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『鉄鎖のメデューサ』
小説の属性:一般小説 / 異世界ファンタジー / お気軽感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
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第33章
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敵味方の誰もがラルダの思いがけぬ言葉にあっけにとられた。だが、逸早く立ち直ったグレイヒースが虚を突かれた手下たちを怒鳴りつけた。
「ハッタリだ、聞くな! しっかりしろっ」
その声に敵味方とも我にかえった。だが、刃が噛み合う寸前、またもラルダの声が割り込んだ。
「グロスベルクの館は光を浴びて輝く白亜の城だ」
敵の動きがまた止まった。
「正門の両脇の見張り櫓のうち、左手の櫓の下が通用門だ」
間者たちは脅えた目を黒髪の尼僧から離せなくなった。
「調理場は西の角、厩舎は中庭の南」
「……黙れ」
グレイヒースが呻いたが、ラルダの言葉は続いた。
「黄金に縁取られた青い玉座に腰掛けたまま、かの若き纂奪者は死んだ。たった一匹の人魚を手にかけたばかりに、全ての領民を道連れに!」
「黙れ! 妖しの女っ」
唇をわななかせつつも、間者の首領はラルダを睨みつけた。
「偽りの言葉で我らを挫こうとするこの妖術使いめ! 死ね! もはや惑わしの言葉など紡ぐは許さぬっ!」
隊長の叫びに手練れたちがいっせいに襲いかかろうとするや、尼僧は両手を天に差し伸べ黒髪を振り乱し訴えた!
「どうすればこの者たちは信じる? 背けようとする目を真実に向けてくれるんだ、答えたまえ!」
巨大な力が応じ、動いた!
低く垂れ込めた暗雲の真上で一旋したと、その場の全員がそう感じた。桁外れの気配としか呼べぬ、幻術に可能な限度を遙かに超えた実在感を伴って。
とたんに影に染まった周囲の光景がぐにゃりと歪み、新たなる像を結んだ!
雨が降っていた。陰鬱な空から降る雨はその場にいる誰の体も濡らすことのないまま、大地に散らばった無数の白骨を音もなく打ち据えていた。
「あの場所なのか、今の……」
忘れようもない白い城を彼方に臨む、あの集落の光景に呻いたラルダだったが、応える者はなかった。無残な光景にただ呆然と立ち尽くしていた。
すると荒れた一軒の家の中から痩せた山犬が走り出るや、骨を咥えたまま丘の彼方へ駆け去った。
「俺の家が」
敵の一人ががくりと膝を落とした。
「バカな、こんな……」
グレイヒースの呻きに呼応するように、再び景色が歪んだ。
暗い城の大広間だった。玉座の上に崩れたものも見下ろす床に積み上がったものも、すでに原形を留めていなかった。さしものグレイヒースもついに叫んだ。
「ヴィルヘルム公! 我が君よ、なんたるお姿か……っ」
いくたびかの暗澹たる転換の果てに景色が街道に戻ったとき、間者たちはみな魂の抜けたような目を、視線を定めることもできぬまま見開くばかりだった。
「……我らの国は狭かった。そのうえ、先代のグロスベルク公は暗愚だった」
グレイヒースが呟いた、無念を声に滲ませて。
「じりじりと周囲の国に領土を削られるばかりの祖国の将来に、我らはみな絶望しつつあった。そんなとき、若きヴィルヘルムが立たれ愚昧なる王に取って代わると、たちまち敵国どもを手玉に取り噛み合せた果てに属国となさしめた。その智謀の才に誰もが心酔し忠誠を誓った。領民はこの世の楽園の到来さえ夢見た」
誰もが黙然と、その声に耳を傾けていた。
「我が君は全土に手の者を放った。我らはそのうちの一隊にすぎぬ。先を見越して早くから地位を固めた上で仕掛ける。具体的な方策は部隊に任された。だから我らは競い合って任務に励んだ。妖魔どもが跳梁する困難な土地ばかりの狭い国土を、自らの手で広げることを夢見て」
「いずれは我々が隣国とことを構えるように仕向ける気だったのか。私やノースグリーン卿を手玉に取ったように」
呻いたホワイトクリフに、グレイヒースは暗い目を向けた。
「たった一つ我が君を脅かしたものが、お体の弱さだった。それは人並み外れた智謀を育んだ一方、仕掛けた策の成果を得る前に自らの命が尽きるのではとの恐れで我が君を苛んだ。それゆえに海魔に手を出されたのが全てを失う結果になったとは。魔物どもにどこまでも呪われるのが、我らの定めなのか……っ」
