作品ID:1606
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人魚姫のお伽話
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
「みつからないティーカップ」
目次 | 次の話 |
おばあちゃんとおじいちゃんが近所のデパートへ連れて行ってくれた。その年に小学校に上がった私は、凄く素敵なお洋服を着せてもらって、可愛いリボンで髪を結んで。
普段入らないようなお店で美味しいものをいっぱい食べて、デザートも頼んでもらった。ワクワクした気分だった。ほんとにワクワクしてたんだ。
ごちそうさまして、やって来たのはおもちゃ売り場。おばあちゃん達が言ったの。
「特別な日だからね。なんでも好きな物を買ってあげるよ」
その言葉に、私は浮かれてはしゃいで。とても、とても、悩んだのだけれど。……お人形? ぬいぐるみ? お洋服? 迷う私の目に、綺麗なティーカップ。飛び込んで来た。子ども用に小さめに作られた一揃いのティーカップ。一瞬にして迷いは消えた。
「おばぁちゃん!! これ! これが……」
手にした私の声と同時。他の誰かの声が重なった。
「ママ!! あれ! あれがほしい!!」
振り返ると、私よりも二つ三つ小さな女の子。ママらしき人の腕にしがみついて指差してるのは、私が持ってるティーカップ。飾ってあった棚を見る。そこに同じ物は出ていない。女の子のママ、近くに立っていた店員さん、呼び止めた。
「すみません。あちらのお子さんが持ってらっしゃる物と同じ商品を出して頂けませんか?」
カップを持ったままの私に目をやり、店員さん。困ったように微笑んだ。
「あ~、申し訳ありません。あちらのカップ、大変人気が御座いまして。店頭に並べていたものが、当店では最後の商品となります……」
店員さんの言葉に、女の子のママも困ってしまったみたいで。
――やだぁ!! あれがほしい!!
「他店から取り寄せてもらうことは出来ますか?」
女の子のママの質問に、店員さん、再び困ったように眉を下げる。
「申し訳御座いません。あちらの作品なんですが、当店と提携ショップの期間限定コラボ商品となっておりまして、他店での取り扱いがないお品物になるんです」
――困ったわねぇ。お人形さんやぬいぐるみじゃイヤなの?
ママさんの言葉に、女の子は大声あげて泣き出してしまった。店員さんも申し訳なさそうに立ちすくんでいる。…………おばあちゃんたちの視線が、私を窺う。
――イヤだ!! 先に見つけたのは、アタシなのに!! このカップはアタシが買ってもらうんだ!!
でもね、知ってるんだよアタシ。おばあちゃん達が欲しがってる言葉。女の子が泣きやむ言葉。女の子のママに褒めてもらえる言葉。店員さんが安心する言葉。
「……おばさん、これ、その子に買ってあげて下さい」
泣き喚く女の子を困り顔で宥めていたママさんの袖を引っ張って。私は自分の持つカップを差し出した。
ママさんはちょっと驚いていたみたいだけど、女の子の行動は素早かった。ひったくるみたいにしてカップを受け取ってニコッと笑った。
「やったぁ!! ママ、ママ、早く買って!!」
その子の言葉に、流石にママさんは躊躇したけれど。
「助かりますけど……、お嬢ちゃん、ほんとにいいの?」
「うん。一個しかないんでしょ? その子より私の方がお姉ちゃんだし。小さい子には優しくなきゃ」
すっかり上機嫌になった女の子の頭を一度下げて。ママさんは予想通りの言葉を言ってくれた。
「ありがとう。助かります。優しいお姉ちゃんねぇ……。ほんとにありがとう」
レジの方に向かった女の子とママさんを見送って。店員さんがおばあちゃん達に話しかけた。
「申し訳御座いませんでした。お嬢様のおかげで助かりました。それにしても、まだお小さいのに、よく出来たお嬢様で……」
店員さんの言葉に、おばあちゃんが笑う。
「いえいえ、あぁいう場面で、どういう行動を取るべきか。お姉ちゃんとして当然のことをしたのよね?」
「うん、おばあちゃん。ねぇ、じゃぁ、代わりにお菓子買ってもらってもいい? 皆のお土産に!! 出てくるときにお姉ちゃんだけずるいって膨れちゃってて~」
続けた私に、おばあちゃんは、そうねぇ……と言いながらおじいちゃんに相談する。
「お菓子でしたら何階でしたっけね? 洋菓子の方がいいのかしらねぇ……」
