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人魚姫のお伽話
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
「みつけた幸せのエピローグ」 ――5
前の話 | 目次 | 次の話 |
貴悠という名前は、立春から来ていると教えてもらった。確かに、読みを変えれば、立春というのはタカハルとも読める。つまり、立春が貴悠の由来であり、生まれだ。
お正月ムードも過ぎ去った一月末のデパートで、優卵は一人途方に暮れていた。誕生日を知ったからには、優卵だって贈り物がしたい。けれど、何を選べばいいのかが解らない……。
優卵の誕生日も、貴悠は多分同じだったのだろうなと、今になって思い返す。ぬいぐるみかアクセサリーくらいしか思いつかなかったと、頭を掻いていた。
優卵は優卵で、男性への贈り物と言われれば、ネクタイやタイピン、それぐらいしか引き出しがない。デパートまで乗り込んできて、初めて優卵は後悔した。
これならば、教室の同僚か誰かに付いてきてもらった方が良かったかもしれない。自分で選びたくて、あえて妹の電話番号は無視しているし、仁科に訊くというのも選択肢から除外した。
ここは一度出直すべきかと、紳士用品の売り場で頭を抱えていたところに、救いを出してくれたのは、デパートの店員と思しき中年女性だった。
「お探し物ですか? 先程から悩んでいらっしゃるようでしたので、お声をかけさせて頂きました」
上品な物腰と柔らかい態度の女性に、優卵は思い切って打ち明ける。
「……私より少し年上の男性の方への贈り物を探してるんです。誕生日プレゼントで。あまり値の張ったものではなくて、相手の方が受け取っても負担にならないようなもので探したいんですけれど……」
優卵の言葉に、女性店員は柔らかく微笑んだ。
「お客様より少し年上の男性の方への贈り物ですね? お相手に負担を感じさせない程度で。でしたら、すこし高級感があって、それでいて嫌味のすぎない程度の文房具などいかがですか?
お客様の御言葉からするに、ネクタイなどよりはそちらの方が喜ばれるかと……。様子を伺っていましたところ、お父様など、お身内の方ではいらっしゃらないようですし」
悪戯っぽく笑った店員は、ショーケースの上に幾つかのペンを取り出して見せた。万年筆やボールペン、いずれも値段は三千円から五千円程度。
「あ、文房具!! ボールペンとかは多分使われると思います!! 職業が医師の方なので、筆記具は普段から、白衣のポケットに持ち歩いていらしたと思います」
「あら、そうでしたか」
並べてもらった筆記具の中から、優卵は真剣に一つ一つを手に取り、吟味する。その一つ、焦げ茶色の落ち着いたボールペンに、優卵は目を奪われた。キャップの部分に彫りが施してあって、桜が咲いている。
立春が由来の貴悠と、桜の彫りのボールペン。焦げ茶色の落ち着いた雰囲気も、雰囲気にぴったりくるように、優卵には思えた。目を奪われた優卵の視線を辿って、店員女性が優しく微笑む。
「お決まりということでよろしかったですか?」
「はい、このペンを頂けますか? 贈り物用に、ラッピングもお願いします」
晴れやかに笑った優卵に、店員女性が恭しく頭を下げる。
「かしこまりました。ご用意が整いますまで、少しだけお待ち願います」
優卵が選んだボールペンは、結論から言って、仁科を大いに驚かせた。勤務の関係で、その日に直接、優卵が手渡すことは出来なさそうだったので、宅急便で前夜に日時指定を入れて送った。
優卵が集めている、可愛らしいイラストがたくさん詰まった絵葉書に、手書きのメッセージを添えて。その日の内に電話がかかってきたので、若干驚いたのだけれど、喜んでもらえたようなのでよしとしようと、ウサギのぬいぐるみを抱き締めながら眠りに就いた。
となると、次に優卵の頭を悩ませたのは、二月の十四日である。デパートや菓子店に足を運んでみたけれど、高級チョコレートはなんだかピンと来ない。
かといって、チロルチョコや板チョコは絶対に違うと流石に思う。うんうんと頭を悩ましながら、結局のところ、手作りに決めることで落ち着いた。
手作りは重いかとも思ったのだけれども、仁科なら、デパートの高級チョコレートより、その方が喜んでもらえそうだと、悩み抜いた揚句の判断である。
