作品ID:1012
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神算鬼謀と天下無双
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
第二話 戦いの始まりは
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第二話 戦いの始まりは
「見たことも無い文字なのに読める。何でだろうな?」
「知らん。秀孝が理解できぬのならば、我にも理解できぬ」
牢獄……ではなく、客人として普通の部屋に滞在する事になった二人。
バルハ城砦の庭にある訓練場……の廊下で寝転がって書物を読み漁る本城秀孝と、訓練場で黙々と方天画戟を振り続ける呂布奉先。
この二人を回りの兵士達は奇異の目で見つめていた。
前日の事であるが、初めてこの訓練場に顔を出した時、何人か腕に覚えがある兵士が呂布に挑んだが、五合と掛からず呂布の圧勝だった。
最初は次々と挑戦者が現れたが、次第にそれも鎮火した。二十人を越えた辺りで挑戦者がいなくなってしまったからだ。
「……ふぅ」
呂布は方天画戟を振り終えると、秀孝が容易していた水の入った陶器を手に掴み、そのまま飲み始めた。
「……まるでラグビー部か野球部がヤカンの水をそのまま飲んでいるみたいだ」
「ん? らぐび?」
「何でもない」
秀孝は起き上がると、ゆっくり背筋を伸ばした。
「お前は何を読んでいる?」
「この国の歴史書。あと、兵法書だけど……面白さが無いな」
「面白さが無い?」
そこは武将か。兵法書が面白くないという言葉に反応した。
「……なんと言えばいいのか……。まるで、そうだな、呂布に分かるように言うとすれば、まるで、孫子がこの世に出る前……みたい」
「孫子が出る前?」
「ああ。まず、この世界での戦い方だが……。正面決戦……だ、そうだ」
呆れた口調で肩をすかしながら秀孝が言う。呂布は信じられないという表情で口を開く。
「何だそれは? 訓練では無く、実戦でそれをするのか? 夜襲は? 朝駆けは? 伏兵は?」
「卑怯だって」
「くだらん!」
呂布は一蹴した。正々堂々の戦いなど存在するはずが無い。それを目指すのは正真正銘の愚将だ。
史実、呂布は如何なる戦いでも手を抜いた事は無い。殺し合い場で卑怯と罵られるよりも、生きて次の戦場に立つ事こそ価値があると考えているからだ。
「どのような陣形なのだ? 突撃陣形は? 守備陣形は? 合図はどのように出す? 銅鑼か? 太鼓か?」
「……存在していません」
「どういう意味だ?」
「調べてびっくり。横陣。前面に重装歩兵、その左右に軽歩兵、そのさらに左右に騎兵部隊。重装歩兵の背後に弓兵、そのさらに後ろに指揮官及び直属部隊。これが基本らしい。まぁ、多少部隊配置は前後するだろうけど……。合図に関しては、指揮官が号令、それが、中隊長、小隊長へ伝わり、全軍同時に動く」
「……それは、陣形か? 我ならば……敵が動き出す前に全ての歩兵を左翼へ、騎兵は右翼を陽動。我自身が直属を率いて『隙間』となった、右翼と中翼の間を吶喊。敵指揮官へ肉薄するな」
天下の飛将軍、呂奉先。自分自身が敵陣へ吶喊とは、恐れ入る。
「まぁ、呂布の戦場での経験が存分に活かせるかもね」
秀孝は手にした書物を地面に置き、立ち上がって改めて背筋を伸ばした。
現代人、本城秀孝。古代中国の三国時代に活躍した天下無双の勇士、呂布奉先。
二人がバルハ城砦に保護されてから三日目。
特にすることも無く、秀孝は本を読み漁り、呂布は黙々と鍛錬を積む。
一方のライネ、リューネ、バルバロッサは執務室に居る事は少なく、周辺の警邏や、兵士達の訓練状況、物資の確認等、慌しく動いていた。
しかし、今日に限って三人は執務室に篭もったきり出てくる事が無かった。早朝、急使と名乗った男が何かを報告してからの事だ。
砦全体も慌しい。何か、大急ぎで準備に追われている様だ。
「……秀孝、ひょっとしたら戦があるかも知れんぞ?」
呂布から恐ろしい言葉が出た。
「はぁ? 戦? 勘弁してくれ。俺は逃げるぞ」
「そうか、逃げるか」
「俺は戦い方も知らない。だから、逃げるさ」
「だが、お前の知識は…………―――――――」
「呂奉先殿、本城秀孝殿、両名をライネ様が御呼びです。至急、執務室に来て下さい」
呂布がさらに言葉を続けようとした時、二人の前に一人の兵士が敬礼して言葉を口にした。良く見るとそれはいつもライネの部屋の前にいる衛兵だった。
「ん? 至急?」
秀孝は本を閉じて、眉をしかめて衛兵を見た。
たかが客人。それに対して至急の用事とは何事か?
「行くぞ、秀孝」
呂布は既に行く気満々であった。一方の秀孝はあからさまに面倒という顔をした。
結局、呂布に引き摺られながら、秀孝は執務室に向かった。
部屋に入る前、衛兵に方天画戟を預け、二人は部屋に入室した。
執務室は重苦しい雰囲気に包まれていた。
ライネは地図を見ながら机の上で両手を組み、その左右を囲むようにリューネとバルバロッサが真剣な表情で見つめていた。
ただ事では無い何かが起きた。そう、考えるのは容易な事だった。
しかし、そのただ事では無い事とは?
