04

曇りの日や雨の日を除いて日没の時間に屋上へと出てしまう
クリフジャンパーのお墓の側に立ち、赤く染まる空をじっと見つめていた
今日は黒い雲が浮かんでいて、それが赤黒く染まる様は最後に見た故郷の空を思い起こさせる
あの時、脱出する自分の側に居たのは誰なのか
兄やオプティマスに聞いた話だと、もう自分たち以外にオートボットは居なかったと言われているが――
記録を封じているロックを解除できればそれが分かるのかも知れない
でもそのパスコードが何故か分からなくて
どうして記録に残っていないのだろう
まるで誰かにその部分を削除されてしまったかのようだ
そんな事を考えていると肩に誰かの手が触れるのを感じてカメラアイをそちらへ向ける
見えた大きな手に、慌てて顔を拭うと背後を振り返った

「オプティマス」
「……また、泣いていたのかい?」
「……」
「なにか、悲しいことが?」
「この空の色を見ると……寂しくて、恋しくなるんです」

そう言うと彼が空を見るように顔を僅かに上げる
彼の青色のカメラアイに夕日が反射して不思議な色合いに見えた
カシャリ、と一度瞬くとオプティマスがこちらに顔を向ける


「はい……?」
「この色はまるで……ディセプティコンのカメラアイのようだ」
「っ――!」
「君も気付いているだろう?」
「それは……はい、初めて、見た時から……」

言いながら視線を落として胸元に触れている手に力を籠める
オートボットの青とは違うディセプティコンの赤
この空の色がそれによく似ているのは、初めて目にした時に感じていた
問題は、どうしてそれを恋しく思うのかで――
そう考えていると触れたままのオプティマスの手が摩るように僅かに動かされた

「中に戻ろう。無理に記録を戻す必要はないが……何か問題があれば、ラチェットに相談すると良い」
「……はい」

コク、と小さく頷いてエレベーターの方へと歩き出す
オプティマスと共に箱に乗り、メインフロアのある1Fのボタンを押すと壁に寄り掛かった
暫くは屋上に出るのは止めておこうか
前は兄が来て連れ戻されたし、子どもたちも夕陽を見るたびに泣く自分を心配しているし
はそう思い、こちらを見下ろすオプティマスに気付かれないように細く排気を漏らした


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


今日は子どもたちと一緒にパトロールという名の散策に来ている
街ではなく、自然溢れる場所を歩くのは自分にとっても良い気分転換になってくれた
いつも出動する兄たちを見送ってばかりだったが、こちらの生活にも慣れてきたからそろそろ自分も実戦に出されるらしい
一応、その日に備えて訓練はしているからブレードもブラスターもいつでも使える状態だった

って強いんだね」
「え?」

唐突にそう声を掛けられて川を覗いていた視線をジャックの方へと向ける
すると彼が両手を水に晒しながらこちらを見上げた

「アーシーに聞いたよ。バンブルビーと二人で最後までオプティマスの側を離れなかったって」
「……強いっていうか、比較的機敏に動けるだけ。いま地球にいるオートボットの中で力は一番弱いの」
「そうなの?」
「ふふっ。私、小さいでしょう?小回りが利くから……」
「そっか。って人間で言えば何歳くらいなんだろう」
「う~ん……学生、かな。アカデミーの生徒だったから」
「アカデミーって……トランスフォーマーにも学校があるの?」
「うん。色々と勉強するの」
「へぇ……想像できないよ」
「そう?人間とそう変わらないと思うけど――」

と、そこまで話したところで割と近くからブラスターの射撃音が聞こえた
瞬時に反応するとまずは側に居るジャックを、そして少し離れた場所で涼んでいたラフを腕に抱える
ミコはとその姿を捜そうとしたところで通信が入った

、ちょっと来てくれ!』
「了解!」

片手を通信回路に触れてそう返すとタッと地面を蹴って走り出す
自分を呼んだのはバルクヘッドで、という事は彼のパートナーであるミコが側にいるのだと分かった
腕に抱える二人を落とさないようにしながら跳躍し、木の幹を蹴るとその反動で岩場へと飛び上がる
その場で視線を落とすと十メートル程の崖の下でビーコンと戦闘中の仲間の姿が見えた
この星でディセプティコンと相対すのは初めてで、久々に見る敵の姿にスパークがチリッと音を立てる
は膝を折ると抱えてきたジャックとラフを腕から下ろした

「ミコを連れて来るね。ここで待っていて」
「うん」
「気を付けて」

彼らの言葉に頷いて片腕をブラスターに変化させるとそれを撃ちながら飛び降りる
着地地点に丁度いたビーコンの肩に降りると首の付け根に二発撃ちこんで倒れる彼から離れた

「バルクヘッド」
「おう、早いな!ミコを連れて安全な場所へ!」

チラとカメラアイが向けられた先には倒されたビーコンがいて、その体の影に女の子が隠れている
は放たれるブラスターを避けながら彼女の方へと駆け寄った

「ミコ」
!」

手を伸ばすと彼女がビーコンから離れて縋りついて来る
その体をしっかりと腕に抱くと崖へと向かって走り、跳躍して僅かな岩の突起につま先を掛けた
片手の指先を突き立てるようにして壁面に触れ、上へと体を持ち上げる
片腕は使えないが、難なくジャックとラフを待たせた場所へと飛び上がるとビーコンがこちらを狙って撃ったブラスターを身を屈めて避けた
ふうと排気をすると待っていた二人の男の子が笑顔でこちらを見上げる

