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ドライセン王国シリーズ:滔々と流れる大河のように(冒険者編)
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
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第六章「死闘」:第12話「葬儀」
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第6章.第12話「葬儀」
氷の月、第二週日の曜(二月六日)の朝、ミルコの葬儀を行うため、ギルド支部長のクラウスが現れた。
昨夜、守備隊から連絡が行き、手配してくれたそうで、合わせてエルナの葬儀も執り行う予定になっている。
支部長たちと話をしているとクリスティーネが走りこんできた。
「シルヴィアさんの意識が! 意識が戻りました!」
クリスティーネはうれしそうな顔で俺にそう言うと、腕を引っ張っていく。俺は彼女に導かれるまま、部屋に駆けこんでいった。
シルヴィアの部屋に入ると、いつもと同じように無表情な彼女が、扉の方を見ていた。
「アマリーを守りきれなかった。済まなかった……」
彼女はボソリとそう言い、視線を合わせようとしない。
「大丈夫だ。アマリーは必ず助かる。助けてみせる。意識さえ戻れば何とかなるはず……」
俺には医療の知識は無い。もちろん、治癒魔法の原理も理論も知らない。
だが、俺がそう言えばシルヴィアにも希望が持てるだろう。
実際、意識さえ戻れば、食事も出来るし、体力を回復させることが出来るはずだ。
今でも魔力が戻るたびに治癒魔法を掛けているので、体力は少しずつ回復している。
俺はシルヴィアに治癒魔法を掛けてから、アマリーのベッドの横に行く。
アマリーの魔力は少しずつ回復しているので、その都度治癒魔法を掛けているが、未だ目覚めない。
彼女の頬を撫でながら、アマリーの意識が戻ってくることを祈っていた。
(アマリー、帰って来い! 人工呼吸で帰って来れたんだから、もう一回戻って来い!)
鑑定に”脳死”というのが出るのか出ないのかを知らない俺は、”脳死”という言葉が脳裏に浮かんで離れていかない。
(一度目覚めたんだ。脳死じゃない。必ず意識は戻る。戻ってくれ……)
もう一度、頬を撫で、ポーションを口に含み、口移しでアマリーに飲ませる。
扉の近くにいるクリスティーネに、
「クリス、シルヴィアに何か飲み物を持ってきて。俺が見ているから」
クリスティーネは静かに部屋の外に出て行き、アマリー、シルヴィア、俺の三人だけがこの部屋に残された。
「シルヴィア、済まなかった。俺がもっとしっかりしていれば……油断しなければこんなことにならなかった……」
「・・・」
「襲ってきたのは、グンドルフの一味だったみたいだ」
俺はシルヴィアとクリスティーネが、初対面であることに気付き、説明を加えた。
「さっきそこにいたのが、クリスティーネ。彼女たちはグンドルフ本人に襲われ、二人が重傷を負った。助けに入った俺の師匠、ミルコが死んだ」
シルヴィアは黙って俺の話を聞いている。
「前に話をしたエルナも殺された。二人とも俺がいなければ、こんなことにならなかったのに……」
俺は後悔からか、早口にそう説明した。
彼女はゆっくりと体を起こしながら、「その二人は今、どこに?」と聞いてきた。
一瞬、何のことか判らず、呆けてしまったが、すぐに、
「一階に寝かせている。もうすぐ棺に納めるところだ」
「済まないが、私をそこに連れて行ってくれないか。私も会ってみたい」
彼女はベッドから出ようとしていた。
俺は意図が判らなかったことと、無理をすれば再び危険な状態になることから、シルヴィアの手を押えて起き上がらないよう懇願していた。