「魔物の呪いではない。おまえたちは才に溺れ分を超えたものを得ようとして手出しの許されぬものに手を伸ばしたのだ。決して曲げてはならぬ他の者の運命に。これはその罪の報いだ!」
いい放ったノースグリーン卿をグレイヒースが睨み返し、一瞬両者の視線が火花を散らした。だが、やおらグレイヒースは目をそらすと薄い唇を自嘲に歪めた。さびた声に虚無が滲んだ。
「我らの戦いは終わった。全ての望みが絶たれなにもかも潰えた今、我らの命運も尽きた。もはやこれまで!」
「待て! 早まるなっ」
逆手に持った剣を己が胸に突き立てようとする間者にラルダが駆け寄った瞬間、二人の姿は光に呑まれた! 驚いて天を仰いだ人々のまなざしが、黒雲の切れ目から差し込む光を認めた。光は雲の動きにつれて横に流れ、放心した間者たちをもひとなめして消えた。
再び戻された視線の先では、ごま塩頭の間者もまた黙然と天を見上げていた。
「聞いたのだな?」
静かに問いかける黒髪の尼僧に、グレイヒースと名乗っていた男は小さく頷いた。
「曲げられた運命を正せと。神の声なのか? あれが……」
「そうだ。二年前に同じことを私にも告げた声だ」
「あなたを助けよと……」
「私には導けと。従うか? ゲオルク・ゴルトシュミット」
「ゲオルク隊長」
二人の会話に若き間者の声が割り込んだ。
「我らは問われました。祖先伝来の地を見限るかと」
ゲオルクが部下たちに目を向けた。
「あのままでは獣や妖魔の領域になり果てるか、あるいは恐怖の影が薄れた時に他国に併呑されるばかり。我らは諸国から仲間を伴い帰国する決意です」
「あの状態から国を立て直すつもりか?」
「はい」
「死んだほうがましに思える苦労だぞ」
「覚悟の上です」「一度は捨てた命です」
口々にいう部下たちを一瞥すると、ゲオルクはノースグリーン卿の前に進み出て武器を捨てた。
「こいつらを行かせてやってくれ。俺の首と引替えに」
ノースグリーン卿はしばしその顔を見つめ、頷いた。
「いいだろう。だが、きさまもまた神の意を受けた身。その命、ラルダ殿に預ける」
「待たれよ、ノースグリーン卿!」
ホワイトクリフ卿が血相を変えてくってかかった。
「他のことはいざ知らず、この奸物をラルダ殿と行かせるつもりか? 正気の沙汰ではない! ならば私も行く。この目でこ奴を見張る!」
「貴君は重責ある身ではないか」
呆れた面持ちで年長のナイトが応じたそのとき、街から騎馬の者が一人駆けてきた。その身なりを見たノースグリーン卿の顔に驚きが浮かんだ。
「あれは、まさかご領主スノーフィールド伯の使いでは?」
「そうだ。我らに対する裁定を伝えにきたのだ」
長身のナイトの言葉に、若きナイトが答えた。
「本来なら貴公は法の裁きを受けねばならぬが、それでは追放は免れぬ。だがセシリア殿のことを思えばあまりに忍び難い。だから貴公がメデューサを追われたとき私はご領主に嘆願したのだ。なにとぞ寛大なご裁定をと。
ご領主は私のこれまでの失態の責任も併せて問うことを条件に聞き入れて下さった。その結果が出たのだ」
感謝のあまり言葉を失ったノースグリーン卿はホワイトクリフ卿の手を取り、ただ握りしめるばかりだった。そんな彼らの前に到着した使者は、厳かに領主の言葉を伝え始めた。
「ハッタリだ、聞くな! しっかりしろっ」
その声に敵味方とも我にかえった。だが、刃が噛み合う寸前、またもラルダの声が割り込んだ。
「グロスベルクの館は光を浴びて輝く白亜の城だ」
敵の動きがまた止まった。
「正門の両脇の見張り櫓のうち、左手の櫓の下が通用門だ」
間者たちは脅えた目を黒髪の尼僧から離せなくなった。
「調理場は西の角、厩舎は中庭の南」
「……黙れ」
グレイヒースが呻いたが、ラルダの言葉は続いた。
「黄金に縁取られた青い玉座に腰掛けたまま、かの若き纂奪者は死んだ。たった一匹の人魚を手にかけたばかりに、全ての領民を道連れに!」
「黙れ! 妖しの女っ」
唇をわななかせつつも、間者の首領はラルダを睨みつけた。
「偽りの言葉で我らを挫こうとするこの妖術使いめ! 死ね! もはや惑わしの言葉など紡ぐは許さぬっ!」
隊長の叫びに手練れたちがいっせいに襲いかかろうとするや、尼僧は両手を天に差し伸べ黒髪を振り乱し訴えた!
