※ゲーム「KAKAROT」の冒頭ストーリーを一部流用
※パオズ山の生態系捏造
産まれてきた子供は、なんと悟空と同じくシッポが生えていた。はじめこそ驚いたが、そんなのどうでもよくなるくらい我が子がかわいくて仕方がない。
名前は孫悟飯。命名のきっかけは、悟空がご飯の話をしていたらすごく嬉しそうに反応を示したから。字は悟空の師匠に肖り、まったく一緒だ。その名に恥じない強く清らかな子に育ってくれるよう願いを込めて。
其之五十九
ゆるやかな風がさわさわと草木を鳴らし、竹をたおやかに揺らした。やがてぴたりと風がやむと、真剣な表情で一定の距離を保っていた悟空とがぶつかり合う。
悟飯を産んでから子育てや仕事に追われていたため、なかなか体を動かす機会がなかったはリハビリがてら悟空と組手をしていた。
「どうだ悟飯、おめえもやってみっか?」
の痛烈な拳をするりと躱した悟空が四歳に成長した悟飯に笑い掛ける。父と母であり武道の達人でもあるふたりの組手をすごいすごいと瞳を輝かせ、興奮気味に手を叩いて観戦していた悟飯が表情を曇らせた。
「ボク、戦うなんてこわいよ……」
「ハハ、おめえも修行すりゃとうちゃんやかあちゃんみてえにすぐ強くなれるぞ! なっ!」
たとえ愛しい夫であろうと容赦のないの蹴りを悟空はなんなく腕でガードする。蹴りを受け止められてもなおの攻撃は止まらない。「ちょっと悟空!」笑顔の悟空に対しての顔は険しく、「真面目に!」鋭く厳しい突きが繰り出される。「っ、と!」悟空はその突きを顔面横スレスレに避けた。「やってよ!」しばらくぶりで体は鈍っているはずなのに、衰えを知らないの猛攻にやはり悟空はしっかりと往なしながらも笑みを浮かべている。
「やってるさ! ただ、久しぶりにと思いっきり戦えてワクワクしちまってよ!」
悟空は出会った頃となんら変わらぬ無邪気な顔で心底楽しそうに反撃を開始する。そんな悟空にすっかり毒気を抜かれたは思わず笑ってしまった。
いつだって悟空のとなりはワクワクする。その気持ちはきっとずっと変わらないだろう。
「わーーーっ!! おとうさーん!!! おかあさーん!!!!」
しばらく白熱した攻防を繰り広げていた悟空との耳に、泣きながら助けを求める悟飯の声が届いた。
「「悟飯っっ!!?」」
つい先刻まで悟飯が座っていた岩を見遣るが、そこに悟飯はいない。辺りを見渡せば、遥か上空を自慢の翼で飛ぶ恐竜に悟飯が攫われていた。きっと巣に戻って食べるつもりだ。
「悟飯っ!!」
「今助けるから!!」
自分たちの不甲斐なさを悔やんでいる暇はない。悟空とは勢いよく舞空術で飛び上がって悟飯の後を追い掛けるも、行く手を阻むように同じく翼を持つ恐竜の大群が押し寄せてきた。慌てていたせいで気がつかなかったが、どうやらちょうど集団で大移動している彼らの通り道に突っ込んでしまったらしい。邪魔だからといって自分たちの都合でむやみに殺生をするわけにもいかず、悟空とは器用に体を捻りながらその流れに逆行してなんとか進んでいく。
「っく! これじゃあ悟飯に追いつけない……!」
どうすれば――は思考を巡らせる。そしてある日の悟飯の言葉を思い出した。
『パオズ山の恐竜さんたちは、強い光に弱いんだ。だから飛び上がるときもお空じゃなくて必ず下をみるんだって! おもしろいよね!』
悟飯が産まれてから孫一家は居候させてもらっていたブルマの家を離れ、悟空が元々住んでいたパオズ山に移住をした。はパオズ山独自の生態系の調査をじっくりしたかったし、なにより悟飯にも自分たち同様自然豊かな場所で育ってほしかったからだ。しかしパオズ山の生態系に興味を持ったのはだけではなかった。
容姿は幼いときの悟空に似ているが、中身はに似た悟飯は探究心が強く、動植物を観察したり本を読むのが大好きであった。特に本に関しては図鑑が好きで、の持っている分厚く小難しい図鑑にまで手を出すほどだ。たびたび吸収した知識を独自の見解を交えて報告してくれるので、悟飯のおかげで新しい発見につながることもままあった。
「悟空! 太陽拳を!!」
「っああ! わかった!!」
の考えを瞬時に汲み取った悟空が太陽拳を放つと、恐竜たちの動きが止まった。今のうちに群れから抜け、猛スピードで悟飯を追いかける。遠くで悟飯を攫った恐竜が急降下していくのが見えた。きっとその下に寝床があるのだろう。このまま悟飯を餌にされてたまるかとと悟空はさらにスピードを上げる。
「悟飯ッッ!!」「やめろーーーッッ!!」
やっとの思いで恐竜の巣である洞窟に辿り着くと、まさに恐竜はその大きな口で悟飯を丸呑みにするところだった。ふたりが叫びながら手を伸ばして食い止めようとするが、その前に泣き喚いていた悟飯の気がぐんと上昇した刹那、恐竜がふっ飛ばされた。壁に打ちつけられ、完全に伸びている。
「なっ?!!」「いっ?!!」