「まだ、無理が出来る状態じゃないんだ! 頼む、寝ていてくれ!」
「いや、どうしても会わなければいけない。頼む、ここで会わなければ二度と会えないんだ」
俺はシルヴィアがここまで強硬に願いをいうのを、聞いたことが無かった。
クリスティーネが戻ってきたので、シルヴィアに飲み物を飲ませ、寝させようとするが、何度も会わせて欲しいと頼んでくる。
俺は根負けし、
「クリス。済まないが少しの間、アマリーを見ていてくれ。すぐに戻るから」
俺はシルヴィアを抱きかかえ、一階のエルナ、ミルコのところに降りていく。
既に棺が用意されており、俺が戻り次第、納めるつもりだったようだ。
シルヴィアは俺の腕から降り、おぼつかない足取りで二人のところに歩いていく。
そして、二人の横に跪き、何か呟いている。
「タイガ、もうすんだ。我儘を言って済まなかった」
シルヴィアは呟くような小さな声でそう言うと、自分の足で帰ろうとする。ふらつく姿を見て、もう一度抱きかかえて部屋に連れて行った。
彼女が二人に何を呟いていたのか、気になったので聞いてみるが、彼女は何も教えてくれなかった。
俺はシルヴィアを部屋に連れて行ってから、ミルコとエルナの下に戻ってきた。
二人の遺体を棺に収められ、そして、最後の別れをしていく。
(ミルコ。楽しかったぜ。あんたのおかげで強くなれた。感謝してるぜ、師匠……)
土産の酒の壷を棺に納め、「ゆっくり飲んでくれ」と小さく声をかける。
エルナのところに行き、持っていた飴を棺に入れる。
(エルナ。ごめんな。もっとたくさん話をしたかった。これから楽しいことがっていう時に……この飴が好きだったよな。ゆっくり舐めてくれ)
俺はエルナにキスをし、そして立ち上がった。
外は一昨日からの雪もようやく小降りになり、昨日までのさらさらの粉雪が辺り一面に積もっている。
時折、雲の間から光の柱が降りてきており、白銀の世界がとても幻想的だった。
棺は騎士団に担がれ、俺たちは北にある墓地に歩いていく。
周りには五十名の守備隊とミルコの葬儀に出る冒険者でかなりの人数になっていた。
墓地に着き、予め掘られていた穴に棺が納められる。
神官の祈りと支部長の弔辞が終わると、土が入れられ、徐々に棺が見えなくなっていく。
いつの間にか俺は跪き、号泣していた。
「絶対に仇をとる! 見ていてくれ! ミルコ! エルナ!」
演技でもなんでもなく、俺はそう叫んでいた。
葬儀も終わり、屋敷に戻るが、まだ涙が止まらない。
アマリーの状況は相変わらずだが、他の重傷者は治癒魔法のおかげで、かなり回復してきている。
(治癒魔法は凄いと思うよ。あれだけの重傷でもこんなに早く回復するんだから。でも、どうしてアマリーは目覚めない。どうして……)
ノーラたち五人にシルヴィアのことを改めて紹介し、シルヴィアにも同様に彼女たちのことを紹介していく。
シルヴィアのぶっきらぼうな表情に戸惑いを見せる五人だが、一緒にいたアマリーの意識が戻らないからと、勝手に解釈しているようにも見える。
テオはまだ安静の身だが、アクセルは既に起き上がり一階の食堂でラザファムと話をしていた。
ちょうどいいので、ノーラたち、シルヴィア、アクセルにこれからの計画を伝えておく。
迷宮に篭るという話でノーラたちが反対し、一人でグンドルフに罠を掛けるというところで全員に反対された。
「済まないが、俺のやりたい様にさせてもらう。迷宮については心配しなくても無茶はしない。普段にやっていることに、階段で寝るのが増えただけだから問題ない」
「しかし、階段で寝ても体力は回復しません! それに誰かに襲われたら……」
ノーラが心配そうにそう伝えてくるが、