、凄い!」
「バンブルビーと同じくらい、速く動けるんだね」
「ふふっ、ありがとう。行くよ」

言いながら彼らも腕に抱えてその場を離れた
とにかくこの子たちは守らないと
それが自分たちの使命なのだから
この辺りには森林が広がるだけなのだがディセプティコンは何をしていたのだろうか
なんの目的があって地球へ降りてきているのだろう
そんな事を考えながら大きな岩を回り込んで――カメラアイに映った姿にザザッと音を立てて足を止めた
僅かに腕に力を込めてしまい、三人の内の誰かが少し苦しそうな声を上げる
申し訳ないと思いながらも片足を後ろに引き、どう動くかを考えた
まずはこの子たちを逃がさないと――と思ったところで十メートル程離れた場所に立つトランスフォーマーがカシャリと紅いカメラアイを瞬く
こちらの顔をじっと見つめるとヘラッと笑い、やれやれというように首を振った

「見掛けねぇと思っていたが……生きてたか」
「……」
「こーんな場所で何やってんだ?オートボットのガキが」
「……ディセプティコン……」
「仕事にうんざりして息抜きに来てみれば……全く、ツイてねぇな」

そう言い、はぁと排気すると両手を腰に当ててゆっくりと近付いて来る
高くなっている踵がガツ、と地面に触れる音が連続で聞こえ、そして――自分とすれ違うようにして脇を通り抜けて行った
驚いて振り返ると数歩進んだ彼がその鋭利な翼越しにこちらを見る

「俺様は休憩中だ。さっさと行け」
「え……?」
「見逃してやるっつーの!気が変わらねぇうちに行けって!」
「あ、ありがとう……」

一体なんのつもりなのか
油断させといて背後から撃つ、なんて事はディセプティコンには簡単だろう
でもそうなったとしても自分を囮にして子どもたちを逃がす時間くらいは稼げるか
はそう思い、前に向き直ると再び走り出した
だが彼はこちらを攻撃することなく、無事に目的の場所まで辿り着いてしまう
三人を腕から下ろすと背後を振り返るが、静かな森林が広がっているだけだった
取り敢えず、戦闘中であろう仲間には子供たちの無事を伝えておく
通信回路から指を離し、ふうと排気すると三人がこちらを見上げた

「スタースクリーム、どういうつもりなんだろう」
「本当に見逃すなんて信じられないよ」
「アイツなら油断させておいて後ろから撃つ、と思ったのに」
「飛べるのに追って来ないし」
「変だよね」
「あ、どこか壊れてるんじゃない?メガトロンに殴られて頭の回線が切れてるのかも」

そんな会話を聞いては僅かに首を傾げた
自分を見ていた三人もどうしたの、というように顔を傾ける

「……それって、さっきのディセプティコンの名前なの?」
「会った事ないの?」
「航空参謀のスタースクリームだよ。サイバトロン星で見たこと無い?」
「……航空、参謀……」
「記録がおかしいせいかな。スタースクリームは卑怯で、色々と面倒なんだよ。を見逃したのは……気紛れ、かな?」
「ほんと。いつものアイツなら飛んで追いかけてきてミサイル撃つような場面だったのに」

そんな言葉を交わしながら膝を抱えるようにしてしゃがみ込んだ
その動きに合わせて皆がこちらを見上げる首の傾きを緩やかにする

「そうね。――でも、彼は私に優しく、て――」
?」
「いつ、も、守って――あの、時も――」
「大丈夫?」
「抱え、て――発着、場に――」
「ね、ねえ、?」

ああ、なんの話をしているのだろう
こんな、記録にない事を、どうして
壊れているのは自分の方かと両手で酷く痛み始めた頭に触れる
心配そうにこちらを見る三人の子どもたち
大丈夫、と言おうとしての視界はプツリと音を立てて暗くなった




『(どうしたんだろう、……)』
「それが、急に電源が切れたみたいに倒れちゃって」
「その前に何か変わったことは?」
「なんか、話し方が変になってたわ」

ミコがそう言うとラチェットがコンソールに触れていた指を離してこちらを振り返る

「変になっていた?」
「何か、動きがおかしいって言うか……カクカクしてるような感じ」
「ふむ……」

そんな会話を聞いてリペア台の上に横たわる妹の手を握った
体のどこを見ても損傷個所はない
子どもたちを安全な場所まで連れて行って間もなく倒れてしまったようだ

は何の話をしてたんだ?」
「それが……直前にスタースクリームに会って」
『(えっ!なにかされたの?)』
「なにも。休憩中だからさっさと行けって見逃してくれたんだ」
「信じられない。あなたたちを抱えて戦えないになにもしなかったの?」
「うん。僕たちも驚いて……」
「それで、スタースクリームが壊れてるんじゃない?って話をしていたらが……」

ミコがそこで口籠り、ちらりと二人の男の子を見る
彼らもチラチラと視線を合わせるとそのまま黙り込んでしまった
どうしたのかとラフに声を掛けようとしたところで彼がこちらを見上げる

「バンブルビー。は、スタースクリームの事を知らないの?」
『(え?)』

その言葉を理解するのと同時に動揺してしまった
がスタースクリームを知らない訳がない
サイバトロン星で、ディセプティコンの航空部隊を率いている姿を何度も見ているのだから
自分の反応と同様に仲間たちも困惑した様子を見せる
それらを見て更に困惑する表情を見せる子どもたちにオプティマスがゆっくりと歩み寄った

2024.06.30 up