作品ID:901
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レッド・プロファイル
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
1-3
前の話 | 目次 | 次の話 |
3
烈火のように猛り狂った赤色に散々な目に合わされた僕は自分の教室に帰って、今度は同じクラスの友近都日《ともちかみやび》と話をしていた。僕が先輩から借りた、例のフィクションを読んでいるところに朝練から帰ってきて、ニヤニヤしながら近づいてきたのだった。
友近は柔道部の副将をしていて、背は僕と同じくらいだが、顔の造形が徹底的に違う。スポーツ漫画なんかだと、『○○の貴公子』とか『××王子』とか言われてしまいそうな、むやみにキレイな顔立ちを都日はしていて、さらにそれに輪をかけて物腰や喋り方が丁寧なもんだからなおさら際立って、ぶっちゃけモテる。ねたましい。
中学校まで道場(というかカルチャースクール)で柔道を一緒にやっていた仲だから、僕はそんな都日の少し貴公子らしくないところも多々知っていて、どうやって知ったかと言うと日ごろからなんだかんだと仲良くしているからだ。真面目な話もするし不真面目な話もする。スケベな話も良くする。悪友、というと、ぴったり表現できるのかもしれない。そしていかにも悪友、といった笑みを浮かべて、都日は僕の前の席に自分の登校鞄を置いた。ズン、と重たい音がする――都日は勉強に関しては真面目なので、学校に教科書をほとんどおいて帰らない。
「早いね」
と、まず都日が微笑みながら当たり障りのないことを言ってくる。ちょっと前まで朝連で体を動かしていたと思えない、爽やかな余裕のある声だった。
「ん……」
少し時間を置いて、当たり障りの無い範囲を考えた。結局「ちょっと赤色とな」とだけ、僕は答える。
都日には――都日に限らず、他の誰にも、ストーキングされていることは話していない。
ぺちゃくちゃと話すことでもないし、話したいことでもない。
「なんの用事?」
「用事というか相談というか、二人っきりで話しときたいことがあったんだよ」
「なんていうのか、悪巧みって感じを受けるけどね、その話ぶりは」
ほどほどにしときなよ、と都日が笑うと、まるで出来杉君に注意されているような居心地の悪さがあった。口の端に笑いを含みながら都日が続ける。
「非常ベルとか、科学室の薬品とか、フィクションと違ってほんとに手ぇ出したらマズイから」
「フィクションの高校生ってんな過激なことすんのか」
さすが非実在青少年。
「ピンキリだね。フィクションって言っても広いし――戦車を盗んで七日間戦争とか、あれは真似したくても出来ないね」
「八日目の親の激怒ぶりが恐ろしいなそれ……」
「そういう作品じゃなかったと思うけど」
「赤色なら戦車どころじゃすまない気がするし……」
「酷い評価だね」
でも「わからなくもないだろ?」「うん」赤色さんならやりそうだね。「多分赤色さんだったら巨大ロボくらい呼び出せるよ」
僕と都日は共犯者じみた笑顔を浮かべる。
「となったら真っ先にやられるのは伏目だね」
「やっぱそうかなぁ」
身長でいじめすぎてるからなぁ。
「『ちょっと余分みたいだから縮めてあげるよフーハハハハハァ!』とかいって踏み潰してきそうだ」
「声まね上手いね!?」
「『残念だったね明智君! あとポアロ君! それからモリアーティ!』」
「どんだけ大物なんだい赤色さん!」
「『えーっと、ホールズ……ホークズ……ホームス、だっけ? 君は、いいです、うん。お引取り下さい』」
「アハハハハハハハハハハハ!」
大うけだった。
ここまでうければやりがいもあるというもんだ。
見れば都日は目元に涙まで浮かべて、腹を抱えて笑っている。自分では其処まで声が似ているとは思えないのだけど、たぶん雰囲気というか、空気が似てるんだろう。
「あー、笑った笑った、似てるなぁ伏目、なにその特技」
「お褒めに預かり光栄だよ」
「よし、じゃあ次はちょっと――よがってみて?」
「お前最低だな!?」
出来杉君顔でそんなこと頼むな!
