其之十四
ホワイト将軍の落とし穴でたちはなにもない部屋に落とされた。その部屋のどこかにあるスピーカーからホワイト将軍の声が聞こえる。どうやらモニターでじっくり死にゆく様を監視されるようだ。
やがて一方の壁が重たそうに上にあがっていくと、ずんぐりむっくりな怪物がよだれを垂らしながらだらしなく舌を出して待ち構えていた。
ブヨンと呼ばれる怪物を見た瞬間、が壊れた。
「……っっいぎゃああああ!!!」
は動揺していた。もっとひどい表現を用いるのならば、発狂していた。
「無理無理無理無理!!! あのブヨブヨぶつぶつねちゃねちゃ!!!!」
「、パニックなってる……」
「は、はじめてみた……」
ハッチャンと悟空はあまりにが騒ぐので、こんな状況にもかかわらず口をあんぐりと開けて冷静に呟いていた。そんな悟空とハッチャンを気に留める余裕なんてもちろんないは、滑稽にもぐるぐるとあちこちを走り回っていた。モニター越しにの様子を見ていたホワイト将軍は笑いが止まらないようだ。
「ブヨン、アイツからやってしまえ!!」
ホワイト将軍の命により、を捕らえようとブヨンは舌を伸ばした。どうやらそのまま食べる気のようだ。
は叫びながらも持ち前の俊敏さで逃げ切り、悟空に抱きついた。
「ごめんなさいごめんなさい!! 師匠ヤジロベー私が悪かったから許してええええ!!!」
「お、おいっ」
「ソンゴクウ!! 危ない!!」
を狙っていた舌が、悟空とにも襲いかかる。ハッチャンの声に、悟空はを抱えて横に飛んで攻撃をかわす。
「、このままじゃオラ戦いにくいぞ……!」
「ふぁっはっは! どうやらここまでのようだな! どんな達人であろうとブヨンにはかなわんぜ!! 不思議な刀を持っている奴も腑抜けになっちまったしな!!」
「じゃあこれならどうだ!!」
相変わらず悟空から離れずに嗚咽を漏らすを仕方なくそのままにして、かめはめ波を放つ。これならブヨンを倒せるはずだ。しかし悟空の予想に反してブヨンはケロッとしていた。腹が減って悟空のパワーが落ちていたのも大きな要因だろう。空腹と自覚してしまうと、さらに悟空にどっと疲労が重く伸し掛かる。おまけに今はというお荷物を抱えている状態だ。まさかあんなに頼れる味方が敵になる日が来ようとは。
悟空の動きが明らかに鈍っている隙に、ブヨンはふたりまとめて食べてしまおうと舌でくるりと巻き込んだ。これがブヨンの敗因になろうとは、この時は誰も思っていなかった。
「っぐ! しまった!」
「ソンゴクウ! !」
珍しく悟空が焦った声をあげ、怖くて壁際で震えていたハッチャンもふたりの名を叫ぶ。緊迫したこの状況で、は無言であった。いや、ブヨンの舌に触れてしまったことで恐怖が限界を超えて臨界点を突破してしまったらしい。
プツン――そんな音は誰にも聞こえることなく静かに落とされた。
「なっなんだと?! ブヨンの舌が!!」
スピーカー越しでもわかるくらいホワイト将軍の声は震えていた。
どさりとブヨンの舌の切れ端と共に床に落ちた悟空に、ハッチャンが駆け寄る。悟空と一緒に巻き込まれたはずのは、いつのまにかブヨンの前に毅然と立っていた。
「………………」
先程と打って変わって不気味なほどの静寂を発するの瞳にはもうなにも映っていなかった。まさしく明鏡止水の境地。
は一切の音も許さず刀を振るい、ブヨンを真っ二つに斬り裂いた。
「まさかそんな……ブヨンはどんな武器でも跳ね返すはずだ……!!」
信じられない。しかし八つ裂きにされてもはや原形を留めていないブヨンを目の当たりにしてしまったら、ホワイト将軍も現実を受け止めなければならない。天叢雲はの言った通り、万物を斬れるのだ。
「つぎは……」
元がブヨンと分からないくらいに斬り刻むと、の苦手な風貌でなくなってようやく安心したのか、の瞳に光が戻った。次にがすることは決まっている。
グッと下半身に力を入れ、地を蹴って上方に飛び、円を描くように天井をくり抜いた。ドォンとくり抜かれた天井が悟空たちの立っている地面を揺らす。
は悟空たちににこりと笑いかけた。
「行こうか」
悟空とハッチャンは無言で頷いた。
そしてだけは怒らせてはならないと心に誓ったのだった。