あの子は何が好きでしたっけ? お姉ちゃんだけ連れて来ちゃったから、機嫌を直してもらわないと……。おばあちゃんの言葉に、そこまで黙っていたおじいちゃんが、私の前にしゃがみ込んで、私に言った。
「優卵(ゆう)、優卵はそれでいいのかい? あのカップはあげちゃったけど、もっと他の物でも欲しがって良いんだよ? おもちゃ売り場に無いみたいなら、大人の売り場に行ってもいいんだし……」
「いいの!! 希生(きい)がお土産って騒いでたの思い出しちゃったし、可愛いカップならそのうちきっとまた見つかるって思うから!!」
私の言葉に。おじいちゃんは黙って頭を撫でた。だってね、おじいちゃん。他のおもちゃが欲しいんじゃなかったの。大人の売り場のカップが欲しいわけじゃなかったの。
可愛い、可愛い、アタシだけのティーカップ。買ってもらえたなら、きっとアタシ大事にして、お母さんのするようにしまいこんで。誰にもきっと触らせなかった。
大人の売り場のカップは綺麗だろうけど、それだけなの。アタシにとってはもう他の物は意味が無いんだよ。もう何十回も堪えた涙だから。だから、大丈夫なんだよ。
「お姉ちゃんだから、我慢できるよね」
何回も何回も聞いた言葉が。アタシを雁字搦めにして、涙さえも奪っちゃった。妹が生まれてから、四回目の秋。私の七つの誕生日だった。
遠い昔の出来事を思い出したのは……。変われない自分の立ち位置を見るからだろうか……。
「優卵お姉ちゃんの【優卵】は、【優しさの卵】のような子が欲しいって想って付けたんだよ」
――学校の宿題、自分の名前についての作文のとき。お父さんはにこやかに言った。……無邪気な妹が『自分の由来は?』と訊く。
「希生ちゃんの【希生】は、【生まれるのを希んでやまない】から」
しっかり者のお姉ちゃん。よく出来た賢く優しいお姉ちゃん。だけど、いつだって、皆が可愛いのは。甘えん坊の妹ちゃん。
三つのころから通い始めたピアノ教室の同い年のお友達。優しくて、頼りになって、明るくて。ピアノの演奏も凄く上手で。発表会の度、緊張して失敗して落ち込む私を励ましてくれた。
四年生から同じクラスになって。お互いの家を行き来するくらい仲良くなった。いろんな曲を二人で弾いた。一緒に練習こなす内、自分のピアノの腕も上がった。
中学入って、運動部と文化部に別れて進んだから。部活が忙しくなったんだろう。ピアノはやめると教えてくれた。だけど、クラスはずっと同じだったから。仲は良かった。
同じ学校の同じクラスの誰より仲は良かったの。私が一番近いと思ってた。いいえ、確かに誰より近かったの。
四年の時にお互いの家を行き来し出した。一年のあの子は無邪気に懐いて。ちゃんと習ってるわけでもないピアノに触り出した。
五年の時の発表会、最後まできちんと弾くこと出来て、良かったねって笑ってくれたの。二年のあの子、自己流で鍵盤を叩くようになった。
六年生の音楽祭、初めて伴奏任された。失敗なんか出来ない。カチカチの私に、大丈夫って言ってくれた。だから頑張れたの。ミスしなかった。三年のあの子、バイエルそらで弾けるように。
四年生からはきちんと教室通い出して。もうやめたんだと言ってもしつこく昔の曲をねだってた。二人で作って二人で弾いた二人の曲を。遊びに行くなら付いて来た。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、ねぇ、コウちゃん!!」って。
高二の時にクラスが別れて。大学進んで学校離れた。メールと電話で話すようになって、成人式で「久しぶり」と。
私は音楽の道に進んで。難解な楽譜と格闘する日々。だけど、いつも励ましのメールと電話は届いたから。二人の曲を忘れたくなくて。忘れたくなくて、頑張った。
無邪気なあの子に遮られてしまったあの日の告白。この楽譜を全部埋めて書き起こしたならば、そのときに……伝えるはずだった大事な言葉。
――知らなかったの。知らなかったんだよ。
この春、大学の卒業と、地元企業に就職決まった。優しくて頼りになって明るく笑う子。私の一番仲良しは、秋風舞うころ、結婚する。
あの子と彼は結婚する。彼は妹と結婚する。届いた便りに添えられた文。
「優卵ちゃんのピアノが聴けるのを、僕も希生も楽しみにしてるよ」
零れそうな嗚咽必死に噛み締めて、アタシはピアノの鍵盤叩く。花嫁の為の祝福の歌を。……ホントに欲しいものはいつだって、アタシの手には入らない。