突然起こった目の前の信じられない出来事に素っ頓狂な声を上げて唖然とする孫夫婦と、自分がなにをしたのかわからず助けにきてくれた両親に泣いて抱きつく悟飯。奇妙な絵面の完成だ。
巣の奥に眠る恐竜の卵に紛れた四星球を見つけるまで、もう少し時間が掛かりそうである。
当初の予定では、と悟空が組手を終えた後悟飯に釣りを教えるはずだったのだが、悟飯が恐竜に攫われたこともあって大分ずれ込んでしまった。
筋斗雲に乗ったは自分の定位置である悟空の胡坐に腰を下ろし、自分の膝には悟飯を乗せる。
「ごめんね、悟飯……こわかったでしょう?」
安心させるようにが抱き締めると、悟飯の鼓膜にやさしい心音が刻まれた。そのやわらかな体温に触れてしまえば、引っ込んだ涙がぶわりとまた溢れそうになる。
「おかあさんとおとうさんが助けてくれたからボクへいきだよ」
体は震えて瞳も潤んでいたが、決して泣かぬようぐっと堪えている悟飯の頭をはそっと撫でる。
実際は悟飯が己の力で恐竜を撃退したのだが、無我夢中だったせいか全然気がついておらず、両親が助けてくれたと思い込んでいた。真実を伝えようにも、きっと悟飯は信じないだろう。それに今の悟飯にさっきのような凄まじい力は感じられない。もしかしたらあれは奇跡だったのか――わからない。
「そっか、悟飯はつよい子だね」
「ボク……つよくなんか……」
弱弱しい声を上げる悟飯に、は頭を振った。
「そんなことない。私たちは悟飯の知識に助けられたんだ。これも悟飯のつよさだよ」
なにも強敵に打ち勝つ力だけが強さではない。は知識の持つ力と強さを知っている。だからこそ武道だけではなく勉学にも勤しみ、人々を救う知識も得ようとしたのだ。
「さすが未来のえらい学者さんだね」
「えらい学者?」
悟空が不思議そうに首を傾げた。
「そう、悟飯の将来の夢」
「いーっ!? 悟飯おめえ、かわってんなあ……」
「ボクね、おかあさんみたいにいっぱい勉強してみんなの役に立ちたいんだ!」
悟飯がこれほどまでに瞳を輝かせて夢を語るのには理由がある――ピッコロ大魔王の騒動もあって数年掛かってしまったが、の夢がついに実現したのだ。薬に関する研究所の設立や、医療の地域格差をなくすための移動式医療施設、僻地への薬の運搬など、カプセルコーポレーションのおかげでついにの理想がかたちとなった。
その第一歩として、まずは数年前に交わした約束を果たすためにスノたちの住むジングル村に訪れ、移動式医療施設や機械での薬の運搬を披露した。のプロジェクトは見事成功を収め、その功績はたくさんのメディアに取り上げられた。
数年越しの約束をきちんと守ったを村の人々は大いに称え、ともに村にやってきた悟空も笑顔で迎えられ、みなで久方ぶりの再会を喜んだ。そこで村民はふたりの子である悟飯に、いかに両親がこの村の英雄であったかを語ってくれた。自分が産まれるずっと前から、や悟空は人々をこんなにもしあわせにしていたのだ。
もちろん世界最強の父親も誇りではあるが、笑顔で感謝する人々に囲まれて仕事をする母親が悟飯にはとてもまぶしく映った。そのとき自分も大きくなったら母のように持てる知識を人々の役に立て、幸福を齎すえらい学者になりたいと強く思ったのだった。
余談だが、初恋を奪った憧れのが実は女で、しかも今や悟空と結婚して子供もいることに大層ショックを受けていたスノがいたとかいないとか。
悟空とが組手をしていた元の場所までやってくると、筋斗雲から降りて川のほとりまで歩いた。
「悟飯は釣りが初めてだったな? せっかくシッポがあんだから、オラがガキんちょのころやってたやり方、教えてやっかんな!」
「いや、あのやり方は悟空にしかできないと思うよ……」
シッポで水の中で泳ぐ魚の動きや気配を察知し、釣り上げるなんて芸当とても悟飯にできるとは思わない。相変わらず大味な夫には苦笑をもらす。
「よし、じゃあお母さんが釣り竿のつくり方教えてあげるね」
釣りを教えるというのに、釣り竿を持ってきてなかった理由が判明したところで、は無茶振りする悟空に代わり、釣り竿のつくり方を悟飯に教え始めた。
「最初に竹を切ります」
川のほとり近くに群生している竹を手刀で一刀両断し、ぼこぼこしている節をそぎ落として滑らかに整える。
「それから、このコッチン蔓を釣り糸に……」
そう言ってパオズ山原産のコッチン蔓を涼しい顔でいともたやすく素手で引きちぎった。ちなみにコッチン蔓は細いが、一本で重さ百キロまで耐えられるくらい頑丈でしなやかなのが特徴である。
「まてまてまて! そりゃ悟飯には無理だって!」
「え? シッポで釣りするよりよっぽどできそうだと思ったんだけど……」
さすがの悟空もの暴挙を食い気味に止めるが、は自分の怪力を忘れているのかきょとんと呆けている。
「おとうさんとおかあさん、仲良しさんだなあ」
常識外れの最強夫婦の微笑ましい様子に悟飯はのんびりひとりごちた。