蜜雨

其之二十四

※またも悟空名前のみの登場



 聖地カリンに別れを告げ、やっと西の都へやってきた。カリンとの修行で繊細な気の扱いまでマスターして小さい気もわかるようにはなったが、まだ多少時間はかかる。ブルマの気もようやっと見つけて、なんとか迷わずにカプセルコーポレーションまで来れた。

がわざわざ来てくれるなんて嬉しいわー! 今回は邪魔な孫くんもいないし!」

 邪魔て――うきうきとお茶の準備をし出すブルマを見て苦笑をもらす。

「でもどういう風の吹き回し? がわたしとおしゃべりしに来るなんて」

 わたしとしてはいつでも大歓迎だけどと続けるブルマは終始楽しそうだ。
 女の子だなあとは思う。まともな女友達などいないにとっては、生まれてはじめての感覚だった。

「ブルマはさ、なにも聞かずに待ってくれてたから、ちゃんと話さないとと思って……じゃないといつまでも男装癖のある変態だと思われるしな」

 はブルマが入れてくれたお茶を口に含んで喉を潤し、それからゆっくりと話し始めた。



「……そっか……」

 はなぜ自分が男装をし始めたのか、これまでのことを話した。

「わたしは武道家じゃないけど同じ女だからさ、の気持ちもわかるわ。女だから、って言葉わたしも大嫌いだもの。まあ、女であることを最大限利用させてもらう時もあるけど……」

 あの亀仙人の時とか、亀仙人の時とか。

「でも、これだけは言えるわ。わたしたちの中に、が女だからって言う奴はいないと思うわ。だってみんなのあの圧倒的な強さを見てるんだもの」

 ブルマは悪戯っぽくウインクをした。
 もちろん男女の差は埋められないし、女というハンデはあるのかもしれない。ただ女だからといって、それが弱さに繋がるわけではない。
 これはブルマのただの憶測であり、きっと自身は気づいていないだろうが、を疎ましく思っていた男たちはのことが好きだったのではないだろうか。好きな女の子に負けたら男としてのプライドはズタズタ――だからにキツく当たってしまった。好きな子ほどいじめたいという心理もあると思うが、女のブルマにとったらどれもまったく理解できない。その男どものせいでは女を捨てる決心をして、揺るぎない力を求め、そして強くなった。良くも悪くもに変化を齎したわけだ。

「あの孫くんはを男と思っていても、関係なくのこと大好きだしねえ。ほんっとわたしからを奪うなんてムカつくわ」
「ぶふっ!! ……なんでみんな俺と悟空をくっつけようとするんだよ……」

 噴き出したお茶をふきんで拭くと、ブルマはキョトンとしていた。

「だってあんたたち誰がどう見たって相思相愛じゃない。気がついたら隣にいるし、くっついてるし、目で会話しだすし……」
「いや、まあ……信頼関係は築けていると思うけど、それと恋愛は別というか……」
「問題は孫くんよね……絶対レンアイを食べ物だと思ってるわ、あいつ……」

 それは否定しない。



 とブルマが話し込んでいると、部屋をノックする音が聞こえた。

「はーい! ブルマのママ再び登場でーっす!!」
「来たわね、かあさん……!」
「あ、はは……どうも、お邪魔しています」
「あらーっ髪が伸びたちゃんもいいわあー! やっぱり元のお顔立ちが良いからかしらっ!」
「……確かに伸びたわね」
「そういえば……切るの忘れてたな」

 髪が長いと単純に邪魔だし、ただでさえ女顔なので髪は極力伸ばさないようにしていたが、修行に夢中になっていてついつい切るのを忘れていた。

「いつもどうしてるわけ?」
「え? 自分で適当に切っているけど?」
「うふふっちゃんたらワイルドなとこも素敵ねえ」
「そんな綺麗な髪してるんだからもうちょっと考えなさいよっ! ほらっわたしが髪切ったげるからこっち来なさい!!」
「えっでもせっかくブルマのお母さんが美味しそうなケーキを「そんなんあとでいくらでも食べさせてあげるわっ!!」

 なぜかぷりぷりと怒りだしたブルマに引っ張られ、はベランダに向かうのであった。
 ブルマの母はそんな娘の様子に動じず、いつも通りニコニコとのんきにお茶を啜っていた。

「最後に前髪切るから目閉じてて」
「はいはい」
「はいは一回でよろしい。まったく、孫くんもいろんなことに無頓着だけど、あんたもあんたね」

 ベランダに移動してケープを被ったを椅子に座らせ、ブルマは呆れたようにぶつぶつ文句を言いながらの髪にハサミを入れていた。

「ふふふ……っ」
「なによ……突然笑い出しちゃって」
「ごめん、よくこうやって言い合いながら師匠にも髪切ってもらってたなーって思ったら、子供に戻ったみたいで懐かしくて……」