「大丈夫だ。ミルコの無茶な要求に比べたら大したことはない。知っているだろ、刃を潰した訓練用の剣で、オークウォーリアと戦わされたんだぜ。それに比べたら全然問題ない」
俺は少しおどけた雰囲気でそういい、
「五十階くらいに来ているパーティだ。俺を襲うほど困っている奴もいないだろうし、俺の装備は目立つから売りにも出せない。大丈夫、扉に鈴を付けて開いたらわかるようにするつもりだから、奇襲されることはない」
まだ、納得していないようだが、この程度の無茶はいつものことと諦めてくれたのかもしれない。
一人でグンドルフと決着を付けることについては、シルヴィアが、弓使いの危険を訴えてくる。
「相手は二十人以上いるのだろう。それに十人以上も弓使いがいる。罠に掛けるも何も遠距離から射殺されて終わってしまうぞ」
「その点も考えてある。うまく行けば一気に弓を無効化できるし、失敗しても魔法で何とかする。それに俺と同等の使い手で森の中で行動できる奴がいなければ、逆に足手纏いだ」
「しかしだ……」
更に言い募るシルヴィアに対し、命令を下す。
「シルヴィア、これは命令だ。俺が一人でグンドルフと決着を付けるのを邪魔するな。ここで待っていろ」
卑怯な手だが、俺は隷属の首輪の力を利用し、シルヴィアの行動を制限することにした。命令を無視すると苦痛が与えられるので、これで追いかけてくることは出来ないだろう。
更にアクセルとノーラたちにも、
「はっきり言っておくが、全員足手纏いだ。邪魔するようなら、麻痺の魔法を掛けてでも一人で行くからな」
俺はそう宣言し、話し合いを打ち切る。
俺のことを心配してくれるのは本当にうれしい。
だが、俺の身近な人が傷付くのをもう見たくない。ミルコやエルナのようなことは二度とごめんだ。
こっちの世界に来てから、人が死ぬのを間近で見たし、逆に何人も殺した。
日本にいる頃は、日常で死に向き合うことなんてなかった。
だから、こっちに来たとき、精神耐性なんてスキルを付けたんだが、そのせいもあって、今まで人の死を理解しようとしていなかった。
ミルコとエルナが死に、初めて”死”というものが”リアル”になった。
もう話すこともできない、笑い合うこともできない、怒鳴りあうことも、愛し合うことも……
人の魂がどうなるのかは判らない。いろんな宗教でいろんなことが言われているが、そんなことはどうでもいい。
人が死ねば、残された者は思い出しか残らない。もう、未来を共有することはできない。
この事実がこれほど苦しいものだと、二人の死で初めて知った。
だから、俺は自分のために犠牲になるなんてことが許せない。
たとえ、俺が死に残された者が今の俺と同じ思いをすることになっても、その考えは変わらない。
それが我儘だということは理解している。
残された者が悲しむということも判っている。
だが、俺の心はこれ以上の喪失感に耐えられそうに無い。精神耐性なんてスキルでは本当の悲しみに耐えることはできない。
だから、俺は一人で決着を付ける。
誰がどう言おうとも。
午後二時頃、代官のホフマイスターが掃討作戦について確認しにきた。
そして、つい先ほど第三騎士団長グローセンシュタイン子爵からの伝令が到着したことを教えてくれた。
「閣下からの情報では、グンドルフなる盗賊がタイガ殿を狙っているというもので、シュバルツェンベルクの警戒レベルを引上げるようにとの指示でした。この情報がもっと早ければ、雪に閉ざされなければ、グンドルフを捕らえることができたのですが……」
「過ぎたことです。雪が降らなくても間に合わなかったでしょう」
俺は努めて冷静にそう答えたが、心の中では別のことを考えていた。
(一日、たった一日でも伝令の出発が早ければ、エルナたちは死ななかったかもしれない。たった一日……)
俺はその考えを振り払うため、すぐにその話を切り上げ、掃討作戦の打合せに入った。
