「がスタースクリームを知らない筈はない。彼とはサイバトロン星で何度も対峙している」
「そう、なんだ……」
オプティマスの言葉にラフが肩を落とすとジャックが気遣わし気に彼を見てから司令官を見上げた
「でも、はスタースクリームの事を知らないみたいだったよ」
「何?」
「僕たちが名前を言ったら、不思議そうに首を傾げたんだ」
「航空参謀だってことも初めて聞いたみたいに」
「それは……」
ラチェットが何かを言おうとして口を閉じる
スタースクリームはディセプティコンの航空参謀
それを知らないオートボットなんて居る筈がなかった
という事は――
『(のロックが掛かっている記録って……)』
「スタースクリームのことなのかも知れないな」
バルクヘッドに同意されて小さく頷く
一体、どうしてそんな事になっているのか
訳が分からないと思っているとオプティマスが子どもたちに声を掛けた
「は他に何か言っただろうか」
「その……」
「話してちょうだい。シャットダウンした原因を突き止めないと」
『(ラフ、はなんて言ってたの?)』
「……バンブルビー、驚かないでね」
意を決したようにラフが一歩前に出てこちらを見上げる
服の裾を右手でぐっと握ると深く息をはいてから口を開いた
「はこう言ったんだ。でも、彼は私に優しくて。いつも守って。あの時も。抱えて。発着場に……そこまで言って、倒れたんだよ」
その言葉にカシャリとカメラアイを瞬き、一度妹を見てから再びパートナーへ視線を戻す
『(その彼が、スタースクリーム?あいつが、に優しく……?)』
「いつも守っていて……発着場って脱出の時か?」
「あたしたちには分からないけど……、辛そうだったの」
「うん……倒れる前の顔、笑っているのに、泣きそうだったよ」
ジャックがそう言いながら心配そうに横たわる彼女を見る
リペア台に横たわる彼女のカメラアイは暗く、意識は戻っていなかった
皆の会話を聞いたラチェットがふうと排気するとカシ、と後頭部を摩る
「……出来ることならばやりたくなかったが……の記録を見るか」
「え?」
「トランスフォーマーにもプライバシーはある。それを覗くのは気が引けるんだ。ロックが掛けられている部分は特にな」
『(でも、今は……それが必要だと思うよ)』
「そうだな……ラチェット、君に任せる」
オプティマスの言葉に医師が頷くとコンソールからコードを引き出してへと歩み寄った
頭を挟むように二つ接続するとカタカタとキーを打つ
パネルには色々と表示され、次々と小窓が開かれていった
キー操作が速すぎて自分にはよく分からないがロックがかかるファイルまで辿り着いたようでラチェットが手を止める
「さて……バンブルビー、何か思いつく言葉はあるか?」
『(コードキー?)』
「ああ。思いつく言葉を片っ端から当てはめるのも……時間が掛かり過ぎる」
『(う~ん……オプティマス、出来る?)』
「やってみよう」
そう言い、司令官がラチェットと立ち位置を替わってコンソールに両手を触れた
カタカタとキーを打つ音を聞きながらジャックがアーシーに声を掛ける
「オプティマスってああいうの出来るの?」
「ええ。昔は膨大なデータの管理をしていたみたいだから」
「そうなんだ」
「昔って何年前?」
「何千年も昔だ」
ラチェットの言葉にミコがはあと溜息を漏らした
自身が寄り掛かる手摺に頬杖をつくと目だけでバンブルビーを見る
「本当にトランスフォーマーの年齢って凄いのね。バンブルビーは何歳?」
『(え?……数えてないよ)』
「数えてないって」
「う~ん……はバンブルビーよりも年下なのよね?何歳離れてるの?」
『(五歳)』
「五歳離れてるんだって」
「へぇ、そうなんだ。……って、数千年生きてたら五年なんて誤差の範囲よね」
「はアカデミー生だったって話してくれたよ」
「え、学校に通ってたの?」
『(そうだよ。僕が卒業した年に、が高学年に上がったんだ)』
「バンブルビーが卒業した年に、が高学年に進級したみたい」
「そうなの?バルクヘッドも勉強してたの?」
「勿論さ。能力に合わせて、沢山な」
そんな話をしているとコンソールがピピッと音を立てて皆がそちらに注目した
パネルを見ていたオプティマスがこちらへ向き直ると小さく頷く
「解除成功だ」
「早い……流石ね、オプティマス」
『(キーはなんだったの?)』
バンブルビーにそう聞かれて司令官が僅かに視線を落とす
すぐに少年兵に向き直ると珍しく言い難そうに口を開いた
「何重にも掛けられていた。一つは……記録を見れば、分かる」
『(オプティマス……?)』
「……ラチェット、記録の確認を」
「ああ」
オプティマスがラチェットに場所を譲り、不安そうなバンブルビーの肩を摩る
カタカタとキーを叩く音を聞きながらパネルを見ると、ラフが弄るパソコンで見たのと似たようなフォルダがずらりと並んだ
これがが無意識にロックを掛けていたものなのだろうか
その数はかなり多くて――と思っているとその内の一つが開かれた
見上げる青空の向こうから一機の航空機が近付いて来る
間近に近付いたそれが機種を上げると一瞬視界から消えて、ロボットモードになって目の前に下りて来た
青いカメラアイでこちらを見ると小さく笑い、右手でこちらの頭を撫でたのが分かる
「ね、ねえ、これって……」
「スタースクリームの目が青い……」
「戦争が始まる前だ」
「なんか、デートしてるみたいね」
ミコの言葉にバンブルビーが不満そうに低い音を立てた
兄としては、妹の恋愛関係には口出ししたくなるのかも知れない
相手がスタースクリームでは余計に――
