作品ID:518
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てがみ屋と水を運ぶ村
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 休載中
前書き・紹介
第六話(再編集版)
前の話 | 目次 | 次の話 |
村の入り口には崩れかけた木の板が落ちていた。この村の案内用の看板だったらしく、地図はほとんど消えていて何がなんだか分からなかったが、辛うじて村の名前は分かった。
「香焼村(かやきむら)」というらしい。
名前からすると、昔は良い香りが香っていたのかもしれないが、今やその面影は残っていない。変わりに腐れた水のにおいが漂っていた。
「なによこれ」
思わず鼻をつまんでしまう。村の人たちに失礼だというのは分かっている。
でも酷かった。
ソラたちから見て右手にはボロボロの船が、ごみ置き場におかれているかのような汚い状態で浮かんでいた。そこは造船所だったようだ。今でもドックがあり、そこには造りかけの船が放置されているのが見えた。腐れた水のにおいに混ざっているのは海に沈んだ錆びのにおいか。
船はもう原型をとどめていないものもあり、錆で覆われて、まるで岩の塊みたいなものもあった。
二人がここに来たのは初めてだ。先ほどの集落と違って、ここはわりと賑やかである。
ソラは恐る恐る鼻をつまんでいる手を離して、造船所と反対側の左手のほうを見渡す。
左手にはレンガ造りの家が立ち並んでいた。レンガ造りだから家は丈夫そうかといえばそうでもない。洪水でも起これば流されてしまいそうなほど家々は傷んでいた。
レンガが崩れ、その崩れたレンガがなだれを起こしている家もある。
その家々の間の路地には地面に敷物をしいてあぐらをかき、座り込んで商品を客に見せている人たちがちらほら見える。この村の市場、とでもいったところか。
「お世辞にもきれいな村とはいえないね。これじゃあ、魚なんて……」
ふて腐れたように不満を吐き出した瞬間、不意に声をかけられた。
「こんにちは」
焦って顔をそむけたソラを嘲笑うかのように、真行は声をかけてきた人をまっすぐに見据えた。
この野郎、覚えてろよ。という言葉を飲み込み、作り笑いを浮かべてその人のほうへ向き直る。
おばさんだった。若い人以外の人間がいるということは村がまだ元気な証拠である。本当に消えてしまいそうな村は、体が弱い者から順に死んでいく。だから、若い男ばかりしかいない。
彼女はエプロンのようなものを腰に巻いて、かごを提げていた。かごの中身は色のあまりよくない食べ物。
「旅人さんですか」
「いえ、てがみ屋です」
ソラが微笑んで答えると、おばさんは不思議そうに首をかしげた。
「あら、でもこの間、郵便局は廃止になったじゃない」
「はい。でも、あたしたちは手紙を届けたくて続けてるんです。何かお手紙とかあったら運びますよ?」
訊くと、おばさんは手をひらひらと振った。
「やあねえ。あたしたちにそんな高価なものは書けないわよ」
「そ、そうですよね……」
ソラは残念そうに肩を落とす。
そんなソラに代わって、真行が尋ねる。
「このあたりに、警察官いねえか?」
乱暴な言葉遣いも気に入らなかったが、なぜそんなことを彼女に聞くのか不審に思ったので、彼をにらみ上げて小さく息だけで聞く。
「何でそんなこと訊くのよ」
「ステッカーのこと知りたいだろ?」
当然のように返してきた。その余裕っぷりが癪に障る。
「知ってどうするの」
「お前が手紙どうするのって訊いたんだろうが。ステッカーがどんなものか分かれば、その後も決まるってもんだろ?」
あ、そうか。納得してしまって、急に悔しくなった。
「何だお前、もしかして本当に魚食うつもりだけだったのか? お前……バ」
そしてこの追い討ちだ。黙れといわんばかりにソラは拳を彼の腰につき立てた。
「いってエ……ッ」
真行が腰を押さえて苦い顔になる。
「馬鹿に馬鹿って言われる筋合いは無いから」
フン、と鼻で笑うと、真行は「オイてめえ何しやがる」と言いたげな顔でソラをにらんできた。しかしそれは当然スルーだ。
「このあたりに警察官はいませんか?」
にこやかに何事も無かったかのようにソラは言い直して訊ねる。おばさんは苦笑を浮かべながら答えてくれた。