「えー、『あっ、あんっ、いや、止めて、やだ、やだよ伏目くんッ!』ってやってくれないのかい?」
「僕は何をしてるんだ!?」
「なんだよ、毎日イメトレしてるだろ?」
「人聞きの悪いことを!」
「誰だってするさ、恥ずかしがんなくていいじゃないか」
「誰もがお前と同じ性癖を抱えてると思うなよ!」
なにが悲しくて朝っぱらからこんな最低な下ネタに付き合わなければならないんだろうか。ぜぇ、と大きく息を吸って僕は呼吸を整えた。
「だいたいさぁ、そのシュチュエーション、警察権力に見つかるとやばいんじゃないのか……」
「地下室だから大丈夫だよ」
「通報するからちょっと待ってろ!」
「おいおい、携帯電話は校則違反だよ」
「地下室にどす黒い闇を隠し持ってる奴に言われたくねぇ!」
反社会的にも程があるわ。
『キレる十七歳』とかいうフレーズがかすんで見えるじゃねぇか。
「なによりもお前が自分の口でその台詞を言ってのけたことが気持ち悪い」
「キモ可愛いって奴だね」
「キモ気持ち悪いって感じだ」
「間をとって可愛いけどキモいってことで」
「その着地点はお前にとってプラスなのか?」
可愛いって言うのは納得がいかないが、結局都日はキモいという僕の主張は通ったわけで、間は確かに取れているけど、得をした人間が一人もいない。
都日がいいんならそれでいいけどさぁ。
と、そこで。
都日との会話に一息ついたとたん、どっと疲れが僕の方にのしかかってきた。昨日夜更かしをしたことが、思った以上に体にこたえているらしい。あるいは何かもっと別の理由かもしれないが、とにかく唐突に、本当に重石がのしかかってきたような。
思わず僕は片手で目を覆ってしまっていた。
瞼に自分の手のぬるさが伝わってきて、余計に気持ち悪くなる。
「……どうした?」
「大丈夫」
「顔色悪いなと思ってたけど、なんか今いきなり酷くなったぞ」
「違う、ちょっと、あれだ。最近いろいろあって」
「赤色さん絡みか?」
ドグン、と心臓がはねる錯覚がした。
「そうなんだな」
「……おう」
「だからこんな朝っぱらに、わざわざ相談に来たわけだ」
「相談、つか、それほど酷いことでもないって」
「言いたくないならいいんだ」
目を覆ったまま、都日の声を聴く。
「伏目はしっかりしてるから、お前が言うべきじゃないと思ったんならきっと言うべきじゃないんだと思う。それは解ってる。だから言わなくてもいい」
「…………」
「でもそれは僕たちが伏目を『心配しちゃいけない理由』にはならない。僕だけじゃなくて、クラスの皆や先生も心配するだろうし、もっと君と親しい僕や赤色さんやコッチーなんかはもっともっと心配する。心配だから世話も焼くし優しくすると思う。それを鬱陶しがるのも勝手だし拒絶するのも勝手だけどだからといって僕たちが止めるとは限らないからね。君には言いたくないことをいわない自由があるけど、心配される不自由もあるんだって、わかっておいてよね」
「……なんか、反抗期の息子に説教してるみたいだな」
「思春期だからね」
よく分かるんだよ、と嘯いて、都日は笑った。
僕もつられて、笑う。
「伏目と一緒にいると心配の種が尽きないね。友達甲斐があるよ」
「おうおう、感謝するといい」
「上から目線だー」
「僕と一緒にいる限り心配だけはさせてやるぜ」
「ろくでなしだねー」
「赤色ほどじゃない!」
「最低のいいわけだねー」
「梅郷は――」
僕は目元から手を離して腕を組んだ。
「いい奴だな」
「コッチーはねぇ。いい子だよねぇ」
梅郷こち、愛称コッチー。
同級生女子。
友達、のはず。
「僕の幼なじみだからね、いい子じゃないはずがないさ」
