作品ID:127
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桜の鬼
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
桜の鬼
前の話 | 目次 | 次の話 |
前にここに来たときは、山犬に追われていた。
今はそうではないが、それに似たような速度でなければ間に合わない。
「は、間に、合え!」
低い枝を跳ね除け、草を掻き分け、桜の元へ急ぐ。
「この鎖は少々特殊でなぁ……。炎もそうだ。消えろ、化け物」
そして急に遠くに視界が開け、そこから見えたものは、いくつか枝を落とされた桜と、桜火の姿。
桜と桜火には鎖がかけられており、桜火の動きを封じている。
次々と枝は落とされ、何かを呟きながら火をつけられ、燃やされていく。もう桜は炎に包まれており、桜花も苦しそうだ。
数人の男たちが進み出て、地面に膝をついた桜火を突き刺そうと動く。
「死ね! 鬼ぃ!」
そして、それもただならぬ雰囲気をかもし出す刀が――――――
――桜火を貫く寸前で咲を貫いた。
刹那、その場に静寂と混乱が満ちた。
「な、さ、咲ぃ!」
最初に声をあげたのは咲の父親。
「何故、何故ここにっ!」
咲は傷口と口から血を零しながら――即死でなかった事がおかしくないくらいだが――溢れた血で焼けたのどから声を絞り出す。
「……抜け出して来たに、決まって、るだろうが、馬鹿が、っ……」
「咲」
「お前も、お前だ、何で、逃げるとか反撃するとか、しないんだ」
桜火は困ったように笑って呟く。
「もう、良いかと思ったんだ。死んでも」
「ならばおとなしく殺されておればいいのだ! 何故咲が!」
「だま、れ、豚」
「んなっ!」
「だめだろ、それじゃ」
「どうして……?」
「だってさ、殺されたらだめだろ」
「……咲?」
「あーこれが、貧血かな。ちょっと新鮮」
「馬鹿、何言って」
ずる、と刀が引き抜かれ、桜火に寄りかかるようにして倒れる。
「……もうだめ、っぽいな」
「咲」
「つい、さぁ、体が動いて……。助けたの、迷惑だった?」
「迷惑なんかじゃ、ない」
咲の顔からは血の気が失せ、体温も徐々に下がり、息遣いも荒くなっている。死んでいないのがおかしい、と今にも燃え尽きようとしている桜は思う。そして同じ存在である桜火もまた。
周りを取り巻いていた村人たちは一歩、二歩と後退していく。
「そか、良かった……」
「でもお前が死んだら駄目だろうが……!」
「ごめんなぁ……。また、どっかで、会えるといいなぁ。そしたら、これが永遠の別れじゃなくなるじゃん。そしたら良いなぁ……」
「咲」
「ごめん、眠い……。もう、寝るよ……」
「咲? ……おい、咲?」
――ごめんな――
桜火の呟きはもう咲には届かなかった。咲はゆるゆると瞼を下ろし、それを二度と開くことはなかった。
「鬼め……! 咲を、私の咲をよくもぉぉっ!」
傍らにへたり込んでいた村人から刀を奪い取ると、咲の父親は桜火へと切りかかる。そのまま行けば、動けぬ桜火など斬り伏せられると誰もが思っただろう。村人たちに喜色が戻る。
「覚悟ー!」
咲の亡骸を抱いていた桜火は、刀が到着するまでの僅かな時間、咲にそっと口付けて、ゆらりと腕を上げる。斬りかかってきた咲の父親は一瞬驚くも、そのまま刀を振り下ろす。
しかし。その刀は桜火を斬れなかった。
防いだのは桜火自身。桜火があげた腕が刀をあっさりと受け止めたのだ。
「……俺を斬るのはお前には無理だ」
素手で刀を握りつぶすと、地面に桜火を縛り付けていた鎖が弾け飛び、咲の父親は呆然としたまま吹き飛ばされた。
そしてそれから始まったのはほぼ一方的な殺戮。
手始めに咲を突き殺したものたちを、そうでないものたちを、首を折り、断ち切り、骨を砕き、人が嘘のようにただの肉片へと変えられていく。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
血が、花びらのように散り、桜火を彩る。その姿、正に鬼。