「警察官? ああ、麗花《れいか》君なら、ここからもっと奥の造船所跡のほうで船をいじってると思うけど」
「レイカ?」
「ああ……でも、彼は……」
なぜかおばさんは言葉を濁らせる。
「どうしたんですか?」
「あの子は、姉不孝のバカ弟だって、ツマハジキされてるのよ」
「他に、警察官はいないっすか?」
真行が腰に手を当てて苦しそうな顔をしていたせいだろう。
おばさんは肩を小さく揺らして笑った。
「いないと思うけど……それに、政府はつぶれちゃったじゃない? だから、警察官も正式な仕事じゃなくなっちゃったみたいで。最近はろくな仕事もせずに、船をいじってるみたい」
そして、急に声色を変えた。
「あの子さえしっかりしていれば、この村はこんなことにはならなかったかもしれないのに……」
「それは違うと思いますよ」
眉をひそめるソラの隣で、真行ははっきりと言い切った。
「ちょっとあんた何言い出すの」
訝しげな顔で彼を見上げる。地域住民と争うと後が面倒だし、仕事が進まないので出すぎた発言は謹んでもらいたいものだ。
しかしソラの静かな静止は気にも留めず、真行は口を開く。
「村っていうのは一人でつくるものじゃありません。村は一人でつくれるものではないし、変えられるものでもない。僕は、全員で協力してこそ、よい村ができると思いますが」
「ごめんなさい」
あっけにとられているおばさんに頭を下げて、ソラは謝った。
「いや、いいのよ」
おばさんは踵を返して、肩を大きく揺らしながら遠ざかっていった。
「あの、ありがとうございました」
耳に届くように、きちんと礼を言ってから、彼女は腰を伸ばす。
そして、きっ、と真行をにらみつける。が、すぐにその表情は緩んだ。
「あんたも時々はいいこと言うんだね」
真行は表情を変えない。
ソラはその顔に指を突きつける。
「時々、だからね」
「時々強調すんな」
「あーあ、今の言葉あんたにはもったいなかったかなあ」と歌うように言って、ソラはくるりとその場で一回転して、
「でもそうだよね。なんかスカっとした!」
ガッツポーズを作ってみせ、「行こっ」と真行の腕を引っ張った。
疲れていたこともあり、造船ドッグまでの道は自然と早足になった。腹が途中でなり、魚は無理でも、何か食べられるチャンスを先ほど逃したことに気づき、ソラは鬱々とした気持ちでファミリアバードに揺られていた。また先ほどのような市場が無いかと前をじっと見据えて探していたが、丘をひとつ越えると、そこからはレンガの家並みは途絶え、人通りが絶えた荒涼とした畑の跡だった。畑作はあまり行っていないらしく、畑の区画はめちゃくちゃで崩れた四角形があちこちに散らばっていた。見るからに栄養がなさそうな、さらっとした乾燥した土が、あちらこちらに山を作っている。
「ねえ」
「は?」
ソラは現状にふたをするように、真行に話しかける。
「ここの人って、何食べてるのかな」
畑が崩れていては、食べ物は手に入らない。そういえば先ほどのおばさんもあまりよいものは食べていないようだった。だいぶ形が崩れていて、何の食べ物なのか良く分からなかったし。
「んなこと言ったって、俺たちも、もう三日間、何も食ってねえだろ」
呆れたように答えて、ため息を漏らした。
ソラは黙り込んでしまう。そもそも、どうしてこんなことになってしまったのだ。最近は、分かりきっていることを何度も繰り返して考えてしまう。こんな世界になってしまったのは、
「全部、あたしたちのせいなんだよね」
うつむいてしまったソラは鞄を抱きしめた。彼女のお腹は盛大に音を立てる。
しばらくすると、荒れた土地を抜け、少し人気《ひとけ》のある道に出た。
「やった、何か食べられるかもっ」
ソラは、ファミリアバードの背を激しくたたき、頬を上気させた。ファミリアバードは困ったようにソラのほうを見上げる。
「ドンマイ」
真行は親指を立て、ファミリアバードに見えるように身を乗り出した。
「失礼ねっ」
ピンク色に染まった頬をハリセンボンのように膨らませ、ソラはファミリアバードの背を両手でばあん、とたたき、真行のほうを睨みつける。
「ギイイッ!」
ファミリアバードはくちばしを大きく開けて、羽をばたつかせ、ソラを非難した。
「哀れだ」
真行は少し目をそらし、ため息を漏らした。
「あんたに哀れまれることのほうが、かわいそう」
ソラはファミリアバードの背を優しくなで、