期間は明日、明後日の二日間。その後は街と街道の警備を重点的に行ってもらうことも依頼する。
俺は偵察要員として、冒険者を二十名程度雇うことを提案し、そして了承された。
ギルドへの依頼は、守備隊の方で行い、明日の朝八時にギルド前に集合する予定となった。
本来なら現場の指揮は守備隊の先任の騎士が取るのだろうが、准男爵である俺が執るようにホフマイスターに言われた。
彼は今回の件で俺に負い目を感じているため、気を使ってくれたようだ。
その後、屋敷の部屋割りを変更し、騎士団が休める体制を整え、食事などの細々としたことも守備隊と詰めていく。
夕方、食堂に動けるもの全員を集め、明日から掃討作戦を行うことを宣言する。
重傷を負ったものは屋敷に待機させることとし、守備隊からの警備担当も含め、指揮をアクセルに任せることにした。
アクセルはまだ本調子でないことを自覚し、特に異議は申し立てなかった。
ラザファムには俺と共に掃討作戦に参加してもらい、全力で掃討作戦を行うつもりでいる。
恐らくグンドルフは尻尾を出さないだろうが、それでも万が一捕捉できれば、この作戦で片を付けてしまいたい。
掃討作戦には、シュバルツェンベルク守備隊六十名に、クロイツタール騎士団からラザファム・フォーベック以下十五名が参加する。
掃討部隊は本隊と別働隊四隊に分けることとし、本隊は三十名、別働隊には冒険者を配置し、それぞれ二十名の編成とする。クロイツタール騎士団は本隊に入ることにした。
別働隊が本隊を中心に扇状に索敵を実施する。敵発見後、本隊が急行、殲滅するという大雑把な作戦だ。一度も訓練していない混成部隊で緻密な作戦を立てても仕方が無いので、連絡方法だけ徹底させて、それでよしとしておく。
その日の夜、駄目元でアマリーに再生を掛けてみることにした。
鑑定では出ないが、脳の機能障害の可能性がある。脳に再生を掛ければ、もしかしたら目覚めるかもしれない。
これが駄目なら、異常状態回復も試してみるつもりだ。
とにかく自分に出来ることはすべて試そうと思っている。
アマリー、シルヴィアの部屋に行くが、やはりアマリーの状態は変わっていない。
シルヴィアにサポートを頼み、アマリーの頭に再生魔法を施してみた。
白い光がアマリーの金色の髪を少し持ち上げ、魔力が入っていくのが判る。
彼女の顔に汗の玉が出始め、少し苦しそうな表情に変わった。
(いけるかもしれない! アマリー、戻って来い!)
俺は更に魔力を流し続け、自分の魔力のほとんどすべてを注ぎ込んだ。
荒い息をしながら、鑑定をするが、体力、魔力とも変化なし。
表情も元に戻り、特に何も起こらなかった。
(駄目だったか。もう魔力がほとんど無い。異常状態回復は明日の朝だな)
俺はシルヴィアに声を掛け、様子を見ていてくれるカティアに「後を任す」と言って部屋を出ようとした。
その時、小さな掠れるような声を耳にしたような気がした。
「タイガさん……無事だったの……」
俺が振り向くとアマリーがこちらを見つめ、必死に手を伸ばそうとしていた。
すぐにベッドの横に戻り、
「もう大丈夫だ! すぐに良くなる。本当に良かった!」
アマリーの手を握り、俺は涙を流して叫んでいた。
シルヴィアも「良かった」と声を上げて駆け寄ってくる。
鑑定で見ても何も変わっていないので、再生が効いたのか、偶然なのかは判らないが、後は体力を回復させるだけだ。
「他の人は、アクセル様、テオフィルス様はご無事ですか?」
「二人とも大丈夫、アクセルはもう起き上がって仕事をしているし、テオはまだ寝ているけどすぐに良くなる。まあ、あんな熊みたいな奴が、そうそうくたばることはないよ」
俺はうれしくなって軽口を叩き、アマリーを笑わせようとしていた。
そして、アマリーにポーションを与え、消化のいい物を食べさせる。彼女は疲れたのか、すぐに眠りについた。
