其之十五
ハッチャンの助けもあって無事村長も救出し、ホワイト将軍をぶっ飛ばしてマッスルタワーを滅ぼすことができた。
その後、たちはスノの家でせめてものお礼にたらふくご飯を食べさせてもらった。そして村の人たちの命を守るためにドラゴンボールを隠し持っていたハッチャンを村長が気に入り、一緒に住もうと提案してくれた。心配していたハッチャンの今後も決まったのだった。
ありがたいことにお風呂まで入らせてもらい、しかもハッチャンと悟空が先に一緒に入ってくれたおかげで久しぶりに悠々とひとりで湯船に浸かれては上機嫌であった。スノの両親にお礼を言いにリビングに顔を出すと、スノの父親が駆け寄ってきてくれた。
「今日は本当にありがとう」
「こちらこそ、泊まらせて頂けて助かりました。奥様のお料理もとても美味しかったです」
「それはよかった。それとあの薬、とてもよく効いてね、まるで嘘のように症状が無くなったんだ。驚いたよ、きみは強いだけでなく、こんな素晴らしい知識と技術でも人を救ってしまうなんて……!」
「そんな……俺には勿体無いお言葉、ありがとうございます」
また同じような症状が出始めたら早めに予備の薬を飲むように伝え、挨拶を済ませてリビングから出て行った。
の浮かべた笑みの奥に、寂寥の念が含まれていたことは誰も知らない――どれだけ知識や技術があろうとも、本当に救いたい人を救えなかったら無意味なのだ。
は窓辺にそっと近づいて、空気が澄み渡って光の少ないジングル村から見える美しい星々をどこか遠い目で見つめるのだった。
「! ドラゴンレーダーがこわれちまった」
悟空とハッチャンもいるスノの部屋に入ると、に気づいた悟空があっけらかんと言うものだから、の理解が少しだけ遅れた。
「……え?!」
「ハッチャンにもなおせねえんだって」
「じゃ、じゃあブルマのとこに行くしかないってことか……?」
ここから西の都に住んでいるブルマまでの距離は、どう見積もっても歩いて行く距離ではない。筋斗雲も壊された今、頼りになるのはの手元に残っているレッドリボン軍から拝借したカプセルであった。しかしは今回の飛行機燃料切れ墜落事件もあり、正直乗り物には極力乗りたくない。だが西の都までの距離を考えると、結局は乗らざるを得なかった。明日の出発が一気に憂鬱になったである。
「ねえねえ!」
「ん? どうしたスノ」
鬱屈とした表情をするの寝巻きを引っ張ったのはスノだった。子供にこんな沈んだ顔は見せられないとは無理くり笑顔を作ったが、少し陰りのある(無駄に顔が良い)にまたも幼い少女は胸をときめかせていた。
「あっあのね! わたしと一緒に寝てくれる?!」
「へ……?」
拳を握ってなんとも力強く言い放つスノに、は素っ頓狂な声をあげるしかなかった。
なんだか毎度お馴染みの展開になってきた。なぜこうも自分のまわりの人間は誰かと一緒に寝たがるのだ――もはや諦めの境地に突入しそうなよりも先に悟空が負けじと口を開いた。
「はいつもオラと寝てるんだ!」
「っな?! いつもと寝てるなんてうらやま……じゃなくて! それなら一日くらいわたしが一緒に寝てもいいじゃない!」
「あの……俺の意見は……?」
の情けない声がもちろん悟空とスノに聞こえるはずもなく、ハッチャンだけが争いはよくないと大人の対応でふたりを宥めていた。
「はあ……俺はスノと寝る。だから悟空はハッチャンと寝てくれ」
「い!? なんだよオラなんかしたんか!?」
「今までの自分の行いを振り返ってみろよ」
まだチビで純粋な少年だとはいえ、幾度となくの体を見たり触ったりと前科持ちの悟空よりも、スノと寝た方が落ち着くに決まっている。
