オルオ・ボザド1 15
「あっ……」

今日も無事に一日を終え、汗を流そうとやってきた浴室
は裸になったところで己の体に残る跡に気が付いた
胸にお腹に腰に、他にも色々と所謂キスマークというものが付けられている
最中には緊張と恥ずかしさで気付かなかったけれどこれはどうしたら良いのか
虫刺されと言って誤魔化せるようなものではない
どうしようと困っていると戸口の方で音が聞こえ、咄嗟に脱いだばかりのシャツを羽織った
焦りながらも釦を留めようとしていると扉が開かれる

「はぁ、疲れた……、お疲れ様」
「は、はい、ペトラさん……お疲れ様、でした」
「今日の任務も疲れたわねぇ。あなたも復帰早々大変だったでしょう」
「そうですね……」

正式に調査兵団に配属された為に壁外での任務を受けるようになった
今日は旧市街地に集る巨人の討伐だったが、駐屯兵の護衛任務などがあるらしい
昨日旧本部こちらに戻ったばかりの自分も壁外で討伐任務に参加し、夕方に帰ってきて食事を作って
あとはお風呂に入って休むだけ、だったのだが――
ペトラとは時間をずらして入った方が良いだろうか
でもここで服を着ては変に思われるのでは
どうしようと固まっていると、不審に思われたのかペトラが側に近付いて来るのが分かった

?どうしたの?」
「い、いえ、なんでも……」

言いながらすうっと彼女に背を向けるようにして体の向きを変える
余計に不審に思われてしまうと、分かってはいるのだけど
急用を思い出した、と言って逃げようか
そんな事を考えていると、クイッと襟を引っ張られた
はっとして目を瞬くとペトラが背後で息を飲むのが微かな音で分かる

「ちょっ……ウソッ!」
「っ、あ、あの……」

自分では見えない部分だが、首にも跡があったのだろう
スカーフを外した事で見えてしまったようだ
誤魔化すか、それとも正直に言った方が良いのか
迷っているとペトラが前に回り込み、掴んでいるシャツの前を無遠慮に広げられた
彼女の目がこちらの体に落とされ、ゆっくりと肌を隠すように前の部分を重ねられる

「一応聞くけど」
「?」
「相手は、オルオよね?」
「っ……はい」
「あいつ……十五歳の子に手を出すなんて……!」

言い終えるなりペトラが脱衣所を出て行ってしまった
何をするつもりなのか
は慌てて釦を留めると裸足でその後を追った
廊下に出て、足音を頼りに彼女の後を追う
辿り着いた先は厨房で、扉のないその空間からペトラの声が聞こえてきた

「ちょっと、オルオ!」
「んだよ、うっせーな」
「あんたに手を出したでしょ!」
「!?……手を出したってなんだよ!恋人なんだから普通にやるだろ!」
「だからって、まだ十五歳の子に――」
「ペ、ペトラさんっ」

慌てて中へと入り、オルオのスカーフを掴む彼女を背後から押さえる
なんとか引き剥がそうとしていると、騒がしい声が聞こえたのか人が近付いて来るのが分かった
兵長ならば止めてくれるだろうか
そう思いながら首を絞めようとするペトラの手を止めているとタシッと音を立てて戸口に人が立った
なんだ今の音は――と目を向けて寝衣姿のリヴァイの姿が視界に入る
足元を見ればブーツではなく柔らかい室内履きで、だから足音が変だったのだと分かった
彼が何かを言おうとして口を開きかけ、こちらの体に視線を巡らせると目を細める

……てめぇなんて格好をしてやがる」
「え?……きゃあっ、あの、その……すみません」

シャツ一枚だけの格好だったのを思い出してささっとオルオの後ろに隠れた
前も後ろもギリギリ隠れるだけの長さしかない
慌てていたとはいえ、タオルを巻いて来れば良かったと思っているとオルオがジャケットを脱いで腰に巻いてくれた

「おい、
「ペトラさんを止めようと思って……ごめんなさい」
「兵長、オルオがに手を出しました!」
「「っ……ペトラ!「さん!」」

オルオと同時に彼女の名を口にすると、リヴァイが片手を戸口の縁に触れる
もう一方の手を腰に置くとじろりとオルオに目を向けた

「……オルオよ」
「っ……はい」
「避妊はしておけ」
「はっ、勿論ッス!」

「はいっ」
「今日、任務に出ていたが……大丈夫だったのか」
「……はい、少し、痛みはありましたが……」

足の付け根というかそれよりも奥の方に残る鈍い痛み
でも少しに気になる程度で討伐中は痛みを忘れるくらいだった
なんか、兵長とこんな話をするのは恥ずかしい――と思いながらオルオの体の陰から彼を見る
するとリヴァイがふうと息をはき、それから視線を火に掛けられているやかんへと向けた