(これで憂いなく戦える)
俺は明日、明後日の掃討作戦とその後の決戦に向け、決意を新たにした。
氷の月、第二週日の曜(二月六日)の朝、ミルコの葬儀を行うため、ギルド支部長のクラウスが現れた。
昨夜、守備隊から連絡が行き、手配してくれたそうで、合わせてエルナの葬儀も執り行う予定になっている。
支部長たちと話をしているとクリスティーネが走りこんできた。
「シルヴィアさんの意識が! 意識が戻りました!」
クリスティーネはうれしそうな顔で俺にそう言うと、腕を引っ張っていく。俺は彼女に導かれるまま、部屋に駆けこんでいった。
シルヴィアの部屋に入ると、いつもと同じように無表情な彼女が、扉の方を見ていた。
「アマリーを守りきれなかった。済まなかった……」
彼女はボソリとそう言い、視線を合わせようとしない。
「大丈夫だ。アマリーは必ず助かる。助けてみせる。意識さえ戻れば何とかなるはず……」
俺には医療の知識は無い。もちろん、治癒魔法の原理も理論も知らない。
だが、俺がそう言えばシルヴィアにも希望が持てるだろう。
実際、意識さえ戻れば、食事も出来るし、体力を回復させることが出来るはずだ。
今でも魔力が戻るたびに治癒魔法を掛けているので、体力は少しずつ回復している。
俺はシルヴィアに治癒魔法を掛けてから、アマリーのベッドの横に行く。
アマリーの魔力は少しずつ回復しているので、その都度治癒魔法を掛けているが、未だ目覚めない。
彼女の頬を撫でながら、アマリーの意識が戻ってくることを祈っていた。
(アマリー、帰って来い! 人工呼吸で帰って来れたんだから、もう一回戻って来い!)
鑑定に”脳死”というのが出るのか出ないのかを知らない俺は、”脳死”という言葉が脳裏に浮かんで離れていかない。
(一度目覚めたんだ。脳死じゃない。必ず意識は戻る。戻ってくれ……)
もう一度、頬を撫で、ポーションを口に含み、口移しでアマリーに飲ませる。
扉の近くにいるクリスティーネに、
「クリス、シルヴィアに何か飲み物を持ってきて。俺が見ているから」
クリスティーネは静かに部屋の外に出て行き、アマリー、シルヴィア、俺の三人だけがこの部屋に残された。
「シルヴィア、済まなかった。俺がもっとしっかりしていれば……油断しなければこんなことにならなかった……」
「・・・」
「襲ってきたのは、グンドルフの一味だったみたいだ」
俺はシルヴィアとクリスティーネが、初対面であることに気付き、説明を加えた。
「さっきそこにいたのが、クリスティーネ。彼女たちはグンドルフ本人に襲われ、二人が重傷を負った。助けに入った俺の師匠、ミルコが死んだ」
シルヴィアは黙って俺の話を聞いている。
「前に話をしたエルナも殺された。二人とも俺がいなければ、こんなことにならなかったのに……」
俺は後悔からか、早口にそう説明した。
彼女はゆっくりと体を起こしながら、「その二人は今、どこに?」と聞いてきた。
一瞬、何のことか判らず、呆けてしまったが、すぐに、
「一階に寝かせている。もうすぐ棺に納めるところだ」
「済まないが、私をそこに連れて行ってくれないか。私も会ってみたい」
彼女はベッドから出ようとしていた。
俺は意図が判らなかったことと、無理をすれば再び危険な状態になることから、シルヴィアの手を押えて起き上がらないよう懇願していた。
「まだ、無理が出来る状態じゃないんだ! 頼む、寝ていてくれ!」
「いや、どうしても会わなければいけない。頼む、ここで会わなければ二度と会えないんだ」
俺はシルヴィアがここまで強硬に願いをいうのを、聞いたことが無かった。
クリスティーネが戻ってきたので、シルヴィアに飲み物を飲ませ、寝させようとするが、何度も会わせて欲しいと頼んでくる。
俺は根負けし、
「クリス。済まないが少しの間、アマリーを見ていてくれ。すぐに戻るから」
