作品ID:1618
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人魚姫のお伽話
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
「みつけた幸せのエピローグ」 ――3
前の話 | 目次 | 次の話 |
「えぇ~!! お姉ちゃん、振り袖じゃないのっ!?」
その場に大きく響き渡った希生の言葉に、優卵は眉根を寄せた。
「無茶言わないでよ。ピアノの演奏を頼んできたのは貴女でしょうっ!! 失敗の利かない場面での演奏で、振り袖姿なんて器用な真似、いくらなんでも私でも無理よ!!」
優卵の言葉に、希生は脹れっ面を隠さない。
「だぁってぇ……」
「慣れない振り袖演奏に気を取られて、ショパンの『別れの曲』でも弾き始めちゃって構わないって言うなら、そうしてあげるけど?」
あまりにも聞き分けのない妹の言葉に、つい苛立ちを隠せずに大人げない言葉をぶつけると、流石に希生も引き下がった。だが、ここで大人しく引き下がったままにはしていられないのが妹の性分だ。
「ジョーダンキツイよ。何が悲しくてヴァージンロードで『別れの曲』演奏されなきゃなんないのよ。じゃあ、お姉ちゃんはドレスでいいけど、そのドレス、あたしと被らないようにはしてよ?」
「……どこに貴女と被る余地があるのよ。貴女が着るのは花嫁ドレス、私が着るのはゲストドレスよ?」
棘を隠せないままに呟けば、希生は尚も食い下がる。
「そーいうことじゃなくって!! 色味とか、雰囲気とか、被らせないでって言ってんの!! 可愛いものが似合いのお姉ちゃんに、花嫁主役のはずの結婚式で、喰われるなんて御免だかんね!!
その日に、可愛いとか綺麗とかいう言葉をもらうのは、あたしの特権のはずなんだからって!! あたしと被らせない雰囲気のもの選んでよっ!?」
…………ああ、もう泣きたい。妹の無邪気な言葉が胸に刺さって、まるで、鋭く重い鉄の刃で貫かれているようだと思えてくる。
優卵は何処までピエロを演じればいい。何処までピエロに成り下がれば、この妹は納得してくれる。優卵は一人、子どもの頃から想い続けた人のヴァージンロードを演奏するのだ。
幸せそうに頬を染めて隣を歩く妹の姿を視界の端に、自分が想った人の花嫁は自分の妹だと確認しながら、花嫁になる妹の為の祝福の曲を。
――――神様、優卵だって、優卵だって、傷付くのです。無邪気な妹、しっかり者の長姉は、いつも貴女が羨ましくて仕方がなかったのです。自分が欲しいものをいとも簡単に手に入れてゆく貴女が……。
こんな場所で泣くわけにはいかない。妹と彼の目がある場所で突然に泣きだすわけには。けれど、これ以上は耐えられない。耐えられないのは我が儘ですか。優卵には許されてこなかった甘えなのですか。
だとすれば、耐えてみせるしかありませんか。心が血を流して叫んでいるのを自覚しながら、優しく笑って妹のいつもの我が儘だと困った顔を取り繕って、心の中で血を吐いて……。
ならばいっそのこと、誰か、殺してはくれませんか。願うのは肉体の死ではありません。優卵の心をそのままそっくり殺してはもらえませんか。優卵には必要ないものだと断じるならば、殺してください。
「はいはい、解ったわよ。紺かグレーの色合い辺りで探してくるわ」
優卵は泣き出しそうな心を必死になって抑えたのに……。
「ええ~、それもちょっと勘弁して!! お葬式みたいなカッコでヴァージンロードの演奏なんてされたくない!! あたしと被らない色味と雰囲気で、ちゃんと華やかなもの選んで!!」
「…………もう無茶苦茶ね、結婚式に花嫁の親族として、白いドレスや喪服着るほど、常識外れじゃないわよ。落ち着いたものを選べばいいのか、華やかなものを選んでほしいのか、どっちかにして頂戴」
優卵の溜息に、妹が食い下がろうとしたが、優卵は立ち上がった。