さすがに音声まではとラチェットが予めミュートにしていて、会話内容が分からないのが救いか
そう思っている間にも場面が切り替わっていく
どのシーンでも映るのはスタースクリームの姿ばかりだった
彼の表情や仕草から友人関係以上だったのだというのが見て取れる
スタースクリームがこんなにも優しい笑みを見せるとは
今の彼を知っている身としては信じられないが――
そんな事を考えている間にも記録は流れ、次第に街中の風景が閑散としていった
多くのトランスフォーマーが行き来していた大通り
手入れが行き届いていたその場所が廃墟のようになり、火の手が上がる場所もある
誰の姿もないその場所で彼女が空を見上げた
遠くの高いビルから黒煙が立ち上っている
戦争中の記録だと分かり、ジリッとスパークが音を立てた
視線が別の方向へ向けられると航空機が急下降してトランスフォームする
地面に降り立ったスタースクリームが顔を背けるようにして何か話をしていた
そんな彼を見ていた視界が僅かに揺れるとの両手が相手の頬に触れる
顔を自分の方に向けさせると赤くなったカメラアイが見えた
頬に触れる手が僅かに震えるとその手をスタースクリームが掴む
どのような会話がなされているのか
冷却水で歪む視界でが泣いているのは、分かるのだが――
「がオートボットで、スタースクリームがディセプティコンで……」
「辛いよね、好きな人が敵側になるのって……」
「スタースクリームがオートボットになれば良かったのに」
ラフのその言葉にオプティマスは彼の方を見た
この場にいる全員から敵視されているスタースクリーム
今までの事を考えれば、それは当然だろう
彼の過去を知っているのはこの場では自分だけだった
極秘として、誰にも話す事は無かったのだから
「スタースクリームは……」
ぽつりとそう漏らすと皆が自分に意識を向けるのが分かった
視線を感じながら眠っているへとカメラアイを向けて言葉を続ける
「元々は、オートボットだった」
「えっ!?」
「スタースクリームが?」
「マジで?なんでディセプティコンになんてなっちゃってるの?」
「所属していた期間は短い。彼は……裏切られたんだ。その地位を妬んだオートボットの仲間に。その後、暫くは中立の立場で居たが……メガトロンと出会い、彼の元へ行ってしまった」
「そう、だったのか。知らなかった……」
ラチェットの言葉に他の三体のトランスフォーマーも同意する
ほんの一部の者しか知らない事実だった
「……そうだったのね。それを知っていたら……」
「過去のことだ」
「そうね……今更、どうにも出来ないわ」
アーシーの言葉を聞いて再び映像の映るパネルへカメラアイを向けた
戦争が続き、この場にいる仲間の姿が頻繁に映る
そして、故郷の星を離れる時の記録が表示された
バンブルビーに手を引かれて走っている
だがディセプティコンが簡単に二体を行かせる訳はなく、次々と襲い掛かっていった
それをブレードで、ブラスターで倒しながら先へ進み、気付くとバンブルビーの姿が見えなくなっている
兄を捜すようにの視界が周囲を見回していた
疲れているのか、視界が揺れて何度も地面を映している
やがて膝を付いたようで、焼け焦げたプレートに触れる白く小さな手が見えた
何かに気付いたように右を向くとトランスフォーマーの残骸を乗り越えて一体の男が現れる
彼――スタースクリームはに駆け寄ると側に膝を付いて何か声を掛けていた
それから疲れ切った彼女を腕に抱き上げてポッドの発着場まで連れて行く
一つのポッドにを乗せると彼がほんの僅かに笑って見せた
ラチェットがコンソールに触れたままの手で何かのスイッチを切り替える
すると映像だけだった記録から音声が流れ聴覚センサーに触れた
『ここまで来れば大丈夫だ』
『あなたは……まだ、ここに居るの?』
『こっちはまだ撤退命令出てねーからな』
『でも、この星はもう――』
と、そこまで口にしたところで衝撃に視界が揺れる
他のディセプティコンがブラスターを撃ったのだろうか
すぐさまスタースクリームが反撃をすると武装解除をしてこちらに向き直った
それから彼が短く排気をするとポッドの左右の縁に両手を触れて――
そのまま身を乗り出すようにして顔が近付き、カシャと小さく音を立てた
恐らく、今のは――と、思っているとバンブルビーが高い音を鳴らすのを聞いて少しだけ気まずさを覚える
すぐに顔が離されるとスタースクリームがポッドの内側にあるパネルに指を触れた
自分からは見えない位置にあるそれを間違いなく操作すると両手をポッドから離す
それとほぼ同時にハッチが閉まり、の視線がパネルを映した
カウントダウンが表示されると二体を隔てる強化ガラスに両手を触れる
『あなたも早く――』
『俺のことは忘れろよ』
『え……?』
『今までの事は全部忘れて、次に会った時は敵同士だ。……楽しかった……生き残れよ』
カメラアイを細め、笑ってそう口にする彼
数歩後ろへと引く姿を見たのを最後にポッドが射出され、瞬く間にその姿が遠ざかってしまった
はじっと彼が居た場所を見つめていて、ガラスに触れている両手の指が握りこまれる
『忘れる、なんて……』
そう呟き故郷の星を宇宙から見た場面で映像がプツリと消えた
見入っていた皆が排気を、溜息をもらしてからへと視線が移される
相変わらず、彼女は指の一本も動かす事なく横たわっていた
ただ、そのカメラアイの縁から冷却水が伝い落ちているだけで――
それに気づいたバンブルビーがそっと妹の頬に触れると装甲を傷付けないように優しく拭うのを、皆は黙って見つめていた
2024.10.13 up