の椅子の前に立った彼がテーブルに片手を触れる
それを見て顔を上げると優しく微笑まれてしまった

「そうか、君も兵士なのか」
「はい。104期のです」
「104期……卒業したばかりの新兵、だったかな」
「はい、そうです」

そう答えながら、座るように促されて腰を下ろす
緊張すると思っているとお母さんが人数分の紅茶を淹れて持って来てくれた
自分の前にカップが置かれて目礼をする
中央に自分が持ってきたお菓子を乗せた皿が置かれ、五人がテーブルを囲んで、皆の視線が集中して――
は平静を装いながら「頂きます」と言ってから紅茶を一口飲んだ
それをソーサーに置いて、両手を膝の上に置く
するとお母さんが少し身を乗り出してオルオに声を掛けた

「それで、オルオ。こちらのお嬢さんは……?」
「……付き合ってる」
「……」
「……」
「兄ちゃん、初彼女じゃん!」
「うっせぇ。……で、一応、挨拶に……ってなんで固まってるんだよ」
「いや、そうじゃないかとは思っていたんだが……」
「どうやってこんなに可愛らしい、綺麗な子を……」
「……」
「ねぇ、二人の出会いは――」
「クルト、黙って菓子でも食ってろ」

言いながらお菓子のお皿を弟の方へとずらすオルオ
弟さんの名前はクルト、というらしい
覚えておこうと思っているとお父さんがこちらへ目を向けた

さん。息子とはどうやって……?」
「え、えっと……」
「ごめんなさいね、こんなことを聞いて。でも、気になるのよ」
「いえ……その、広場で、目が合った時に……」
「目が合った時に?」
「ひ、一目惚れ、しまし、た」
「「……」」

ご両親がそろって沈黙してしまってなんだか居た堪れない
言っていて、自分でも恥ずかしかったけれど
きっと顔が赤くなっているなと思っているとオルオが紅茶を飲んではあと息をはいた

「おかしいかよ……」
「おかしいでしょ!こんな目つきの悪い息子に一目惚れする子がいるなんて!」
「っ、母親の言う台詞か」
「い、いや……良いじゃないか。うん、素直で可愛らしいお嬢さんだ」
も特別作戦班の班員だからな。団長の推薦と兵長のスカウトで訓練兵の時に編入したんだ」
「!……凄いわ、あなた優秀生だったのねっ」
「自覚はないですが……」
「素晴らしいお嬢さんだ。オルオ、大事にするんだぞ」
「おう」

そう言い、話が一区切りついて紅茶をもう一口飲む
美味しいなぁと少しだけ現実逃避していると、クルトがこちらに顔を向けた
お菓子を飲み込むともう一つを手に取りながら口を開く

「お姉さんの親は――いたっ」

言葉の途中でボコッと鈍い音が聞こえた
なんだとそちらに顔を向け、テーブルの下でオルオが脚を蹴ったらしいと分かる
悶絶しているクルトを見るとは困ったように笑みを浮かべた
両親の事を聞かれても構わないのに
でも気遣ってくれたのだなとオルオの優しさを感じながらこちらに目を向ける彼に微笑むと紅茶のカップに視線を落した

「両親は亡くなっています。どちらも調査兵団で……遺品として紋章と指輪を受け取りました」
「まぁ、そうなの……」
「それは……大変、だっただろうね」
「元からあまり会えない両親でしたので……」

そう言っているのにご両親がしんみりとした顔をしてしまう
なんて感情豊かなのだろう
オルオとそっくりだと思っていると彼が首に下げている指輪を引っ張り出した

の親は、こうして側にいるから」
「あなたが持っているの?」
「ご両親の形見を……」
「私が持っていて欲しいと言ったんです。私の、唯一の大事な物ですから」
「……そうね。あなたたちは、兵士だものね」
「はい」
「ま、そういうことだ」

言いながらオルオが指輪を服の中へとしまい込み、紅茶を飲んでこちらに顔を向ける
自分も顔を向けると、彼がカタ、と音を立てて椅子を引いた

「俺の部屋、見るか?」
「っ、はい、見せてください」

こちらの言葉にオルオが頷いて立ち上がる
も立ち上がると三人に会釈をして歩き出す彼の後を追った
二階への階段を上がると左右に伸びる廊下がある
それを左へと進み、突き当りの扉をオルオが開けた
キィと少し軋んだ音を立てて開かれた先に見えた部屋はさすがというか、掃除が行き届いている
彼が室内に入るのを見て自分も続いて中へと入った
背後で扉が閉められる音を聞きながら室内を見回す
一人で使うには十分な広さで、置かれている物はそう多くはなかった
殆どを兵舎で過ごすからこちらには偶にしか来ないのだろう
そう思っているとオルオが窓を開けて吹き込む風に下ろしたままの髪が揺らされた
窓を背にこちらを振り返った彼が少し疲れた様子で口を開く

「悪かったな。俺の家族、結構喋るだろ」
「ふふっ、賑やかで良いですね」
「まあ、そうだが」
「それに……クルト君がオルオにそっくりで。驚きました」
「よく言われる」
「可愛いですね。オルオの子供時代が想像できて……うふふ」
「おい、なに笑ってんだ」

そう言いながら彼が近付いてきてふに、と両頬を摘ままれてしまった
リヴァイ兵長に片頬を摘ままれた時のように痛くはない
でも気恥ずかしい感じがして、は彼の手に重ねるように己の手を触れた

「ひゃにひゅるんでふか」
「……」
「?」
「俺は、お前に似たガキが欲しいが」
「……っ……!?」
「俺にそっくりなのは弟だけで十分だ」

そう言うと指が離され、手の向きがくるりと変わりこちらの手を握られる

「……」

このまま交際を続け、結婚をして、そして、子どもが出来て
なんて未来が自分たちを待っているのだろうか
考えると、なんて幸せなのかと思って――じわりと視界が滲んだ
それに気付いたのか、オルオが片手を離してこちらの頬に触れる

「どうした?」
「あ、いえ……家族が、出来たら……嬉しいなぁって、思って」
「……」
「オルオの家族が、幸せそうだから」
「……俺が、お前の家族になってやるよ」
「え……?」
「結婚を、前提に……付き合ってくれ」
「……はいっ」

頷くと、ぽろりと涙が零れ落ちてしまった
それを優しく拭われて、続いて唇が重ねられて――
幸せだ、と思いながらはそっと目を閉じた

2023.05.07 up