其之十一
と悟空とクリリンは無事予選を勝ち抜いて天下一武道会の出場を決めた。予選会場で久しぶりに再会を果たしたヤムチャも、出場者の中の一人だ。そのヤムチャからかつての仲間であるブルマたちが来ていると知らせを受けると、悟空が先頭切って駆け出してしまい、その後を慌ててクリリンが追いかけていった。はふたりの後ろ姿を冷静に眺めていた。
「は行かなくていいのか?」
悟空同様も飛んでいくと思っていたヤムチャは眉を顰める。
「ヤムチャも修行を積んだんだな」
「え? あ、ああ! 相手でも負けないぞ!」
「ヤムチャの場合は先に女性の免疫をつける修行が必要だと思ったが……ブルマに大分厳しくされたんだな」
の一言にカッと顔を赤くしたヤムチャに満足したのか、は悪戯っぽく笑ってブルマたちに会いに行ってくると言い残して去っていった。
「やっぱりあいつは手強いな……」
ヤムチャは、天下一武道会でと当たりませんようにと祈るばかりであった。
ヤムチャと別れたは、会場の外に群がっている人混みに向かって歩いていった。方向音痴のの場合なにか指標となるものがないと迷うので、あの人集りは有難かった。なんとか人混みを掻き分けると、一際目立つ集団を見つけた。
「ブルマ! みんな!」
「!!」
懐かしい声にブルマは思わず笑顔になり、ウーロンもプーアルもの元気そうな姿に破顔させて出場おめでとうと伝える。が目を細めて嬉しそうに笑って礼を言うと、きゅううんとブルマは胸を締め付けられた。
「ちょっ、ちょっと!」
「ん?」
ブルマはの手を引っ張り、みんなから距離を取ると、の肩をガッと掴んだ。が女だと打ち明けた時と逆の状況である。
「ブ、ブルマ……さん……?」
ブルマの得も言われぬ雰囲気に思わずさんを付けてしまう。やはり久しぶりに会うブルマはなんというか、強い。
「っあのね、!」
「はっはい!」
、敬語である。
「わたしやっぱりあなたが好きなの! 男とか、女とか関係なしに、が好きなの!! たとえ男装の趣味があっても、変態でも、そもそも男装したに惹かれてたし、なんならその顔面ドンピシャで好みだし! ああもうなんて言ったらいいのかしら……っとにかく! どんなも大好きだし、受け入れられるって言いたかったの! それだけ!」
あの時は混乱してろくになにも言えなかったブルマは、次に会ったら思いの丈を打ち明けようと思っていた。だが、いざを前にするとうまく思考がまとまらず、結果怒涛の長台詞になってしまった。さすがのも処理が追いつかない。なんなら途中男装趣味とか変態とか貶されなかっただろうか。だがブルマの想いは十二分に伝わった。
「ありがとう、ブルマ。こんな俺を受け入れてくれて……俺もブルマのこと大好きだ!」
(無駄に顔がいい)の最上級の言葉と笑顔に瞬殺されたブルマは、鼻血を垂らしながらびたーんと見事に卒倒した。目がハートのままのブルマを介抱しようにも、放送で天下一武道会出場者は呼ばれてしまったので、仕方なくウーロンたちに任せて悟空たちと武道寺本館へと走ったのだった。
やはり女心を理解するには修行がまだまだ足りないのかもしれない。
武道寺本館にて、天下一武道会のルール説明とくじ引きを終えると、各々の対戦相手が決まった。第一試合はクリリンとバクテリアン、第二試合はとジャッキー・チュン、第三試合はヤムチャとナム、そして最後に悟空とギランと決まった。
第一試合のクリリンとバクテリアンは、見事クリリンが勝利を収めた。続く第二試合はと謎の老人ジャッキー・チュンだ。はどこかで見たことのある気がすると思いながらも、思い出せずにいた。様子を窺うようにチラリと横目で盗み見ると、バッチリ視線がぶつかった。
「わし、そんなにカッコイイ?」
チュンはお茶目にはぐらかすが、はまるで気配を察知するかのように視線を合わせてきたチュンをただのボケ老人だとは思えなかった。
「頑張れよ! ここで応援してるからな!」
「ならあんなじいちゃん倒せるよ!」
「ああ、ありがとう。行ってくる」