頭を握り潰され、砕かれ、頚椎を引きちぎられ、腕や足がもげ、一人残さず狩り尽くさんとする桜火は止まらない。
人が、崩れる。
死ぬ。
死が満ちたその場所に、終止符を打つ声が響く。
「……桜を切り倒せぇー! 鬼を殺すんだ!」
咲の父親の声。
自身も火を持ち、斧で桜の幹を切り刻み、その間にも次々と死んでいく村人たちには目もくれず、遂に桜は切り倒された。
そして獣の油をかけられ、桜に火が灯される。
桜が燃えた。
それでも気がすまないのか、咲の父親は、手にしていた斧でさらに枝を落とし、幹を叩き、燃やし、蹴りつけ、燃やして燃やして燃やして燃やして――狂った笑いをあたりに響かせる。
そして殺戮の音が止んだ方向を向く。
狂気の笑みを浮かべ、さらに桜を切り刻む。
人は、殺し尽くされ、桜の方にいた数人しか残っていないが、それでも咲の父親の狂った笑いは止まらない。
桜火が末端から燃えていくのを目にしたから。
けれどそれで桜火は止まらない。死ぬ恐怖など感じていないかのように。一瞬で距離を詰め、先を父親、周りにいた数人、引っかくようにして殺していく。
一人、必死で逃げて逃げて、黄龍とすれ違った男がいた。
それを追おうとするも、足が燃えた。
手が燃えた。
必死で駆ける。
「っ……あ、咲…………っ! ……き」
その手を咲へ向け、炎に包まれた先が咲の亡骸に触れたと思うと、声のない慟哭を残して炎の残滓が消え失せる。
それと共に、桜も燃え尽きる。
――――――???、?――――!
後に残るのは、桜火が殺した村人たちの死体と、咲の亡骸。
その様子を、ようやく辿り着いた黄龍が見た。咲に手を伸ばした紅い鬼が、炎となって消える様を。
「おいおい、嘘だろ……?」
ふらりと咲に近寄り、婚礼の装束のまま横たわる咲の横に膝を落とす。
「間に合ったけど間に合わなかったってか……? 冗談じゃないぜ……」
咲の口元の血をぬぐって呟く。
もう、十六夜の月は高く上り、惨劇の跡を照らし出す。
明るいはずなのに、夜は暗い。
今はそうではないが、それに似たような速度でなければ間に合わない。
「は、間に、合え!」
低い枝を跳ね除け、草を掻き分け、桜の元へ急ぐ。
「この鎖は少々特殊でなぁ……。炎もそうだ。消えろ、化け物」
そして急に遠くに視界が開け、そこから見えたものは、いくつか枝を落とされた桜と、桜火の姿。
桜と桜火には鎖がかけられており、桜火の動きを封じている。
次々と枝は落とされ、何かを呟きながら火をつけられ、燃やされていく。もう桜は炎に包まれており、桜花も苦しそうだ。
数人の男たちが進み出て、地面に膝をついた桜火を突き刺そうと動く。
「死ね! 鬼ぃ!」
そして、それもただならぬ雰囲気をかもし出す刀が――――――
――桜火を貫く寸前で咲を貫いた。
刹那、その場に静寂と混乱が満ちた。
「な、さ、咲ぃ!」
最初に声をあげたのは咲の父親。
「何故、何故ここにっ!」
咲は傷口と口から血を零しながら――即死でなかった事がおかしくないくらいだが――溢れた血で焼けたのどから声を絞り出す。
「……抜け出して来たに、決まって、るだろうが、馬鹿が、っ……」
「咲」
「お前も、お前だ、何で、逃げるとか反撃するとか、しないんだ」
桜火は困ったように笑って呟く。
「もう、良いかと思ったんだ。死んでも」
「ならばおとなしく殺されておればいいのだ! 何故咲が!」
「だま、れ、豚」
「んなっ!」
「だめだろ、それじゃ」
「どうして……?」
「だってさ、殺されたらだめだろ」
「……咲?」
「あーこれが、貧血かな。ちょっと新鮮」
「馬鹿、何言って」
ずる、と刀が引き抜かれ、桜火に寄りかかるようにして倒れる。
「……もうだめ、っぽいな」
「咲」
「つい、さぁ、体が動いて……。助けたの、迷惑だった?」
「迷惑なんかじゃ、ない」
咲の顔からは血の気が失せ、体温も徐々に下がり、息遣いも荒くなっている。死んでいないのがおかしい、と今にも燃え尽きようとしている桜は思う。そして同じ存在である桜火もまた。