「ごめんなさい、この件はこれで終わりよ。私も仕事の時間があるし、薬を飲み忘れてたこと、今、思い出しちゃった。私のドレスにまだ注文があるなら、メールで頂戴。
そうね、仕事の都合もあるし、探す時間も必要だから、今日中には決めておいてね。それ以降だと、もう用意してしまってると思うから。流石にドレスを用意しなおせは聞かないわよ。じゃ」
席を立ち上がり、妹達から見えないところまで足早に歩いて、手近なトイレに駆け込んだ優卵は、一頻り涙を吐き出す。トイレから外に出て、優卵は驚いた。
「頼っていいんだよって、言わなかった? 妹さんには悪いけど、少し、お説教しておいた」
「……仁科さん…………」
職場まで送っていくよと、仁科の愛車に半ば強引に詰め込まれて、優卵は目を白黒させたのだが……。彼の愛車の助手席に押し込まれ、運転席に座った彼の言葉を聞いた途端、優卵は唇を噛み締めた。
「さて、ここならいいと思うよ?」
「はい?」
優卵の言葉に、仁科は優しく笑う。
「頑張ってたけど、もういいよって言ってるの。ここで思い切り泣いても声は妹さん達に聞こえないし、ここにいるのは僕だけだから、もう、甘えて大声で泣いちゃっていいよって」
「……っ~…………。……そんなに簡単に泣けるほど…………っ……わ、私、私、何処までピエロになればいいのっ!! …………何処まで私を殺せば、あの子は納得してくれるの!?」
思いがけない言葉に唇を噛み締めて、でももう心を堪え切れはしなくて……。ぽろぽろと涙を溢す優卵を、仁科は黙って待ってくれている。
「私はヴァージンロードの演奏者がしたかったわけじゃないっ!! 私はヴァージンロードを歩きたかったの!! あの子が掴んだ人の隣を歩きたかったのっ!!」
こんなの今になってどうしようもない言葉を並べて、相手を困らせるだけだと解っていて、それでも言葉を抑えきれなかった。
無邪気で残酷な妹の言葉が胸に刺さって、心は今にも死んでしまいそうで、聴いてくれるだけでもいい、誰かに助けて欲しかった。自分の心は血を流していると知ってほしかった。
甘えていいよと言われた言葉が、甘えて泣いてもいいんだよと言われた言葉が、優卵の心の鍵を壊してしまって、みっともないと思っても、涙も言葉も止められなかった。
「君にお人形さんのような大人の都合のいい優等生を強いる人間は、少なくとも、今、ここにはいないよ。何にも考えなくていいから、吐き出せるだけ泣いちゃいなさい。
森村や妹さんが知らなくても、君の周りの人間達が知らなくても、長谷川優卵という子がどれだけ頑張ってきて、その分、傷付いてるのか、少なくとも僕は知ってるから……」
「…………っ~ぁあっ……!!」
「君は強いわけじゃない。必要な時に強いふりをしてみせるのが、虚勢の仮面を被ってみせるのが、他の人より優れざるを得なかっただけで。心がボロボロでも、笑ってみせることが出来るのは、哀しいよね」
「……っ~!!」
澄み渡る十月の秋空の中で、優卵はピアノの演奏を終えた。色とりどりの花々のシャワーが妹達を彩った。小さなチャペルの併設されたゲストハウスでのウエディング。
披露宴や写真撮影も終え、チャペルとゲストハウスの中庭に用意された小さなお菓子のテーブルたちを横目に、優卵はチャペルの方角を見上げていた。
「『叶わなかったけれど、無駄じゃなかったって。いつかは思わせて、いつかは思い出させて、今鮮やかすぎる、この想い、優しい色(セピア)に変わる頃に……』なんて、ね」
「また、無理してる?」
突如と響いた声に、優卵は少しだけ苦く、それでも少しだけ明るく微笑んだ。
「そこまで酷い無理はしてませんよ? 自然に浮かんだフレーズを口ずさんでみただけですもの。それより、仁科さん、妹がブーケトスを私に考えてるって聞いて、阻止して下さったんですって?」
「さぁ、どうだっけ?」
しらを切り通すつもりらしい仁科の声に、優卵は小さく笑う。