「呼び出しにより参上した。して、如何なる用か?」
古代の中国人らしく、両手を組んで頭を下げた。確か……『揖礼』だったか。
「…………」
秀孝は普通にただ、頭を下げた。
「…………お前達二人に重要な話がある」
「重要な話? どんな?」
秀孝が尋ねると、ライネは大きく息を吐いた。
「先程、王都の西にある砦より急使が入った。ドゴールが突如同盟を破棄して侵攻してきた。エーベルン北部、南部はほぼ押さえられ、東部、中央部は完全に制圧された。王都は…………陥落した…………」
「…………はぁ?」
ライネが言った言葉が素直に受け入れられず、秀孝は思わず気の無い言葉を呟いた。
「おいおい、確か……戦をする時は正面決戦するのがこの世界の決まり事だろう?」
「奴等は卑怯にも、突然攻めて来たのだ!」
リューネが叫ぶように言い放つと、右手をバンっと、机に叩き付けた。
「…………父君と母君である王と王妃はご存命か?」
呂布が静かに尋ねる。
言葉は無かった。ただ、ライネ、リューネ、そしてバルバロッサの沈痛な表情、怒りの表情でその答えは明らかだった。
「…………今、私とリューネを捕らえる為にドゴールの軍勢が迫ってきている」
「敵兵力は?」
呂布が続けて尋ねる。
「二万だそうだ」
「この城砦にはどの程度兵力がある?」
「……六千五百だ」
「……………………他に味方は?」
秀孝がそっと尋ねる。それに答えたのはバルバロッサだった。
「……北部、南部にはそれぞれ方面軍司令官であるエドガー、アルト将軍の両名がいるが、北部、南部がほぼ押さえられたという報告を聞く限り、恐らく此方、西部にて集結する為に撤退中であろう。あの二人は優秀な男達だ。そう易々と負けはしないだろう。西部にも方面軍司令官がいる。フェニル将軍だ。だが、彼は今西部最西端で起きた反乱軍の討伐の為に出征中だ。そもそも、我々三名がこうして西部に来たのは、フェニル将軍からの要請であったのだ」
「どういう要請?」
「フェニル将軍によると、反乱が最西端で起きたという事は、西部の中央部でも何かある可能性があるので、抑えが欲しいとの事だったのだ。本来は私一人が赴任するはずだったが、ライネ様、リューネ様がどうしても言われるので、共にここに赴任した次第」
「……そのような火急の状況で我等にどのような話が?」
呂布がライネに問う。
「お前達はエーベルンの兵では無い。呂奉先、お前の武勇は欲しいが、このような所で死ぬような武勇ではなかろう」
ライネはそこで言葉を区切り、呂布、秀孝の両名を見つめた。
「今すぐ出て行け。西へ行けばノートリアム王国がある」
ライネは言いながら微笑みを浮かべていた。
「………………死ぬつもりか」
呂布が言う。秀孝は驚いて呂布を見つめ、続けてライネ、リューネ、バルバロッサの三人を見つめた。
「敵軍は二万。此方は六千五百。どうあがいても勝てんよ。ならば! エーベルンの最後を飾るに相応しい堂々とした戦いを、ドゴールの卑怯者どもに見せ付けてくれよう!」
ライネの堂々たる威厳をもった言葉だった。
「……敵が来るまでどの程度猶予はある?」
「六日程度だろう。五日後には東部の平野に布陣し、決戦を挑む」
「………………分かった」
しかし、呂布は返事をしただけで動こうとはしなかった。
「秀孝。お前の言葉を傾聴したい」
「…………………………はい?」
秀孝は呂布を何度も見つめた。
「お前の考えを我は聞きたい。兵法を研究する者として、お前の知識を知りたい」
「無理、無理だ。俺にそんな事出来るわけが無いだろう! 無理! 無理ですよ!」
「何故無理だ?」
「いや、何故って言われたら、情報分析がまるでできていない。敵の兵力と味方の兵力。さぁ、勝てるかどうかと言われたら、負けるとしか言えないでしょう!」
「では、どのような情報が欲しい?」
「戦場となる場所の情報が無い! 地形が戦場でどれほど重要な意味があるか分かるでしょう!?」
「では、行くぞ」
「はい? 何処へ?」
「戦場となる場所だ」
呂布は秀孝を片手で持ち上げると、ライネの目の前にある地図を空いた手で掴み、そのまま部屋を出た。
ライネ達はその様子をただ呆然と見守っていた。
現在、ライネ達が拠点としているバルハ城砦は軍事拠点というよりは、防衛の為の防御地点と言った方が正確かもしれない。
山の頂にあり、北部、西部、南部は山に囲まれている。道といえば、東部と南部にしかない。
問題は、その道であった。
南部は山道ではあるが、最低限の整備をされているが、東部はまったく整備されていない。農道……より酷いかもしれない。道は細く、道から外れると沼地で凄まじく足がぬかるむ、そして、滑る。足場は最悪である。地元の人間が通るだけの生活道に近い。
そこを抜ければ平地があり、大軍の展開が可能な場所となっている。
「…………どうだ?」
呂布が横にいる秀孝に尋ねる。
「どう……と言われても……」
秀孝は溜息と共に改めて地図を見る。
「…………呂布。もしかして、この戦いに参加するつもり?」
「ああ。助けてもらった恩義がある」
呂布はハッキリと参戦の意思を示した。戦好きの武将であるからか?
「恩義……ですか」
秀孝は答えながら改めて地図と実際の場所を確認し始めた。
恩義ならば、自分にもある。そして、逃げようとしている自分は何なのだ? まるで、滑稽じゃないか!