チョコレートチップとコーンフレークを刻んで混ぜたチョコフレークのクッキー。百均ショップで可愛らしい袋とリボンを揃え、可愛く華やかに包んでラッピングしてから、優卵ははたと気づく。
すっかりと忘れていたが、今年の二月十四日は平日である。当然、仁科は仕事で病院のはずだ。チョコレート選びに気を取られ、手作りに決めたのが遅かったので、既に翌々日が当日である。
これを宅配で送るのは、なんか違うと……。悩みに悩んでから、優卵はスケジュール帳を取り出した。折しも、その日の優卵の教室は夕方から。
朝の間に仁科の病院に届けてしまって、ナースステーションのあの親切そうな看護師さんにでも渡してしまえれば、なんとかなりそうだ。
という経緯で、優卵は仁科の病棟の看護師長さんにクッキーの袋をお願いした。勿論、お願いするお礼も込めて、看護師長さんにはプレーンタイプのクッキーを用意して……。
仁科の病棟の看護師長は、何故か堪え切れないといった体で笑いを噛み殺していたけれど、優卵の言葉に快く肯いてくれた。
この数か月をそんな風に過ごしてきたから、目の前でにこやかに微笑みはにかむ女性が口にした言葉を、優卵は最初、受け入れられなかった。
女性は仁科との結婚を考えた人間だとはっきりと言った。なら、優卵は? 優卵は仁科にとって、何だというのだろう。この数か月は、仁科にとって、何の意味も持たないものでしかなかったのか……。
そこまで考えて、優卵は理解した。仁科にとって、優卵は既に卒業の時期の子どもなのだ。優しい仁科は傷付きボロボロになった優卵を放ってはおけなかった。
けれど、仁科の細やかな気遣いで、優卵はもう随分と立ち直った。……優卵は、……優卵は、既に仁科の手を借りる必要のない子どもだと判断したのだ、彼はきっと。
情けないと解っていて、それからの優卵はズタズタのボロボロになっていった。まず、あのときと同じで食事に一切手が付けられなくなった。何を無理やり口に含んでも、戻すだけで。
――――君は強いわけじゃない。必要な時に強いふりをしてみせるのが、虚勢の仮面を被ってみせるのが、他の人より優れざるを得なかっただけで。
いつかの仁科の言葉が蘇る。そうだ、優卵は強いわけじゃない。優卵は決して強くなんかない。あの人はそれを知っている。なのに……。
――――心がボロボロでも、笑ってみせることが出来るのは、哀しいよね。
あの日は優卵を救ってくれた仁科の言葉が、今は優卵の胸と心をズタズタに切り裂いていく。どれだけ心が血を流していても、笑ってしまえる自分の哀しさが、優卵は大嫌いだった。
表面上を取り繕っても、体調が見るからに変化し続ければ、流石に周囲も気付いてしまう。食事を受け付けなくなって二週間ほどする頃、教室の同僚達との交流会を兼ねた昼食会で、優卵は耐えきれずに戻してしまった。
驚いた同僚と先輩先生に連れられて戻った勤務先の教室の着替え部屋、心配して付き添ってくれた同僚に、この二週間ですっかりとやつれてしまった身体を見られ、優卵は苦笑いで返すことしか出来なかった。
何があったと問い詰められて、優しい王子様は相手を見つけてしまったのだけれど、自分に言い出せなかったのだと苦笑すると、同僚達が痛ましそうな視線を向けるから、それがとても痛かった。
だから、唐突に現れた仁科の姿に、優卵は当初何が何だか解らなかった。仁科の知人の頼みで人見知りの激しいという男の子のピアノ教室を探していると言われ、やってきていた喫茶店。
突然に現れた仁科の言葉に、戸惑うばかりで……。気付けば仁科の知人の看護師や、仁科の病棟の看護師長まで出揃っていて、仁科を動かす為に一芝居組んだんだよと明かされて、優卵は瞳を瞠った。
返して来いというのは受け付けていないと、仁科から渡された小箱に躊躇うと、他の人間に買ったつもりはないと返されて……。優卵は言葉を必死で探す。
今、優卵が言いたいのはそうじゃない。この小箱を貰ってもいいのかなんて、ホントに言いたいのは、そんな言葉じゃない。優卵が言いたいのは、優卵が訊きたいのは……。
けれど、王子様はやっぱりどこまでもとても優しくて、優卵の心を酌んでしまう。何を言っていいのか解らなくて言葉を探す優卵に、王子様は囁いた。
――――長谷川優卵が好きだって言ってるんだよ。他の王子様は探さないで。