「ねー、そうでしょ?」
と彼(あるいは彼女)の顔を覗き込んだ。
ファミリアバードは、何も答えなかった。
「香焼村(かやきむら)」というらしい。
名前からすると、昔は良い香りが香っていたのかもしれないが、今やその面影は残っていない。変わりに腐れた水のにおいが漂っていた。
「なによこれ」
思わず鼻をつまんでしまう。村の人たちに失礼だというのは分かっている。
でも酷かった。
ソラたちから見て右手にはボロボロの船が、ごみ置き場におかれているかのような汚い状態で浮かんでいた。そこは造船所だったようだ。今でもドックがあり、そこには造りかけの船が放置されているのが見えた。腐れた水のにおいに混ざっているのは海に沈んだ錆びのにおいか。
船はもう原型をとどめていないものもあり、錆で覆われて、まるで岩の塊みたいなものもあった。
二人がここに来たのは初めてだ。先ほどの集落と違って、ここはわりと賑やかである。
ソラは恐る恐る鼻をつまんでいる手を離して、造船所と反対側の左手のほうを見渡す。
左手にはレンガ造りの家が立ち並んでいた。レンガ造りだから家は丈夫そうかといえばそうでもない。洪水でも起これば流されてしまいそうなほど家々は傷んでいた。
レンガが崩れ、その崩れたレンガがなだれを起こしている家もある。
その家々の間の路地には地面に敷物をしいてあぐらをかき、座り込んで商品を客に見せている人たちがちらほら見える。この村の市場、とでもいったところか。
「お世辞にもきれいな村とはいえないね。これじゃあ、魚なんて……」
ふて腐れたように不満を吐き出した瞬間、不意に声をかけられた。
「こんにちは」
焦って顔をそむけたソラを嘲笑うかのように、真行は声をかけてきた人をまっすぐに見据えた。
この野郎、覚えてろよ。という言葉を飲み込み、作り笑いを浮かべてその人のほうへ向き直る。
おばさんだった。若い人以外の人間がいるということは村がまだ元気な証拠である。本当に消えてしまいそうな村は、体が弱い者から順に死んでいく。だから、若い男ばかりしかいない。
彼女はエプロンのようなものを腰に巻いて、かごを提げていた。かごの中身は色のあまりよくない食べ物。
「旅人さんですか」
「いえ、てがみ屋です」
ソラが微笑んで答えると、おばさんは不思議そうに首をかしげた。
「あら、でもこの間、郵便局は廃止になったじゃない」
「はい。でも、あたしたちは手紙を届けたくて続けてるんです。何かお手紙とかあったら運びますよ?」
訊くと、おばさんは手をひらひらと振った。
「やあねえ。あたしたちにそんな高価なものは書けないわよ」
「そ、そうですよね……」
ソラは残念そうに肩を落とす。
そんなソラに代わって、真行が尋ねる。
「このあたりに、警察官いねえか?」
乱暴な言葉遣いも気に入らなかったが、なぜそんなことを彼女に聞くのか不審に思ったので、彼をにらみ上げて小さく息だけで聞く。
「何でそんなこと訊くのよ」
「ステッカーのこと知りたいだろ?」
当然のように返してきた。その余裕っぷりが癪に障る。
「知ってどうするの」
「お前が手紙どうするのって訊いたんだろうが。ステッカーがどんなものか分かれば、その後も決まるってもんだろ?」
あ、そうか。納得してしまって、急に悔しくなった。
「何だお前、もしかして本当に魚食うつもりだけだったのか? お前……バ」
そしてこの追い討ちだ。黙れといわんばかりにソラは拳を彼の腰につき立てた。
「いってエ……ッ」
真行が腰を押さえて苦い顔になる。
「馬鹿に馬鹿って言われる筋合いは無いから」
フン、と鼻で笑うと、真行は「オイてめえ何しやがる」と言いたげな顔でソラをにらんできた。しかしそれは当然スルーだ。
「このあたりに警察官はいませんか?」
にこやかに何事も無かったかのようにソラは言い直して訊ねる。おばさんは苦笑を浮かべながら答えてくれた。
「警察官? ああ、麗花《れいか》君なら、ここからもっと奥の造船所跡のほうで船をいじってると思うけど」
「レイカ?」
「ああ……でも、彼は……」
なぜかおばさんは言葉を濁らせる。
「どうしたんですか?」
「あの子は、姉不孝のバカ弟だって、ツマハジキされてるのよ」
「他に、警察官はいないっすか?」
真行が腰に手を当てて苦しそうな顔をしていたせいだろう。
おばさんは肩を小さく揺らして笑った。