「………………俺は戦ったことは無い。俺の国は戦争からは程遠い。俺自身、喧嘩はした事はあるけど、人を殺した事は無い。殺したいと考えた事も無い」
秀孝はそこで呂布の表情を伺った。
「続けろ」
呂布は真剣な表情で先を促した。
「そんな俺に、呂布。お前は二万人の人間を殺す方法を考えろと言う」
「……確かに、二万人を殺す方法だ。だが、相手は奪いに来ている。ならば、戦わないと守れない」
「何を守る!? 俺にはこの国で守るものなんて何一つ無い!」
「我は恩義を返す。そして、我の誇りを守る。お前には無いのか? 誇りは」
「あっても、戦わずに守る方法を考えるよ! それに…………」
さらに言葉を続けようとした秀孝に、荷車を必死で動かす民が見えた。
それは一人ではない。何十、何百、何千という数だ。老夫婦、小さな子供、女性が多い。
「みんな、逃げるのか」
「そうだな。戦火の巻き添えになるからな」
「だが、もしこの戦いに勝てばさらに戦火が広がるぞ。敵が勝てばそれで戦争は終わる! 終わるんだ。これ以上戦火が広がる事は無い!」
「しかし、占領された民の生活は酷いぞ? 何もかも搾取される」
「それは一時的な話だ。長期的に占領するつもりならば永続的にそのような事はしない!」
「そして、お前はその一時的な話を目撃する事になる」
「それは脅しか!? 滅びる時は滅びるものだ! 恒久平和など存在しない! そして、恒久的に続く国家も存在しない!」
「お前ならば、その滅びを先延ばしに出来るのではないか?」
「ふざけるな! 俺に全部背負い込めというのか!?」
「我も背負う」
「そうじゃない! この国に生まれたわけでもない! この国で育ったわけでもない! この国にたった三日世話になった! それだけで命を賭けろ! 呂布、お前は俺にそう言うのか!?」
「そうは言っていない! だが、お前に後悔は無いのかと尋ねている! 民が塗炭の苦しみを受ける姿を見ても、お前は一時的な事だと言えるのか!?」
呂布と出会い、そして色々な会話をした。一度として呂布は語気を荒げた事は無い。秀孝にとっては初めての呂布の言葉であった。
『……………………』
両者、沈黙。
しばらく沈黙が続いた後、最初に口を開いたのは秀孝の方だった。
「もし、俺が考えた作戦が、何かの偶然と、まぐれと、間違いで、成功すればもう後には引けないぞ。この国と運命を共にする事になるぞ。何しろ、絶体絶命を救う事になる。大勢の人間が俺達を頼る事になる。そして、トコトン、骨の髄までしゃぶり尽くすまで利用し続ける。英雄、救世主、勇者、光り輝く功名を讃えながら、影でニヤニヤ薄ら笑いを浮かべる。余り輝かしい未来は訪れないぞ」
「恩賞を貰えば良いだろう? 地位と領地を」
「いらん! そんなもの何の価値がある。人の妬みを買うだけだ。そもそも、そんなものに興味は無いし、そんなくだらない物の為に命を賭けようなんて思わないね!」
「ふむ。お前、案外無欲だな」
「欲はあるさ。人より多少贅沢な暮らしがしたい……とか?」
「小さな、だが、慎ましい欲か?」
「欲は人間の活力だよ。これは真理だ」
「なるほど。しかし、その……お前の嫌いな物はなんだ?」
「ん? 嫌いか。…………そうだな、歴史を学んできた者として、俺個人の意見を言わせて貰えば、正義と信仰と権威だ」
「……どれも、戦いにおいて重要なものでは無いか?」
「俺から言えば全部ゴミだ! 正義? ああ、正しいだろうよ。義によって、正しい行いをしているから自分達は間違っていない。成す事全て誤りは無い。たとえ、結果として数千万の民と、数百万の兵が死んだとしても、それは致し方の無い結果だった。もし、その行いをしなければ、被害はもっと拡大していた。我々が成した事は正統にして偉大なる功績であった。……と、微笑みを浮かべながら言うだろうよ! 信仰? ああ、神様は大切だよね!? 神に逆らう者に対してはどのような残虐な事をしても良い。それは、神に背く者達への罰である。そして、その残虐な行いをする事は神が自分達に与えた試練である。よって、これを遣り遂げて神の試練を通過し、神の大いなる栄光を示さなければならない! これに不服、不満を申す者あれば、それは神の大いなる御心に背く大罪である。その者達は間違っている! いや、神に刃を向けようとしている魔の手先である! 速やかに断罪しなければならない! 神は我々を見守ってくださる! 神って凄いね! クソ喰らえだ! 権威? ああ、重要だよね! その統治を磐石にする為にあらゆる手段を使う。 愚民を操り、自分自身は絶対権力を手にする! 逆らう者は許さない! 自分の命が一番重要だ! 民がどれだけ死のうと関係ない。最終的に自分自身の命と、地位と権力が保守されれば何の問題もない! 例え! その国名が変わろうとも!」
秀孝は叫んだ。自分の心の中にある自分自身の考えを吐き出した。呂布はただ、黙ってその言葉を聞いていた。
「俺は、全ての時代の、全ての権力者が嫌いだ」
「まるで聖君だな」
「そんなつもりは無い。本当にただ、嫌いなだけ」
『……………………』
再び、沈黙。
秀孝は地面に座り込むと、地図を広げた。