「森村君から聞きましたよ? 『妹さんからブーケトスなんてされたら、親族一同が介した中で、優卵さんに話題を振って、生贄にするようなものだよ? 少しは考えなさい、おまえ達はいい大人なんだから』って、先輩から厳しめにお説教されて、希生も自分も反省したって……。
希生は単純に『お姉ちゃんにブーケトスで、お礼も兼ねちゃえ』としか考えてなかったんだけど、『先輩の台詞で、そんなことをすれば当然、親戚達に矛先向けられる羽目になるって考え付いたよ、俺も』って」
優卵の言葉に、仁科はあくまでしらを切っている。
「へぇ、そんなこと言ったかな。どうも最近、物忘れが激しくてね」
「わぁ!! 小児病棟のエースが物忘れ!? 今度、杏ちゃんに言っちゃおうかな、『はるちゃん先生、認知症が入ったんだって』って?」
優卵のふざけに、仁科が苦笑する。
「わー、待った、待った、それは勘弁して……。もう、要らないこと言わなくていいんだよ、ったく、アイツは…………。一度、医者の権限使ってこっぴどい目に合わせてやるかな」
「……それも怖い台詞ですけど?」
物騒すぎる言葉をさらっと吐く仁科に、優卵は苦笑いするしかない。
「一日一回は届くたわいもない世間話のメールに、気晴らしにどうと送られてくる、デートのお誘いに紛れさせたご機嫌伺い。かと思えば式の話では、裏でしっかり妹達に根回ししてある……。
これじゃ、妹達には『いい大人なんだから』と仰っておいて、なんでか、私は保護者にがっちりと守られてる子ども状態ですけど?」
「そう? 守られてこなかった子を守りたくなるのは、僕の性分かなぁ。まぁ、解ってるなら、もう大人しくお兄さんに守られてなさい」
仁科の言葉は無茶苦茶だ。けれど、あの日、仁科の車の中で泣いてしまってから今日まで、ここ一月近くの仁科の態度と言葉に、優卵は随分と救われてきた。それだけは確かだ。
「…………私達親族は退散しますけれど、二次会ですよ、そろそろ集合かかりません?」
「あ、それ、パスしてある。明日は夜勤から病院づめだし、深夜まで付き合う酒はちょっとね……。で、僕としては、優卵ちゃんの予定さえなければ、晩御飯にでも誘うかなと」
優卵はくすくす笑う。
「大学の後輩である新郎からの二次会の誘い断っといて、新婦の姉を晩御飯に誘ってる人、初めてです。お酒はちょっととか言いながら、どうせ、お酒に付き合ってくれるつもりなくせに」
「んー? 別に僕が飲まなきゃいい話ですから」
しらっと切り返す仁科に、優卵はもういよいよ笑うしかない。
「じゃ、けじめにカクテル一杯ぐらいだけ飲めるお店で、付き合ってください。 それ飲んだら、もう、昔話にしちゃいます。なんにも気付いてくれなかった人、いつまでも引き摺ってるのも、少し腹が立つし」
笑った優卵の言葉に、仁科が優しく微笑んだ。
その場に大きく響き渡った希生の言葉に、優卵は眉根を寄せた。
「無茶言わないでよ。ピアノの演奏を頼んできたのは貴女でしょうっ!! 失敗の利かない場面での演奏で、振り袖姿なんて器用な真似、いくらなんでも私でも無理よ!!」
優卵の言葉に、希生は脹れっ面を隠さない。
「だぁってぇ……」
「慣れない振り袖演奏に気を取られて、ショパンの『別れの曲』でも弾き始めちゃって構わないって言うなら、そうしてあげるけど?」
あまりにも聞き分けのない妹の言葉に、つい苛立ちを隠せずに大人げない言葉をぶつけると、流石に希生も引き下がった。だが、ここで大人しく引き下がったままにはしていられないのが妹の性分だ。
「ジョーダンキツイよ。何が悲しくてヴァージンロードで『別れの曲』演奏されなきゃなんないのよ。じゃあ、お姉ちゃんはドレスでいいけど、そのドレス、あたしと被らないようにはしてよ?」
「……どこに貴女と被る余地があるのよ。貴女が着るのは花嫁ドレス、私が着るのはゲストドレスよ?」
棘を隠せないままに呟けば、希生は尚も食い下がる。
「そーいうことじゃなくって!! 色味とか、雰囲気とか、被らせないでって言ってんの!! 可愛いものが似合いのお姉ちゃんに、花嫁主役のはずの結婚式で、喰われるなんて御免だかんね!!