俺はシルヴィアを抱きかかえ、一階のエルナ、ミルコのところに降りていく。
既に棺が用意されており、俺が戻り次第、納めるつもりだったようだ。
シルヴィアは俺の腕から降り、おぼつかない足取りで二人のところに歩いていく。
そして、二人の横に跪き、何か呟いている。
「タイガ、もうすんだ。我儘を言って済まなかった」
シルヴィアは呟くような小さな声でそう言うと、自分の足で帰ろうとする。ふらつく姿を見て、もう一度抱きかかえて部屋に連れて行った。
彼女が二人に何を呟いていたのか、気になったので聞いてみるが、彼女は何も教えてくれなかった。
俺はシルヴィアを部屋に連れて行ってから、ミルコとエルナの下に戻ってきた。
二人の遺体を棺に収められ、そして、最後の別れをしていく。
(ミルコ。楽しかったぜ。あんたのおかげで強くなれた。感謝してるぜ、師匠……)
土産の酒の壷を棺に納め、「ゆっくり飲んでくれ」と小さく声をかける。
エルナのところに行き、持っていた飴を棺に入れる。
(エルナ。ごめんな。もっとたくさん話をしたかった。これから楽しいことがっていう時に……この飴が好きだったよな。ゆっくり舐めてくれ)
俺はエルナにキスをし、そして立ち上がった。
外は一昨日からの雪もようやく小降りになり、昨日までのさらさらの粉雪が辺り一面に積もっている。
時折、雲の間から光の柱が降りてきており、白銀の世界がとても幻想的だった。
棺は騎士団に担がれ、俺たちは北にある墓地に歩いていく。
周りには五十名の守備隊とミルコの葬儀に出る冒険者でかなりの人数になっていた。
墓地に着き、予め掘られていた穴に棺が納められる。
神官の祈りと支部長の弔辞が終わると、土が入れられ、徐々に棺が見えなくなっていく。
いつの間にか俺は跪き、号泣していた。
「絶対に仇をとる! 見ていてくれ! ミルコ! エルナ!」
演技でもなんでもなく、俺はそう叫んでいた。
葬儀も終わり、屋敷に戻るが、まだ涙が止まらない。
アマリーの状況は相変わらずだが、他の重傷者は治癒魔法のおかげで、かなり回復してきている。
(治癒魔法は凄いと思うよ。あれだけの重傷でもこんなに早く回復するんだから。でも、どうしてアマリーは目覚めない。どうして……)
ノーラたち五人にシルヴィアのことを改めて紹介し、シルヴィアにも同様に彼女たちのことを紹介していく。
シルヴィアのぶっきらぼうな表情に戸惑いを見せる五人だが、一緒にいたアマリーの意識が戻らないからと、勝手に解釈しているようにも見える。
テオはまだ安静の身だが、アクセルは既に起き上がり一階の食堂でラザファムと話をしていた。
ちょうどいいので、ノーラたち、シルヴィア、アクセルにこれからの計画を伝えておく。
迷宮に篭るという話でノーラたちが反対し、一人でグンドルフに罠を掛けるというところで全員に反対された。
「済まないが、俺のやりたい様にさせてもらう。迷宮については心配しなくても無茶はしない。普段にやっていることに、階段で寝るのが増えただけだから問題ない」
「しかし、階段で寝ても体力は回復しません! それに誰かに襲われたら……」
ノーラが心配そうにそう伝えてくるが、
「大丈夫だ。ミルコの無茶な要求に比べたら大したことはない。知っているだろ、刃を潰した訓練用の剣で、オークウォーリアと戦わされたんだぜ。それに比べたら全然問題ない」
俺は少しおどけた雰囲気でそういい、
「五十階くらいに来ているパーティだ。俺を襲うほど困っている奴もいないだろうし、俺の装備は目立つから売りにも出せない。大丈夫、扉に鈴を付けて開いたらわかるようにするつもりだから、奇襲されることはない」
まだ、納得していないようだが、この程度の無茶はいつものことと諦めてくれたのかもしれない。