そして、近くにあった小石を地図の上に置いた。
「……呂布」
「何だ?」
「…………敵軍二万。それに夜襲を仕掛ける。ただし、敵を混乱させ、あくまで一時的な足止めと挑発する為に行う。どの程度兵力が必要? 騎兵のみの編成、兵力は極限まで極小」
初めて、秀孝が口にした『人を殺す為の考え』を示した瞬間であった。
「場所にもよる」
「地図上の……この開けた平原。ここに敵は陣を構える」
「ならば…………百騎」
「全員帰還させる。それが条件ならば?」
「……必ずとは言えないが、それでも同じだ」
「…………では、続けて敵軍二万を完全に分断、混乱させた状態。敵本陣は……たぶん、三千から、五千。これに突入、敵総司令官の首を討つ為にどの程度必要? これも騎兵のみの編成」
「混乱しているならば烏合の衆同然、五百あれば討ち取ってみせよう!」
「……ならば、この戦。負けない戦いができる」
秀孝は地図上で動かし続けた小石を取り払うと、再び地図をクルクルと巻いた。
「戻ろう。あ、途中村に立ち寄ってくれ。確認しなければならない事がある」
秀孝は肩を落としながらポツリと呟くと、馬上の呂布は片手で秀孝を持ち上げて赤兎に乗せ、馬を走らせた。
呂布と秀孝がバルハ城砦に戻ると、城内は臨戦態勢に入っていた。慌しく兵士達が動き回り、武器、防具などを整理している。
その慌しい中で冷静に、的確に指示を出している人物がいた。バルバロッサである。
「……バルバロッサ将軍!」
秀孝の声にバルバロッサは気付き、指示と途中で止めて秀孝に向かって振り向いた。
「……お逃げになられたのではないのですか?」
「最初はそのつもりだったけど、気が変わった」
秀孝は呂布に支えてもらいながら馬から降りると、地図をバルバロッサに手渡した。
「ライネ、リューネに直接伝えてくれ。会議室に各部隊の千人長、百人長を呼んでください」
「何故そのような事を?」
「……理由は後から話します」
「今、多忙にて話なら後で――――」
「エーベルン王国を救うと決めたんです!」
突如、秀孝が叫んだ。余りの叫びにバルバロッサの周囲にいた兵士達も驚いて作業の手を止めたほどだった。
バルバロッサは秀孝を睨み付けたが、秀孝の一瞬たりとも怯みもしない鋭い眼光に自分自身が逆に威圧されてしまった。
「………………よかろう。しばし待たれよ」
バルバロッサは地図を受け取ると、慌しく部下を呼び何か伝言を伝え始めた。
会議が始まったのはそれから一時間後であった。
ライネ、リューネ、バルバロッサ、本城秀孝、呂布奉先、千人長、百人長、そして、近衛騎士長である。
「……本城。お前の望み通り、人を集めた。……で、お前は何で戻ってきた」
最初に言葉を口にしたのはライネであった。
「……………………」
秀孝は何も答えず、沈黙を守り続けた。
「おい! 本城! ライネ姉様が尋ねているのだ! 答えろ!」
リューネが怒った表情で叫んだ。だが、秀孝は沈黙し続けた。
「……本城殿。我等は決戦で忙しい。この一瞬が今はとても惜しい」
バルバロッサが静かに言うと、秀孝は静かに頷いた。
「では、その一瞬をムダにしない為に、まず全員に尋ねたい」
秀孝はそこで言葉を区切ると、部屋にいた全員を見渡した。
「降伏しないのか?」
その言葉を口にした瞬間、部屋にいた千人長、又は百人長の何人かが剣を抜いた。だが、そこで行動は止まった。呂布が秀孝の前に立ち塞がったからである。
「呂布。大丈夫」
秀孝が言うと、呂布はゆっくりと秀孝の横に下がった。
「全員、決戦に臨む。それで間違い無いね?」
「ああ、間違い無い。この場にこの期に及んで敵に臆する者は一人もおらん」
ライネが言うと、秀孝はバルバロッサを見つめた。
「地図を広げてください」
「承知」
バルバロッサが机に地図を広げると、秀孝は地図の上、平原地帯に石を置いた。
「初めて俺と会う人も居るでしょう。俺の名は秀孝。本城秀孝と申します。これより、迫るドゴール軍二万を殲滅する、迎撃作戦をお伝え致します」
会議室の空気がこの一言で変わった。
「質問は随時受け付ける。幾らでも聞いてくれ」
「待て! 本城。貴様、今ドゴール軍二万を殲滅すると言ったのか!?」
ライネが驚いて尋ねると、秀孝は大きく頷いた。
「ああ、落ち着いて聞いてくれ。まず、敵軍は二万だ。確かに大軍だ。此方は六千五百。ざっと三倍以上。正面決戦を挑めばまず我々は殲滅されるだろう。ライネ、リューネの二人は捕縛、もしくは斬首され、その時点でエーベルン王国は終焉を迎える。これは、全員理解していると思う。確かに、戦いは数だ。敵より多くの兵力をまず揃えるというのは兵法上正しい。但し、数を揃えるのと、戦うのは違う。一度に二万の敵軍を相手にすれば、確かに負ける。ならば、一度に相手しなければ良いだけの話だ」
「一度に相手をしなければ良い?」
リューネが尋ねると、秀孝は微笑みを浮かべた。
「ああ、まずは……バルバロッサ将軍。今現状、このバルハ城砦兵力の詳細を教えてくれ」
「…………騎兵は七百。軽歩兵三千三百、重装歩兵千五百、弓兵一千。これが、全兵力だ」