「どうすればこの者たちは信じる? 背けようとする目を真実に向けてくれるんだ、答えたまえ!」
巨大な力が応じ、動いた!
低く垂れ込めた暗雲の真上で一旋したと、その場の全員がそう感じた。桁外れの気配としか呼べぬ、幻術に可能な限度を遙かに超えた実在感を伴って。
とたんに影に染まった周囲の光景がぐにゃりと歪み、新たなる像を結んだ!
雨が降っていた。陰鬱な空から降る雨はその場にいる誰の体も濡らすことのないまま、大地に散らばった無数の白骨を音もなく打ち据えていた。
「あの場所なのか、今の……」
忘れようもない白い城を彼方に臨む、あの集落の光景に呻いたラルダだったが、応える者はなかった。無残な光景にただ呆然と立ち尽くしていた。
すると荒れた一軒の家の中から痩せた山犬が走り出るや、骨を咥えたまま丘の彼方へ駆け去った。
「俺の家が」
敵の一人ががくりと膝を落とした。
「バカな、こんな……」
グレイヒースの呻きに呼応するように、再び景色が歪んだ。
暗い城の大広間だった。玉座の上に崩れたものも見下ろす床に積み上がったものも、すでに原形を留めていなかった。さしものグレイヒースもついに叫んだ。
「ヴィルヘルム公! 我が君よ、なんたるお姿か……っ」
いくたびかの暗澹たる転換の果てに景色が街道に戻ったとき、間者たちはみな魂の抜けたような目を、視線を定めることもできぬまま見開くばかりだった。
「……我らの国は狭かった。そのうえ、先代のグロスベルク公は暗愚だった」
グレイヒースが呟いた、無念を声に滲ませて。
「じりじりと周囲の国に領土を削られるばかりの祖国の将来に、我らはみな絶望しつつあった。そんなとき、若きヴィルヘルムが立たれ愚昧なる王に取って代わると、たちまち敵国どもを手玉に取り噛み合せた果てに属国となさしめた。その智謀の才に誰もが心酔し忠誠を誓った。領民はこの世の楽園の到来さえ夢見た」
誰もが黙然と、その声に耳を傾けていた。
「我が君は全土に手の者を放った。我らはそのうちの一隊にすぎぬ。先を見越して早くから地位を固めた上で仕掛ける。具体的な方策は部隊に任された。だから我らは競い合って任務に励んだ。妖魔どもが跳梁する困難な土地ばかりの狭い国土を、自らの手で広げることを夢見て」
「いずれは我々が隣国とことを構えるように仕向ける気だったのか。私やノースグリーン卿を手玉に取ったように」
呻いたホワイトクリフに、グレイヒースは暗い目を向けた。
「たった一つ我が君を脅かしたものが、お体の弱さだった。それは人並み外れた智謀を育んだ一方、仕掛けた策の成果を得る前に自らの命が尽きるのではとの恐れで我が君を苛んだ。それゆえに海魔に手を出されたのが全てを失う結果になったとは。魔物どもにどこまでも呪われるのが、我らの定めなのか……っ」
「魔物の呪いではない。おまえたちは才に溺れ分を超えたものを得ようとして手出しの許されぬものに手を伸ばしたのだ。決して曲げてはならぬ他の者の運命に。これはその罪の報いだ!」
いい放ったノースグリーン卿をグレイヒースが睨み返し、一瞬両者の視線が火花を散らした。だが、やおらグレイヒースは目をそらすと薄い唇を自嘲に歪めた。さびた声に虚無が滲んだ。