一人でグンドルフと決着を付けることについては、シルヴィアが、弓使いの危険を訴えてくる。
「相手は二十人以上いるのだろう。それに十人以上も弓使いがいる。罠に掛けるも何も遠距離から射殺されて終わってしまうぞ」
「その点も考えてある。うまく行けば一気に弓を無効化できるし、失敗しても魔法で何とかする。それに俺と同等の使い手で森の中で行動できる奴がいなければ、逆に足手纏いだ」
「しかしだ……」
更に言い募るシルヴィアに対し、命令を下す。
「シルヴィア、これは命令だ。俺が一人でグンドルフと決着を付けるのを邪魔するな。ここで待っていろ」
卑怯な手だが、俺は隷属の首輪の力を利用し、シルヴィアの行動を制限することにした。命令を無視すると苦痛が与えられるので、これで追いかけてくることは出来ないだろう。
更にアクセルとノーラたちにも、
「はっきり言っておくが、全員足手纏いだ。邪魔するようなら、麻痺の魔法を掛けてでも一人で行くからな」
俺はそう宣言し、話し合いを打ち切る。
俺のことを心配してくれるのは本当にうれしい。
だが、俺の身近な人が傷付くのをもう見たくない。ミルコやエルナのようなことは二度とごめんだ。
こっちの世界に来てから、人が死ぬのを間近で見たし、逆に何人も殺した。
日本にいる頃は、日常で死に向き合うことなんてなかった。
だから、こっちに来たとき、精神耐性なんてスキルを付けたんだが、そのせいもあって、今まで人の死を理解しようとしていなかった。
ミルコとエルナが死に、初めて”死”というものが”リアル”になった。
もう話すこともできない、笑い合うこともできない、怒鳴りあうことも、愛し合うことも……
人の魂がどうなるのかは判らない。いろんな宗教でいろんなことが言われているが、そんなことはどうでもいい。
人が死ねば、残された者は思い出しか残らない。もう、未来を共有することはできない。
この事実がこれほど苦しいものだと、二人の死で初めて知った。
だから、俺は自分のために犠牲になるなんてことが許せない。
たとえ、俺が死に残された者が今の俺と同じ思いをすることになっても、その考えは変わらない。
それが我儘だということは理解している。
残された者が悲しむということも判っている。
だが、俺の心はこれ以上の喪失感に耐えられそうに無い。精神耐性なんてスキルでは本当の悲しみに耐えることはできない。
だから、俺は一人で決着を付ける。
誰がどう言おうとも。
午後二時頃、代官のホフマイスターが掃討作戦について確認しにきた。
そして、つい先ほど第三騎士団長グローセンシュタイン子爵からの伝令が到着したことを教えてくれた。
「閣下からの情報では、グンドルフなる盗賊がタイガ殿を狙っているというもので、シュバルツェンベルクの警戒レベルを引上げるようにとの指示でした。この情報がもっと早ければ、雪に閉ざされなければ、グンドルフを捕らえることができたのですが……」
「過ぎたことです。雪が降らなくても間に合わなかったでしょう」
俺は努めて冷静にそう答えたが、心の中では別のことを考えていた。
(一日、たった一日でも伝令の出発が早ければ、エルナたちは死ななかったかもしれない。たった一日……)
俺はその考えを振り払うため、すぐにその話を切り上げ、掃討作戦の打合せに入った。
期間は明日、明後日の二日間。その後は街と街道の警備を重点的に行ってもらうことも依頼する。
俺は偵察要員として、冒険者を二十名程度雇うことを提案し、そして了承された。
ギルドへの依頼は、守備隊の方で行い、明日の朝八時にギルド前に集合する予定となった。
本来なら現場の指揮は守備隊の先任の騎士が取るのだろうが、准男爵である俺が執るようにホフマイスターに言われた。
彼は今回の件で俺に負い目を感じているため、気を使ってくれたようだ。