「可愛いカップならそのうちきっとまた見つかるって思うから!!」
あの日のカップを見つけたことは、一度も無いんだ。
普段入らないようなお店で美味しいものをいっぱい食べて、デザートも頼んでもらった。ワクワクした気分だった。ほんとにワクワクしてたんだ。
ごちそうさまして、やって来たのはおもちゃ売り場。おばあちゃん達が言ったの。
「特別な日だからね。なんでも好きな物を買ってあげるよ」
その言葉に、私は浮かれてはしゃいで。とても、とても、悩んだのだけれど。……お人形? ぬいぐるみ? お洋服? 迷う私の目に、綺麗なティーカップ。飛び込んで来た。子ども用に小さめに作られた一揃いのティーカップ。一瞬にして迷いは消えた。
「おばぁちゃん!! これ! これが……」
手にした私の声と同時。他の誰かの声が重なった。
「ママ!! あれ! あれがほしい!!」
振り返ると、私よりも二つ三つ小さな女の子。ママらしき人の腕にしがみついて指差してるのは、私が持ってるティーカップ。飾ってあった棚を見る。そこに同じ物は出ていない。女の子のママ、近くに立っていた店員さん、呼び止めた。
「すみません。あちらのお子さんが持ってらっしゃる物と同じ商品を出して頂けませんか?」
カップを持ったままの私に目をやり、店員さん。困ったように微笑んだ。
「あ~、申し訳ありません。あちらのカップ、大変人気が御座いまして。店頭に並べていたものが、当店では最後の商品となります……」
店員さんの言葉に、女の子のママも困ってしまったみたいで。
――やだぁ!! あれがほしい!!
「他店から取り寄せてもらうことは出来ますか?」
女の子のママの質問に、店員さん、再び困ったように眉を下げる。
「申し訳御座いません。あちらの作品なんですが、当店と提携ショップの期間限定コラボ商品となっておりまして、他店での取り扱いがないお品物になるんです」
――困ったわねぇ。お人形さんやぬいぐるみじゃイヤなの?
ママさんの言葉に、女の子は大声あげて泣き出してしまった。店員さんも申し訳なさそうに立ちすくんでいる。…………おばあちゃんたちの視線が、私を窺う。
――イヤだ!! 先に見つけたのは、アタシなのに!! このカップはアタシが買ってもらうんだ!!
でもね、知ってるんだよアタシ。おばあちゃん達が欲しがってる言葉。女の子が泣きやむ言葉。女の子のママに褒めてもらえる言葉。店員さんが安心する言葉。
「……おばさん、これ、その子に買ってあげて下さい」
泣き喚く女の子を困り顔で宥めていたママさんの袖を引っ張って。私は自分の持つカップを差し出した。
ママさんはちょっと驚いていたみたいだけど、女の子の行動は素早かった。ひったくるみたいにしてカップを受け取ってニコッと笑った。
「やったぁ!! ママ、ママ、早く買って!!」
その子の言葉に、流石にママさんは躊躇したけれど。
「助かりますけど……、お嬢ちゃん、ほんとにいいの?」
「うん。一個しかないんでしょ? その子より私の方がお姉ちゃんだし。小さい子には優しくなきゃ」
すっかり上機嫌になった女の子の頭を一度下げて。ママさんは予想通りの言葉を言ってくれた。
「ありがとう。助かります。優しいお姉ちゃんねぇ……。ほんとにありがとう」
レジの方に向かった女の子とママさんを見送って。店員さんがおばあちゃん達に話しかけた。
「申し訳御座いませんでした。お嬢様のおかげで助かりました。それにしても、まだお小さいのに、よく出来たお嬢様で……」
店員さんの言葉に、おばあちゃんが笑う。
「いえいえ、あぁいう場面で、どういう行動を取るべきか。お姉ちゃんとして当然のことをしたのよね?」
「うん、おばあちゃん。ねぇ、じゃぁ、代わりにお菓子買ってもらってもいい? 皆のお土産に!! 出てくるときにお姉ちゃんだけずるいって膨れちゃってて~」
続けた私に、おばあちゃんは、そうねぇ……と言いながらおじいちゃんに相談する。
「お菓子でしたら何階でしたっけね? 洋菓子の方がいいのかしらねぇ……」
あの子は何が好きでしたっけ? お姉ちゃんだけ連れて来ちゃったから、機嫌を直してもらわないと……。おばあちゃんの言葉に、そこまで黙っていたおじいちゃんが、私の前にしゃがみ込んで、私に言った。
「優卵(ゆう)、優卵はそれでいいのかい? あのカップはあげちゃったけど、もっと他の物でも欲しがって良いんだよ? おもちゃ売り場に無いみたいなら、大人の売り場に行ってもいいんだし……」