「その不適な自信は腹立つが、まぁ同意する」
梅坂は敵が多いが、少なくとも悪人ではないし、性質の悪い人間でもない。ただちょっと趣味嗜好というか、性癖というか、彼女は彼女で悪い癖があるだけで。少なくとも僕は嫌いじゃなかった。
あ。
「そうだ。なぁ、都日」
「ん?」
「地下室のくだり、梅郷に通報するから」
随分前に『ミヤちゃんがスケベなこと言ったら教えて』と仰せつかっていたんだった。
世間一般に許容される下ネタなら僕も見逃してたけど、今日のは普通に始末が悪い。友人をネタにしたこととか結構良くない事例がてんこ盛りだったから、一回お灸をすえてもらった方がいいだろう。
そんなことを僕が説明しようとする前に、都日が僕の襟元を締め上げた。
柔道部の力は強い。
「なにしやがる!」
「邪悪な目論見は実力行使によって排除されなければならない!」
「行使されんの!? 今から!?」
「密告も脅迫も僕は決して許さないぞ!」
「それはつげ口されそうになってテンパってるだけだ!」
「ああテンパってるさ! コッチーに話が流れたらその日の夕飯の席が家族会議になっちゃうだろうが!」
「そんなに!?」
「議題は『こちちゃんの耳に不埒な言葉を吹き込んだ罪はいかなる罰で購うべきか』」
「甘やかされてる!」
しかも議題の時点で有罪が決定していた。
どんな不平等条約が都日と梅郷の間にあるんだろう。
「もしもコッチーに一言でも漏らしてみろ! 僕は伏目の性癖を仔細に調べ上げて町内全体に流布してやるからな!」
「怖すぎるわ……」
「あるいは耳掻きしている手を思いっきりつく!」
「怖すぎるわ!」
話をいきなり現実的にするな。
「変な汁と血が止まらなくなるまでかき回してやるからな……」
「わかったよ、言わねぇよ」
「信用できるかぁ、この薄汚いスパイめぇえ!」
「どうしろと!?」
人事不肖になるほど恐ろしいのだろうか、友近一族家族会議。
いっそ見てみたかった。
「くそぅ……、もう伏目にまで根が回ってるのか、コッチーネットワーク」
「あるいは梅郷包囲網」
「いったい、僕はどこで誰に下ネタを披露すればいいんだ……」
「それって一生心に仕舞って置くことって出来ないのか?」
「……パンクしてしまう」
「どういう構造なんだお前」
よしんば本当に小まめに発表しないと下ネタが噴出する生き物だったとして、それは多分この世で一、二を争う最低の生物だ。
「ところで伏目」
「なんだ」
「赤色さんの声で言って欲しい台詞があるんだ?」
「きゃっかー」
こんな具合に、僕と都日は会話する。馬鹿なことも喋るけど、間に真面目な話も挟まる――あるいは、真面目な話の最中でもバカな話を挟む。そういうことをしても互いに不愉快にならない程度に気心が知れている。
つまり相手をないがしろにしても心が痛まないということか。
それが交友の全てでないとしても、
人と交わるというのは、傷つけることに鈍感になるということなのか。
それとも、傷つけられることに鈍感になるのか。
その両方か。
いや、実は、鋭敏に、臆病に、交われば交わるほど痛みを恐れる生き物なのに。
それを忘れたふりを、無理を、しているのだろうか。
僕らは。
「ちくしょー、ずるいぞ伏目ばっかり女子とけしからんことしてさぁ」
「僕がいつそんなことをしましたか」
「最近、伏目んちの近くでやたらと赤色さんみかけるよ」
ドグン、と今度こそ心臓がはねて。
大丈夫。
物語はちゃんと進んでいる。
烈火のように猛り狂った赤色に散々な目に合わされた僕は自分の教室に帰って、今度は同じクラスの友近都日《ともちかみやび》と話をしていた。僕が先輩から借りた、例のフィクションを読んでいるところに朝練から帰ってきて、ニヤニヤしながら近づいてきたのだった。
