蜜雨

其之六十

 ほんの数日前にブルマから連絡が入り、みんなでカメハウスに集まる運びとなった。悟飯が産まれてすぐみんなに顔を見せにいって以来、ブルマ以外と会うのは大分久しぶりだ。生後間もない時分に会ったきりの悟飯には当然みんなの記憶はない。悟飯にとっては初めて行く場所、初めて会う人ばかり。その所為かに抱きかかえられた悟飯は、少々緊張した面持ちであった。そんな悟飯をよそに筋斗雲は猛スピードで南の海を駆け抜けていく。

「ほら、あれが武天老師さまの家だぞ!」

 大陸の南に位置する群島の中の小さな島の一つに、ピンクの外壁と真っ赤な屋根を持つ家が建っていた。その派手な外壁には屋根の色と同様の赤で、でかでかとKAMEHOUSEと書かれている。まさかこんなファンキーな外見の家に、武道の神様と崇められる武天老師が住んでいるとは誰も思うまい。

「さあついた!! やっほー!」
「こんにちはー!」

 白い砂浜に降り立ち、悟空とは既に到着しているであろうみんなに向かって声を飛ばす。するとすぐに玄関のガラスドアからブルマやクリリンが顔を出し、亀仙人がその後ろへ続いた。元気そうな悟空との姿に、みな喜びの表情を浮かべる。

「そら、悟飯もあいさつ」
「こ、こんにちは」

 の腕から降ろされた悟飯をぐい、と悟空はみんなの前に差し出した。悟飯はおずおずと小さな声で、けれども丁寧にあいさつをする。しかしやはり知らない大人ばかりに囲まれて心細いのか、挨拶し終えると悟空の足元に抱きついてしまった。

「あら! 悟飯くんたら少し見ない間にまた大きくなったわね! なんさいになったのかな?」
「4さいです」
「さすがの息子ね、相変わらず礼儀正しいわー。外見は昔の孫くんにそっくりだけど」

 顔馴染みであるブルマが目線を合わせながら話し掛け、頭を撫でた。おかげで悟飯は心なしか緊張がほぐれたようで、まだまだぎこちないが笑みを見せる。

「して、よ……満月の夜には気をつけておるかの?」

 こそりと亀仙人がに耳打ちしてきた。
 幼い頃の悟空と同じく、シッポを持って産まれてきた息子。そのシッポには危惧すべき点が一つあった。満月の夜に大猿に変身するかもしれないという点だ。本当に悟飯が満月を見たら大猿に変身するかは定かではない。しかしながら、シッポがあった時の悟空は満月を見てしまったが最後大猿へと変身してしまう。あの穏やかな悟空が大猿になると凶暴化し、まったく手がつけられなくなるのだ。そうなる可能性を秘めている悟飯に、は決して満月を見せようとはしなかったし、初めて悟飯のシッポを見た亀仙人もまたにきつく言いつけていた。

「ふたりしてなんの話してんだ?」
「い、いや、なんでもないぞい!」
「な、なあ悟空! この子もおまえたちみたいに強いのか!?」

 深刻げに話している亀仙人との間に、なにも知らない悟空が割って入ってきた。今なお自分が大猿に変身していたことに気づいていない悟空に話すわけにもいかず、亀仙人は慌てた様子で誤魔化す。そこへ、それだけでは誤魔化しきれないと踏んだクリリンが助け舟を出した。さすが亀仙流の弟子である。

「それがなあ……かなりの力はもってるとおもうんだけどさあ……」
「悟飯自身がえらい学者さんになりたいって言うから、鍛えてないんだよね」
「外見は悟空似だけど、中身は似ってことか」

 出会った時には既に大学を卒業し、医療や薬学に精通していた。カプセルコーポレーションが医療業界に進出するきっかけをつくり、いまや彼女は医療業界という垣根を越えて有名になりつつあった。今まで人々が気づきつつも、誰もその問題に触れようとしなかった地域の医療格差問題。そこに鋭いメスを入れ、見事改善させていった彼女は一躍時の人となった。どうやらその優秀な頭脳を悟飯は受け継いだようだ。