「……脱走兵も無し……ですか。見上げた根性だ。では、これから俺が作り上げた作戦をお伝えします。前提条件として、誰一人勝手な行動をとらない事、如何なる状況であっても、俺の指示通りに動く事です」
その夜、秀孝は自らの作戦を語り尽くした。
長達から大なり小なり反発はあったが、最終的にライネが決断で受け入れた。
本城はライネの側近に任じられ、呂布も騎兵部隊を率いる指揮官に任じられた。
エーベルン王国客将軍師としての初陣。
それが、本城秀孝に迫ろうとしていた。
「見たことも無い文字なのに読める。何でだろうな?」
「知らん。秀孝が理解できぬのならば、我にも理解できぬ」
牢獄……ではなく、客人として普通の部屋に滞在する事になった二人。
バルハ城砦の庭にある訓練場……の廊下で寝転がって書物を読み漁る本城秀孝と、訓練場で黙々と方天画戟を振り続ける呂布奉先。
この二人を回りの兵士達は奇異の目で見つめていた。
前日の事であるが、初めてこの訓練場に顔を出した時、何人か腕に覚えがある兵士が呂布に挑んだが、五合と掛からず呂布の圧勝だった。
最初は次々と挑戦者が現れたが、次第にそれも鎮火した。二十人を越えた辺りで挑戦者がいなくなってしまったからだ。
「……ふぅ」
呂布は方天画戟を振り終えると、秀孝が容易していた水の入った陶器を手に掴み、そのまま飲み始めた。
「……まるでラグビー部か野球部がヤカンの水をそのまま飲んでいるみたいだ」
「ん? らぐび?」
「何でもない」
秀孝は起き上がると、ゆっくり背筋を伸ばした。
「お前は何を読んでいる?」
「この国の歴史書。あと、兵法書だけど……面白さが無いな」
「面白さが無い?」
そこは武将か。兵法書が面白くないという言葉に反応した。
「……なんと言えばいいのか……。まるで、そうだな、呂布に分かるように言うとすれば、まるで、孫子がこの世に出る前……みたい」
「孫子が出る前?」
「ああ。まず、この世界での戦い方だが……。正面決戦……だ、そうだ」
呆れた口調で肩をすかしながら秀孝が言う。呂布は信じられないという表情で口を開く。
「何だそれは? 訓練では無く、実戦でそれをするのか? 夜襲は? 朝駆けは? 伏兵は?」
「卑怯だって」
「くだらん!」
呂布は一蹴した。正々堂々の戦いなど存在するはずが無い。それを目指すのは正真正銘の愚将だ。
史実、呂布は如何なる戦いでも手を抜いた事は無い。殺し合い場で卑怯と罵られるよりも、生きて次の戦場に立つ事こそ価値があると考えているからだ。
「どのような陣形なのだ? 突撃陣形は? 守備陣形は? 合図はどのように出す? 銅鑼か? 太鼓か?」
「……存在していません」
「どういう意味だ?」
「調べてびっくり。横陣。前面に重装歩兵、その左右に軽歩兵、そのさらに左右に騎兵部隊。重装歩兵の背後に弓兵、そのさらに後ろに指揮官及び直属部隊。これが基本らしい。まぁ、多少部隊配置は前後するだろうけど……。合図に関しては、指揮官が号令、それが、中隊長、小隊長へ伝わり、全軍同時に動く」
「……それは、陣形か? 我ならば……敵が動き出す前に全ての歩兵を左翼へ、騎兵は右翼を陽動。我自身が直属を率いて『隙間』となった、右翼と中翼の間を吶喊。敵指揮官へ肉薄するな」
天下の飛将軍、呂奉先。自分自身が敵陣へ吶喊とは、恐れ入る。
「まぁ、呂布の戦場での経験が存分に活かせるかもね」
秀孝は手にした書物を地面に置き、立ち上がって改めて背筋を伸ばした。
現代人、本城秀孝。古代中国の三国時代に活躍した天下無双の勇士、呂布奉先。
二人がバルハ城砦に保護されてから三日目。
特にすることも無く、秀孝は本を読み漁り、呂布は黙々と鍛錬を積む。
一方のライネ、リューネ、バルバロッサは執務室に居る事は少なく、周辺の警邏や、兵士達の訓練状況、物資の確認等、慌しく動いていた。
しかし、今日に限って三人は執務室に篭もったきり出てくる事が無かった。早朝、急使と名乗った男が何かを報告してからの事だ。
砦全体も慌しい。何か、大急ぎで準備に追われている様だ。
「……秀孝、ひょっとしたら戦があるかも知れんぞ?」
呂布から恐ろしい言葉が出た。
「はぁ? 戦? 勘弁してくれ。俺は逃げるぞ」
「そうか、逃げるか」
「俺は戦い方も知らない。だから、逃げるさ」
「だが、お前の知識は…………―――――――」
「呂奉先殿、本城秀孝殿、両名をライネ様が御呼びです。至急、執務室に来て下さい」
呂布がさらに言葉を続けようとした時、二人の前に一人の兵士が敬礼して言葉を口にした。良く見るとそれはいつもライネの部屋の前にいる衛兵だった。
「ん? 至急?」
秀孝は本を閉じて、眉をしかめて衛兵を見た。
たかが客人。それに対して至急の用事とは何事か?
「行くぞ、秀孝」
呂布は既に行く気満々であった。一方の秀孝はあからさまに面倒という顔をした。
結局、呂布に引き摺られながら、秀孝は執務室に向かった。
部屋に入る前、衛兵に方天画戟を預け、二人は部屋に入室した。
執務室は重苦しい雰囲気に包まれていた。
ライネは地図を見ながら机の上で両手を組み、その左右を囲むようにリューネとバルバロッサが真剣な表情で見つめていた。
ただ事では無い何かが起きた。そう、考えるのは容易な事だった。
しかし、そのただ事では無い事とは?