堪えていた涙やいろんな思いが溢れだして、服の裾を握りしめて、泣きながら応えるのがようやくだった。優卵はとっくに貴方が好きだと……。
お正月ムードも過ぎ去った一月末のデパートで、優卵は一人途方に暮れていた。誕生日を知ったからには、優卵だって贈り物がしたい。けれど、何を選べばいいのかが解らない……。
優卵の誕生日も、貴悠は多分同じだったのだろうなと、今になって思い返す。ぬいぐるみかアクセサリーくらいしか思いつかなかったと、頭を掻いていた。
優卵は優卵で、男性への贈り物と言われれば、ネクタイやタイピン、それぐらいしか引き出しがない。デパートまで乗り込んできて、初めて優卵は後悔した。
これならば、教室の同僚か誰かに付いてきてもらった方が良かったかもしれない。自分で選びたくて、あえて妹の電話番号は無視しているし、仁科に訊くというのも選択肢から除外した。
ここは一度出直すべきかと、紳士用品の売り場で頭を抱えていたところに、救いを出してくれたのは、デパートの店員と思しき中年女性だった。
「お探し物ですか? 先程から悩んでいらっしゃるようでしたので、お声をかけさせて頂きました」
上品な物腰と柔らかい態度の女性に、優卵は思い切って打ち明ける。
「……私より少し年上の男性の方への贈り物を探してるんです。誕生日プレゼントで。あまり値の張ったものではなくて、相手の方が受け取っても負担にならないようなもので探したいんですけれど……」
優卵の言葉に、女性店員は柔らかく微笑んだ。
「お客様より少し年上の男性の方への贈り物ですね? お相手に負担を感じさせない程度で。でしたら、すこし高級感があって、それでいて嫌味のすぎない程度の文房具などいかがですか?
お客様の御言葉からするに、ネクタイなどよりはそちらの方が喜ばれるかと……。様子を伺っていましたところ、お父様など、お身内の方ではいらっしゃらないようですし」
悪戯っぽく笑った店員は、ショーケースの上に幾つかのペンを取り出して見せた。万年筆やボールペン、いずれも値段は三千円から五千円程度。
「あ、文房具!! ボールペンとかは多分使われると思います!! 職業が医師の方なので、筆記具は普段から、白衣のポケットに持ち歩いていらしたと思います」
「あら、そうでしたか」
並べてもらった筆記具の中から、優卵は真剣に一つ一つを手に取り、吟味する。その一つ、焦げ茶色の落ち着いたボールペンに、優卵は目を奪われた。キャップの部分に彫りが施してあって、桜が咲いている。
立春が由来の貴悠と、桜の彫りのボールペン。焦げ茶色の落ち着いた雰囲気も、雰囲気にぴったりくるように、優卵には思えた。目を奪われた優卵の視線を辿って、店員女性が優しく微笑む。
「お決まりということでよろしかったですか?」
「はい、このペンを頂けますか? 贈り物用に、ラッピングもお願いします」
晴れやかに笑った優卵に、店員女性が恭しく頭を下げる。
「かしこまりました。ご用意が整いますまで、少しだけお待ち願います」
優卵が選んだボールペンは、結論から言って、仁科を大いに驚かせた。勤務の関係で、その日に直接、優卵が手渡すことは出来なさそうだったので、宅急便で前夜に日時指定を入れて送った。
優卵が集めている、可愛らしいイラストがたくさん詰まった絵葉書に、手書きのメッセージを添えて。その日の内に電話がかかってきたので、若干驚いたのだけれど、喜んでもらえたようなのでよしとしようと、ウサギのぬいぐるみを抱き締めながら眠りに就いた。
となると、次に優卵の頭を悩ませたのは、二月の十四日である。デパートや菓子店に足を運んでみたけれど、高級チョコレートはなんだかピンと来ない。
かといって、チロルチョコや板チョコは絶対に違うと流石に思う。うんうんと頭を悩ましながら、結局のところ、手作りに決めることで落ち着いた。
手作りは重いかとも思ったのだけれども、仁科なら、デパートの高級チョコレートより、その方が喜んでもらえそうだと、悩み抜いた揚句の判断である。
チョコレートチップとコーンフレークを刻んで混ぜたチョコフレークのクッキー。百均ショップで可愛らしい袋とリボンを揃え、可愛く華やかに包んでラッピングしてから、優卵ははたと気づく。
すっかりと忘れていたが、今年の二月十四日は平日である。当然、仁科は仕事で病院のはずだ。チョコレート選びに気を取られ、手作りに決めたのが遅かったので、既に翌々日が当日である。