友近は柔道部の副将をしていて、背は僕と同じくらいだが、顔の造形が徹底的に違う。スポーツ漫画なんかだと、『○○の貴公子』とか『××王子』とか言われてしまいそうな、むやみにキレイな顔立ちを都日はしていて、さらにそれに輪をかけて物腰や喋り方が丁寧なもんだからなおさら際立って、ぶっちゃけモテる。ねたましい。
中学校まで道場(というかカルチャースクール)で柔道を一緒にやっていた仲だから、僕はそんな都日の少し貴公子らしくないところも多々知っていて、どうやって知ったかと言うと日ごろからなんだかんだと仲良くしているからだ。真面目な話もするし不真面目な話もする。スケベな話も良くする。悪友、というと、ぴったり表現できるのかもしれない。そしていかにも悪友、といった笑みを浮かべて、都日は僕の前の席に自分の登校鞄を置いた。ズン、と重たい音がする――都日は勉強に関しては真面目なので、学校に教科書をほとんどおいて帰らない。
「早いね」
と、まず都日が微笑みながら当たり障りのないことを言ってくる。ちょっと前まで朝連で体を動かしていたと思えない、爽やかな余裕のある声だった。
「ん……」
少し時間を置いて、当たり障りの無い範囲を考えた。結局「ちょっと赤色とな」とだけ、僕は答える。
都日には――都日に限らず、他の誰にも、ストーキングされていることは話していない。
ぺちゃくちゃと話すことでもないし、話したいことでもない。
「なんの用事?」
「用事というか相談というか、二人っきりで話しときたいことがあったんだよ」
「なんていうのか、悪巧みって感じを受けるけどね、その話ぶりは」
ほどほどにしときなよ、と都日が笑うと、まるで出来杉君に注意されているような居心地の悪さがあった。口の端に笑いを含みながら都日が続ける。
「非常ベルとか、科学室の薬品とか、フィクションと違ってほんとに手ぇ出したらマズイから」
「フィクションの高校生ってんな過激なことすんのか」
さすが非実在青少年。
「ピンキリだね。フィクションって言っても広いし――戦車を盗んで七日間戦争とか、あれは真似したくても出来ないね」
「八日目の親の激怒ぶりが恐ろしいなそれ……」
「そういう作品じゃなかったと思うけど」
「赤色なら戦車どころじゃすまない気がするし……」
「酷い評価だね」
でも「わからなくもないだろ?」「うん」赤色さんならやりそうだね。「多分赤色さんだったら巨大ロボくらい呼び出せるよ」
僕と都日は共犯者じみた笑顔を浮かべる。
「となったら真っ先にやられるのは伏目だね」
「やっぱそうかなぁ」
身長でいじめすぎてるからなぁ。
「『ちょっと余分みたいだから縮めてあげるよフーハハハハハァ!』とかいって踏み潰してきそうだ」
「声まね上手いね!?」
「『残念だったね明智君! あとポアロ君! それからモリアーティ!』」
「どんだけ大物なんだい赤色さん!」
「『えーっと、ホールズ……ホークズ……ホームス、だっけ? 君は、いいです、うん。お引取り下さい』」
「アハハハハハハハハハハハ!」
大うけだった。
ここまでうければやりがいもあるというもんだ。
見れば都日は目元に涙まで浮かべて、腹を抱えて笑っている。自分では其処まで声が似ているとは思えないのだけど、たぶん雰囲気というか、空気が似てるんだろう。
「あー、笑った笑った、似てるなぁ伏目、なにその特技」
「お褒めに預かり光栄だよ」
「よし、じゃあ次はちょっと――よがってみて?」
「お前最低だな!?」
出来杉君顔でそんなこと頼むな!