「呼び出しにより参上した。して、如何なる用か?」
古代の中国人らしく、両手を組んで頭を下げた。確か……『揖礼』だったか。
「…………」
秀孝は普通にただ、頭を下げた。
「…………お前達二人に重要な話がある」
「重要な話? どんな?」
秀孝が尋ねると、ライネは大きく息を吐いた。
「先程、王都の西にある砦より急使が入った。ドゴールが突如同盟を破棄して侵攻してきた。エーベルン北部、南部はほぼ押さえられ、東部、中央部は完全に制圧された。王都は…………陥落した…………」
「…………はぁ?」
ライネが言った言葉が素直に受け入れられず、秀孝は思わず気の無い言葉を呟いた。
「おいおい、確か……戦をする時は正面決戦するのがこの世界の決まり事だろう?」
「奴等は卑怯にも、突然攻めて来たのだ!」
リューネが叫ぶように言い放つと、右手をバンっと、机に叩き付けた。
「…………父君と母君である王と王妃はご存命か?」
呂布が静かに尋ねる。
言葉は無かった。ただ、ライネ、リューネ、そしてバルバロッサの沈痛な表情、怒りの表情でその答えは明らかだった。
「…………今、私とリューネを捕らえる為にドゴールの軍勢が迫ってきている」
「敵兵力は?」
呂布が続けて尋ねる。
「二万だそうだ」
「この城砦にはどの程度兵力がある?」
「……六千五百だ」
「……………………他に味方は?」
秀孝がそっと尋ねる。それに答えたのはバルバロッサだった。
「……北部、南部にはそれぞれ方面軍司令官であるエドガー、アルト将軍の両名がいるが、北部、南部がほぼ押さえられたという報告を聞く限り、恐らく此方、西部にて集結する為に撤退中であろう。あの二人は優秀な男達だ。そう易々と負けはしないだろう。西部にも方面軍司令官がいる。フェニル将軍だ。だが、彼は今西部最西端で起きた反乱軍の討伐の為に出征中だ。そもそも、我々三名がこうして西部に来たのは、フェニル将軍からの要請であったのだ」
「どういう要請?」
「フェニル将軍によると、反乱が最西端で起きたという事は、西部の中央部でも何かある可能性があるので、抑えが欲しいとの事だったのだ。本来は私一人が赴任するはずだったが、ライネ様、リューネ様がどうしても言われるので、共にここに赴任した次第」
「……そのような火急の状況で我等にどのような話が?」
呂布がライネに問う。
「お前達はエーベルンの兵では無い。呂奉先、お前の武勇は欲しいが、このような所で死ぬような武勇ではなかろう」
ライネはそこで言葉を区切り、呂布、秀孝の両名を見つめた。
「今すぐ出て行け。西へ行けばノートリアム王国がある」
ライネは言いながら微笑みを浮かべていた。
「………………死ぬつもりか」
呂布が言う。秀孝は驚いて呂布を見つめ、続けてライネ、リューネ、バルバロッサの三人を見つめた。
「敵軍は二万。此方は六千五百。どうあがいても勝てんよ。ならば! エーベルンの最後を飾るに相応しい堂々とした戦いを、ドゴールの卑怯者どもに見せ付けてくれよう!」
ライネの堂々たる威厳をもった言葉だった。
「……敵が来るまでどの程度猶予はある?」
「六日程度だろう。五日後には東部の平野に布陣し、決戦を挑む」
「………………分かった」
しかし、呂布は返事をしただけで動こうとはしなかった。
「秀孝。お前の言葉を傾聴したい」
「…………………………はい?」
秀孝は呂布を何度も見つめた。
「お前の考えを我は聞きたい。兵法を研究する者として、お前の知識を知りたい」
「無理、無理だ。俺にそんな事出来るわけが無いだろう! 無理! 無理ですよ!」
「何故無理だ?」
「いや、何故って言われたら、情報分析がまるでできていない。敵の兵力と味方の兵力。さぁ、勝てるかどうかと言われたら、負けるとしか言えないでしょう!」
「では、どのような情報が欲しい?」
「戦場となる場所の情報が無い! 地形が戦場でどれほど重要な意味があるか分かるでしょう!?」
「では、行くぞ」
「はい? 何処へ?」
「戦場となる場所だ」
呂布は秀孝を片手で持ち上げると、ライネの目の前にある地図を空いた手で掴み、そのまま部屋を出た。
ライネ達はその様子をただ呆然と見守っていた。
現在、ライネ達が拠点としているバルハ城砦は軍事拠点というよりは、防衛の為の防御地点と言った方が正確かもしれない。
山の頂にあり、北部、西部、南部は山に囲まれている。道といえば、東部と南部にしかない。
問題は、その道であった。
南部は山道ではあるが、最低限の整備をされているが、東部はまったく整備されていない。農道……より酷いかもしれない。道は細く、道から外れると沼地で凄まじく足がぬかるむ、そして、滑る。足場は最悪である。地元の人間が通るだけの生活道に近い。
そこを抜ければ平地があり、大軍の展開が可能な場所となっている。
「…………どうだ?」
呂布が横にいる秀孝に尋ねる。
「どう……と言われても……」
秀孝は溜息と共に改めて地図を見る。
「…………呂布。もしかして、この戦いに参加するつもり?」
「ああ。助けてもらった恩義がある」
呂布はハッキリと参戦の意思を示した。戦好きの武将であるからか?
「恩義……ですか」
秀孝は答えながら改めて地図と実際の場所を確認し始めた。
恩義ならば、自分にもある。そして、逃げようとしている自分は何なのだ? まるで、滑稽じゃないか!
