No.27


さよならの練習を06

オフェンス
 セミは相変わらず泣き叫んでいる。鳴く種類が豊富になったなとセミの声を聞きながら{{ namae }}はぼんやりと思った。今日は学校に行く用事がある為に外に出ている。ウィリアムは相変わらず浮かんだまま、いってらっしゃいと笑顔で送り出してくれた。尤も、出たくないと駄々を捏ねに捏ねたせいで後数分で閉まる時間だ。セミがもっと早く出れば良かったのにと非難しているような気持ちになる。
 日が傾きかけたにも関わらず、相変わらず暑い。うっかり融けて消えてしまいそうだ。足元を見れば水溜りの側に死んだセミが仰向けに寝転がっている。アリが餌にするのだろう、誰かがちぎったのかちぎれたのか解らないが、大量のアリが頭と胸の部位と、腹の部位を一生懸命に運んでいる。可哀想だと思ってもないことを呟く。セミの内側はがらんどうとしていた。
 大学の、クーラーのよく聞いた事務室に入り、必要な書類を受け取る。後は提出期限までに記入して提出すれば良い。早めに行動しないとなと思いながら{{ namae }}は携帯を取り出してカレンダーを見た。あと少しで盆に入るところだった。通りで人が少ないわけだ。間に合って良かったと書類を鞄に入れて、少し休憩がてらに学校内にある購買に移動する。やはり夏休みであることと盆で閉まることもあってか物の陳列は今一度だ。書籍コーナーに行くと{{ namae }}の好きな作者の新刊が出ている。買おうかどうか悩みながら手に取る。

「よぉ、{{ namae }}、久し振り」

 肩を叩かれ、振り返るとナワーブが立っていた。久し振り、と{{ namae }}は言う。そう言えば前に会ったのは何時だっけか。あの飲み会が最後だったかと記憶をなぞりつつ、{{ namae }}は本を元の場所に戻す。ナワーブの手には弁当があった。{{ namae }}はそれを見て、家の冷蔵庫に何かあっただろうかと思う。肉じゃがが鍋の中には後何人分あっただろうか。そう言えば、そろそろたまった酒瓶を捨てに行かないと、と忘れかけていたことを思い出す。自転車で、酒瓶たちと一緒に出れば良かったとどうにもならないことを後悔した。

「そういや、公園に行ってたんだって?」
「え、うん、まあ」

 {{ namae }}の言葉にナワーブはふぅんと興味なさそうに言う。行かなさそうなのに、と言われ、そうかなと返事をする。何だってそんなところで花火なんか、と笑われて{{ namae }}は適切な言葉を探そうとする。ウィリアムと花火をしに行っていたんだよ、という言葉は喉でゆっくりと殺した。

「うーん、まあ、気持ち的に」

 誰か見ていたのだろうか、と{{ namae }}は花火をした日のことを思い出す。酒のせいであまり記憶ははっきりとしないが、確かに光や煙が出ていれば誰かが来るか、とも思う。だが少なくとも{{ namae }}の知っている範囲では警察が来たことも近所らしい人が来たことも記憶にない。そう言えばごみはちゃんと捨てたっけ、と原型の留めていない記憶を漁る。酒のせいである筈の記憶が存在していない。むむ、と{{ namae }}は眉間に皺を寄せて考える。どうした、と尋ねられて、ごみの回収について思い出そうとしてた、と返す。結局考えるだけ意味がないと判断して{{ namae }}は考えることをやめた。

「で、何で風船なんか持ってたんだ?」
「……風船?」

 瞬きを落とす。そんなものあっただろうか。{{ namae }}は怪訝そうに眉を顰めさせる。ナワーブの言葉に記憶を探る。確かに赤い風船があった、ような気がする。でもだからそれが何だというんだろう。別に、と{{ namae }}は応えた。それ以上喋りかけないで欲しいという思いも込めて、素っ気なく返した。ナワーブはそっか、とだけ返す。別段興味が酷くあるという様子でもない。

「ごめん。僕、もう帰らないと」
「そっか。引き留めて悪い。あ……今度、イライとか連れて墓参りに行くけど、どうだ?」

 お前、泣けてなかっただろとナワーブが言う。{{ namae }}はきょとんとした。何の話だろうか。心当たりがない。

「墓参り? 誰の?」
「誰のって……」

 ナワーブが言葉を詰まらせた。少しして溜息を吐く。やれやれと言わんばかりに首を横に振っている。{{ namae }}は瞬時に今すぐにでも駆け出したい気持ちになっていた。橙色光がナワーブの顔の半分を照らしている。ナワーブが音を紡ぐ。{{ namae }}の耳は上手に聞き取れなかった。鼓膜は震わしたが脳味噌が認識することを拒否する。{{ namae }}の足は見えない手に捕まれていた。それがなければ{{ namae }}は駆け出していただろう。どこに。自分の部屋に。ウィリアムのいる所に。