は静かに笑って控え室を出ると、自らの頬を叩いて気合を入れ直し、武舞台へと上った。選手紹介を終え、相変わらず飄々とした顔をしているチュンに向き合っていつも通り一礼した。
「ほう……」
チュンはの礼節を重んじるその姿勢に感嘆の声を漏らす。のその自然な立ち居振る舞いは、よい師匠の元で学んだ証拠だ。に返すようにチュンもまた一礼をした。
審判はふたりの礼が終わると、試合開始を告げた。
試合開始の合図とともにとチュンの姿は消えた――と思ったら、いつの間にかチュンの側頭部に蹴りを入れようとしたの足をチュンは片腕で止め、の鳩尾に突きを入れようとしたチュンの拳はに握られたまま、両者は固まっていた。ギギギとお互い負けじと力を込めるが、拮抗している。仕方なくふたりは同時に間合いを取った。
「なっなんということでしょう!! 一発目から我々の目に追いつかないほどの攻防が始まりました!!」
とチュンは地を強く蹴り上げると、上空で突きと蹴りの応酬をおっ始めた。
「わしのマジの速さについていけるとはさすがじゃな……!」
「とんでもない! こっちは必死ですよ」
絶えず突きと蹴りを出しながらも、お互いどこか余裕そうに笑っていた。
「だが、お主の拳には迷いがある」
「っな……?! しまっ……!!」
すべてを見透かす瞳に射抜かれ、はチュンの鋭い突きをまともに受けて吹っ飛ばされた。このままだと確実に場外だ。どこか遠くから悟空とクリリンの焦った声がの鼓膜を揺さぶる。まだ終わってたまるか。
「かーめー……」
「なにっ!? あの構えは!!」
一足先に武舞台へと着地していたチュンは、の行く末を高みの見物しようとしていたが、の構えを見て慄く。まさか――
「はーめ……波ーーーっっ!!!」
は地獄の場外へと向けて放ったかめはめ波の勢いを利用してそのまま武舞台へ戻りつつも、チュンの腹部に思い切り頭突きを喰らわす。負けじとチュンも後ろに下がって勢いを殺したが、それでも殺しきれず武舞台の壁に激突して確実にダメージを負っていた。
「っ! いつの間にかめはめ波打てるようになったんだよー!!」
「悟空たちがお勉強してる間にちょっとな」
悟空の問いかけに、目線はチュンを捉えつつもイタズラが成功した子供のようにニタリと笑って答えた。かめはめ波を初めて見た審判も観衆も大興奮だ。だが、チュンだけは険しい顔でを見詰める。
「さすがのわしもヒヤッとしたわい」
「その割に余裕そうですが?」
「ほっほっほ! おぬしに迷いがある限り、わしは負けんよ」
「っ……またその話ですか?」
はこれ以上チュンに口を開かせまいと攻撃を仕掛ける。表情こそあまり変わらないが、の攻撃に焦りが滲み出ていることが容易にチュンに伝わる。チュンはの怒涛の攻めをいなしながら、にしか聞こえないくらいの声量で尚も口を開いた。
「もうよいではないか。いい加減女の自分を許して、受け入れるのだ。強さの在り方をもう一度考えろ。きっと、死んだおぬしの師匠もそれを望んでいるはずじゃ」
「どうしてあなたがそんなことまで……っまさか!」
はついに気づいた。
困惑するは思わず攻撃の手を緩めてしまい、チュンはその隙を突いて間合いを取って構えた――かめはめ波だ。さすが本家本元、速い。
このままでは直撃は免れないと、も負けじとかめはめ波を放つ。衝撃がぶつかり合い、辺り一面に閃光が迸る。
「さあ……どうする? わしはこのまま続けてもいいぞい? ちゃんのえっちなボデーが拝めるからの」
「……っっ!!!」
にとって、チュンのその言葉は屈辱的だった。しかもタチが悪いことに、チュンはもちろん多少の本音も混ざってはいるが、の心情を読み取った上で最高に腹の立つ言葉を選んでいるのだ。
やはり僅かな遅れでも命取りであったかめはめ波対決は、チュンが勝利した。かめはめ波によっての左肩は外され、服はボロボロで、サラシも緩んでいる。外れてしまった左肩を右腕で庇っているおかげで自然と胸元は隠せているが、武道家としてこの場で女だとバレたくないにとってこの状況は好ましくなかった。
「………………参りました」
は静かに宣言した。