「制限はしないが……出来るだけ、休みの前日にしろ」
「は、はい……」
「お前たちの休みは合わせてやる。……オルオ、湯が沸いたぞ」
「はいっ、すぐに淹れます」

どうやら、オルオは兵長に紅茶を淹れるように言われていたらしい
リヴァイが立ち去るとペトラがくるりとオルオの方へ体を向けた

「ちょっと」
「なんだよ……」

茶器に紅茶の葉を入れながら言葉を返すオルオ
なんか声が疲れているようだ――と思っているとペトラが背後からスカーフを掴んだ

「ぐっ――おい!」
「あっ、ペトラさん」

先ほどのように、またその手を掴み、なんとかオルオの気道を確保する
するとペトラが彼の体を前後に揺すりながら口を開いた

「女にとって、初めての相手は特別なんだからね!大事にしないと削ぐわよ!」
「分かってるって!」

その返答を聞いて彼女が手の力を緩める
オルオを見て、大丈夫なのを確認するとほっと肩の力を抜いた
自分の為とはいえ窒息させようとするのはやめて欲しい
そう思っているとオルオがこちらに顔を向けた


「はい」
「今度俺の実家に行くか」
「!……はいっ、是非」
「あら、良いじゃない。顔合わせね」
「まあ、一応……っていうか、早く風呂場に戻れ。風邪ひくぞ」
「はい、ごめんなさい」

彼の言葉に、確かに冷えてきたと思い戸口へと向かう
そんな自分を追い抜いてペトラが先に廊下へと出た
そしてびしっと指をさすような動きをして口を開く

「エルド、グンタ!壁の方を向いて目を閉じて!」
「なんだ?」
「どうしたんだ、ペトラ」
「良いから、早く」
「分かった」

そんな声が聞こえて、それからこちらに手招きをして
そろりと廊下に出るとペトラが言った通りの格好をする二人が見えた
申し訳ないと思いながらその後ろを通り抜ける

「良いって言うまでそのままよ」
「おい、なにをしているんだ」
「秘密。……あぁ、・ボザドになるわよ」
「「……はぁ!?」」

大きな声を上げたエルドとグンタが同時に目を開いてこちらを振り返った
あ、と思った時には既に遅く――
二人の目にばっちりと変な格好をしている自分の姿が映ってしまった
二重の驚きに固まる二人にどうしようと思っているとカッカッと足音が聞こえて
目を瞬くと二人の首筋に両手に持った包丁を突き付けるオルオの姿があった

「今すぐ目を閉じろ」
「……わ、分かった」
「もう、なんで見るのよ!」
「ペトラが衝撃的なことを言うからだ!」
「え?結婚したらそうなるじゃない」
「だが、いきなり……」
「良いじゃない、若い二人が結婚するんだから。……二人も早く相手を見付けないと。恋人も結婚も全部オルオに先超されてるじゃない」
「お前はどうなんだ」
「私は良いのよ。一人でいるのが楽しいから」

そんな言葉を交わし、ペトラがこちらの背を押して歩き出す
オルオは兵長の紅茶を淹れている途中だったのでは
蒸らしているのかなと思いながらはペトラに促されるままに浴室への扉を潜った


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


「うぅん……どうしよう」
「そんなに気を使わなくても良いんだぞ」
「でも……えぇと、弟さんがいるんですよね?」
「あぁ」
「うーん、やっぱり紅茶だけだと……お菓子、どれにしようか……」

男の子ならば甘いものは苦手だろうか
それに、ご両親も食べられる物となると悩んでしまうものだった
何度も端から端へと視線を巡らせて、これならばと思うものを手に取る

「これ、どうでしょう?」
「良いんじゃないか。こんな感じのやつ、弟は好きだぞ」
「そうですか。じゃあこれと紅茶で」

漸く手土産が決まったがお店に入ってから既に三十分が経過していた
その間、オルオはずっと隣で待っていてくれたが疲れなかっただろうか
申し訳ないと思いながらお会計を済ませて紙袋を受け取る
それを両腕で抱えると彼も何か買うのか、会計を済ませるのを待った
店員の「ありがとうございました」という声を背に店を出てどちらともなく手を繋ぐ
その動きがぎこちないのが伝わったのかオルオがこちらに顔を向けた

「緊張するなって」
「は、はい……」
「まぁ、驚かれるだろうけど……」
「?」
「俺、女を連れて帰ったことないから」
「そうなんですか……」
「……お前の親にも、挨拶したかったな」
「そうですね……でも、その指輪を持っていてくれたら充分ですよ」

今はシャツの下になっていて見えないが、彼の首には両親が残した指輪がある
大事な形見だったがオルオに持っていて欲しかった
両親だって娘の恋人が持つ事を許してくれるだろう
そう思いながらオルオが歩く通りに進んで、大通りから路地へと入って
見えてきた住宅街には緊張を和らげるように細く息をはいた