蜜雨

其之二十五

 ここはどこかの熱帯多雨林――そこにと悟空はいた。
 悟空の気をさがして合流し、はこの密林をふたりの修行場所に選んだ。理由は、ただひとつ――

「うぎゃあああああっっ!!!!」

 リップスが大量にいるからだ。

……これじゃ修行になんねえぞ?」

 悟空が珍しくツッコミ役にまわり、気絶したのほっぺをぺちぺちと叩いて起こした。これで何回目だろうか。

「ちょ、まて悟空……も、もうこわくて目が開けられない……とりあえずリップスがいないとこまで移動しよう……あだっ!!」

 情けない声を出しながら、ふらふらと立ち上がったは目を瞑りながら移動する。なんとなく気配でどこになにがあるか把握しているが、動揺している所為で気の察知能力が低下して木にぶつかってしまった。ぶつかった拍子に尻もちをついたのそばにはまたもリップスが。

「おぎゃああああああ!!!!」

 逃げるように悟空に抱きつき、助けを求める。

「ごめんなさいごめんなさい!! 師匠ヤジロベー私が悪かったから許してええええ!!!」
、それ前も言ってたけど、ヤジロベーって誰だ?」
「そんないいから早く逃げてえええ!!!」
「やだ。教えてくんないとオラ動かねえ」
「ひっ……わかったわかったから早くうううう!!!!」

 どんどん近づいてくるリップスに限界突破しそうなは訳もわからず返事をしていた。の返答を聞いた悟空はを横抱きにして、リップス地帯を離れた。
 怯えているが、悟空にいわゆるお姫様抱っこをされているという至極恥ずかしい状況であることに気づく日は来るのだろうか。

「もうあいつらいねえぞ」
「……ほんと? もうあいつらいない?」

 完全に男装モードが崩れているは口調があやしくなっていた。おまけに悟空の首にしっかりと回していた腕を緩めて、潤みがちの上目遣いと頬を真っ赤に染めた乙女顔で悟空を覗き込んだ。悟空は普段の涼しげなの顔とのギャップに胸を打たれていたが、そんな感情の処理をできない悟空はなぜこんなにも胸が熱くなるのか首を傾げていた。それはあの時の感情に似ていて、自分が自分でなくなりそうなのに、もっとこんなを見てみたいと思う自分がいる。

「ごめん悟空……大分落ち着いた。リップスの写真見ながらイメトレしてたし、もうちょっといけると思ったんだけど実物が思ったより強烈すぎて……ん? 悟空? 悟空聞いてんのか?」
「……っあ、ああ」
「珍しく考えごとか? あ、お腹すいてきたんだろ! そろそろご飯にするか」

 歯を見せていつもの調子で笑うにホッとする。
 胸のドキドキも、苦しさもおさまってきた。あれ以上あんなを見ていたら――見ていたら、自分はどうなるというのか。悟空にはわからなかった。



 の考えた修行内容は単純だった。
 リップスを見ただけでも気絶してしまうは、まずリップスを直視できるようになるのが第一目標であった。一方悟空は尻尾を掴まれただけでヘナヘナに力が抜けてしまうので、が悟空の尻尾を掴みながらリップスの群れを直視するという作戦を立てたのだった。この作戦をお互いやり切れば耐性ができるのではと思ったが、悟空の尻尾を掴むより先にが何回も気絶してしまい、ろくに修行出来ず終わった。

「オラ考えたんだけど……」

 考えているようで考えていないあの悟空が口を開いた。
 悟空が作戦を立てられるなんてとおおよそ失礼なことを考えていただが、自分の作戦が自分の所為でおじゃんになってしまったので黙って悟空の言葉を待つ。

「オラ、おめえの師匠からあのリップスってやつのお面もらったんだ。だからオラはあのお面つけて、はオラの尻尾を狙いながら戦ったらいいんじゃねえか? 実際に体動かす方がオラとには合ってる気がするしよ」

 自分は今誰と喋っているのだろうか――あれ、悟空ってこんな奴だっけ。
 しかし今までも考えなしに突っ込むことはままあったが、きちんと戦術を練ってクレバーな戦い方をする一面もあるにはあった。
 は改めて戦いにおいては頭が切れる悟空に素直に感心してしまうのだった。



「ふぎゃあああああ!!!!」
、いつまでも近づいてこなかったら修行になんねえぞ」
「いやあ……っっ!! もっ、……こ、こっち来ないでえ!!!」

 に本気で拒絶されるのは悟空も本意ではないしなんなら心が痛むが、この怯えきった瞳と震え声、頬を真っ赤に染めて全力で嫌がるがなぜかクセになる悟空がいるのだった。

 あ、ヤジロベーのこと聞くの忘れてた。






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