周りを取り巻いていた村人たちは一歩、二歩と後退していく。
「そか、良かった……」
「でもお前が死んだら駄目だろうが……!」
「ごめんなぁ……。また、どっかで、会えるといいなぁ。そしたら、これが永遠の別れじゃなくなるじゃん。そしたら良いなぁ……」
「咲」
「ごめん、眠い……。もう、寝るよ……」
「咲? ……おい、咲?」
――ごめんな――
桜火の呟きはもう咲には届かなかった。咲はゆるゆると瞼を下ろし、それを二度と開くことはなかった。
「鬼め……! 咲を、私の咲をよくもぉぉっ!」
傍らにへたり込んでいた村人から刀を奪い取ると、咲の父親は桜火へと切りかかる。そのまま行けば、動けぬ桜火など斬り伏せられると誰もが思っただろう。村人たちに喜色が戻る。
「覚悟ー!」
咲の亡骸を抱いていた桜火は、刀が到着するまでの僅かな時間、咲にそっと口付けて、ゆらりと腕を上げる。斬りかかってきた咲の父親は一瞬驚くも、そのまま刀を振り下ろす。
しかし。その刀は桜火を斬れなかった。
防いだのは桜火自身。桜火があげた腕が刀をあっさりと受け止めたのだ。
「……俺を斬るのはお前には無理だ」
素手で刀を握りつぶすと、地面に桜火を縛り付けていた鎖が弾け飛び、咲の父親は呆然としたまま吹き飛ばされた。
そしてそれから始まったのはほぼ一方的な殺戮。
手始めに咲を突き殺したものたちを、そうでないものたちを、首を折り、断ち切り、骨を砕き、人が嘘のようにただの肉片へと変えられていく。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
血が、花びらのように散り、桜火を彩る。その姿、正に鬼。
頭を握り潰され、砕かれ、頚椎を引きちぎられ、腕や足がもげ、一人残さず狩り尽くさんとする桜火は止まらない。
人が、崩れる。
死ぬ。
死が満ちたその場所に、終止符を打つ声が響く。
「……桜を切り倒せぇー! 鬼を殺すんだ!」
咲の父親の声。
自身も火を持ち、斧で桜の幹を切り刻み、その間にも次々と死んでいく村人たちには目もくれず、遂に桜は切り倒された。
そして獣の油をかけられ、桜に火が灯される。
桜が燃えた。
それでも気がすまないのか、咲の父親は、手にしていた斧でさらに枝を落とし、幹を叩き、燃やし、蹴りつけ、燃やして燃やして燃やして燃やして――狂った笑いをあたりに響かせる。
そして殺戮の音が止んだ方向を向く。
狂気の笑みを浮かべ、さらに桜を切り刻む。
人は、殺し尽くされ、桜の方にいた数人しか残っていないが、それでも咲の父親の狂った笑いは止まらない。
桜火が末端から燃えていくのを目にしたから。
けれどそれで桜火は止まらない。死ぬ恐怖など感じていないかのように。一瞬で距離を詰め、先を父親、周りにいた数人、引っかくようにして殺していく。
一人、必死で逃げて逃げて、黄龍とすれ違った男がいた。
それを追おうとするも、足が燃えた。
手が燃えた。
必死で駆ける。
「っ……あ、咲…………っ! ……き」
その手を咲へ向け、炎に包まれた先が咲の亡骸に触れたと思うと、声のない慟哭を残して炎の残滓が消え失せる。
それと共に、桜も燃え尽きる。
――――――???、?――――!
後に残るのは、桜火が殺した村人たちの死体と、咲の亡骸。
その様子を、ようやく辿り着いた黄龍が見た。咲に手を伸ばした紅い鬼が、炎となって消える様を。
「おいおい、嘘だろ……?」
ふらりと咲に近寄り、婚礼の装束のまま横たわる咲の横に膝を落とす。
「間に合ったけど間に合わなかったってか……? 冗談じゃないぜ……」
咲の口元の血をぬぐって呟く。
もう、十六夜の月は高く上り、惨劇の跡を照らし出す。
明るいはずなのに、夜は暗い。
後書き
作者:久遠 |
投稿日:2010/01/21 17:19 更新日:2010/01/21 17:19 『桜の鬼』の著作権は、すべて作者 久遠様に属します。 |
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