 そうしてまるで本当に子供のように無邪気に笑うものだから、ブルマは至近距離でのの笑顔に胸を高鳴らせる。
 そうだった、自分はこの(無駄に顔が良い)の笑顔に惚れてしまったのだ。男女の垣根なんか越えて、自身に惚れてしまった。それはきっとあの悟空も――

「目、閉じなさいよね……危ないわよ」
「はいはい」
「はいは一回!」

 長い睫毛は瞼を閉じると影を作り、強い意志を持った輝きのある双眸は隠れた。
 ついつい照れ臭くて強い口調になってしまったが、は気にする様子もなく朗らかに笑う。そんな穏やかな昼下がり。



 はブルマに髪を切ってもらい、髪を洗い流すついでにお風呂を借りていた。修行中は主に水浴びだったので正直有難い。ついでに洗濯もしてくれるというのだから、今日はとことんブルマに甘えてしまった。しかし甘い言葉の裏にはなにかあるとは言ったものだ。

「ブルマのやつ……俺にこれを着ろというのか……!!」

 お風呂からあがって着替えようとしたら、用意していたの服が消えていた。かわりに超ミニ丈のデニムパンツとカップ付きタンクトップという強烈な着替えが待ち受けていた。ご丁寧に新品のショーツまで準備してある。
 いつも思っていたが、ブルマの着る服は少々露出が多くないだろうか――は目の前にある服が信じられなくて現実逃避していた。

「ほんとここ広いな……」

 一刻も早くブルマと合流してこの防御力の低い服とおさらばしたいのに、ブルマの小さな気は探せても、どこをどう行けばいいのかわからないくらいこのカプセルコーポレーションは広かった。
 こんな格好で歩いていてブルマの両親に見つかりでもしたら、ややこしいことになるのは火を見るよりも明らかだ。

「おや? ブルマのお友達かい?」

 そう思った矢先に出会ってしまうのが世の常。
 ブルマの父であるブリーフに声を掛けられ、無視するわけにいかずにゆっくりと振り返った。

「こっ……こんにちは……」
「ん? くんが来たと聞いておったが……まさかこんな素敵なギャルがブルマの友達にいたとは……」

 ちらちらとの胸元に目がいっているのが多少気にはなるが、どうやらバレてはいないようだ。はこのまま適当にやり過ごすことにした。

「しかし困ったな……この間の薬飲んでから調子が良かったからまた頼もうかと思っていたんだが……」
「本当ですか!? あの薬ならまだ残ってるのでよかったらお渡ししますね! 気に入って頂いたみたいで光栄で――っは!」

 かの有名なブリーフ博士に褒められたは我を忘れて舞い上がってしまい、自分で自分をだと認めてしまう結果となった。そして決定打が打たれた。

! お風呂からあがったんなら……と、とうさん……!?」

 なにも事情の知らないブルマがの背中を見つけて名前を呼んだ。まさかがブリーフと共にいるとは思わずに。

「このぷりぷりのギャルはくんなのか?」
「「………………」」

 とりあえずギャルという表現はやめてくれ。



 現在訳があって男装をしていて、ブルマの策略で今はこんな格好をしていると簡単に説明をすると、ブリーフはお茶を啜りながらふむふむと頷いて話を聞いていた。

「でも珍しいわね、がとうさん相手に取り乱すなんて……ならこんなえろおやじうまく誤魔化せたでしょ」
「えっ、や、あの……以前ブリーフ博士がうちの大学で講義をして下さったことがあって……その時に、とっても素敵だなって……」
「い!??」
「はっはっは! ブルマよ、とうさんはこれでもモテるんだよ」
「ブリーフ博士の物理化学から見た生命科学の講義、すごく勉強になったんです!!」
「あ、そっち!?」

 どうやら素敵だったのはブリーフではなく、ブリーフ博士の講義だったようだ。
 ブルマとブリーフは親子揃ってずっこけていたが、きらきらと瞳を輝かせるにはまるで見えてなかった。

「ブリーフ博士の発明のおかげで私の夢が広がったんです!」
「夢? の夢って気になるわね、なになに?」
「自分のつくった薬を、必要としている人に届けたいんだ……私の住んでた山って全然病院とかなくてさ、みんな病気とかなってもなかなか治療できなくて……こんな風に都は栄えているけど、そこから離れると途端に地域格差があるじゃない? でもカプセルコーポレーションの技術があればホイポイカプセルでどこにでも医療施設だって運べるし、遠い地まで大量の薬も届けられる」

 の夢をかなえられる技術がこの西の都にあると知ったとき、は震えた。田舎者で、なんにも知らなかったにとって、ブリーフ博士との出会いは感動を覚えるほどだったのだ。

「……素敵な夢ね。うちのとうさんを見て感動する感性はどうかと思うけど、うちの会社をかってくれるのは嬉しいことだわ。ね、とうさん」
「うむ、わしをダンディなおじさまと褒めてくれるとは話のわかるいいお嬢さんだ。どれ、これからデートを……」
「夫婦揃ってを誘うなっっ!!!」

 ブルマの怒号がカプセルコーポレーションに響き渡った。






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