※いろいろ詳細割愛
「オラはここで育った孫悟空だ!!! とっとと帰れ!!」
悟空が何者であろうと、たとえ自分自身が別の星の人間であっても関係ない。悟空はが何者であろうと、そばにいてくれさえすればいいと言ってくれたし、もそれ以外望むものはなかった。これからもずっと家族が平和に暮らせればそれでよかったのだ。しかし悟空の兄と名乗るラディッツがそれを許さない。
其之六十一
巨大隕石の衝突で爆発してしまった悟空の故郷である惑星ベジータ。その爆発でほとんどすべてのサイヤ人――悟空とラディッツの父親や母親も宇宙のチリと消えた。
「眼をさませ、カカロット!!! 楽しいぞ!!! サイヤ人の血がさわがんか!?」
残ったサイヤ人は悟空を含め四人。その悟空以外の三人のサイヤ人は、ひじょうに高値で売れそうな星を見つけた。しかしその星を攻め落とすには三人では苦戦しそうであった。そこでまだ戦闘力が完全ではないが、悟空を仲間に加えようとラディッツが誘いに来たのだ。
「バカいってろ!! そんなことオラ死んだって手を貸すもんかっ!!」
「ふ……なるほどな……では――」
刹那、ラディッツの姿がみなの視界から消えたと思えば、突然が崩れ落ち、我が子を護るように母親の腕に抱えられていた悟飯が下敷きとなった。ラディッツが手刀を喰らわせてを気絶させたのだ。
「この女には聞き出さなければならんことが山ほどあるからな……」
この地球で警戒すべき存在は悟空などではない。戦闘力が不明のうえ謎のアラートを発するの存在だ。だからこそラディッツは慎重に、ずっとを手中に収める機をうかがっていた。
「ッッ!!!!」
「おかあさん!!」
悟空と悟飯が戦慄くように叫ぶ。
そこへ悟飯に浮遊感が襲った。ラディッツがだらりと力なく横たわるを脇に携え、悟飯の首根っこを乱暴に掴んだのだ。
「わーんわーん!! おとうさーーーん!!」
「父親のおまえがなかなかききわけがわるいんでな、ちょっと息子を貸してもらうとする」
「と悟飯をかえせっ!!!!」
愛しい妻と子を奪われ、堪らず飛び掛かろうとするが、そんな必死な悟空よりも遥かに速いスピードでラディッツは悟空の腹部に膝をぶち込んだ。ふっ飛ばされた悟空は蹴りを受けた腹の痛みに悶える。あの恐怖のピッコロ大魔王にも勝った悟空が、こうも手も足も出ないとは――当然亀仙人やクリリンは声も出せず、この最悪な状況を歯を食いしばって耐えるしかなかった。
「カカロットよ、子供を生きてかえしてほしければ兄の命令をきくんだな……」
「……は……ッ!!」
「この女か? この女は利用価値が高ければ、われわれの仲間に加えてやる。ただ、使えなかった場合――殺す」
酷く冷たく乾いた声だった。冗談などではない。このラディッツという男は、きっと女子供など区別なく嬲り殺すだろう。
「一日だけやるから苦しんで考えてみるがいい」
おとなしく仲間に加わるか、それとも仲間に加わらずに息子を死なせるか。選択肢などあってないようなものであった。
口角を上げながらラディッツは悟空にもう一つ条件を提示した。仲間に加わる証拠に、明日のこの時間までに地球の人間を百人ほど殺し、この場に死体を積んでおけと言うのだ。そんな惨たらしいこと悟空にできるわけがないと亀仙人とクリリンが反論するが、ラディッツはそんな戯言を一蹴した。どうやらサイヤ人たちの次のターゲットはこの星に決まったらしい。悟空が明日までに百人殺そうが殺すまいが、どのみち近いうちに地球は滅びる運命なのだ。
「じゃあな! あしたを楽しみにしているぞ!!!」
「わーーーっ!!! おとうさーーーん!!!」
「ご……悟飯っ、ーーーっ!!!」
残忍な笑みを浮かべて宙を浮いたラディッツの腕から、泣きながら悟飯は父に向かって手を伸ばす。悟空も痛みに堪え、死に物狂いで腕を伸ばすが届くはずもなく、無情にも父と子は引き裂かれた。
ラディッツの高笑いはしばらくみなの鼓膜を恐怖に揺さぶるのだった。
「わーんわーん! おかあさーん!!」
「うるさいぞ!! いつまでもめそめそしおって! おまえも勇敢なサイヤ人の血をひいてるんだぞ!!」
ラディッツへの恐怖心と、いまだ目を覚まさぬ母に悟飯の涙は止まらない。うんざりするその耳を劈くような泣き声に、ラディッツは苛立ちのまま自分が乗ってきた宇宙船に悟飯を放り込んだ。
「さて……と……女、起きろ!」
「っぅ!?」