「いないと思うけど……それに、政府はつぶれちゃったじゃない? だから、警察官も正式な仕事じゃなくなっちゃったみたいで。最近はろくな仕事もせずに、船をいじってるみたい」
そして、急に声色を変えた。
「あの子さえしっかりしていれば、この村はこんなことにはならなかったかもしれないのに……」
「それは違うと思いますよ」
眉をひそめるソラの隣で、真行ははっきりと言い切った。
「ちょっとあんた何言い出すの」
訝しげな顔で彼を見上げる。地域住民と争うと後が面倒だし、仕事が進まないので出すぎた発言は謹んでもらいたいものだ。
しかしソラの静かな静止は気にも留めず、真行は口を開く。
「村っていうのは一人でつくるものじゃありません。村は一人でつくれるものではないし、変えられるものでもない。僕は、全員で協力してこそ、よい村ができると思いますが」
「ごめんなさい」
あっけにとられているおばさんに頭を下げて、ソラは謝った。
「いや、いいのよ」
おばさんは踵を返して、肩を大きく揺らしながら遠ざかっていった。
「あの、ありがとうございました」
耳に届くように、きちんと礼を言ってから、彼女は腰を伸ばす。
そして、きっ、と真行をにらみつける。が、すぐにその表情は緩んだ。
「あんたも時々はいいこと言うんだね」
真行は表情を変えない。
ソラはその顔に指を突きつける。
「時々、だからね」
「時々強調すんな」
「あーあ、今の言葉あんたにはもったいなかったかなあ」と歌うように言って、ソラはくるりとその場で一回転して、
「でもそうだよね。なんかスカっとした!」
ガッツポーズを作ってみせ、「行こっ」と真行の腕を引っ張った。
疲れていたこともあり、造船ドッグまでの道は自然と早足になった。腹が途中でなり、魚は無理でも、何か食べられるチャンスを先ほど逃したことに気づき、ソラは鬱々とした気持ちでファミリアバードに揺られていた。また先ほどのような市場が無いかと前をじっと見据えて探していたが、丘をひとつ越えると、そこからはレンガの家並みは途絶え、人通りが絶えた荒涼とした畑の跡だった。畑作はあまり行っていないらしく、畑の区画はめちゃくちゃで崩れた四角形があちこちに散らばっていた。見るからに栄養がなさそうな、さらっとした乾燥した土が、あちらこちらに山を作っている。
「ねえ」
「は?」
ソラは現状にふたをするように、真行に話しかける。
「ここの人って、何食べてるのかな」
畑が崩れていては、食べ物は手に入らない。そういえば先ほどのおばさんもあまりよいものは食べていないようだった。だいぶ形が崩れていて、何の食べ物なのか良く分からなかったし。
「んなこと言ったって、俺たちも、もう三日間、何も食ってねえだろ」
呆れたように答えて、ため息を漏らした。
ソラは黙り込んでしまう。そもそも、どうしてこんなことになってしまったのだ。最近は、分かりきっていることを何度も繰り返して考えてしまう。こんな世界になってしまったのは、
「全部、あたしたちのせいなんだよね」
うつむいてしまったソラは鞄を抱きしめた。彼女のお腹は盛大に音を立てる。
しばらくすると、荒れた土地を抜け、少し人気《ひとけ》のある道に出た。
「やった、何か食べられるかもっ」
ソラは、ファミリアバードの背を激しくたたき、頬を上気させた。ファミリアバードは困ったようにソラのほうを見上げる。
「ドンマイ」
真行は親指を立て、ファミリアバードに見えるように身を乗り出した。
「失礼ねっ」
ピンク色に染まった頬をハリセンボンのように膨らませ、ソラはファミリアバードの背を両手でばあん、とたたき、真行のほうを睨みつける。
「ギイイッ!」
ファミリアバードはくちばしを大きく開けて、羽をばたつかせ、ソラを非難した。
「哀れだ」
真行は少し目をそらし、ため息を漏らした。
「あんたに哀れまれることのほうが、かわいそう」
ソラはファミリアバードの背を優しくなで、
「ねー、そうでしょ?」
と彼(あるいは彼女)の顔を覗き込んだ。
ファミリアバードは、何も答えなかった。
後書き
作者:赤坂南 |
投稿日:2010/11/08 19:04 更新日:2010/11/08 19:04 『てがみ屋と水を運ぶ村』の著作権は、すべて作者 赤坂南様に属します。 |
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