「ねえ、いま気がついたんだけど、悟飯くんの帽子についてるのドラゴンボール……!?」
「ああ、じいちゃんの形見の四星球だ!」
「偶然見つけたんだけどね、これがまた大変だったん……っ!!?」
「!!」

 可愛い我が子が恐竜に攫われた話をしようと口を開く途中、の背筋に冷たい狂気が走る。どうやら悟空も感じたようで、ふたりは雲一つない空を見上げた。清々しく気持ちの良い青が、今や嵐の前の不気味な暁闇にさえ見えてくる。気配に敏感なと悟空はただならぬ様子だが、事の大きさに気づいていないみなはのんきに綺麗な空を仰いだ。

「きたっ!!!!」

 迫りくる凄まじいパワーに悟空が思わず焦りを滲ませた声を出した。間もなくその強大な力を持つ者が地に足を着ければ、その地を揺るがすほどの激烈な気がびりびりと伝わり、重圧に押し潰されそうになる。

「ふっふっふ……成長したな……だが、ひと目でわかったぞ、カカロットよ……父親にそっくりだ……」

 ニヤリと底冷えのする笑みを浮かべた屈強な肉体を持つ長髪の男は、見慣れぬ装いを身に纏い、片目に特殊な機械をつけていた。男が言うには、カカロットとは悟空の名で、本来悟空は人類を死滅させる使命を与えられていたらしい。そんな突拍子もない言葉を真っ先に一蹴したのはクリリンであった。バカにしたように軽い言葉を吐きながら、長髪の男に近づく。

「クリリン!!!」
「だめッ近寄っちゃ……ッッ!!!」

 石のように固まった足をいまだ動かせないでいる悟空とは、声を上げることでしかクリリンに警告ができなかった。しかしその警告を終える前に、クリリンは一瞬のうちにふっ飛ばされてしまった。ピンクの壁に突っ込んだクリリンの足はヒクヒクとまだ動いている。幸い生きてはいるようだ。

「きさまっ……!!!!」

 文字通り手も足も出せずにクリリンを傷つけられ、無力な己に奥歯を噛む悟空が男を睨みつけると、そこには信じられない光景が――

「シ、シッポ……!!!!」

 自分や息子以外にも尻尾を持つ人間が存在していたことに困惑する悟空に、正体不明の男は以前頭に強いショックを受けたことがあるか質問を投げ掛けた。悟空自身は覚えていなかったが、どうやらうんと小さい頃に今でも傷が残っているほど強く頭を打ったことがあるらしい。その事実を聞くや否や、男は忌々しげに顔を歪めた。

「そういえば悟飯さん、悟空は昔手のつけられないきかん坊だったって言っていたような……」
「……その昔、孫悟飯がいっておった……尾のはえた赤ん坊をひろったが性格は荒く、どうにもなつこうとはせず、ほとほと困りはてていたそうじゃ……」

 の言葉を聞き、だんだん昔を思い出してきた亀仙人は口を動かし続けた。

「だが、ある日あやまって谷に落ち頭を強打して死にかけたが、信じられん生命力でその赤ん坊は助かったらしい。おまけに、その後性格の荒さは消え、おとなしいいい子になったという……」

 その赤ん坊こそが悟空であったのだ。男は亀仙人の話に大きく舌打ちした。
 なぜこの男はここへやって来たのだろう。なぞこうも悟空に執着するのだろう。この男と悟空の関係も目的も、これから先なにを言ってくるのかも一切読めない。

「う……うくくく」
「だいじょうぶか!?」「クリリン!」

 悟空は目の前の男を見据えながらも横目で、気を失っていたクリリンを気遣う。は素早くクリリンに駆け寄り、気を送り込んで治療した。すると、男の片目を覆っていた薄い液晶画面が電子音とともに反応を示す。

「戦闘力不明に……警戒信号だと……?!」

 画面に表示された文字に男は目を疑った。しかし間違いなく機械はに反応している。

「きさまも別の星の人間か!!」
「きさまも……?」
「ああ、カカロットもこの星の人間ではない!! 生まれは惑星ベジータ!! 誇りたかき全宇宙一の強戦士族サイヤ人だ!!!」

 男の信じられない言葉に一同騒然とするが、男が続けた言葉に更なる衝撃を受けることとなる。

「そしてこのオレは……きさまの兄、ラディッツだ!!!」






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