ようやく静かになり清々したラディッツは、次にの頬を荒々しく叩いて起こした。無理矢理覚醒させられたは突如襲われた痛みに小さく呻く。
「こ、こは……ぁぐッ!!」
なんとか自分が今置かれている状況を把握しようと体を起こそうとするが、その前に喉元をすっぽりと覆ってしまうほどの巨大な手がを無力化してしまう。まともに酸素を吸うことすら許されない。はすぐに自分がラディッツの手に落ちたことを悟った。
「死にたくなければ、オレの質問に正直に答えろ」
頑強な体躯を持つラディッツに馬乗りされ、かろうじて声が出せるくらいの力では首筋を掴まれていた。男が力を込めた瞬間、の頸椎は粉々に砕かれるだろう。
「きさまは何者だ。どこの星から来た」
「……し、らない……それよりも夫と子供は……ッ!」
「誰が質問を許した。身の程を知れ。きさまはただオレの質問に答えればいいのだ」
ラディッツが少し力を入れると、の骨は悲鳴を上げた。
「きさまの能力はなんだ? あの治癒能力だけか? それとももっと別の特殊能力を持っているのか?」
「だ、れが……はな、すか……!」
「その減らず口、今すぐ黙らせて……ッ!?」
ラディッツの片目と片耳を覆っている機械から短い電子音が発せられた。
「また警戒信号と……戦闘力710!!!」
バッとを睨みつけるが、どうやら機械はではない別の人間に反応しているようだ。素早く視線を彷徨わせると、機械が自分の宇宙船の中に反応していることに気づいた。あり得ない。あんな泣くことしかできない子供が710も戦闘力を有しているわけがない。
「くそ……故障か……! おどかしやが……ぐあッ!!!!」
ラディッツが自分の宇宙船を注視している隙に、は一気に気を溜め、放出した。自分が伏している地面を抉ることで、ラディッツの手から逃れようとしたのだ。そしては見事脱出してみせた。身体が自由になったは、舞い上がる土埃に乗じてとにかく遠くへ逃げようとするが、その先には既に待ち構えていたラディッツが。
「やはりきさまの力は侮れんな」
喜びも束の間、は再び絶望に引き戻された。
「っが?!!」
鋼鉄の筋肉に覆われた丸太のようなラディッツの脚で横薙ぎに蹴られ、は容赦なく残酷に大地へと叩きつけられた。無様に地に落ちたの両腕を、ラディッツは片腕だけで力尽くで抑えつける。その凄まじい力はの怪力をもってしても、びくともしなかった。
「きさまのような女に有効な脅しがある」
迫力ある掌がの顎と首筋を同時に固定し、強制的に視線を合わせた。決して溶けることのないラディッツの冷徹な氷の瞳に対抗するように、の瞳にはまだ抗いの炎が激しく猛っている。
「なんだかわかるか? それはな、辱めを与えることだ」
のように力を持ち、強く気高い女は暴力や痛みになど屈服しない。しかし、そんな女であればあるほど、夫ではない男に肉体を汚されることに耐えられないのだ。そんなラディッツの思惑通り、あれほどの瞳の中心で燃え盛っていた反抗的な炎はどよめき、唇は震えて色をなくしていた。
「せいぜいオレを愉しませてくれよ、」
ラディッツが嘲るようにの名を呼べば、ぞわりと肌が粟立つ。
このままこの男に抱かれるくらいなら、死を選ぶ。の決断は早かった。このまま自分の持てる気を放出してしまえば、確実に自分とこの男は死ぬだろう。しかしそれは同時に地球をも破壊してしまうことになる。微かに残っていたの理性が現実を突きつけた。
一体どうすれば――そうこう考えているうちに、ラディッツが無遠慮にの瑞々しい肢体に手を伸ばす。
「っなんだ?! 熱ッ……!!」
しかし突如として現れた光にラディッツの魔の手は阻まれた。ラディッツが触れたのはの身体ではない。目映い光に包まれた天叢雲だ。
「どうしてここに天叢雲が……?!」
確か亀仙人の家へ行くのに天叢雲は必要ないだろうと自宅に置いてきたはずだ。それなのに、なにがどうなって天叢雲が今自分の目の前に在るのか。思考が混乱の渦に巻き込まれていく中、ますます光が強くなっていく天叢雲についには目が開けられなくなった。一方ラディッツはとっくに視界を奪われており、もがき苦しんでいる。
「ぅわっ!!」
あたたかな光に呑まれたは白んでいく意識の中、愛する夫と子を想う。その儚くも強い想いは確かに届いた。
『ごめんね悟飯……悟空を頼んだよ……だいすき』『悟空、――――――』
ピッコロとともにラディッツの後を追ってきた悟空は、遠目に強烈に輝く愛しい妻の姿を見た気がした。