「………………俺は戦ったことは無い。俺の国は戦争からは程遠い。俺自身、喧嘩はした事はあるけど、人を殺した事は無い。殺したいと考えた事も無い」
秀孝はそこで呂布の表情を伺った。
「続けろ」
呂布は真剣な表情で先を促した。
「そんな俺に、呂布。お前は二万人の人間を殺す方法を考えろと言う」
「……確かに、二万人を殺す方法だ。だが、相手は奪いに来ている。ならば、戦わないと守れない」
「何を守る!? 俺にはこの国で守るものなんて何一つ無い!」
「我は恩義を返す。そして、我の誇りを守る。お前には無いのか? 誇りは」
「あっても、戦わずに守る方法を考えるよ! それに…………」
さらに言葉を続けようとした秀孝に、荷車を必死で動かす民が見えた。
それは一人ではない。何十、何百、何千という数だ。老夫婦、小さな子供、女性が多い。
「みんな、逃げるのか」
「そうだな。戦火の巻き添えになるからな」
「だが、もしこの戦いに勝てばさらに戦火が広がるぞ。敵が勝てばそれで戦争は終わる! 終わるんだ。これ以上戦火が広がる事は無い!」
「しかし、占領された民の生活は酷いぞ? 何もかも搾取される」
「それは一時的な話だ。長期的に占領するつもりならば永続的にそのような事はしない!」
「そして、お前はその一時的な話を目撃する事になる」
「それは脅しか!? 滅びる時は滅びるものだ! 恒久平和など存在しない! そして、恒久的に続く国家も存在しない!」
「お前ならば、その滅びを先延ばしに出来るのではないか?」
「ふざけるな! 俺に全部背負い込めというのか!?」
「我も背負う」
「そうじゃない! この国に生まれたわけでもない! この国で育ったわけでもない! この国にたった三日世話になった! それだけで命を賭けろ! 呂布、お前は俺にそう言うのか!?」
「そうは言っていない! だが、お前に後悔は無いのかと尋ねている! 民が塗炭の苦しみを受ける姿を見ても、お前は一時的な事だと言えるのか!?」
呂布と出会い、そして色々な会話をした。一度として呂布は語気を荒げた事は無い。秀孝にとっては初めての呂布の言葉であった。
『……………………』
両者、沈黙。
しばらく沈黙が続いた後、最初に口を開いたのは秀孝の方だった。
「もし、俺が考えた作戦が、何かの偶然と、まぐれと、間違いで、成功すればもう後には引けないぞ。この国と運命を共にする事になるぞ。何しろ、絶体絶命を救う事になる。大勢の人間が俺達を頼る事になる。そして、トコトン、骨の髄までしゃぶり尽くすまで利用し続ける。英雄、救世主、勇者、光り輝く功名を讃えながら、影でニヤニヤ薄ら笑いを浮かべる。余り輝かしい未来は訪れないぞ」
「恩賞を貰えば良いだろう? 地位と領地を」
「いらん! そんなもの何の価値がある。人の妬みを買うだけだ。そもそも、そんなものに興味は無いし、そんなくだらない物の為に命を賭けようなんて思わないね!」
「ふむ。お前、案外無欲だな」
「欲はあるさ。人より多少贅沢な暮らしがしたい……とか?」
「小さな、だが、慎ましい欲か?」
「欲は人間の活力だよ。これは真理だ」
「なるほど。しかし、その……お前の嫌いな物はなんだ?」
「ん? 嫌いか。…………そうだな、歴史を学んできた者として、俺個人の意見を言わせて貰えば、正義と信仰と権威だ」
「……どれも、戦いにおいて重要なものでは無いか?」
「俺から言えば全部ゴミだ! 正義? ああ、正しいだろうよ。義によって、正しい行いをしているから自分達は間違っていない。成す事全て誤りは無い。たとえ、結果として数千万の民と、数百万の兵が死んだとしても、それは致し方の無い結果だった。もし、その行いをしなければ、被害はもっと拡大していた。我々が成した事は正統にして偉大なる功績であった。……と、微笑みを浮かべながら言うだろうよ! 信仰? ああ、神様は大切だよね!? 神に逆らう者に対してはどのような残虐な事をしても良い。それは、神に背く者達への罰である。そして、その残虐な行いをする事は神が自分達に与えた試練である。よって、これを遣り遂げて神の試練を通過し、神の大いなる栄光を示さなければならない! これに不服、不満を申す者あれば、それは神の大いなる御心に背く大罪である。その者達は間違っている! いや、神に刃を向けようとしている魔の手先である! 速やかに断罪しなければならない! 神は我々を見守ってくださる! 神って凄いね! クソ喰らえだ! 権威? ああ、重要だよね! その統治を磐石にする為にあらゆる手段を使う。 愚民を操り、自分自身は絶対権力を手にする! 逆らう者は許さない! 自分の命が一番重要だ! 民がどれだけ死のうと関係ない。最終的に自分自身の命と、地位と権力が保守されれば何の問題もない! 例え! その国名が変わろうとも!」
秀孝は叫んだ。自分の心の中にある自分自身の考えを吐き出した。呂布はただ、黙ってその言葉を聞いていた。
「俺は、全ての時代の、全ての権力者が嫌いだ」
「まるで聖君だな」
「そんなつもりは無い。本当にただ、嫌いなだけ」
『……………………』
再び、沈黙。
秀孝は地面に座り込むと、地図を広げた。
そして、近くにあった小石を地図の上に置いた。
「……呂布」
「何だ?」
「…………敵軍二万。それに夜襲を仕掛ける。ただし、敵を混乱させ、あくまで一時的な足止めと挑発する為に行う。どの程度兵力が必要? 騎兵のみの編成、兵力は極限まで極小」
初めて、秀孝が口にした『人を殺す為の考え』を示した瞬間であった。
「場所にもよる」