「……大丈夫か?」

 はっと{{ namae }}は我に返った。反射でぎこちなく笑う。真っ青だぞと言うナワーブの声が、遠い。

2020/07/13
2022/06/07
 セミは相変わらず泣き叫んでいる。鳴く種類が豊富になったなとセミの声を聞きながら{{ namae }}はぼんやりと思った。今日は学校に行く用事がある為に外に出ている。ウィリアムは相変わらず浮かんだまま、いってらっしゃいと笑顔で送り出してくれた。尤も、出たくないと駄々を捏ねに捏ねたせいで後数分で閉まる時間だ。セミがもっと早く出れば良かったのにと非難しているような気持ちになる。
 日が傾きかけたにも関わらず、相変わらず暑い。うっかり融けて消えてしまいそうだ。足元を見れば水溜りの側に死んだセミが仰向けに寝転がっている。アリが餌にするのだろう、誰かがちぎったのかちぎれたのか解らないが、大量のアリが頭と胸の部位と、腹の部位を一生懸命に運んでいる。可哀想だと思ってもないことを呟く。セミの内側はがらんどうとしていた。
 大学の、クーラーのよく聞いた事務室に入り、必要な書類を受け取る。後は提出期限までに記入して提出すれば良い。早めに行動しないとなと思いながら{{ namae }}は携帯を取り出してカレンダーを見た。あと少しで盆に入るところだった。通りで人が少ないわけだ。間に合って良かったと書類を鞄に入れて、少し休憩がてらに学校内にある購買に移動する。やはり夏休みであることと盆で閉まることもあってか物の陳列は今一度だ。書籍コーナーに行くと{{ namae }}の好きな作者の新刊が出ている。買おうかどうか悩みながら手に取る。

「よぉ、{{ namae }}、久し振り」

 肩を叩かれ、振り返るとナワーブが立っていた。久し振り、と{{ namae }}は言う。そう言えば前に会ったのは何時だっけか。あの飲み会が最後だったかと記憶をなぞりつつ、{{ namae }}は本を元の場所に戻す。ナワーブの手には弁当があった。{{ namae }}はそれを見て、家の冷蔵庫に何かあっただろうかと思う。肉じゃがが鍋の中には後何人分あっただろうか。そう言えば、そろそろたまった酒瓶を捨てに行かないと、と忘れかけていたことを思い出す。自転車で、酒瓶たちと一緒に出れば良かったとどうにもならないことを後悔した。

「そういや、公園に行ってたんだって?」
「え、うん、まあ」

 {{ namae }}の言葉にナワーブはふぅんと興味なさそうに言う。行かなさそうなのに、と言われ、そうかなと返事をする。何だってそんなところで花火なんか、と笑われて{{ namae }}は適切な言葉を探そうとする。ウィリアムと花火をしに行っていたんだよ、という言葉は喉でゆっくりと殺した。

「うーん、まあ、気持ち的に」

 誰か見ていたのだろうか、と{{ namae }}は花火をした日のことを思い出す。酒のせいであまり記憶ははっきりとしないが、確かに光や煙が出ていれば誰かが来るか、とも思う。だが少なくとも{{ namae }}の知っている範囲では警察が来たことも近所らしい人が来たことも記憶にない。そう言えばごみはちゃんと捨てたっけ、と原型の留めていない記憶を漁る。酒のせいである筈の記憶が存在していない。むむ、と{{ namae }}は眉間に皺を寄せて考える。どうした、と尋ねられて、ごみの回収について思い出そうとしてた、と返す。結局考えるだけ意味がないと判断して{{ namae }}は考えることをやめた。

「で、何で風船なんか持ってたんだ?」
「……風船?」

 瞬きを落とす。そんなものあっただろうか。{{ namae }}は怪訝そうに眉を顰めさせる。ナワーブの言葉に記憶を探る。確かに赤い風船があった、ような気がする。でもだからそれが何だというんだろう。別に、と{{ namae }}は応えた。それ以上喋りかけないで欲しいという思いも込めて、素っ気なく返した。ナワーブはそっか、とだけ返す。別段興味が酷くあるという様子でもない。

「ごめん。僕、もう帰らないと」
「そっか。引き留めて悪い。あ……今度、イライとか連れて墓参りに行くけど、どうだ?」

 お前、泣けてなかっただろとナワーブが言う。{{ namae }}はきょとんとした。何の話だろうか。心当たりがない。

「墓参り? 誰の?」
「誰のって……」

 ナワーブが言葉を詰まらせた。少しして溜息を吐く。やれやれと言わんばかりに首を横に振っている。{{ namae }}は瞬時に今すぐにでも駆け出したい気持ちになっていた。橙色光がナワーブの顔の半分を照らしている。ナワーブが音を紡ぐ。{{ namae }}の耳は上手に聞き取れなかった。鼓膜は震わしたが脳味噌が認識することを拒否する。{{ namae }}の足は見えない手に捕まれていた。それがなければ{{ namae }}は駆け出していただろう。どこに。自分の部屋に。ウィリアムのいる所に。

「……大丈夫か?」

 はっと{{ namae }}は我に返った。反射でぎこちなく笑う。真っ青だぞと言うナワーブの声が、遠い。

2020/07/13
2022/06/07
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