これを宅配で送るのは、なんか違うと……。悩みに悩んでから、優卵はスケジュール帳を取り出した。折しも、その日の優卵の教室は夕方から。
朝の間に仁科の病院に届けてしまって、ナースステーションのあの親切そうな看護師さんにでも渡してしまえれば、なんとかなりそうだ。
という経緯で、優卵は仁科の病棟の看護師長さんにクッキーの袋をお願いした。勿論、お願いするお礼も込めて、看護師長さんにはプレーンタイプのクッキーを用意して……。
仁科の病棟の看護師長は、何故か堪え切れないといった体で笑いを噛み殺していたけれど、優卵の言葉に快く肯いてくれた。
この数か月をそんな風に過ごしてきたから、目の前でにこやかに微笑みはにかむ女性が口にした言葉を、優卵は最初、受け入れられなかった。
女性は仁科との結婚を考えた人間だとはっきりと言った。なら、優卵は? 優卵は仁科にとって、何だというのだろう。この数か月は、仁科にとって、何の意味も持たないものでしかなかったのか……。
そこまで考えて、優卵は理解した。仁科にとって、優卵は既に卒業の時期の子どもなのだ。優しい仁科は傷付きボロボロになった優卵を放ってはおけなかった。
けれど、仁科の細やかな気遣いで、優卵はもう随分と立ち直った。……優卵は、……優卵は、既に仁科の手を借りる必要のない子どもだと判断したのだ、彼はきっと。
情けないと解っていて、それからの優卵はズタズタのボロボロになっていった。まず、あのときと同じで食事に一切手が付けられなくなった。何を無理やり口に含んでも、戻すだけで。
――――君は強いわけじゃない。必要な時に強いふりをしてみせるのが、虚勢の仮面を被ってみせるのが、他の人より優れざるを得なかっただけで。
いつかの仁科の言葉が蘇る。そうだ、優卵は強いわけじゃない。優卵は決して強くなんかない。あの人はそれを知っている。なのに……。
――――心がボロボロでも、笑ってみせることが出来るのは、哀しいよね。
あの日は優卵を救ってくれた仁科の言葉が、今は優卵の胸と心をズタズタに切り裂いていく。どれだけ心が血を流していても、笑ってしまえる自分の哀しさが、優卵は大嫌いだった。
表面上を取り繕っても、体調が見るからに変化し続ければ、流石に周囲も気付いてしまう。食事を受け付けなくなって二週間ほどする頃、教室の同僚達との交流会を兼ねた昼食会で、優卵は耐えきれずに戻してしまった。
驚いた同僚と先輩先生に連れられて戻った勤務先の教室の着替え部屋、心配して付き添ってくれた同僚に、この二週間ですっかりとやつれてしまった身体を見られ、優卵は苦笑いで返すことしか出来なかった。
何があったと問い詰められて、優しい王子様は相手を見つけてしまったのだけれど、自分に言い出せなかったのだと苦笑すると、同僚達が痛ましそうな視線を向けるから、それがとても痛かった。
だから、唐突に現れた仁科の姿に、優卵は当初何が何だか解らなかった。仁科の知人の頼みで人見知りの激しいという男の子のピアノ教室を探していると言われ、やってきていた喫茶店。
突然に現れた仁科の言葉に、戸惑うばかりで……。気付けば仁科の知人の看護師や、仁科の病棟の看護師長まで出揃っていて、仁科を動かす為に一芝居組んだんだよと明かされて、優卵は瞳を瞠った。
返して来いというのは受け付けていないと、仁科から渡された小箱に躊躇うと、他の人間に買ったつもりはないと返されて……。優卵は言葉を必死で探す。
今、優卵が言いたいのはそうじゃない。この小箱を貰ってもいいのかなんて、ホントに言いたいのは、そんな言葉じゃない。優卵が言いたいのは、優卵が訊きたいのは……。
けれど、王子様はやっぱりどこまでもとても優しくて、優卵の心を酌んでしまう。何を言っていいのか解らなくて言葉を探す優卵に、王子様は囁いた。
――――長谷川優卵が好きだって言ってるんだよ。他の王子様は探さないで。
堪えていた涙やいろんな思いが溢れだして、服の裾を握りしめて、泣きながら応えるのがようやくだった。優卵はとっくに貴方が好きだと……。
後書き
作者:未彩 |
投稿日:2016/01/19 12:41 更新日:2016/01/19 12:41 『人魚姫のお伽話』の著作権は、すべて作者 未彩様に属します。 |
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