「地図上の……この開けた平原。ここに敵は陣を構える」
「ならば…………百騎」
「全員帰還させる。それが条件ならば?」
「……必ずとは言えないが、それでも同じだ」
「…………では、続けて敵軍二万を完全に分断、混乱させた状態。敵本陣は……たぶん、三千から、五千。これに突入、敵総司令官の首を討つ為にどの程度必要? これも騎兵のみの編成」
「混乱しているならば烏合の衆同然、五百あれば討ち取ってみせよう!」
「……ならば、この戦。負けない戦いができる」
秀孝は地図上で動かし続けた小石を取り払うと、再び地図をクルクルと巻いた。
「戻ろう。あ、途中村に立ち寄ってくれ。確認しなければならない事がある」
秀孝は肩を落としながらポツリと呟くと、馬上の呂布は片手で秀孝を持ち上げて赤兎に乗せ、馬を走らせた。
呂布と秀孝がバルハ城砦に戻ると、城内は臨戦態勢に入っていた。慌しく兵士達が動き回り、武器、防具などを整理している。
その慌しい中で冷静に、的確に指示を出している人物がいた。バルバロッサである。
「……バルバロッサ将軍!」
秀孝の声にバルバロッサは気付き、指示と途中で止めて秀孝に向かって振り向いた。
「……お逃げになられたのではないのですか?」
「最初はそのつもりだったけど、気が変わった」
秀孝は呂布に支えてもらいながら馬から降りると、地図をバルバロッサに手渡した。
「ライネ、リューネに直接伝えてくれ。会議室に各部隊の千人長、百人長を呼んでください」
「何故そのような事を?」
「……理由は後から話します」
「今、多忙にて話なら後で――――」
「エーベルン王国を救うと決めたんです!」
突如、秀孝が叫んだ。余りの叫びにバルバロッサの周囲にいた兵士達も驚いて作業の手を止めたほどだった。
バルバロッサは秀孝を睨み付けたが、秀孝の一瞬たりとも怯みもしない鋭い眼光に自分自身が逆に威圧されてしまった。
「………………よかろう。しばし待たれよ」
バルバロッサは地図を受け取ると、慌しく部下を呼び何か伝言を伝え始めた。
会議が始まったのはそれから一時間後であった。
ライネ、リューネ、バルバロッサ、本城秀孝、呂布奉先、千人長、百人長、そして、近衛騎士長である。
「……本城。お前の望み通り、人を集めた。……で、お前は何で戻ってきた」
最初に言葉を口にしたのはライネであった。
「……………………」
秀孝は何も答えず、沈黙を守り続けた。
「おい! 本城! ライネ姉様が尋ねているのだ! 答えろ!」
リューネが怒った表情で叫んだ。だが、秀孝は沈黙し続けた。
「……本城殿。我等は決戦で忙しい。この一瞬が今はとても惜しい」
バルバロッサが静かに言うと、秀孝は静かに頷いた。
「では、その一瞬をムダにしない為に、まず全員に尋ねたい」
秀孝はそこで言葉を区切ると、部屋にいた全員を見渡した。
「降伏しないのか?」
その言葉を口にした瞬間、部屋にいた千人長、又は百人長の何人かが剣を抜いた。だが、そこで行動は止まった。呂布が秀孝の前に立ち塞がったからである。
「呂布。大丈夫」
秀孝が言うと、呂布はゆっくりと秀孝の横に下がった。
「全員、決戦に臨む。それで間違い無いね?」
「ああ、間違い無い。この場にこの期に及んで敵に臆する者は一人もおらん」
ライネが言うと、秀孝はバルバロッサを見つめた。
「地図を広げてください」
「承知」
バルバロッサが机に地図を広げると、秀孝は地図の上、平原地帯に石を置いた。
「初めて俺と会う人も居るでしょう。俺の名は秀孝。本城秀孝と申します。これより、迫るドゴール軍二万を殲滅する、迎撃作戦をお伝え致します」
会議室の空気がこの一言で変わった。
「質問は随時受け付ける。幾らでも聞いてくれ」
「待て! 本城。貴様、今ドゴール軍二万を殲滅すると言ったのか!?」
ライネが驚いて尋ねると、秀孝は大きく頷いた。
「ああ、落ち着いて聞いてくれ。まず、敵軍は二万だ。確かに大軍だ。此方は六千五百。ざっと三倍以上。正面決戦を挑めばまず我々は殲滅されるだろう。ライネ、リューネの二人は捕縛、もしくは斬首され、その時点でエーベルン王国は終焉を迎える。これは、全員理解していると思う。確かに、戦いは数だ。敵より多くの兵力をまず揃えるというのは兵法上正しい。但し、数を揃えるのと、戦うのは違う。一度に二万の敵軍を相手にすれば、確かに負ける。ならば、一度に相手しなければ良いだけの話だ」
「一度に相手をしなければ良い?」
リューネが尋ねると、秀孝は微笑みを浮かべた。
「ああ、まずは……バルバロッサ将軍。今現状、このバルハ城砦兵力の詳細を教えてくれ」
「…………騎兵は七百。軽歩兵三千三百、重装歩兵千五百、弓兵一千。これが、全兵力だ」
「……脱走兵も無し……ですか。見上げた根性だ。では、これから俺が作り上げた作戦をお伝えします。前提条件として、誰一人勝手な行動をとらない事、如何なる状況であっても、俺の指示通りに動く事です」
その夜、秀孝は自らの作戦を語り尽くした。
長達から大なり小なり反発はあったが、最終的にライネが決断で受け入れた。
本城はライネの側近に任じられ、呂布も騎兵部隊を率いる指揮官に任じられた。
エーベルン王国客将軍師としての初陣。
それが、本城秀孝に迫ろうとしていた。
後書き
作者:そえ |
投稿日:2012/06/07 04:54 更新日:2012/06/07 05:23 『神算鬼謀と天下無双』の著作権は、すべて作者 そえ様に属します。 |
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