「いいの!! 希生(きい)がお土産って騒いでたの思い出しちゃったし、可愛いカップならそのうちきっとまた見つかるって思うから!!」
私の言葉に。おじいちゃんは黙って頭を撫でた。だってね、おじいちゃん。他のおもちゃが欲しいんじゃなかったの。大人の売り場のカップが欲しいわけじゃなかったの。
可愛い、可愛い、アタシだけのティーカップ。買ってもらえたなら、きっとアタシ大事にして、お母さんのするようにしまいこんで。誰にもきっと触らせなかった。
大人の売り場のカップは綺麗だろうけど、それだけなの。アタシにとってはもう他の物は意味が無いんだよ。もう何十回も堪えた涙だから。だから、大丈夫なんだよ。
「お姉ちゃんだから、我慢できるよね」
何回も何回も聞いた言葉が。アタシを雁字搦めにして、涙さえも奪っちゃった。妹が生まれてから、四回目の秋。私の七つの誕生日だった。
遠い昔の出来事を思い出したのは……。変われない自分の立ち位置を見るからだろうか……。
「優卵お姉ちゃんの【優卵】は、【優しさの卵】のような子が欲しいって想って付けたんだよ」
――学校の宿題、自分の名前についての作文のとき。お父さんはにこやかに言った。……無邪気な妹が『自分の由来は?』と訊く。
「希生ちゃんの【希生】は、【生まれるのを希んでやまない】から」
しっかり者のお姉ちゃん。よく出来た賢く優しいお姉ちゃん。だけど、いつだって、皆が可愛いのは。甘えん坊の妹ちゃん。
三つのころから通い始めたピアノ教室の同い年のお友達。優しくて、頼りになって、明るくて。ピアノの演奏も凄く上手で。発表会の度、緊張して失敗して落ち込む私を励ましてくれた。
四年生から同じクラスになって。お互いの家を行き来するくらい仲良くなった。いろんな曲を二人で弾いた。一緒に練習こなす内、自分のピアノの腕も上がった。
中学入って、運動部と文化部に別れて進んだから。部活が忙しくなったんだろう。ピアノはやめると教えてくれた。だけど、クラスはずっと同じだったから。仲は良かった。
同じ学校の同じクラスの誰より仲は良かったの。私が一番近いと思ってた。いいえ、確かに誰より近かったの。
四年の時にお互いの家を行き来し出した。一年のあの子は無邪気に懐いて。ちゃんと習ってるわけでもないピアノに触り出した。
五年の時の発表会、最後まできちんと弾くこと出来て、良かったねって笑ってくれたの。二年のあの子、自己流で鍵盤を叩くようになった。
六年生の音楽祭、初めて伴奏任された。失敗なんか出来ない。カチカチの私に、大丈夫って言ってくれた。だから頑張れたの。ミスしなかった。三年のあの子、バイエルそらで弾けるように。
四年生からはきちんと教室通い出して。もうやめたんだと言ってもしつこく昔の曲をねだってた。二人で作って二人で弾いた二人の曲を。遊びに行くなら付いて来た。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、ねぇ、コウちゃん!!」って。
高二の時にクラスが別れて。大学進んで学校離れた。メールと電話で話すようになって、成人式で「久しぶり」と。
私は音楽の道に進んで。難解な楽譜と格闘する日々。だけど、いつも励ましのメールと電話は届いたから。二人の曲を忘れたくなくて。忘れたくなくて、頑張った。
無邪気なあの子に遮られてしまったあの日の告白。この楽譜を全部埋めて書き起こしたならば、そのときに……伝えるはずだった大事な言葉。
――知らなかったの。知らなかったんだよ。
この春、大学の卒業と、地元企業に就職決まった。優しくて頼りになって明るく笑う子。私の一番仲良しは、秋風舞うころ、結婚する。
あの子と彼は結婚する。彼は妹と結婚する。届いた便りに添えられた文。
「優卵ちゃんのピアノが聴けるのを、僕も希生も楽しみにしてるよ」
零れそうな嗚咽必死に噛み締めて、アタシはピアノの鍵盤叩く。花嫁の為の祝福の歌を。……ホントに欲しいものはいつだって、アタシの手には入らない。
「可愛いカップならそのうちきっとまた見つかるって思うから!!」
あの日のカップを見つけたことは、一度も無いんだ。
後書き
作者:未彩 |
投稿日:2015/12/22 19:22 更新日:2015/12/22 19:22 『人魚姫のお伽話』の著作権は、すべて作者 未彩様に属します。 |
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