その後、屋敷の部屋割りを変更し、騎士団が休める体制を整え、食事などの細々としたことも守備隊と詰めていく。
夕方、食堂に動けるもの全員を集め、明日から掃討作戦を行うことを宣言する。
重傷を負ったものは屋敷に待機させることとし、守備隊からの警備担当も含め、指揮をアクセルに任せることにした。
アクセルはまだ本調子でないことを自覚し、特に異議は申し立てなかった。
ラザファムには俺と共に掃討作戦に参加してもらい、全力で掃討作戦を行うつもりでいる。
恐らくグンドルフは尻尾を出さないだろうが、それでも万が一捕捉できれば、この作戦で片を付けてしまいたい。
掃討作戦には、シュバルツェンベルク守備隊六十名に、クロイツタール騎士団からラザファム・フォーベック以下十五名が参加する。
掃討部隊は本隊と別働隊四隊に分けることとし、本隊は三十名、別働隊には冒険者を配置し、それぞれ二十名の編成とする。クロイツタール騎士団は本隊に入ることにした。
別働隊が本隊を中心に扇状に索敵を実施する。敵発見後、本隊が急行、殲滅するという大雑把な作戦だ。一度も訓練していない混成部隊で緻密な作戦を立てても仕方が無いので、連絡方法だけ徹底させて、それでよしとしておく。
その日の夜、駄目元でアマリーに再生を掛けてみることにした。
鑑定では出ないが、脳の機能障害の可能性がある。脳に再生を掛ければ、もしかしたら目覚めるかもしれない。
これが駄目なら、異常状態回復も試してみるつもりだ。
とにかく自分に出来ることはすべて試そうと思っている。
アマリー、シルヴィアの部屋に行くが、やはりアマリーの状態は変わっていない。
シルヴィアにサポートを頼み、アマリーの頭に再生魔法を施してみた。
白い光がアマリーの金色の髪を少し持ち上げ、魔力が入っていくのが判る。
彼女の顔に汗の玉が出始め、少し苦しそうな表情に変わった。
(いけるかもしれない! アマリー、戻って来い!)
俺は更に魔力を流し続け、自分の魔力のほとんどすべてを注ぎ込んだ。
荒い息をしながら、鑑定をするが、体力、魔力とも変化なし。
表情も元に戻り、特に何も起こらなかった。
(駄目だったか。もう魔力がほとんど無い。異常状態回復は明日の朝だな)
俺はシルヴィアに声を掛け、様子を見ていてくれるカティアに「後を任す」と言って部屋を出ようとした。
その時、小さな掠れるような声を耳にしたような気がした。
「タイガさん……無事だったの……」
俺が振り向くとアマリーがこちらを見つめ、必死に手を伸ばそうとしていた。
すぐにベッドの横に戻り、
「もう大丈夫だ! すぐに良くなる。本当に良かった!」
アマリーの手を握り、俺は涙を流して叫んでいた。
シルヴィアも「良かった」と声を上げて駆け寄ってくる。
鑑定で見ても何も変わっていないので、再生が効いたのか、偶然なのかは判らないが、後は体力を回復させるだけだ。
「他の人は、アクセル様、テオフィルス様はご無事ですか?」
「二人とも大丈夫、アクセルはもう起き上がって仕事をしているし、テオはまだ寝ているけどすぐに良くなる。まあ、あんな熊みたいな奴が、そうそうくたばることはないよ」
俺はうれしくなって軽口を叩き、アマリーを笑わせようとしていた。
そして、アマリーにポーションを与え、消化のいい物を食べさせる。彼女は疲れたのか、すぐに眠りについた。
(これで憂いなく戦える)
俺は明日、明後日の掃討作戦とその後の決戦に向け、決意を新たにした。
後書き
作者:狩坂 東風 |
投稿日:2013/01/24 23:12 更新日:2013/01/24 23:12 『ドライセン王国シリーズ:滔々と流れる大河のように(冒険者編)』の著作権は、すべて作者 狩坂 東風様に属します。 |
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