電気を消してもらって悟空に背を向けるようにスノのベッドに寝っ転がると、スノはと向き合うように寝ながら身を寄せてこそりと呟いた。
「、男女がいっしょに寝たら、おとこのひとはおんなのひとに腕枕するんじゃないの?」
「ス、スノさん……?」
スノは悟空よりもはるかに大人だったようだ。
「なあ、うでまくらってなんだ?」
「っ悟空?! いつもすぐ寝るのになんで?!!」
「が一緒に寝てくれねえんだもん」
いや、もんって悟空さん。
「ハッチャンが一緒に寝てくれてるだろ」
「ハッチャンはハッチャンだ。のかわりじゃねえ」
悟空にしては珍しく正論を突いてくる。がぐっと言葉に詰まっていると、なおも悟空は一緒に寝ようとか、怒らせるようなことしたかと声を掛けてくる。これでは寝るに寝られない。スノはスノで腕枕を期待しているし。
「ああもうわかったよ……!!」
はこうなりゃヤケだと、スノのベッドの上に敷いてあった布団を剥ぎ取り、悟空とハッチャンの布団にぴったりとくっつけた。はいっそハッチャンも巻き込んでみんなで並んで寝ようと考えたのだ。これでの安眠の道は閉ざされた。は要望通りスノに腕枕をし、悟空は悟空でに後ろから抱きつくように寝て、ハッチャンはみんなで並んで寝れてウキウキしていた。
こうして激動の一日は幕を閉じた。
と悟空は村のみんなに見送られながら、ジングル村から旅立とうとしていた。
はホイポイカプセルで飛行機を出してため息を吐く。ついにこの時がきてしまった。
悟空は飛行機が墜落したことを忘れてしまったのか、それとも気にしていないのか、はたまたスノの母親特製の特大お弁当に夢中だからか、が纏う剣呑な空気に気づいていない。
「筋斗雲があればなあ……」
が思わず呟いたその一言が転機をつくった。
レッドリボン軍に壊されていなくなってしまったと思っていたと悟空は、杖を持った老人にそんなことで筋斗雲はなくなったりしないと教えてもらった。悟空はその老人の言葉を信じて思い切り筋斗雲の呼ぶ。すると、どこからともなく筋斗雲が猛スピードで悟空たちの前に現れた。悟空とは筋斗雲に抱きつき、再会を喜んだ。
「じゃあオラたちいくな!」
「悟空、ちょっと待って!」
は村のみんなに挨拶する前に、手元にあったホイポイカプセルがいくつか入ったケースをハッチャンに渡した。
「ケースには車や飛行機が入っているんだ。ハッチャン、運転できるよな?」
ハッチャンはもちろんと笑顔でこくりと頷いた。それを見ても笑みを返す。それからスノの父親に再度身体の調子はどうかと尋ねた。
「もうすっかりさ! しかし……腕のいい薬屋さんがいなくなってしまうのは惜しいなあ……今からでもこの村に住む気にはならんか?」
は静かに首を振った。
「……この村は雪深くて、車も飛行機もなくて、きちんとした医療も受けられない。とても不便だけど、そうは言ってもあなたたちはここを離れられないでしょう。ここにはあなた方の生活があって、あなた方の幸せがある。だから、あなた方がこの村に住んでいても、俺がどこにいても、自分のつくった薬を必要な人に必要なだけ届けられる……そんな未来を俺はつくってみせます。それまでは、あのホイポイカプセルでハッチャンに病院に連れていってもらって下さいね」
それでは、と挨拶をして筋斗雲に乗り込んだをぼうっと眺めていたスノの父親は、もしかしたら自分はのちに大物になる人物に薬をもらってしまったのではないかと息を呑んでいた。
スノの父親の予想通りは超大物となり、有言実行を果たしてジングル村にの薬が届くようになったのはまだまだ遠い未来の話である。