「えー、『あっ、あんっ、いや、止めて、やだ、やだよ伏目くんッ!』ってやってくれないのかい?」
「僕は何をしてるんだ!?」
「なんだよ、毎日イメトレしてるだろ?」
「人聞きの悪いことを!」
「誰だってするさ、恥ずかしがんなくていいじゃないか」
「誰もがお前と同じ性癖を抱えてると思うなよ!」
なにが悲しくて朝っぱらからこんな最低な下ネタに付き合わなければならないんだろうか。ぜぇ、と大きく息を吸って僕は呼吸を整えた。
「だいたいさぁ、そのシュチュエーション、警察権力に見つかるとやばいんじゃないのか……」
「地下室だから大丈夫だよ」
「通報するからちょっと待ってろ!」
「おいおい、携帯電話は校則違反だよ」
「地下室にどす黒い闇を隠し持ってる奴に言われたくねぇ!」
反社会的にも程があるわ。
『キレる十七歳』とかいうフレーズがかすんで見えるじゃねぇか。
「なによりもお前が自分の口でその台詞を言ってのけたことが気持ち悪い」
「キモ可愛いって奴だね」
「キモ気持ち悪いって感じだ」
「間をとって可愛いけどキモいってことで」
「その着地点はお前にとってプラスなのか?」
可愛いって言うのは納得がいかないが、結局都日はキモいという僕の主張は通ったわけで、間は確かに取れているけど、得をした人間が一人もいない。
都日がいいんならそれでいいけどさぁ。
と、そこで。
都日との会話に一息ついたとたん、どっと疲れが僕の方にのしかかってきた。昨日夜更かしをしたことが、思った以上に体にこたえているらしい。あるいは何かもっと別の理由かもしれないが、とにかく唐突に、本当に重石がのしかかってきたような。
思わず僕は片手で目を覆ってしまっていた。
瞼に自分の手のぬるさが伝わってきて、余計に気持ち悪くなる。
「……どうした?」
「大丈夫」
「顔色悪いなと思ってたけど、なんか今いきなり酷くなったぞ」
「違う、ちょっと、あれだ。最近いろいろあって」
「赤色さん絡みか?」
ドグン、と心臓がはねる錯覚がした。
「そうなんだな」
「……おう」
「だからこんな朝っぱらに、わざわざ相談に来たわけだ」
「相談、つか、それほど酷いことでもないって」
「言いたくないならいいんだ」
目を覆ったまま、都日の声を聴く。
「伏目はしっかりしてるから、お前が言うべきじゃないと思ったんならきっと言うべきじゃないんだと思う。それは解ってる。だから言わなくてもいい」
「…………」
「でもそれは僕たちが伏目を『心配しちゃいけない理由』にはならない。僕だけじゃなくて、クラスの皆や先生も心配するだろうし、もっと君と親しい僕や赤色さんやコッチーなんかはもっともっと心配する。心配だから世話も焼くし優しくすると思う。それを鬱陶しがるのも勝手だし拒絶するのも勝手だけどだからといって僕たちが止めるとは限らないからね。君には言いたくないことをいわない自由があるけど、心配される不自由もあるんだって、わかっておいてよね」
「……なんか、反抗期の息子に説教してるみたいだな」
「思春期だからね」
よく分かるんだよ、と嘯いて、都日は笑った。
僕もつられて、笑う。
「伏目と一緒にいると心配の種が尽きないね。友達甲斐があるよ」
「おうおう、感謝するといい」
「上から目線だー」
「僕と一緒にいる限り心配だけはさせてやるぜ」
「ろくでなしだねー」
「赤色ほどじゃない!」
「最低のいいわけだねー」
「梅郷は――」
僕は目元から手を離して腕を組んだ。
「いい奴だな」
「コッチーはねぇ。いい子だよねぇ」
梅郷こち、愛称コッチー。
同級生女子。
友達、のはず。
「僕の幼なじみだからね、いい子じゃないはずがないさ」
「その不適な自信は腹立つが、まぁ同意する」