その日に、可愛いとか綺麗とかいう言葉をもらうのは、あたしの特権のはずなんだからって!! あたしと被らせない雰囲気のもの選んでよっ!?」
…………ああ、もう泣きたい。妹の無邪気な言葉が胸に刺さって、まるで、鋭く重い鉄の刃で貫かれているようだと思えてくる。
優卵は何処までピエロを演じればいい。何処までピエロに成り下がれば、この妹は納得してくれる。優卵は一人、子どもの頃から想い続けた人のヴァージンロードを演奏するのだ。
幸せそうに頬を染めて隣を歩く妹の姿を視界の端に、自分が想った人の花嫁は自分の妹だと確認しながら、花嫁になる妹の為の祝福の曲を。
――――神様、優卵だって、優卵だって、傷付くのです。無邪気な妹、しっかり者の長姉は、いつも貴女が羨ましくて仕方がなかったのです。自分が欲しいものをいとも簡単に手に入れてゆく貴女が……。
こんな場所で泣くわけにはいかない。妹と彼の目がある場所で突然に泣きだすわけには。けれど、これ以上は耐えられない。耐えられないのは我が儘ですか。優卵には許されてこなかった甘えなのですか。
だとすれば、耐えてみせるしかありませんか。心が血を流して叫んでいるのを自覚しながら、優しく笑って妹のいつもの我が儘だと困った顔を取り繕って、心の中で血を吐いて……。
ならばいっそのこと、誰か、殺してはくれませんか。願うのは肉体の死ではありません。優卵の心をそのままそっくり殺してはもらえませんか。優卵には必要ないものだと断じるならば、殺してください。
「はいはい、解ったわよ。紺かグレーの色合い辺りで探してくるわ」
優卵は泣き出しそうな心を必死になって抑えたのに……。
「ええ~、それもちょっと勘弁して!! お葬式みたいなカッコでヴァージンロードの演奏なんてされたくない!! あたしと被らない色味と雰囲気で、ちゃんと華やかなもの選んで!!」
「…………もう無茶苦茶ね、結婚式に花嫁の親族として、白いドレスや喪服着るほど、常識外れじゃないわよ。落ち着いたものを選べばいいのか、華やかなものを選んでほしいのか、どっちかにして頂戴」
優卵の溜息に、妹が食い下がろうとしたが、優卵は立ち上がった。
「ごめんなさい、この件はこれで終わりよ。私も仕事の時間があるし、薬を飲み忘れてたこと、今、思い出しちゃった。私のドレスにまだ注文があるなら、メールで頂戴。
そうね、仕事の都合もあるし、探す時間も必要だから、今日中には決めておいてね。それ以降だと、もう用意してしまってると思うから。流石にドレスを用意しなおせは聞かないわよ。じゃ」
席を立ち上がり、妹達から見えないところまで足早に歩いて、手近なトイレに駆け込んだ優卵は、一頻り涙を吐き出す。トイレから外に出て、優卵は驚いた。
「頼っていいんだよって、言わなかった? 妹さんには悪いけど、少し、お説教しておいた」
「……仁科さん…………」
職場まで送っていくよと、仁科の愛車に半ば強引に詰め込まれて、優卵は目を白黒させたのだが……。彼の愛車の助手席に押し込まれ、運転席に座った彼の言葉を聞いた途端、優卵は唇を噛み締めた。
「さて、ここならいいと思うよ?」
「はい?」
優卵の言葉に、仁科は優しく笑う。
「頑張ってたけど、もういいよって言ってるの。ここで思い切り泣いても声は妹さん達に聞こえないし、ここにいるのは僕だけだから、もう、甘えて大声で泣いちゃっていいよって」
「……っ~…………。……そんなに簡単に泣けるほど…………っ……わ、私、私、何処までピエロになればいいのっ!! …………何処まで私を殺せば、あの子は納得してくれるの!?」
思いがけない言葉に唇を噛み締めて、でももう心を堪え切れはしなくて……。ぽろぽろと涙を溢す優卵を、仁科は黙って待ってくれている。
「私はヴァージンロードの演奏者がしたかったわけじゃないっ!! 私はヴァージンロードを歩きたかったの!! あの子が掴んだ人の隣を歩きたかったのっ!!」
こんなの今になってどうしようもない言葉を並べて、相手を困らせるだけだと解っていて、それでも言葉を抑えきれなかった。
無邪気で残酷な妹の言葉が胸に刺さって、心は今にも死んでしまいそうで、聴いてくれるだけでもいい、誰かに助けて欲しかった。自分の心は血を流していると知ってほしかった。
甘えていいよと言われた言葉が、甘えて泣いてもいいんだよと言われた言葉が、優卵の心の鍵を壊してしまって、みっともないと思っても、涙も言葉も止められなかった。
「君にお人形さんのような大人の都合のいい優等生を強いる人間は、少なくとも、今、ここにはいないよ。何にも考えなくていいから、吐き出せるだけ泣いちゃいなさい。