「我らの戦いは終わった。全ての望みが絶たれなにもかも潰えた今、我らの命運も尽きた。もはやこれまで!」
「待て! 早まるなっ」
逆手に持った剣を己が胸に突き立てようとする間者にラルダが駆け寄った瞬間、二人の姿は光に呑まれた! 驚いて天を仰いだ人々のまなざしが、黒雲の切れ目から差し込む光を認めた。光は雲の動きにつれて横に流れ、放心した間者たちをもひとなめして消えた。
再び戻された視線の先では、ごま塩頭の間者もまた黙然と天を見上げていた。
「聞いたのだな?」
静かに問いかける黒髪の尼僧に、グレイヒースと名乗っていた男は小さく頷いた。
「曲げられた運命を正せと。神の声なのか? あれが……」
「そうだ。二年前に同じことを私にも告げた声だ」
「あなたを助けよと……」
「私には導けと。従うか? ゲオルク・ゴルトシュミット」
「ゲオルク隊長」
二人の会話に若き間者の声が割り込んだ。
「我らは問われました。祖先伝来の地を見限るかと」
ゲオルクが部下たちに目を向けた。
「あのままでは獣や妖魔の領域になり果てるか、あるいは恐怖の影が薄れた時に他国に併呑されるばかり。我らは諸国から仲間を伴い帰国する決意です」
「あの状態から国を立て直すつもりか?」
「はい」
「死んだほうがましに思える苦労だぞ」
「覚悟の上です」「一度は捨てた命です」
口々にいう部下たちを一瞥すると、ゲオルクはノースグリーン卿の前に進み出て武器を捨てた。
「こいつらを行かせてやってくれ。俺の首と引替えに」
ノースグリーン卿はしばしその顔を見つめ、頷いた。
「いいだろう。だが、きさまもまた神の意を受けた身。その命、ラルダ殿に預ける」
「待たれよ、ノースグリーン卿!」
ホワイトクリフ卿が血相を変えてくってかかった。
「他のことはいざ知らず、この奸物をラルダ殿と行かせるつもりか? 正気の沙汰ではない! ならば私も行く。この目でこ奴を見張る!」
「貴君は重責ある身ではないか」
呆れた面持ちで年長のナイトが応じたそのとき、街から騎馬の者が一人駆けてきた。その身なりを見たノースグリーン卿の顔に驚きが浮かんだ。
「あれは、まさかご領主スノーフィールド伯の使いでは?」
「そうだ。我らに対する裁定を伝えにきたのだ」
長身のナイトの言葉に、若きナイトが答えた。
「本来なら貴公は法の裁きを受けねばならぬが、それでは追放は免れぬ。だがセシリア殿のことを思えばあまりに忍び難い。だから貴公がメデューサを追われたとき私はご領主に嘆願したのだ。なにとぞ寛大なご裁定をと。
ご領主は私のこれまでの失態の責任も併せて問うことを条件に聞き入れて下さった。その結果が出たのだ」
感謝のあまり言葉を失ったノースグリーン卿はホワイトクリフ卿の手を取り、ただ握りしめるばかりだった。そんな彼らの前に到着した使者は、厳かに領主の言葉を伝え始めた。
後書き
未設定
作者:ふしじろ もひと |
投稿日:2021/11/20 12:10 更新日:2021/11/20 12:10 『『鉄鎖のメデューサ』』の著作権は、すべて作者 ふしじろ もひと様に属します。 |
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