梅坂は敵が多いが、少なくとも悪人ではないし、性質の悪い人間でもない。ただちょっと趣味嗜好というか、性癖というか、彼女は彼女で悪い癖があるだけで。少なくとも僕は嫌いじゃなかった。
あ。
「そうだ。なぁ、都日」
「ん?」
「地下室のくだり、梅郷に通報するから」
随分前に『ミヤちゃんがスケベなこと言ったら教えて』と仰せつかっていたんだった。
世間一般に許容される下ネタなら僕も見逃してたけど、今日のは普通に始末が悪い。友人をネタにしたこととか結構良くない事例がてんこ盛りだったから、一回お灸をすえてもらった方がいいだろう。
そんなことを僕が説明しようとする前に、都日が僕の襟元を締め上げた。
柔道部の力は強い。
「なにしやがる!」
「邪悪な目論見は実力行使によって排除されなければならない!」
「行使されんの!? 今から!?」
「密告も脅迫も僕は決して許さないぞ!」
「それはつげ口されそうになってテンパってるだけだ!」
「ああテンパってるさ! コッチーに話が流れたらその日の夕飯の席が家族会議になっちゃうだろうが!」
「そんなに!?」
「議題は『こちちゃんの耳に不埒な言葉を吹き込んだ罪はいかなる罰で購うべきか』」
「甘やかされてる!」
しかも議題の時点で有罪が決定していた。
どんな不平等条約が都日と梅郷の間にあるんだろう。
「もしもコッチーに一言でも漏らしてみろ! 僕は伏目の性癖を仔細に調べ上げて町内全体に流布してやるからな!」
「怖すぎるわ……」
「あるいは耳掻きしている手を思いっきりつく!」
「怖すぎるわ!」
話をいきなり現実的にするな。
「変な汁と血が止まらなくなるまでかき回してやるからな……」
「わかったよ、言わねぇよ」
「信用できるかぁ、この薄汚いスパイめぇえ!」
「どうしろと!?」
人事不肖になるほど恐ろしいのだろうか、友近一族家族会議。
いっそ見てみたかった。
「くそぅ……、もう伏目にまで根が回ってるのか、コッチーネットワーク」
「あるいは梅郷包囲網」
「いったい、僕はどこで誰に下ネタを披露すればいいんだ……」
「それって一生心に仕舞って置くことって出来ないのか?」
「……パンクしてしまう」
「どういう構造なんだお前」
よしんば本当に小まめに発表しないと下ネタが噴出する生き物だったとして、それは多分この世で一、二を争う最低の生物だ。
「ところで伏目」
「なんだ」
「赤色さんの声で言って欲しい台詞があるんだ?」
「きゃっかー」
こんな具合に、僕と都日は会話する。馬鹿なことも喋るけど、間に真面目な話も挟まる――あるいは、真面目な話の最中でもバカな話を挟む。そういうことをしても互いに不愉快にならない程度に気心が知れている。
つまり相手をないがしろにしても心が痛まないということか。
それが交友の全てでないとしても、
人と交わるというのは、傷つけることに鈍感になるということなのか。
それとも、傷つけられることに鈍感になるのか。
その両方か。
いや、実は、鋭敏に、臆病に、交われば交わるほど痛みを恐れる生き物なのに。
それを忘れたふりを、無理を、しているのだろうか。
僕らは。
「ちくしょー、ずるいぞ伏目ばっかり女子とけしからんことしてさぁ」
「僕がいつそんなことをしましたか」
「最近、伏目んちの近くでやたらと赤色さんみかけるよ」
ドグン、と今度こそ心臓がはねて。
大丈夫。
物語はちゃんと進んでいる。
後書き
作者:あるるかん |
投稿日:2011/10/29 01:35 更新日:2011/10/29 01:35 『レッド・プロファイル』の著作権は、すべて作者 あるるかん様に属します。 |
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