森村や妹さんが知らなくても、君の周りの人間達が知らなくても、長谷川優卵という子がどれだけ頑張ってきて、その分、傷付いてるのか、少なくとも僕は知ってるから……」
「…………っ~ぁあっ……!!」
「君は強いわけじゃない。必要な時に強いふりをしてみせるのが、虚勢の仮面を被ってみせるのが、他の人より優れざるを得なかっただけで。心がボロボロでも、笑ってみせることが出来るのは、哀しいよね」
「……っ~!!」
澄み渡る十月の秋空の中で、優卵はピアノの演奏を終えた。色とりどりの花々のシャワーが妹達を彩った。小さなチャペルの併設されたゲストハウスでのウエディング。
披露宴や写真撮影も終え、チャペルとゲストハウスの中庭に用意された小さなお菓子のテーブルたちを横目に、優卵はチャペルの方角を見上げていた。
「『叶わなかったけれど、無駄じゃなかったって。いつかは思わせて、いつかは思い出させて、今鮮やかすぎる、この想い、優しい色(セピア)に変わる頃に……』なんて、ね」
「また、無理してる?」
突如と響いた声に、優卵は少しだけ苦く、それでも少しだけ明るく微笑んだ。
「そこまで酷い無理はしてませんよ? 自然に浮かんだフレーズを口ずさんでみただけですもの。それより、仁科さん、妹がブーケトスを私に考えてるって聞いて、阻止して下さったんですって?」
「さぁ、どうだっけ?」
しらを切り通すつもりらしい仁科の声に、優卵は小さく笑う。
「森村君から聞きましたよ? 『妹さんからブーケトスなんてされたら、親族一同が介した中で、優卵さんに話題を振って、生贄にするようなものだよ? 少しは考えなさい、おまえ達はいい大人なんだから』って、先輩から厳しめにお説教されて、希生も自分も反省したって……。
希生は単純に『お姉ちゃんにブーケトスで、お礼も兼ねちゃえ』としか考えてなかったんだけど、『先輩の台詞で、そんなことをすれば当然、親戚達に矛先向けられる羽目になるって考え付いたよ、俺も』って」
優卵の言葉に、仁科はあくまでしらを切っている。
「へぇ、そんなこと言ったかな。どうも最近、物忘れが激しくてね」
「わぁ!! 小児病棟のエースが物忘れ!? 今度、杏ちゃんに言っちゃおうかな、『はるちゃん先生、認知症が入ったんだって』って?」
優卵のふざけに、仁科が苦笑する。
「わー、待った、待った、それは勘弁して……。もう、要らないこと言わなくていいんだよ、ったく、アイツは…………。一度、医者の権限使ってこっぴどい目に合わせてやるかな」
「……それも怖い台詞ですけど?」
物騒すぎる言葉をさらっと吐く仁科に、優卵は苦笑いするしかない。
「一日一回は届くたわいもない世間話のメールに、気晴らしにどうと送られてくる、デートのお誘いに紛れさせたご機嫌伺い。かと思えば式の話では、裏でしっかり妹達に根回ししてある……。
これじゃ、妹達には『いい大人なんだから』と仰っておいて、なんでか、私は保護者にがっちりと守られてる子ども状態ですけど?」
「そう? 守られてこなかった子を守りたくなるのは、僕の性分かなぁ。まぁ、解ってるなら、もう大人しくお兄さんに守られてなさい」
仁科の言葉は無茶苦茶だ。けれど、あの日、仁科の車の中で泣いてしまってから今日まで、ここ一月近くの仁科の態度と言葉に、優卵は随分と救われてきた。それだけは確かだ。
「…………私達親族は退散しますけれど、二次会ですよ、そろそろ集合かかりません?」
「あ、それ、パスしてある。明日は夜勤から病院づめだし、深夜まで付き合う酒はちょっとね……。で、僕としては、優卵ちゃんの予定さえなければ、晩御飯にでも誘うかなと」
優卵はくすくす笑う。
「大学の後輩である新郎からの二次会の誘い断っといて、新婦の姉を晩御飯に誘ってる人、初めてです。お酒はちょっととか言いながら、どうせ、お酒に付き合ってくれるつもりなくせに」
「んー? 別に僕が飲まなきゃいい話ですから」
しらっと切り返す仁科に、優卵はもういよいよ笑うしかない。
「じゃ、けじめにカクテル一杯ぐらいだけ飲めるお店で、付き合ってください。 それ飲んだら、もう、昔話にしちゃいます。なんにも気付いてくれなかった人、いつまでも引き摺ってるのも、少し腹が立つし」
笑った優卵の言葉に、仁科が優しく微笑んだ。
後書き
作者:未彩 |
投稿日:2015/12/22 19:44 更新日:2015/12/22 19:46 『人魚姫のお伽話』の著作権は、すべて作者 未彩様に属します。 |
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